Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第5話 『ご機嫌と、真名と』

 風が吹いていた。

 血の匂いを孕む、ほんの少し悲しげな風。

 見渡す限りの死体の山だった。そこはほんの少し高さがある丘だが、死体が山積みになりさらに高さを強調している。

 そこに、少女が目を見開きながら膝をつく。

 貫かれた腹を抑えながら、必死に命にすがりつくように、手を伸ばして。

 

「父、上────」

 

 届かない。最後に伸ばした手すら、届かない。

 ただ一度くらいは、その身体に触れてみたかった。貴方を守る騎士としてではなく、ただひとりの息子として。

 

『貴公を王とは認めない』『オレを息子だと認めないと言うのか!!』『そう、貴方は▇▇▇の息子────彼を壊すために、この国を、』『オレは、アンタの────』『何でだ、何で認めてくれないんだよ!!』

 

『そうか……オレが円卓の末席である理由が今ようやくわかった…… 』

 

 目を覚ます。鼓膜を揺らす鳥たちの呑気な鳴き声と、瞼を焼く朝日がすごく印象的だった。

 瞼をこすり、体を起こす。身体は倦怠感が支配していて、ほんの少し口の中には血の味が残っている。

 腹の辺りはグズグズにされたように気持ちが悪く、あまりいい目覚めとは言えなかった。

「目は覚めた、衛宮くん?」

 聞きなれた声がする。未だ霞む視界を少しズラしてやると、黒髪のハーフツインテールが不満げに揺れているのが見えた。

「……遠坂?」

「ええ、遠坂凛です。それから貴方のセイバーもいるわよ」

 指をさされ、反対側に視線を向けてやれば不貞腐れているセイバーが見えた。鎧姿ではなく、露出の多いインナー姿の。

 視線が絡んだ途端、セイバーは士郎から目を逸らす。何かやましいことでもあるんだろーか、と小首を傾げたところで、

 

「────あ」

 

 身体が切り裂かれる感覚。徐々に死へと近づいていく意識。

 自分の頰に触れる血だまりの感覚。自分が死の海へと落ちていく感覚を、思い出した。

 

「……どう、思い出した?」

「ああ、思い出した。また死にかけたんだ、俺」

 なんて呑気にのたまう士郎に、凛は大きなため息を吐く。

 そんなやりとりの間にセイバーはいつの間にか士郎の背後に立っていて、苦笑を浮かべる士郎を見下ろしていた。

「……どうかしたか、セイバー?」

 振り返り、見上げ、士郎はセイバーに問いかける。

 ほんの少し泳ぐ視線。しかしここは引けない、とばかりに数秒呼吸を繰り返すと、その場に座り込んで。まっすぐに士郎を見つめながら、セイバーは問いを返した。

「なんであんなことしたんだ」

「セイバーが放って置けなかったからだ」

 即答だった。悩むことなんてない。

 セイバーが死んでしまいそうだから、その身を呈して助けた。飛び出すのに躊躇いなんてものもない。

 目の前で誰かが死ぬのはもう嫌だった。自分の命ひとつで助かるなら、と。

「死にかけたんじゃなく死んだんだぞ、シロー」

「それでもだ。俺はあまりキミを戦わせたくない。ああやって傷ついて、苦しむくらいなら……俺が犠牲になった方がマシだ」

 話は平行線だった。とうとう耐えきれなくなったセイバーは士郎の胸ぐらを引っ掴むと怒鳴りつけるように。

「戦わせたく、ない……? ふざけんな、嘗めてんのか()()()()。オレは、戦うための道具で────!」

「やめなさいセイバー! 貴女が言いたいことも気持ちもわかる、けど衛宮くんは怪我人よ? それに、あのまま衛宮くんが飛び出さなかったら私たちは全員死んでたのも事実なんだから」

