Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第4章
第26話 『痛みと、』


「……何言ってんだよ、シロー」

 理解できなかった。何を言ってるのか、全く。

 セイバーは目を見開いて、士郎の背中を見つめるしかない。

 こちらに視線すら向けてくれない、彼の背中を。何故かその背中に、自分の父親を幻視した。

 士郎は深くため息を吐いて。ゆっくりと、首を横に振る。

 

「……もう無理だ。見てられないんだよ。ああやって、傷ついていくキミなんて」

 

 思い返すのは二度のバーサーカーとの戦闘。

 取り乱し、剣を振るわれ、傷ついていくセイバーの姿だ。

 アレを見る度に士郎の心が締め付けられる。自分の無力に腹が立つ。

 

 こんなに普通の女の子が、楽しそうに笑える女の子が、ああやって傷ついて良いワケない。

 

 生涯自分の父親に認められるためだけに戦い、報われることのなかった彼女が。

「……ンなこと言ったって、士郎はオレなしじゃ戦えないだろ」

「そんなコトない。俺だって、戦うための術を手に入れた」

「────、────ッ」

 息を飲む。

 戦う術────ソレはきっと、バーサーカー戦で見せた投影魔術のことを言っているのだろう。

 それから、とうとう正体が露わになった回復能力のことも。

 

 そう。士郎はなまじ戦える能力を手に入れてしまったのだ。

 

 それならもう、セイバーを無理に戦わせる理由はないのだ、と。

 何も言葉が出ない。出てきてくれない。

 身体は鉛を流し込まれたかのように重く、熱く。言うことを聞いてくれず、等々拳を強く握るしかなかった。

 喉に言葉が突っ掛かる。吐き出せるのは苦しげな唸り声だけ。

 耐えきれない。ダメだ、もう、

 

「……勝手にしろ」

 

 その場にいることが耐えきれなくて。捨て台詞のように残して、セイバーは土蔵を飛び出す。

 外の冷たい空気に触れて、ようやく身体が思うように動いてくれた。

 逃げるように庭を走り抜け、息を切らしながら。衛宮邸から逃げ出そうとしたところで、

 

「何処へ行くのですか、セイバー」

 

 背後から名を呼ばれ、立ち止まる。

 振り返ることなどできない。今の表情を、誰かに見せることなど出来なかった。

 

「知らねえよ」

「……そうですか。この後、私たちは冬木の教会に行くつもりです。貴女の気が向けば、どうか」

 

 気が向けばな、なんて。そんな皮肉も口から出てくれることはなく。

 ライダーの言葉を無視して、アテもなく駆け出した。

 

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 よかった。これで良かったんだ。

 彼女が傷つくのは耐えられない。彼女はもっと、幸せにならなくちゃいけないはずなんだ。

 彼女が傷つかずに済むのなら、俺が傷つくのなんて安いもので。その傷が癒えるというのなら、彼女のためにいくらでも傷つこう。

 

 与えられたこの力はきっと、誰かの傷を肩代わりするために与えられた力だ。

 与えられたこの力はきっと、誰かの前に盾として立つために与えられた力だ。

 

「……そうすればきっと、近づけるだろーか」

 

 思い浮かべるのは、憧れた背中。正義の味方────その姿だ。

 

 しかしその背中も、イリヤの話を聞いてから、陰って上手く、見えてくれない。

 

 

 ◇Interlude out◇

 

 

「あ、っ、ぐ、う、づ……!!」

 

 痛い、痛い、痛い、痛い。全身が張り裂けるように痛み、呼吸すらもままならない。

 蹲り、声を漏らすことしかできなかった。痛む全身を抑え込み、その場に転がることしか許されない。

 場所は新都の何処か。自分がどこに居るかすら定かではない。

 呼吸が浅い。痛い。口元からはだらしなく唾液が垂れ流され、痛みを堪えるために地面に頭を叩きつける。

 

「痛いか。それが貴様の願いを叶えるための代償だ」

 

 声がする。姿が見えない。いや、姿を視認しようとできないが正しいか。

 常に視線は地面に向いて、重たく、上へ向うとしてくれすらしない。

 

「その痛みを乗り越えれば、貴様の願いが……」

 

 ああ、鬱陶しい。やかましい。声すらも自身に痛みを与え、これ以上聞きたくないと、全身が悲鳴を上げている。

 

「うる、ざい」

 

 ようやく声を上げた。苦しさを押しとどめ、苦痛を伝えるために、声を。

 魔力の沼を広げていく。サーヴァントすら飲み込む、底なしのソレを。

 

 驚愕に息を呑む音が聞こえた。まさか牙を剥かれるとは思いもしなかったんだろう。

 あまりにも鬱陶しかった声を。その主を。ゆっくりと、ゆっくりと飲み込んでいく。

 何より腹が減っていた。痛みと同時に空腹が襲ってきて、耐えきれなかった。

 

 痛くて痛くて/腹が減って

 死にたくて、/産まれたくて、

 

 たまらなかった。

 

 そんな様子を、満足そうに見下ろす影があった。

 冬の淡い日差しを受けて、金色に輝く髪の持ち主。

 その男は口元を楽しそうな笑みに歪めて、耐えきれなかったのか笑いながら肩を揺する。

 

「くく、無様よな。自身の欲を剥き出しにして、ここまで醜く変わり果てるとは」

 

 これだから聖杯戦争(コレ)は面白い、と。

 男の笑い声と、女の痛みを堪える悲鳴が、辺りに響き渡る────。




毎度のことながら最新章の導入なので短めです。なんか導入は長々とかけない病気みたいで……今回もありがとうございました

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