Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜 作:柊悠弥
「君は────」
夜風に揺れる白い長髪。怪しく光る赤い瞳。それから、人懐っこい笑みが特徴の少女。
士郎には心当たりがあった。
『早く呼ばなきゃ死んじゃうよ、お兄ちゃん』
つい先日、彼女とは道ですれ違い、意味深なことを言われた記憶がある。
呼ばなきゃ死んじゃう……あの時は意味がわからない言葉だったが、今ならしっかりとわかる。
「君も、マスターだったのか」
「うん、そうだよー。私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。イリヤって呼んでね、シロウ」
シロウ、と訛り気味に、人懐っこそうに呼ぶ声。
可愛らしいのだが、彼女の背後には異様な影が立っている。威圧と魔力を感じるその影は、サーヴァント。魔術に疎い士郎ですらも理解できる。
────彼女のサーヴァントは、桁違いだと。
士郎を庇うように立つ、好戦的なセイバーですら相手を警戒し、睨みつけている。いつの間にか兜を被り、剣を握る手には力がこもり、異様なまでもの殺気を放っていた。
「おいシロー、アイツとは知り合いなのか?」
「……いや、一度すれ違っただけだ。面識はない、はず。なのに、なんで名前を知ってるのか……」
日本のプライバシー管理システムはどうなってるんだ、なんて異論を申し立てたいところだが今はそんな状況ではない。
小首を傾げる士郎に変わって、隣の凛が鼻で笑い、
「馬鹿ね、衛宮くん。相手だって魔術師よ? マスター候補の名前やら個人情報を何処から持ち出してきてても不思議じゃないわ。私としては、衛宮くんに目をつけていたことの方が意外だけど」
なんて呑気なことを言いながらも、凛は今もイリヤから逃げ出す方法を探している。
凛としても、ここでイリヤとまともにやり合うのは得策ではないと判断したらしい。しかしそんなポーズを目の前で取られて、イリヤは黙っているわけがなかった。
「無駄話はもう終わり。少し、残念だけど────」
動き出す。
空気が、死が、異様な影が。ゆっくりと、音を立てて動き出す。
リボルバー銃が回転するように。引き金が、徐々に引かれていく感覚。
「────やっちゃえ、バーサーカー」
引き金は、そんな簡単な言葉だった。
弾丸のごとくバーサーカーと呼ばれた影は飛び出し、一瞬で士郎たちとの距離を詰めてくる。
「────らァ!!」
セイバーも黙ってはいない。士郎の指示も待たずに飛び出すと、高さの有利を利用してバーサーカーに向かって落下していく。
瞬間、火花が散った。
バーサーカーが持っている大きな岩の塊のような剣と、セイバーの剣が激突したのだ。
セイバーの勢い、そして高低差を利用してすらもバーサーカーはセイバーの剣を難なく受け止めている。
「っそ、この……!」
「▂▅▇▇▇█▂▇▂!!」
巨影が吠えた。目の前でその咆哮を喰らったセイバーは表情を歪め、地面を転がりバーサーカーの間合いから抜け出す。
「っるせーんだよ畜生が!!」
悪態を吐くセイバーに、打撃が降る。寸でのところで回避すると、坂道の脇────そこに生い茂る森の中へと駆け込んだ。
「セイバー!!」
駆け抜けていくセイバーの背中と、それを追うバーサーカー。
思わず士郎は叫びながら、どうするべきかと思考を回して。
迷ってる間に足だけは動いていた。考える前に動き出してしまうのは士郎の悪い癖だと、士郎自身理解している。
「まって、衛宮くん」
しかし凛は、そんな士郎の行動を許さなかった。
肩を引っ掴むと振り向かせ、まっすぐに士郎の目を睨みつける。なまじ美人なせいで、迫力は充分だ。
「追いかける気なの? セイバーは貴方を巻き込まないようにって、向こうの道に逸れたのよ?」
「……わかってる。でもそういうワケにいくか……セイバーを放っておけない。この身体がある以上、俺にも何かできることがあるはずだ」
