Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜 作:柊悠弥
光の柱が炸裂する。
剣を振りかぶったまま動きを停止した巨人は確かにその活動を停止して、思いの外静かに両膝を地へと下ろした。
瞳から光を失い、胸に大穴を空けた巨人は、もう二度と叫びを上げることはないだろう。
何かに囚われたような、苦しそうな叫びを。
巨人の粒子化が始まる。水色の、終わりを告げる寒々しいモノだった。
日が沈みきって、空に広がるのは夜の帳と、淡く存在を主張する星々。その中に溶け込むように、巨人────バーサーカーだったモノは、空へ運ばれていく。
「……お疲れ様、バーサーカー」
イリヤはその亡骸に、静かに、ほんの少し寂しそうに声をかけて。
その後ろの女へと、鋭い視線を向けた。
「……バーサーカーを倒された、ところで……私だけでも、アナタたちは、」
その視線を受けて悪態を返す女は、何処か様子がおかしかった。
繰り返す呼吸は酷く浅く、何か痛みを堪えるようにその隻腕で胸を抑え込み。脂汗を流しながら背中を丸めていて、弱り切っているような。
今ここで押し通せば倒せる。そう思わせるほどに弱々しいのだが、満身創痍なのは士郎達も同じ。手を出せずに、ただその様子を警戒しながら見ているしかない。
「く、ぁ……っ、くそ……! またアナタ達を殺しにいくから……覚えてなさいよ……!」
捨て言葉のように吐きながら、女は一瞬で何処かへ消え去る。聖杯の魔力を駆使した瞬間移動だろうか。
女が消えても、緊張は抜けきらない。数分沈黙だけが続き、それでようやく全員警戒態勢を説いた。
「……見逃されたのかしら」
そんな凛の気の抜けたひと言を聞いて、一同は首を傾げて。
何が何だかわからないまま、とりあえず脅威は去ったのだった。
───√ ̄ ̄Interlude
そこからというものの、記憶が抜け落ちていてハッキリしない。
覚えていることはしきりにセイバーが心配そうにこちらへ視線を向けていたことと、イリヤと凛が何か真剣な話をしていたこと。
それから帰宅してすぐに、布団に倒れ込んで眠ってしまったこと。
朧げな頭で夕飯はどうしよう、とか気の抜けたことを考えているうちに気がつけば夢の中へと落ちていた。
また、夢を見た。彼女の夢。
憧れの背中を追いかける、騎士の夢だ。
びっくりするほど、彼女は憧れのひと────父の背中しか見ていなかった。生まれたその瞬間から、ずっと、父のことだけを見てただひたすらに走り続けていた。
正直好感が持てる。何かの目標のために直向きに走るその姿は、とても魅力的だった。
けれど彼女は
あの黄金の剣。選定の剣を振るう度肌が栗立つ。民を思うその目もとても魅力的で。
『貴公を王とは認めない』
だというのに、いったいどこで間違えたのか。
その間違いが理解できないのは、きっと……俺も彼女と▇▇だからなんだろうか。
◇Interlude out◇
意外なことに、目が覚めた士郎に襲ったのは異様な気だるさだけだった。
正直アレだけの無理をすればあちこちが痛くてたまらないとか、立ち上がれないだとかそれくらいは覚悟していたのに。
あんなに壮大にへしゃげた右腕も元に戻っていて、自分の身体にほんの少し気味悪さを覚える。
「……む」
ここまで自身の身体の調子を見直して、鼻孔をくすぐったのは芳ばしい香り。この匂いはベーコンが焼ける匂いだろうか。
たぶん、朝食の用意をしてくれているのは桜だろう。調子は元に戻ったのか、だとか諸々気になることはあるが、とりあえず立ち上がり寝巻きから着替えると廊下に出る。
「……お。おはよう、シロー」
ちょうど部屋を出たところで、ばったりセイバーと出くわした。
口元をもごつかせながら、何やら気まずそうに。上目遣いで士郎を見上げている。
もはや着慣れた士郎のお下がりの着物、その襟を正して。
「昨日は、」
「悪い、セイバー。もしかしてちょうど呼びに着たところだったか?」
何かを言おうとしたところで、士郎の言葉に遮られた。
これはきっと意図的ではない。セイバーの声量が、嘘みたいに頼りなくて。士郎の耳に届きすらしなかった……ただ、それだけ。
静かに頷くと、小さく溜息をつくセイバー。なにやら仕切り直すように溜息を吐いて、
「ああ。リンたちが待ってる」
結局、言おうとした何かは諦めた末に飲み下された。
何気ない会話を交わしながら、廊下をいつも通りに歩んでいく。
ぎし、ぎし、と床が軋む音が心地いい。差し込む日差しも柔らかく、気持ちいい朝と言えるだろう。