 見かねた凛が仲裁に入る。殴りかかる勢いだったセイバーは口元を歪ませ、ゆっくりと士郎の胸ぐらを離し、その場に腰を下ろして大きなため息を吐いた。

「……衛宮くんも、バカなことを言うのはやめて。私はもう学校に行くから、ちゃんとゆっくりしてるのよ?」

 ため息を吐いたのはセイバーだけじゃない。凛までも大きくため息を吐いて、踵を返すと部屋から出て行った。

 ここから先は私が貫入すべき問題じゃない、とばかりに首を大きく横に振る。確かにここからは士郎とセイバーの問題であり、凛が貫入してどうこうしていいものではないだろう。

 凛が消えた部屋に、沈黙が流れる。ため息を吐いたのはセイバーだ。

 呆れているのではない。自分の落ち度も認めているからだ。

 士郎があそこで飛び出したのは正解とは言えない。けれど、同じくらいに、あそこでのセイバーの振る舞いは正しくなかった。

 オレは多くの戦場を乗り越えて来た騎士だ、あの程度で心が揺らぐわけにはいかない、と。セイバーは奥歯を噛み締め、拳を握る。

「……今日はガッコーとやらに行くなよ、シロー。身体が治りきってねえんだから」

 背中を向けて、襖に手をかけた。

 これ以上今の士郎と話しても状況を悪化させるだけだ。そんなことは士郎もわかっているはずなのに、

 

「待ってくれセイバー。俺、出かけたい場所があるんだけど……付き合ってくれないか?」

「……………………はぁ?」

 

 士郎は意外な言葉と共に、士郎は立ち上がり着替えを手に取った。

 

 ◇◆◇

 

 暖かい日差しを受けながら人影が行き来している。

 新都と呼ばれ人々に親しまれているそこには、今は人通りが少ない。仕事中と思われるスーツ姿の青年たちと、学校をサボったらしい制服姿の学生がちらほら見えるくらいだろうか。平日の昼なわけだし、仕方ないと言えば仕方ないんだが。

 

「いやホント……バカだろお前」

「……む。座るなり何なり、早々にバカとは何だ」

 

 そんな新都の一角、カフェのテラス席に士郎とセイバーはいた。

 士郎は制服姿ではなく私服姿。対するセイバーはというと、鎧姿でも鎧の下のインナー姿でもない。

 ニーソックスとデニムのホットパンツに赤いダッフルコート。コートの下には黒いTシャツの襟が覗いていて、一目だけではサーヴァントには到底見えっこない。

 というのも、ここに来る前に士郎がセイバーへのプレゼントとして購入したモノだ。セイバーは戸惑いはしていたものの、何も言わなければ士郎のセンスに決められる、とわかった途端に乗り気になったとかそうでないとか。

「いやいや、バカに決まってんだろホントよ……学校いくなっつったら出かけんのに付き合えとか。マスターとしてこう、外出控えるとかそういう気にはなれねェのかよ?」

「なれない。それに、セイバーも現世を見て回りたいだろ? 鎧のまま外で歩くわけにもいかないからこの買い物は必要だったし、今日は卵のセールでな。おひとりさまひとつまでって条件付きだから、セイバーと出かけると得をする」

「いやそういうコトじゃなくてよ……」

 微妙に会話が噛み合ってない。今日は桜も藤ねえも、朝も夕方も部活があるらしくてな、なんて苦笑する士郎には、マスターとしての自覚は一切と言っていいほどなさそうだ。

 聖杯戦争に参加するマスターとしての自覚。自分は、常に命を狙われてるのだという自覚が足りない。

 しかしまあ、自覚を持ちすぎて引きこもりすぎるのも良くはないのだが。

 ともあれ、

「まあオレも、こうやって色々見て回れたのは嬉しいっちゃ嬉しいんだけども。なんか癪だな……」

「そうだろ? だからその、」

 満更でもないようなセイバーの表情に対し、士郎は口をもごつかせる。

 なんて言っていいのか迷ってるのだろうか。何かを伝えようとしているのはセイバー自身にも伝わっているし、とりあえずは言葉の続きを待ってみた。

 

「……その、なんだ。ここの食事と、その服で機嫌を直してくれ。このままセイバーと上手くいかないってのは、俺としても正直痛い」

 

 待ってみた、のだが。

 

「………………ぶ」

「ぶ?」

「ぶ、ふ……はは、はははは! マジか、マジかよシロー!」

 

