Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜 作:柊悠弥
第26話 『痛みと、』
「……何言ってんだよ、シロー」
理解できなかった。何を言ってるのか、全く。
セイバーは目を見開いて、士郎の背中を見つめるしかない。
こちらに視線すら向けてくれない、彼の背中を。何故かその背中に、自分の父親を幻視した。
士郎は深くため息を吐いて。ゆっくりと、首を横に振る。
「……もう無理だ。見てられないんだよ。ああやって、傷ついていくキミなんて」
思い返すのは二度のバーサーカーとの戦闘。
取り乱し、剣を振るわれ、傷ついていくセイバーの姿だ。
アレを見る度に士郎の心が締め付けられる。自分の無力に腹が立つ。
こんなに普通の女の子が、楽しそうに笑える女の子が、ああやって傷ついて良いワケない。
生涯自分の父親に認められるためだけに戦い、報われることのなかった彼女が。
「……ンなこと言ったって、士郎はオレなしじゃ戦えないだろ」
「そんなコトない。俺だって、戦うための術を手に入れた」
「────、────ッ」
息を飲む。
戦う術────ソレはきっと、バーサーカー戦で見せた投影魔術のことを言っているのだろう。
それから、とうとう正体が露わになった回復能力のことも。
そう。士郎はなまじ戦える能力を手に入れてしまったのだ。
それならもう、セイバーを無理に戦わせる理由はないのだ、と。
何も言葉が出ない。出てきてくれない。
身体は鉛を流し込まれたかのように重く、熱く。言うことを聞いてくれず、等々拳を強く握るしかなかった。
喉に言葉が突っ掛かる。吐き出せるのは苦しげな唸り声だけ。
耐えきれない。ダメだ、もう、
「……勝手にしろ」
その場にいることが耐えきれなくて。捨て台詞のように残して、セイバーは土蔵を飛び出す。
外の冷たい空気に触れて、ようやく身体が思うように動いてくれた。
逃げるように庭を走り抜け、息を切らしながら。衛宮邸から逃げ出そうとしたところで、
「何処へ行くのですか、セイバー」
背後から名を呼ばれ、立ち止まる。
振り返ることなどできない。今の表情を、誰かに見せることなど出来なかった。
「知らねえよ」
「……そうですか。この後、私たちは冬木の教会に行くつもりです。貴女の気が向けば、どうか」
気が向けばな、なんて。そんな皮肉も口から出てくれることはなく。
ライダーの言葉を無視して、アテもなく駆け出した。
───√ ̄ ̄Interlude
よかった。これで良かったんだ。
彼女が傷つくのは耐えられない。彼女はもっと、幸せにならなくちゃいけないはずなんだ。
彼女が傷つかずに済むのなら、俺が傷つくのなんて安いもので。その傷が癒えるというのなら、彼女のためにいくらでも傷つこう。
与えられたこの力はきっと、誰かの傷を肩代わりするために与えられた力だ。
与えられたこの力はきっと、誰かの前に盾として立つために与えられた力だ。
「……そうすればきっと、近づけるだろーか」
思い浮かべるのは、憧れた背中。正義の味方────その姿だ。
しかしその背中も、イリヤの話を聞いてから、陰って上手く、見えてくれない。
◇Interlude out◇
「あ、っ、ぐ、う、づ……!!」
痛い、痛い、痛い、痛い。全身が張り裂けるように痛み、呼吸すらもままならない。
蹲り、声を漏らすことしかできなかった。痛む全身を抑え込み、その場に転がることしか許されない。
場所は新都の何処か。自分がどこに居るかすら定かではない。
呼吸が浅い。痛い。口元からはだらしなく唾液が垂れ流され、痛みを堪えるために地面に頭を叩きつける。
「痛いか。それが貴様の願いを叶えるための代償だ」
声がする。姿が見えない。いや、姿を視認しようとできないが正しいか。
常に視線は地面に向いて、重たく、上へ向うとしてくれすらしない。
「その痛みを乗り越えれば、貴様の願いが……」
ああ、鬱陶しい。やかましい。声すらも自身に痛みを与え、これ以上聞きたくないと、全身が悲鳴を上げている。
「うる、ざい」
ようやく声を上げた。苦しさを押しとどめ、苦痛を伝えるために、声を。
魔力の沼を広げていく。サーヴァントすら飲み込む、底なしのソレを。
驚愕に息を呑む音が聞こえた。まさか牙を剥かれるとは思いもしなかったんだろう。
あまりにも鬱陶しかった声を。その主を。ゆっくりと、ゆっくりと飲み込んでいく。
何より腹が減っていた。痛みと同時に空腹が襲ってきて、耐えきれなかった。
痛くて痛くて/腹が減って
死にたくて、/産まれたくて、
たまらなかった。
そんな様子を、満足そうに見下ろす影があった。
冬の淡い日差しを受けて、金色に輝く髪の持ち主。
その男は口元を楽しそうな笑みに歪めて、耐えきれなかったのか笑いながら肩を揺する。
「くく、無様よな。自身の欲を剥き出しにして、ここまで醜く変わり果てるとは」
これだから
男の笑い声と、女の痛みを堪える悲鳴が、辺りに響き渡る────。
毎度のことながら最新章の導入なので短めです。なんか導入は長々とかけない病気みたいで……今回もありがとうございました