Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第28話 『応え』

 視界の先では洗濯物が揺れている。

 それらはこの病院で使われているベッドのシーツたち。今日は雲も少なく、日差しもそこそこに暖かくて。洗濯物を干すにはちょうど良い。

 セイバーと大河は、病院の屋上へ来ていた。

 二人の他に人影は見えない。

 

「それで、どうかしたの? セイバーちゃん」

 

 声がやけに響く。セイバーの不安を甘やかに溶かす様に。

 

「……何かあったように見えるか?」

「見える。だってセイバーちゃん、いつもに比べて元気ないもの」

 

 屋上の隅に腰を下ろす二人。大河は俯くセイバーの表情を覗き込み、困った様に笑みを浮かべていた。

 

「……士郎と何かあった?」

 

 息がつまる。言葉も堰きとめられ、うまく吐き出すことができない。

 図星だ。図星だった。何もかもこの人はお見通しで、何かを隠し通すことはできそうにない。

 きっと今の表情からも、色々なことを読み取られてしまっているのだろう。

 しかし大河は次の言葉を紡がない。セイバーの口からはっきりと聞きたいのだろう。大切な話なのだから、自分の推測だけで話は進めたくない、と。

 

「……ちょっと、喧嘩した」

 

 喧嘩と表現していいのかはわからない。けれど、彼とぶつかり合ったのは事実だし、別に嘘をついたわけじゃない。

 

 ────あれは喧嘩なのだろうか。

 

 生涯、喧嘩らしい喧嘩はしたことがなかった。喧嘩というのは仲のいい人間同士がすることだ。

 彼と自分自身は、そこまで仲がいいモノだったのだろうか、と。

 

「……そっかぁ、士郎は気難しいからね。迷惑かけてごめんね?」

「ば、別にタイガーが謝るコトじゃない!」

 

 頭を下げる大河に、ぶんぶん、とセイバーは首を横に振る。

 そう、謝ることない。謝ることないんだ。むしろ、

 

「……謝るのは、オレの方なのに」

 

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 

 あれは、セイバーが初めて衛宮邸で過ごした日のこと。

 少し話がある、なんて大河に呼び出されて。着物を手渡されながら、大河は満面の笑みを浮かべて、

 

「セイバーちゃん、かなり強いでしょ?」

 

 なんて。開口一番に大河はそう言ったのだった。

 警戒をしなかったわけではない。けれど、大河はセイバーに単純な好意を向けていて。思わず、面食らいながら頷いたのを覚えている。

 

「……どうしてわかったんだ?」

「私も一応、剣道の有段者だから。足の運びとかでなんとなくわかるものでしょ?」

 

 言われて、納得したように頷く。

 それから数秒沈黙が続いて。大河はゆっくりと視線をあげて、セイバーの瞳を、真っ直ぐに覗き込む。

 

「こんなこと、初対面のアナタに頼むことじゃないかもしれないけど。士郎のこと、よろしく頼んでいい?」

 

 大河の瞳は揺れていた。その瞳に宿る感情は恐らく、情けなさだとかそういった類だろう。

 

「士郎ね、すごく危なっかしいの。昔から切嗣さんの────父親の夢を追いかけて、ひたすら前に進んでて。自分のことも顧みず、前しか見てなくて」

 

 恐らく今、彼女が見つめているのはセイバーではない。自分の弟分の、離れていく背中。

 

「……守ってくれる人が必要だなあ、って思ってたの。でもきっと、その役割は私じゃない。私ができることは、士郎を『おかえり』って、迎え入れてあげることくらいだろうから」

 

 もう手の届かない、士郎の背中だ。

 その瞳があまりにも悲しそうで、あまりにも無力で、情けなくて、

 

「……わかった。オレがちゃんと守る。だから、安心してくれ」

 

 思わず頷き、笑みを漏らしたのだった。

 

 

 ◇Interlude out◇

 

 

 そして時間は現在に戻る。

 謝らなくちゃいけない。士郎は自分が守ると約束したのに。あそこでセイバーは、何も言い返すことができなかった。

 自分が戦うと言った士郎に、何も。

 

「……士郎のこと、嫌いになっちゃった?」

「そんなこと────」

 

 ない、とは言い切れない。だって初めてなんだ。誰かにこんな感情を抱き、もやもやと頭を抱えて歩き回ることなんて一度もなかった。

 全ては剣で解決して来た、自分には、一度も。

 

「……悪いけど、オレにはわからない。なにも、わからないんだ」

 

 だから有耶無耶な応えを返すしかない。俯き、口元を複雑な感情に歪めることしか、許されない。

 

 だから、

 

「……そっか。セイバーちゃんは、優しいね」

 

 何もわからないからこそ。大河のその言葉に、何も返すことができなかった。

 

 ◇◆◇

 

 暖かな日差しを受けながら、ひたすら歩みを進めていく。

 士郎の目の前では凛と桜、イリヤが歩いているのが見える。士郎にはわからないが、恐らくライダーもそこに居るんだろう。

 家を出てからひたすら沈黙が続いていた。桜と凛とは、あれ以来会話を交わせていない。

 異様な気まずさが流れている。

 

『違うんですよ。そうじゃないんです、先輩』

 

 あの困ったような笑顔を見てから、桜の顔を直視できずにいる。もやもやと胸を支配する何かに、応えを出せずにいる。

 

 ────あの時俺は、何と応えるべきだったのか。

 

 何度問いかけてもわからない。それはきっと、士郎が自分のことを考えるのが苦手だからだ。

 この疑問だって、『怒られたから』ではなく『怒らせてしまったから』という、相手への思いから発生しているものなのだから。

 何故怒らせてしまったのか。そう考えているウチはきっと、士郎に応えは出せっこない。

 いつの間にか、一同は教会への上り坂に着いていた。

 心臓破りだなんて冬木の市民に呼ばれている坂。ソレを会話も交わさず、静かに歩んでいく。

 人影は見えない。もともと人通りが多い場所ではないのだが、沈黙が続いている士郎には酷く痛かった。

 

 一歩、一歩と歩みを進めていく。そして教会が見えて来たところで、

 

「……冗談はやめてよね」

 

 凛が、その歩みを止めた。

 

 教会へ続く一本道。花壇を両端に添えたそこには、三人の人影が見える。

 ひとりは憎たらしい笑みを浮かべたあの神父。意味深な行動をとり、士郎とセイバーの逆鱗を逆なでしたそいつ。

 そしてその隣には、

 

「何でランサーがここに居るのよ」

 

 赤い、死を彷彿とさせる長槍を携えた男。長髪を風に揺らし、退屈そうにため息を吐く男の姿。

 

 士郎を一度殺した男、ランサーの姿だった。




藤ねえはこういう事を言いそうだなって思って……何となく、藤ねえは切嗣の姿を士郎の背中に重ねてそうだな、なんて思いました。まる。

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