 士郎の言葉に、セイバーは思わず吹き出した。

 机をバンバンと手のひらで叩きながら腹を抱えて笑いだしたセイバーと、ひとり困惑する士郎というかなりシュールな図。周りの客も店員も、何やら微笑ましいものを見た、だなんて言いたげな生暖かい目で士郎たちを見つめている。

「……なんで笑うのさ」

「いや、いやだってよ、ひとりの英霊を食いモンと服で(ほだ)そうとするやつとか……っく、ふふふ、初めて聞いたぞ!!」

「ばか、絆そうとしたワケじゃない。これでも一応誠意は込めてだな……」

「わかったわかった、わかったよ。誠意は込めてんのな……オレもシローと険悪ってのは嫌だ。いいぜ、これチャラってことにしよう」

 なんというか馬鹿馬鹿しくなってしまった。怒ってても仕方ないだなんて思う日が来るとは、セイバー自身思わなかっただろう。

 笑いで上がった息を整えつつ、セイバーは目の前のカップを手に取った。

 確か、中身は『チョコレートモカフラペチーノのクリームベース』だったと士郎は記憶している。それからホイップ多めと、チョコレートソースもかけていたはず。それでいて石窯フィローネとアメリカンスコーンまで食べるんだから、よくもまあ甘いものと一緒に食べれるな、なんて感心してしまう。

 

「……それで、だ。セイバー?」

 

 感心しつつも、緊張やら羞恥やらで乾いた唇を抹茶ラテで潤わせる士郎。思った以上に襲ってきた甘さに眉間にしわを寄せつつ、とうとう本題を切り出した。

「教会で言ってたろ、俺に聖杯戦争のこと教えてくれるって。教えてくれ」

「ここでか……んやまあ、怪しい人影は居なさそうだし。別に構いやしねーけども」

 咀嚼していたフィローネを嚥下して、辺りに視線をやるセイバー。魔術師は基本人目につかない夜に活動する、と凛が言っていたし。大丈夫だろ、なんて判断したのかもしれない。

「まずはそうだなあ……ざっくりだけど英霊の話はしたし、次は令呪の話でもすっか」

「……令呪。確か、遠坂もなんか言ってたよな。貴重だとか、なんだとか」

 色々と濃い夜を過ごしすぎてあやふやだが、昨日の夜の出来事だったと記憶している。

 士郎の言葉にセイバーは頷いて、士郎の左手の甲をそっと指さした。

「そこにある、刺青みたいなモンな。それは、オレたち英霊────サーヴァントに絶対服従の命令を下せる権利みたいなモンだ。ソレは三画しかなくて、まあ……三回限定のなんでも言うこと聞く券、みたいな」

「なんともまあふわふわとした……」

「仕方ねえだろ、わかりやすくしたんだから。令呪でくだす命令は明確であればあるほど、効果を強く発揮する。たとえば、この店だけを壊さずに戦え……とかな」

 一瞬苦笑いを浮かべた士郎だったが、セイバーの言葉を聞いていくウチにその表情も引き締まる。

 

『貴重な令呪を一画使っちゃったんだから────』

 

 脳裏をよぎるのは衛宮邸での一幕。凛の怒った表情まで思い出し、思わず口元を歪ませる。

「……悪いことしちまったな、遠坂に。ホントに貴重なんじゃないか」

「あー……別に良いんじゃねえの。本人があんま言ってこないんだから気にすんなってことだろ?」

 なんともまあ無責任な発言だ。ずぞぞ、とフラペチーノを啜りながら言うもんだから余計に。

 セイバーの中ではそれっきり凛の話題は終わってしまったらしく、「それで」なんて前置きをして、

 

「令呪やら英霊(オレたち)を上手く使って他のサーヴァントを倒し、マスターを脱落させ、聖杯を目指すってのがこの戦争の概要だ。ソレを生き抜くに当たって、知っておかなきゃいけない概念が二つある」

 

