Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第27話 『歪な』

 アテもなく歩いていく。

 自分のよくわからない感情から逃げるように。胸のモヤモヤをどこかへ消すために。寒空の下、着物とつっかけという寒々しい格好で、ひたすらに。

 何処に行きたいのか。何処にいくべきなのか。そんなのはわからない。ただ、逃げ出したかった。逃げたい。その一心で。

 

「……クソッ」

 

 悪態をついた相手は何処かの誰かではなく、おそらく自分自身。

 おかしくなってしまった、自分自身にだろう。

 

 気づけばセイバーは冬木の大病院へとたどり着いていた。

 誰かに導かれることなく、ただ、なんとなく。

 車通りの多い駐車場を抜けて、とりあえず、と入り口付近のベンチへと腰を下ろす。

 少し離れた先には自販機と喫煙スペースが見える。平日の昼だというのにそこそこの人影が見え、思わず眉間にシワが寄った。

 

「……聖杯戦争の、被害者か?」

 

 見れば、何やら住職らしき人影がちらほらと見える。凛によると、柳洞寺の住職たちが、暴走したキャスターの魂喰いの被害にあったらしい。

 魂ぐいを受けてから暫くは抜け殻のようになってしまうはずだが、既にあそこまで動けるようになるとは。流石と言うべきか。

 そんなことを考えながら、なんともなしに住職達の団欒を眺めていると、その中にひとり見覚えのある人影が見えた。

 調子のいい笑顔と、短く切り分けられた栗色の毛。その性格が現れているように、笑ったり、怒ったりするたびにその髪はふわふわと揺れている。

 

「……タイガー?」

 

 その名は藤村大河。衛宮士郎の姉貴分であり、セイバーもよく見知った存在で。

 

「あら、セイバーちゃんじゃない! こんなところでなにしてるのー?」

 

 そういえば被害者達はみんなここに運び込まれたんだっけ、なんて。今更ながらに、凛から得た情報を思い出したのだった。

 

 ◇◆◇

 

「ちょっと士郎!」

 

 土蔵での一件があり、居間に戻った士郎へと真っ先に浴びせられたのは凛の怒鳴り声だった。

 凛の後ろでは桜が不安げな表情を浮かべて、士郎のことを上目で見つめている。

 

「……どうしたんだよ、遠坂。そんな形相で」

「どうしたもこうしたもないわよ。アンタ、今になってセイバーと喧嘩とかなに考えてるの?」

 

 ああ、なんて呑気に頷きを返す士郎。もうここまで広がっているとは思わなかったらしい。

 そんな態度に呆れがさしたのか、凛は大きく溜息を吐いて、

 

「全く。それで、セイバーになんて言ったワケ?」

「セイバーには戦わせられないって言った」

 

 士郎から帰ってきた言葉に、その表情が引きつった。

 

「……呆れた。本気で言ってるの?」

「本気だよ。セイバーが傷つくのは見てられない。それに、俺にだって戦う術はできた。遠坂の足は引っ張らないはずだ」

 

 これは何を言っても無駄だ。引きつった笑みをそのままに凛は首を横に振り、眉間にそっと指を添える。

 数秒そのまま頭痛を殺すように眉間を揉んだ後、凛は溜息混じりに。

 

「……まあいいわ。とりあえず次の目標は教会だし、どうにかできないか相談をするだけだし。危険はないだろうから……ただ、非常事態には令呪を使ってセイバーを呼び出すように。良いわね」

 

 まくし立てるように言い捨てると、士郎の脇を抜けて自室へとドカドカと向かって行った。

 居間に取り残されたのは桜と士郎。二人の間には気まずげな沈黙が流れ、なんとも言えずに黙り込むしかない。

 士郎は指先で頰を掻きながら。何か言うべきか、なんて迷ったまま気まずさに唸り声をあげていると、

 

「先輩」

 

 沈黙を取り去ったのは桜の声。同時に士郎の右手首が桜の両手に包まれ、ぎゅっと強く握られた。

 揺れる視線は真っ直ぐに。士郎の目を貫いている。

 桜、なんて名前を呼ぶことも許されない。

 士郎はまっすぐに見つめ返し、ただ、面を食らって口を噤むしかなかった。

 