数歩気圧されつつも、士郎は譲らない。
睨み合うこと数秒。遠くで剣と剣がぶつかり合う音が聞こえるだけの時間が続き、
「あーもう、わかったわよ。勝手にすれば? でも、私もついて行くことが条件だから! いい?」
先に耐えかねたのは凛の方だった。仕方ない、とばかりにため息まじりに何度か首を振ると、士郎の背中を蹴飛ばして。
ほら、行くんでしょう? とばかりの視線に駆られ、士郎は森の中へと駆け出した。
───√ ̄ ̄Interlude
一撃一撃が重い。
遮蔽物のない場所で戦っては不利かと思い墓地に逃げ込んだものだが、状況は別に好転してくれなかった。
「っ、づ、あ────!!」
受け止める度に地面が沈むほどの剣撃。ステータスも大して悪くないセイバーでさえ、受け止め続けるのは困難と言える。
受け止めた剣を滑らせ、蹴りを交え、ソレを遊ばせることでなんとか誤魔化す。
「せ、ァ!!」
大きな隙がようやく生まれた。バーサーカーなどと名乗っている癖に、ここまで巧いとは何事か。
懐に潜り込むと剣を構え、地を抉りながらの斬り上げ。しかし、
「▂▅▇▇▇█▂▇▂!!」
「ン、だと!?」
その斬撃は、鋼鉄に弾かれたようにバーサーカーの身体には通らない。
腕にまで衝撃が響き渡り、今度はセイバーが隙を生む。それに滑り込ませるように、岩のような大剣がセイバーの身体を貫いた。
「は、ぁ……ッ!」
なんとか受け身を取りながら、地面を転がって行くセイバー。兜の下に隠された顔は苦痛に歪められている。口の中が血の味がする。
────これが、聖杯戦争。
一筋縄ではいかない。これが、英霊達の集大成。
剣を支えに、セイバーは立ち上がる。
呼吸が荒い。痛みで整えられそうにもない。
しかし、このまま引き下がるワケにもいかないのだ。この身はかの王の息子だ。こんなところで、負けて引き下がるワケには────
「セイバー!!」
沸騰する思考に、士郎の声が響いた。
落ち着かせてはくれたものだが、彼もかなり肝が座っているものだとセイバーは思う。まあ、こうなる気はしていたのだが。
「シロー……なんで来やがった、帰れ、だとか言わねえよ。そこで見てろ。オレが、どんだけ強い英霊か見せてやるからよ────!!」
言って、駆け出す。魔力でブーストした脚力にモノを言わせた、一直線の突撃。
振るわれた剣は再び受け止められ、鍔迫り合いが始まった。今度は何とか力で押し通し、バーサーカーの巨大な剣を、地中に埋め込むことに成功する。
「お、ら、ァ!!」
埋め込んだ剣を踏み潰し、その勢いで強烈な蹴り。
────受け止められた。
続けざまに拳を振るい、回転を殺さぬまま剣で斬りつける。
────躱された。
「ちく、しょ……!!」
その事実が、見抜かれているという事実が、セイバーの心に焦りを生む。
焦りは剣先に迷いを生む。まるで、
『そんな剣では、私を斬ることはできまい』
「うるせェェェ!!」
振るう、振るう、振るう。その悉くを躱されて、今度はセイバーが守りに回る番だった。
躱しざまに振るわれる、巨大な拳。それが胴体を貫き、思わずセイバーはたたらを踏む。
ふらつきながらも構えた剣は手放さず、第二撃は何とかその剣で受け止めた。
「くそ、くそくそくそくそくそ!!」
兜の下から血反吐を吐き出し、セイバーは怒りに声をあげる。
それでもバーサーカーに剣は届かない。降り注ぐ攻撃は止んでくれない。
剣が弾かれた。それでも手放さない。構えた剣は遅く、拳は兜にぶち当たった。
脳に響く鈍い音。視界が晴れる。
セイバーが目にしたのは、宙を舞う兜と、迫り来る巨大な剣。
次の瞬間には一瞬視界が暗転し、自分の体が吹き飛ぶ衝撃で意識を取り戻した。
「おいセイバー、だいじょ……」
「見てろ、っつってんだろ……オレは平気だ。まだ戦えんだよ」
それでもまだ立ち上がる。解けた髪が鬱陶しい。
霞む視界には、
気に食わない。
「セイバーって、女の子だったのね」
