Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第3話 『邂逅』

 違和感が隠しきれない。

 自分が学年のアイドル、遠坂凛と一緒に深夜徘徊してるだけでもびっくりなのだ。にも関わらず何処かの国から来た男勝りな美少女まで一緒にとなると、殺されてしまったあたりから夢でも見てるんじゃないかと不安になる。

 思わず、頰をつねる。痛みで目尻に涙が浮かび、隣を歩くセイバーが不審な顔をした辺りで『ああ、これは現実なんだなあ』なんて他人事のように理解した。

「そういえばセイバー、セイバーはその……アーチャーみたいに透明化? できないのか?」

 セイバーからの視線に耐えきれず、質問を投げかけた。

 眉間に薄くしわを寄せていたセイバーは「ああ、」なんで呟いて、

「できないことはねーよ。けど、オレはあんま好きじゃない。なんだ、オレには消えてて欲しい事情でもあるのか?」

 マスターの指示なら従うぜ、とまっすぐに向けられた視線。

 皮肉で言っているわけではない。セイバーは本気で、それはマスターとしての指示かと問うている。

 そのまっすぐな視線に、士郎は苦笑で返す。

「いや、そういうワケじゃない。ただ、その鎧姿で街を歩くのは目立つなーって話さ。こんな時間だし、人通りも少ないから平気だとは思うけど。それに、セイバーが嫌がるコトはなるべくしたくないし」

 警察に見つかったら、なんて思わないことはないが。ちょうど凛は交番などを見事に避けて通り、士郎たちに配慮してくれている。

 万一見つかった時には遠坂がなんとかしてくれるだろう、なんて士郎は丸投げしてみる。

「……あと、俺のことをマスターって呼ぶのは遠慮して欲しい。俺はそんな器じゃないよ」

 続けざまに放たれた士郎の言葉に、セイバーはぽかん、と口を開いた。

 なにやらセイバーとしてはこんなことを言われるのは意外だったらしい。士郎にしてみればセイバーと会話を交わし、『マスター』だなんて呼ばれる度にむず痒さを感じていたものだが。

 なんで考えている士郎を、前を歩く凛が笑った気配がした。いや、確実に笑った。ほんの少し肩が震えたし。

「んじゃー……なんだ。なんて呼べばいい?」

「俺の名前は衛宮士郎って言うんだ。士郎とでも、衛宮とでも好きに呼んでくれ。名乗り遅れてすまない」

 本当なら出会い頭に名乗るべきなのだが、そんな暇は一切なかったし。出会って一時間ほどでようやく名乗るだなんて、奇妙な仲だと士郎は改めて思う。

「エミヤシロー、エミ……んんん」

 数度繰り返し、咳払いを挟んだり。ほんの少し頰を赤らめている辺り少し恥ずかしいんだろうか。士郎はそんなこと微塵も気づいていないけれど。

「じゃあシロー、で。それで満足か?」

「ん、じゃあそれで」

 シロー。外国人の口には難しいのか、ほんの少し間延びした響き。

 恥ずかしくないわけではないけど、マスターと呼ばれるよりマシだなあ、なんて。

 

 むず痒さを覚える会話を繰り返すのち、冬木の大橋が見えてくる。

 

 冬木教会まで、あと少し。……大きな橋を見てセイバーがえらくテンションが上がっていたのは、また別の話。

 

 ◇◆◇

 

「で、冬木の神父さんが聖杯戦争について詳しい、と」

「ええ、ここのエセ(、、)神父が。一応あいつ、聖杯戦争の管理者だから」

 言いながら、教会の扉へ手をかける凛。重たい扉を引き開けると、士郎たちを待ち受けていたのは無音だった。

 祭壇へ真っ直ぐ続く長い廊下。それを挟むように、左右対称に椅子がズラリと並んでいる。

 そして教会を支配するのは静寂だ。張り詰めるような無音は、士郎の心拍をほんの少し加速させる。

 思わず、息を呑む。隣に立つセイバーも士郎と同じく、この雰囲気はあまり得意ではないらしい。士郎とほぼ同時に、息を呑む音が聞こえた。

「……再三の呼びかけに応えぬと思えば、どういう風の吹き回しか……随分と面白い客を連れてきたものだな、凛」

 そして、その静寂を割いたのは男の低い声。

 声の主は、祭壇の前で聖書を片手にこちらを見つめている。

「相変わらず嫌味ね、綺礼。この七人目のマスターはかなり未熟だから、色々教えてやってちょうだい?」

 綺礼と呼ばれた男の底の見えない表情、相手を見透かすような声、その仕草────

 