 士郎の目の前に、二本の指を立てた。

「ひとつは、〝宝具〟の概念。宝具ってのはオレたち英霊の元となる、神話や逸話を具現化した最終兵器。必殺技みたいなモンだ」

「必殺技、か。撃てれば必ず勝てる、みたいな?」

「必ずとは言い難いけど……撃ったからには勝たなくちゃならねえ。なんでかって言うのが、知っておかなきゃならない概念の二つ目になる」

 立てた指の一本を折りたたみ、セイバーは「まあオレにかかれば宝具撃って負けるなんてことあるわけねえんだが」、なんて鼻高々に語る。抹茶ラテを啜る士郎は密かに感心しながら言葉の続きを待ち、

 

「二つ目は真名。その英霊がどこの誰かってコトだ」

 

 放たれた言葉に、士郎は目を見開いた。

 今朝見た夢。あまり心地の良くないものだったそれは、おそらくセイバー自身の人生の全て。ひどく苦く、痛く、血に濡れた人生の全てだ。

「まずオレが誰かって話なんだが────」

「……円卓の騎士、モードレッドだろ?」

 セイバーより先に口を吐いた、セイバーの真名。セイバーの反応はというと軽く目を見開いただけで、

「……なんだ、知ってたのか」

 対して驚くこともなく、つまんねーなんで言いたげに唇を尖らせた。

「知ってた、というより今朝知った。夢で見たんだ……セイバーのこと、色々と」

「夢ときたか。契約してると、そういうことがあんのかもしれないな。別に意外じゃねーよ」

 軽く怒られるか、ほんの少し嫌がられるかなんて身構えたものだが、軽く肩透かしを食らった士郎。

 それっきり、二人の間に数秒の沈黙が続く。なんとなくこれ以上、彼女の人生に踏み込んではいけない気がしたのだ。セイバーもセイバーで、それに関して何も言わないものだから少し気まずい。

 そんな気まずさを感じてか、セイバーが咳払いをひとつ挟む。セイバー自身も同じものを感じていたのか、話を再開した視線は自分の掌に向けられていた。

 

「で、宝具を撃つと真名がバレちまう。武器や逸話の真名を解放することが条件になってるからな。……真名がバレるってのはかなり痛い話だ。有名なヤツであればあるほど、その逸話、神話に弱点なんかが載せられてたらいい的になっちまう」

 

 

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 

 

 カフェの店内を、様々な人影が行き来している。

 店員にしても男女と別れ、年齢層も振れ幅が広く。客と言っても、時間を持て余したサラリーマンから育児の大変さを零す母親の集団、エトセトラエトセトラ。

 人の流れが静かに波打つ中、ひとりの女性が足を止めた。

 暖房の風が揺らすのは薄い青色をした長い髪。視線は、窓の外に見えるテラス席だ。

 テラス席には寒さからかあまり人がいない。男女のカップルがひと組と、音楽を聴きながらパソコンのキーボードを打ち込んでいる男がひとりだけ。どうやら、女性はカップルの方を見つめているようだった。

 

「オレが誰かって話なんだが────」

 

 瞬間、女性の口元が笑みに歪む。

 新しいオモチャを見つけた、面白いものを見た、愛おしいものを見た、面白いものを聞いた、愛おしい声を聞いた────様々な感情が入り混じり、複雑化された気味の悪い笑みだ。

「へぇ、騎士モードレッド」

 女性の口は、小さな音で言葉を紡ぐ。

 彼女の名を、決して忘れないように、刻み付けるように。何度か反芻してから、満足そうに頷いて。

 

「可愛い顔をしているのね……楽しめそう」

 

 ほぅ、と熱のこもった息を吐き、途端。

 次の瞬間には、カフェの中から姿を消していた。

 青い髪の女性を見た者は居ない。誰ひとり、唯一人も。

 そこには、ほんの少しの、誰も気づけないほどの僅かな魔力の残滓が漂っていた。

 

 

 

 ◇Interlude out◇




もっと書きたいんですけどパールヴァティ実装とバイトのせいでそれどころじゃない……主に前者……桜あああああああ!!


間桐桜のことに関しちゃもう筆者は病気レベルなので。HF映画めちゃくちゃ待ってました。

最近色々な方が誤字を訂正してくれて助かってます……ホントありがとうございます。気付かなすぎる

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