Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第25話 『半端者、疑問』

「俺の回復力……その理由がわかったのか!?」

「ええ。わかった、というより……イリヤスフィールが知っていた、の方が正しいかしら」

 長らく疑問だった、士郎の異常なまでもの回復能力。自分の知らないところで発動していた何か。

 それをイリヤは知っていたらしい。思わず士郎はイリヤへと、期待の視線を向ける。

 これでようやく理由がわかる。何を引き換えにして回復していたのか────何が起こっていたのか。それを理解すれば、今後も戦いに使っていけるだろう。

 士郎の……いや、その場の全員の視線を一身に受け、イリヤは小さく溜息を吐く。

 それはイリヤの話の、開始の合図だった。

「……まずは、第四次聖杯戦争の話からしなくちゃいけないわ。今行われている聖杯戦争の、ひとつ前に行われた聖杯戦争────十年前に行われた、ソレを」

「……十年、前の」

 イリヤの言葉を反復するように、凛が小さく呟いた。

 十年前の聖杯戦争。きっと凛も、何かしらの関係があるのだろう。

「そう。十年前、ここ、冬木を舞台に第四次聖杯戦争は行われた。勝者はセイバーのサーヴァントと、そのマスター。でも勝者のそのマスターは、聖杯を手に入れる直前に、セイバーの宝具によって聖杯を破壊したわ」

「……なんでよ。聖杯を手に入れたくて、そのマスターは聖杯戦争に参加してたんじゃないの?」

「それは順番に話すから、少し黙ってて」

 さっきの揶揄いの仕返しだろうか。イリヤは半目で凛を見つめつつ、その言葉を一蹴。そして話を再開した。

 

「そのマスターは、私とシロウの父親……衛宮(えみや) 切嗣(きりつぐ)。そしてサーヴァントの真名は、アーサー・ペンドラゴン」

「────────」

 

 息を呑む音がする。その主は士郎と、セイバー。

 イリヤから放たれたその名前は、二人に縁の深い人間の名前だった。

「キリツグは私たち……アインツベルンに雇われて、ひとりのマスターとして聖杯戦争に参加したの。それで、セイバーを召喚するときにある触媒が使用された。それが、エクスカリバーの鞘」

 エクスカリバーの鞘。アーサー王伝説に登場するアイテムのひとつだ。

 泉の精霊によって生み出された聖剣の鞘。

 

「その鞘は伝説通り持ち主の老化を停滞させて、傷を治す能力があったの。セイバー────アーサー王が近くにいれば、すぐさま傷は回復されたって。それがたぶん……シロウに埋め込まれてるんじゃないかな、って」

「……待って、イリヤ。それはおかしくない? その話が本当なら、セイバーじゃなくアーサー王がいなければその鞘は発動しないはずよ?」

 

 そう。あくまでもエクスカリバーの鞘は、アーサー王の宝具にあたるもの。その効果が発動する条件としては、アーサー王がこの場に居なければいけないはずだ。

 イリヤは静かに、凛の言葉に頷きを返し。そして、

 

「そうね。アーサー王が存在しなくとも、少しは回復能力が発動したらしいけど……シロウのアレは異常すぎる。本来発動しないはずの回復能力────でもこの場に、今の冬木に、アーサー王の霊基(、、、、、、、)が存在するとしたら、話は別よ」

 

 今度は視線が、セイバーに突き刺さった。

 

「アーサー王の、霊基が……!?」

 

 驚愕の声を上げる一同。しかしその中で、イリヤとセイバーだけが、静かに見つめあっている。

 

「……モードレッドはアーサー王の息子。でも確かに息子かもしれないけれど……彼女の正体はモルガンによって生み出された、アーサー王のクローンのようなもの。いわば、アーサー王の写し身。そうよね?」

 

 イリヤの言葉に、セイバーが歯を噛みしめる音が聞こえた。ついでに拳も強く握られて、眉間に深く皺が寄る。

 

「……そうだ。オレは確かに、アーサー王の息子として生み出された。けど実際はクローン人間……ホムンクルスだったんだよ。皮肉な話だ」

「それできっと聖杯が誤作動を起こしたんでしょう。本来呼び出されるはずのアーサー王ではなく、その全く同じといっても過言ではない身体の……貴女が呼び出された。アーサー王の霊基として、モードレッドの霊基として、半端な状態の貴女が。それならあの宝具を使った理由も頷ける」

 

 それが士郎の身体で起こっていた、異常な回復能力の正体。

 複雑な人間関係が絡み起こる、能力だった。

 

