Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜 作:柊悠弥
視界の先では洗濯物が揺れている。
それらはこの病院で使われているベッドのシーツたち。今日は雲も少なく、日差しもそこそこに暖かくて。洗濯物を干すにはちょうど良い。
セイバーと大河は、病院の屋上へ来ていた。
二人の他に人影は見えない。
「それで、どうかしたの? セイバーちゃん」
声がやけに響く。セイバーの不安を甘やかに溶かす様に。
「……何かあったように見えるか?」
「見える。だってセイバーちゃん、いつもに比べて元気ないもの」
屋上の隅に腰を下ろす二人。大河は俯くセイバーの表情を覗き込み、困った様に笑みを浮かべていた。
「……士郎と何かあった?」
息がつまる。言葉も堰きとめられ、うまく吐き出すことができない。
図星だ。図星だった。何もかもこの人はお見通しで、何かを隠し通すことはできそうにない。
きっと今の表情からも、色々なことを読み取られてしまっているのだろう。
しかし大河は次の言葉を紡がない。セイバーの口からはっきりと聞きたいのだろう。大切な話なのだから、自分の推測だけで話は進めたくない、と。
「……ちょっと、喧嘩した」
喧嘩と表現していいのかはわからない。けれど、彼とぶつかり合ったのは事実だし、別に嘘をついたわけじゃない。
────あれは喧嘩なのだろうか。
生涯、喧嘩らしい喧嘩はしたことがなかった。喧嘩というのは仲のいい人間同士がすることだ。
彼と自分自身は、そこまで仲がいいモノだったのだろうか、と。
「……そっかぁ、士郎は気難しいからね。迷惑かけてごめんね?」
「ば、別にタイガーが謝るコトじゃない!」
頭を下げる大河に、ぶんぶん、とセイバーは首を横に振る。
そう、謝ることない。謝ることないんだ。むしろ、
「……謝るのは、オレの方なのに」
───√ ̄ ̄Interlude
あれは、セイバーが初めて衛宮邸で過ごした日のこと。
少し話がある、なんて大河に呼び出されて。着物を手渡されながら、大河は満面の笑みを浮かべて、
「セイバーちゃん、かなり強いでしょ?」
なんて。開口一番に大河はそう言ったのだった。
警戒をしなかったわけではない。けれど、大河はセイバーに単純な好意を向けていて。思わず、面食らいながら頷いたのを覚えている。
「……どうしてわかったんだ?」
「私も一応、剣道の有段者だから。足の運びとかでなんとなくわかるものでしょ?」
言われて、納得したように頷く。
それから数秒沈黙が続いて。大河はゆっくりと視線をあげて、セイバーの瞳を、真っ直ぐに覗き込む。
「こんなこと、初対面のアナタに頼むことじゃないかもしれないけど。士郎のこと、よろしく頼んでいい?」
大河の瞳は揺れていた。その瞳に宿る感情は恐らく、情けなさだとかそういった類だろう。
「士郎ね、すごく危なっかしいの。昔から切嗣さんの────父親の夢を追いかけて、ひたすら前に進んでて。自分のことも顧みず、前しか見てなくて」
恐らく今、彼女が見つめているのはセイバーではない。自分の弟分の、離れていく背中。
「……守ってくれる人が必要だなあ、って思ってたの。でもきっと、その役割は私じゃない。私ができることは、士郎を『おかえり』って、迎え入れてあげることくらいだろうから」
もう手の届かない、士郎の背中だ。
その瞳があまりにも悲しそうで、あまりにも無力で、情けなくて、
「……わかった。オレがちゃんと守る。だから、安心してくれ」
思わず頷き、笑みを漏らしたのだった。
◇Interlude out◇
そして時間は現在に戻る。
謝らなくちゃいけない。士郎は自分が守ると約束したのに。あそこでセイバーは、何も言い返すことができなかった。
自分が戦うと言った士郎に、何も。
「……士郎のこと、嫌いになっちゃった?」
「そんなこと────」
ない、とは言い切れない。だって初めてなんだ。誰かにこんな感情を抱き、もやもやと頭を抱えて歩き回ることなんて一度もなかった。
全ては剣で解決して来た、自分には、一度も。
「……悪いけど、オレにはわからない。なにも、わからないんだ」
だから有耶無耶な応えを返すしかない。俯き、口元を複雑な感情に歪めることしか、許されない。
だから、
「……そっか。セイバーちゃんは、優しいね」
何もわからないからこそ。大河のその言葉に、何も返すことができなかった。
◇◆◇
暖かな日差しを受けながら、ひたすら歩みを進めていく。
士郎の目の前では凛と桜、イリヤが歩いているのが見える。士郎にはわからないが、恐らくライダーもそこに居るんだろう。
家を出てからひたすら沈黙が続いていた。桜と凛とは、あれ以来会話を交わせていない。
異様な気まずさが流れている。
『違うんですよ。そうじゃないんです、先輩』
あの困ったような笑顔を見てから、桜の顔を直視できずにいる。もやもやと胸を支配する何かに、応えを出せずにいる。
────あの時俺は、何と応えるべきだったのか。
何度問いかけてもわからない。それはきっと、士郎が自分のことを考えるのが苦手だからだ。
この疑問だって、『怒られたから』ではなく『怒らせてしまったから』という、相手への思いから発生しているものなのだから。
何故怒らせてしまったのか。そう考えているウチはきっと、士郎に応えは出せっこない。
いつの間にか、一同は教会への上り坂に着いていた。
心臓破りだなんて冬木の市民に呼ばれている坂。ソレを会話も交わさず、静かに歩んでいく。
人影は見えない。もともと人通りが多い場所ではないのだが、沈黙が続いている士郎には酷く痛かった。
一歩、一歩と歩みを進めていく。そして教会が見えて来たところで、
「……冗談はやめてよね」
凛が、その歩みを止めた。
教会へ続く一本道。花壇を両端に添えたそこには、三人の人影が見える。
ひとりは憎たらしい笑みを浮かべたあの神父。意味深な行動をとり、士郎とセイバーの逆鱗を逆なでしたそいつ。
そしてその隣には、
「何でランサーがここに居るのよ」
赤い、死を彷彿とさせる長槍を携えた男。長髪を風に揺らし、退屈そうにため息を吐く男の姿。
士郎を一度殺した男、ランサーの姿だった。
藤ねえはこういう事を言いそうだなって思って……何となく、藤ねえは切嗣の姿を士郎の背中に重ねてそうだな、なんて思いました。まる。