「先輩が、セイバーさんが傷つくのが嫌だって言うのと同じくらいに……わたしも先輩が傷つくのは、嫌です」

「────、────」

 

 目を見開く。予想外の言葉だった。

 桜はさらに強く、士郎の手首を握りしめる。逃がさないと、言わんばかりに。

 

「わたし、嫌です……先輩がボロボロになって行くのは耐えられない。兄さんと戦ったあの時も、平気で片腕を犠牲にして」

「……あれは、そうするしかなかったんだ」

 

 そう。そうするしかなかった。アレが一番、あの状況をいい方向に持っていける方法だったはずだ。

 嘘は言っていない。凛も桜も、大切な人が誰も傷つかないためには。誰かが傷つくことが決まっているのなら、その席を自分が代わってやるのが一番いい方法のはずなんだ。

 士郎はそう信じてやまない。それなのに、

 

「違うんです。そうじゃないんですよ、先輩」

 

 桜は首を大きく振りながら、士郎の言葉を、その思考を否定する。

 

「そうじゃないんです……姉さんも言ってました。先輩は、いつか誰かのために全てを投げ出してしまいそうで怖いって。わたしもそう思うんです。先輩はいつか、自分の命ですら……誰かに、『はいどうぞ』ってあげちゃいそうで……すごく、怖くて」

 

 見てられない。誰かのために傷ついて行く、その様子が。

 嫌で嫌でたまらない。士郎が桜には無事であってほしいと思うように、桜も士郎には無事であってほしい。

 だから、あんな力を士郎に与えた聖杯が憎かった。正直奪い去ってしまいたかった。けれど、

 

『士郎は正義の味方になりたいって、小さい頃から言っててねー?』

 

 いつだか聞いた大河の言葉が離れてくれない。これが士郎の思う正義の形だとしたら、自分に奪うことができるのだろうか────と。

 

 正義の味方(生き甲斐)を失った士郎は、どうなってしまうのか。

 

 考えれば考えるほど怖くなる。士郎の心のほとんどを埋め尽くしているのはおそらく正義(ソレ)だろう。ソレを失ってしまった士郎は、空っぽになってしまう気がして。

 

「ああ、わかってるよ桜。……心配かけてごめんな?」

 

 嘘です、先輩はわかってません。わたしのそばに居てください。

 そんな簡単な言葉すら、士郎にかけることはできないのだ。

 

 笑み浮かべた士郎に。何も、言葉が出てくれないのだ。

 

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 

 戦わせることはできない。

 自分の主人にそう告げられ、ひどく腹が立ったのは事実だ。

 けれど、それ以上によくわからない感情が満ちた。父上に拒絶された時のものとは違う。まったく、別のもの。

 正直ああ言われた時に首を叩き斬ってやればよかった。危害を加えるな、なんて令呪は課せられていない。

 あんな無防備な背中だ。叩き斬るのは簡単な話だろうに、どうして。

 

 答えの出ない問いを繰り返す。思考をぐるぐると疑問がかき回す。

 

 答えが出ない。出てくれない。わからない。きっと、その答えをタイガーなら出してくれると信じて、無意識に病院へと逃げ込んだのかもしれない。

 

 弱くなったなぁ、弱くなったよ。……こんなにオレの心は、弱いものだったか。

 

『だってそうでしょう。何もかも貴女

 は偽物だらけ。その身体も、剣技も、自分のものではない────』

 

 あんなやすい挑発で、心を乱すほどに弱い人間だっただろうか。

 

 わからない、わからない、わからない────。

 

 

 ◇Interlude out◇




そういえばこれの次の章でこの話終わりますって話ししましたっけ(した気がする)とうとう最終戦です。士郎の歪な心はやはり気味が悪い……そういうところも好きなんですけど。
好きな子を苛めたくなってしまう病気。モーさんと士郎を苛めてしまう。仕方ないことだと思います。作家病的な。

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