「それが何だっつーんだよクソガキ。今に見てろ、オレがお前を殺して────」
血反吐を吐き垂らしながらの悪態。しかしその悪態は、
「それに、私と同じ。作られた命が、紛い物が……本物になろうと足掻き続けて。無様ね」
イリヤの冷たい言葉に、斬り裂かれた。
「何を、いって」
身体が固まる。動き出さない身体が重い。
気が抜けた。今の一瞬で致命的に隙が生まれた。
マズい。
「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█!!」
今更気付いたところでもう遅い。迫り来るバーサーカーは叫びをあげ、剣を大きく振り上げている。
「くそがああああああ!!」
終わりを悟ったその時、
バーサーカーの身体は矢に貫かれ、爆発と共にようやくその膝を地に着いた。
◇Interlude out◇
「くそ、くそくそくそくそくそ!!」
セイバーの叫びが辺りに響く。
同時に士郎の胸は、焦燥に支配されていた。
どうする、何かないか。このままじゃ、セイバーが殺されてしまう。
「どうにかならないのか、遠坂!!」
「わかってる、少し待ちなさい!!」
歯がゆさを噛みしめる士郎が振り返ると、凛は何やら耳に手を当て誰かと会話している。
────念話。
ここにはいないアーチャーとおそらく会話しているのだろう。しかしアーチャーはセイバーの攻撃を受けて重症のはずだ。
「いいのか、遠坂……おまえのサーヴァントに無理させて」
「そうするしかないでしょ。それに、本人がこの傷でも状況を打破するくらいならできるって豪語してんの。私のアーチャーを信じなさい」
途端、辺りに魔力の余波が波となって打ち寄せた。
遠坂の背後────遥か向こうに、赤い装束を揺らした男が立っている。
構えているのは弓。その手に持っているのは
「
剣を弓に番える。剣は捻れ、細々く。しかしその威厳は殺されずに、矢へと変換された。
「
放つ。威圧を感じるほどの魔力と共に、その剣を轟音と共に解き放った。
矢は剣を振り上げるバーサーカーの巨体にぶち当たり、そして、弾ける。
地を揺らすほどの爆発音。熱さと余波にその身を揺らし、士郎は見た。
敵わないと悟ったセイバーの表情。死を覚悟した、その顔を。
爆炎が薄れ、その中から出てきたのは焼け焦げ、胴体に大きな穴を空けたバーサーカーの姿。
バーサーカーは地に膝をつき、完璧に沈黙している。
「……おいアーチャー。余計なことしてんじゃねえよ!! あのまま行けばオレはアイツを殺せた。手柄を横取りしやがって……!!」
振り返ったセイバーは、激情に任せて剣を握り、奥歯を噛み締めながらづかづかとアーチャーへ歩みを進める。
無理もない。気持ちはわからないでもない。しかし士郎の胸には、怒りが満ちていた。
「セイバー。助けてもらったのにそれはないだろう」
「余計なお世話だって言ってんだ! オレはアイツを倒せた。殺せた、アイツの手なんか要らなかったっつってんだよ!!」
駄々をこねる子供のように。地を踏みしめ、首を振り、解けた髪を揺らしながらセイバーは叫ぶ。
「オレは、オレは────」
叫ぶセイバーに向かって、士郎は駆け出す。
その心を落ち着けるためでも、抱きとめてやるためでもない。
「セイバー!!」
士郎はセイバーを突き飛ばすと、死を覚悟しその目を瞑った。
不思議と、痛みはなかった。ただ自分の足の感覚が消えていくのと、意識が遠のいていくのが怖かっただけ。
ひたすら手繰り寄せても戻ってこない意識。暗く、暗転していく意識。
「おいシロー、シロー!?」
「▂▅▇▇▇█▂▇▂!!」
士郎が最後に聞いたのは、セイバーの酷く動揺した声と、自分の先に転がって行った下半身が倒れこむ音。
いつの間にか蘇ったバーサーカーの、勝鬨のような叫び声だった。
……バーサーカーにモーさんの剣通らないんすよね。思ってたよりランクが低くてめちゃくちゃ動揺しながら書いてました。
まぁ結果アーチャーに無理してもらうことに。頑張ったね、アーチャー……。