 ────全てを見て、士郎はコイツが苦手だと理解した。

 

「そうか、君が七人目のマスターか……名をなんという?」

「……士郎だ。衛宮士郎」

「衛宮、士郎……」

 なにやら士郎の名前を復唱し、くつくつと笑い始める綺礼。

 この様子を見てセイバーが拳を握りながら一歩踏み出したが、手を伸ばすかたちで士郎が即座に制止した。

 

『……なんで止める。シローも不快に感じてるんだろ? なら一撃でも殴り飛ばしてやるべきだ』

 

 途端、士郎の脳内に響くセイバーの声。

 凛からここに来る途中に、サーヴァントとマスターは念話という特殊な機能が使えると聞いたものだが。とても奇妙な感覚で、一瞬士郎は戸惑いを覚える。

 どう返したものか。迷った挙句、士郎は首を横に振るだけで応えてやると、

「俺の名前がどうかしたのかよ」

 自分から問いかけを投げ、視線だけでセイバーに手を出すなと指示をした。

「すまない、なんでもないさ。……それで、教えるといっても具体的にどこからというのかね?」

「待った、俺はそもそも聖杯戦争とやらに参加するとは言ってないぞ」

 綺礼からだけでなく、セイバーと凛からまでも士郎に視線が突き刺さる。

 セイバーは目を見開き、何か言いたそうに口をまごつかせているが気にしてはいられない。視線は目の前の、いけ好かない神父に向け続けなければ。

 ほんの少しでも目を離せば、相手に気を許せば、取り返しのつかないところまで入り込まれる気がするのだ。

「……なるほど、これは重症だ。しかし衛宮士郎、良いのかな? 聖杯戦争(コレ)は君の願い────理想にも、通づるものがあると思うのだが」

「────理想」

 理想。衛宮士郎の、理想。

 正義の味方になること────衛宮切嗣の、跡を継ぐことだ。

 しかし、その理想を何故コイツが知っているのか。

「ロクでもない願いを掲げた魔術師が、人を殺すのを躊躇わない魔術師が、願望機をかけてこの街で戦う。この戦争は名ばかりではない。本物の戦争だ。君はそれを見過ごせるのかな……?」

 奥へと響いていくような声。

 戦争。ロクデモナイ願イ。人を殺すのを躊躇わないような、人間たち────。

 

「おいクソ神父。黙って聞いてりゃ偉そうに、なにウチのマスターに吹き込んでやがるんだ、あ?」

 

 そんな思考に、割り込む声があった。

 ふと、視線を声の方へ向ける。声の主であるセイバーは眉間にしわを寄せ、いつの間にか剣を呼び出し、綺礼の眼前へと構えていた。

「確かに聖杯戦争に参加しねえとか、ふざけたこと言ってんなって思わないことはない。けどこのままテメェに任せちゃ、シローが良からぬ方へハメられる気がする。あとはオレが話をすっからテメェはお払い箱だ。じゃあな」

 言って、セイバーが強引に士郎の手を取り歩み出す。ため息を吐く遠坂の横を素通りして、教会の出入り口へ。

「お、おいセイバー……!!」

 士郎の制止の声すら聞かず前へ、前へ進んでいく。

 そんな焦った様子でも士郎は、心の中で綺礼の言葉を反復していた。

「喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

『君の願いは、ようやく叶う』『人を躊躇わず殺すような』

 

『君は、放っておくことができるのかな?』

 

 思い出すのは数年前の大火災。名前を無くし、記憶を無くし、そして衛宮士郎となったあの日のことだった。

 覚えているのは、ただ熱かったことと、たくさんの命が朽ちて行ったこと。そんな中で俺だけが生き残ってしまったのは、きっと何かの間違いだったんだ。

 けれど、間違いだったとしても、俺はまだ生きている。たくさんの命の上に立ち、そして今も生きている。

 まだ何かを果たすはずだった命。果たす直前だった命。何か夢を、目的を、生きる動機を持った命の上に立っている。

 なら俺は、何か果たさなければいけない。この命は切嗣に、他の被害者にもらった命なのだから。

 