「それからキリツグが聖杯を破壊した理由、だったかしら。……それはね、冬木の聖杯が壊れているからよ」

「……壊れてるって、どういうことだよ」

 

 思わず士郎が疑問を投げる。

 自分の追いかけてきた背中、衛宮切嗣────彼は正義の味方になりたいという願いを掲げていた。

 叶えたい願いなどいくらでもあっただろう。しかしそれを放棄してでも聖杯を破壊した理由が、気になって仕方がない。

 イリヤは一度目を伏せてから、ゆっくりと桜に視線を向けて。

 

「サクラは薄々気づいているかも知れないけれど、冬木の聖杯は普通じゃないわ。とあるサーヴァントに────いいえ、悪魔に汚染されているの」

 

 桜は静かに頷くと、複雑な感情に口元を歪めた。

 身に覚えがありすぎる。自分の体は聖杯と繋がっていて、度々何者かの思考と怒りが流れ込んでくることがあった。

 

『死ね、死ね、死ね、殺す。オレハオマエタチヲ許サナイ────』

 

 これが何かはわからない。けれど、この聖杯が普通じゃないことはわかっていた。

 

「その悪魔の名前は『この世全ての悪(アンリマユ)』────第三次聖杯戦争でアインツベルンが呼び出したサーヴァント。どういうワケかそのサーヴァントが未だに聖杯に居座って、汚染している。きっとあのキャスターは、彼の影響を受けてしまっているんでしょうね」

 

 あの女の異様なまでもの殺意と、身体を半分壊してでも聖杯を手に入れようとする執着心。

 元から聖杯への執着、世界(だれか)への復讐心はあったんだろうが、『この世全ての悪』によってソレが煽られているのだろう。

 

「その汚染によって、今の聖杯には願いを叶える機能はない。ソレに気づいたキリツグは、聖杯を破壊して────溢れ出た魔力は、大災害を引き起こした。十年前の、あの大火災を」

 

 この地についてようやく気づくなんて、間抜けな話よね、だなんて大きなため息を吐き出すイリヤ。

 

「……十年前の、大火災?」

 

 しかし士郎の耳には、そんな声は届いてなかった。

 聞いてきた全ての事柄が飛んでいく。頭から、ゆっくり抜け落ちていくように。

 自分が全てを失ったあの火災。たくさんの人が死んで、たくさんのものが焼けて、煤に変わっていく絶望感。

 今でも夢に見る。頰を撫ぜる熱い風と、喉を焼くような熱気。全てを、鮮明に覚えている。

 そして、その場から助けてくれた、切嗣の表情でさえも。

 あの場から助け出してくれた彼には、いくら感謝してもしたりない。

 あの火災をまさか、彼自身が起こしたなどと────

 

「悪い、少しだけ……ひとりにしてくれないか」

 

 詰め込まれた情報を整理しきれず、士郎は思わず居間を後にした。

 

 ◇◆◇

 

 逃げた先はいつもの土蔵。冷えた空気と埃くささが、士郎にとっては酷く落ち着く。

 しかし冷静さは取り戻せない。ひたすら思考が回っていく。

 

 衛宮士郎(じぶん)の人生を作り上げてくれた人間が、▇▇士郎(じぶん)の人生を焼き壊した人間だなんて。

 

「……なんだってんだよ」

 

 この胸に満ちる気持ちはなんなんだろう。何と言い表せば良いのだろう。

 ひたすら思考は回っても、答えに行き着いてくれない。

 今、シロウ(じぶん)は、何を思っているのか。

 

「……シロー」

 

 背後から声がかかる。肩越しに振り返ってみれば、土蔵の入り口に見えるのはセイバーの姿。

 何やら視線を逸らしつつ、頭をボリボリと掻きむしっているのが見える。

 

「なんだ、邪魔する敵ならオレが叩ッ斬ってやる。だからその、余計なことは考えずに居ればいい。シローは前だけ見ていてくれりゃいいよ」

 

 セイバーなりの、心配しての言葉だろう。しかし士郎から返ってきた言葉は、

 

「その話なんだけどさ、セイバー。俺にはもう、君を戦わせることはできない」

 

 ちっとも、予想なんてしていなかったもので。

 

「…………は?」

 

 思わず困惑の声をあげたセイバーの表情は、士郎は見ることができなかった。




長いセリフが多い……説明回だから仕方ないけども。なんとか書き上げました。これが士郎とセイバーの一件の全貌です。
ご都合設定なんで、嫌いな方も多いかもしれないです……あとアポクリファなんかのネタバレも含んでますねこれ。ごめんなさい!!!!また次回!!!

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