『────正義の味方に、なりたかったんだ』

 

 だからあの言葉は、俺にとってとても嬉しいものだった。

 誰かに生きる目的を託してもらえる。誰かに認めてもらえる。他ならぬ、衛宮切嗣に。

 

『なら俺が、代わりになってやるよ。爺さんの夢は────』

 

 ◇Interlude out◇

 

 教会を出て、無音が士郎とセイバーを迎え入れる。

 外も大して教会の中とは変わらないが、教会の中よりはよっぽどマシだった。

 涼しい夜の風を受けながら、セイバーは士郎へと振り返る。

 その眉間にはシワがより、やはりさっきの士郎の言葉を気にしているようだった。

「セイバー」

 何か言われるより先に、士郎がセイバーへ投げかける。口を開きかけたセイバーは面食らい、思わず黙ると視線で話の続きを促した。

「やっぱり、俺は聖杯戦争に参加するよ。協力してくれるか? セイバー」

 士郎に向けられる視線は怪しげだ。しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。掴まれていた腕を振り払い、歩み寄り、距離を詰めるとまっすぐにその目を見つめてやる。

「なんだシロー、あのクソ神父に誑かされたか? 確かにシローが聖杯戦争に参加しねえって言うのは困る。けど、あんな奴の言葉で参加するってのは────」

「違う」

 セイバーの言葉を両断する士郎の言葉。

 確かにあの言葉がなければ聖杯戦争に参加する気にはならかったかもしれない。

 

 けれど、

 

「今起こってる新都でのガス爆発とか、諸々が聖杯戦争のせいだとしたら。俺がランサーにやられたみたいに、何もできないまま死ぬ連中が増えるとしたら……それは、俺が見過ごしていいことじゃない。俺は、正義の味方になりたいんだ」

「正義の、味方……」

 

 目の前で命が踏みにじられるのは耐えられない。あんなにいとも簡単に殺されていいものじゃない。

 

「でもそのためには、俺ひとりの力じゃ無理なんだ。朽ちなくて良い命が枯れるのは、もう嫌だ」

 

 しかしそれはひとりでは無理だ。だから、セイバーに手を差し伸べる。

 

「協力、してくれるか?」

 

 流れで決定した契約を、もう一度。しっかり手を差し伸べて、頭を下げて。

 

「……ま、オレもひとりじゃ聖杯戦争を勝ち抜けねぇ。協力しない理由はねーよ、頭上げてくれ」

 

 言って、セイバーは士郎の手をとる。視線をあげた先には、セイバーの嬉しそうな笑みが待ち受けていた。

 

「よろしく頼むぜ、マスター」

 

 ここでようやく、二人の願いをかけた戦いが始まる。

 そんな二人を、茶化すように眺める人影があった。

「なあんだ、私が貫入しなくても解決するんじゃない。これで私たちは敵同士ね?」

 意地悪げな笑み交じりの、凛の声。対する士郎はほんの少し凛の言葉は不満なようで、唇を尖らせた。

「敵同士って……俺は遠坂と戦うつもりはないぞ?」

「なんでよ。聖杯戦争に参加するんでしょう? それなら敵同士。私のことは、倒さなくちゃならない」

「それこそなんでさ。別に嫌いな相手ならまだしも、俺は遠坂のこと好きだし」

「────────」

 二人のやりとりを聞いて、思わず吹き出すセイバー。まあ無理もない、流れるように告白されたようなものなわけだし。凛が顔を真っ赤にしてわなわなと肩を震わせるのも仕方ない話だ。

 なんとも和やかな、暖かいやりとり。しかし、

 

「ダメだよ、お兄ちゃん。そんな甘いこと言ってちゃ」

 

 そんな空気を、切り裂く声がした。

 あたりに響く、鈴のような少女の声。声の方へと視線を向けると、教会へと上る坂────教会へと続く唯一の道の途中に、声の主はいた。

 

「楽しいことしてるね。私も混ぜてよ」

 

 白い髪を揺らす、ひとりの少女と。

 異彩を放つ、大きな影が。背筋が震えるほどの、大きな影が────。




綺礼も絶対苦手だわな、って話。シロウにも拒否反応起こしてたし……あとセミ様。

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