しかし今の襖を開けて待ち受けていたのは、
「……揃ったわね。さて、話をしましょう」
イリヤに桜と凛。その表情は引き締まり、真剣そのもので。
暖かく、平和な朝からかけ離れた話が、始まる。
◇◆◇
朝食が運ばれてくる。お盆を持った桜に、「任せちゃって悪いな」なんて謝罪を挟みつつ。渡された皿には、士郎の予想通りベーコンエッグが乗せられていた。
「……で、話っていうのは?」
続けて渡されたトーストの皿を机に置きつつ、凛に視線とともに問いを投げる。
「朝食を食べながらするような話ではないけれど……時間が惜しいし、ごめんなさいね。話っていうのは今後のことについてよ」
「今後のこと……キャスターのこと、か」
「まあ、そういうコトになるわね。頼りにしていたバーサーカーも、あのキャスターもどきにやられちゃったし……」
思わず渋い顔をする凛。しかし、仕方ないことと言えるだろう。
バーサーカーがあの女に負ける瞬間を士郎達は目撃した。
アレは戦闘ではなく、食事に近いものだった。それはおそらく士郎だけの認識ではなく、あの場にいた全員の認識だ。
目の前を飛ぶ蚊が鬱陶しくて叩き潰した。刺されるのが嫌で、痒いのなんてごめんだから叩き潰した。
生きていくのに必要だから殺した。自分の糧にするために、必要だから食した────。きっと、そんな何でもないようなこと。
しかしそんな中でも、イリヤだけは未だに納得していないようだった。
イリヤは桜から皿を受け取り、視線を俯かせて。
「……気に入らないわ。本当なら、バーサーカーはあんなヤツには負けないのに」
唇を尖らせ、重く、深いため息を吐く。
きっと、イリヤとバーサーカーの間にも深い絆があったはずだ。セイバーと士郎と同じように、他のだれにも負けない、深い絆が。
付き合ってきた相棒が負けるのは悔しいことだろう。それはきっと、凛も同じで。
イリヤの瞳に込められた感情は、凛がアーチャーに『足止めをしろ』と命じた時と同じものであった。
居間に沈黙が満ちる。時計の針が進む音と、トーストを咀嚼する音。紅茶を呷る音だけが続いて、
「……じゃあ、イリヤ」
一番最初に口を開いたのは、士郎だった。
イリヤは黙々と食事を続け、視線はその皿に向いたまま。誰も口を開かずに、士郎の言葉の続きを待っている。
「俺たちに、協力してくれないか?」
「……協力?」
ゆるゆるとイリヤの視線が上がる。
迷いが孕んだ視線は士郎へと、助けを求めるように、問いを投げるように、向けられた。
『私がここに居ていいの?』
行き場を無くした、少女の問いかけ。
数時間前に凛にそう問いを投げた時、凛には『士郎次第ね』と一蹴されてしまった。
今のイリヤに居場所はない。家も、相棒も、一緒に暮らしてきた仲間さえも無くなってしまった。
そんなイリヤに今、士郎が優しく手を差し伸べている。
部屋に響いた溜息は凛のもの。やっぱりこうなるのね、なんて言いたげな呆れきったものだった。
「そうだ、協力。俺たちだけじゃ、あのキャスターに勝てるとは思えない。それに、今イリヤを見捨てることなんて……俺にはできないよ」
言って、士郎は淡い笑みを浮かべて。
「────────」
その笑顔に、イリヤは。
いつかの父親の笑顔を、幻視した。
不器用で、優しくて、でもほんの少し影のある、大好きで大好きで堪らなかった笑顔を。
「……もう、そんなんじゃこの戦い、生き残っていけないんだから」
涙が溢れ出す。いくら拭っても拭っても溢れ出るソレ。その涙の意味が、今のイリヤには理解できなかった。
けれど、
「……ありがとう、シロウ」
この心に満ちる暖かい何かは、案外悪くない。
◇◆◇
「さて、ようやく〝これからの話〟ができるかしら?」
「う……揶揄わないでよリン!!」
「泣き虫イリヤに凄まれても怖くないわー、可愛らしい」
ようやくイリヤも落ち着きを取り戻し、目を赤く腫らしながら凛へと猫のようにふしゃー、なんて威嚇をしながら。ようやく話題は本筋へと帰還する。
ここまで時間にして十分ほどだろうか。仕方ないな、なんて言いたげな笑みを浮かべ、凛が片目を瞑りながら小さく溜息を吐いて。
「さて、今度こそ本題。これからのことについてと────」
視線が、士郎へと突き刺さる。
「その士郎の異様なまでもの回復力と、
イリヤスフィール が 仲間に なった !▼
このまま続いてもだらだらと書き続けるだけになってしまうので、ぶった切らせてもらいました。……なんか、なんか今回は出来がえらくイマイチな気がする。そんなのを投稿するなって話なんですが……。
もしこの話を完走したとして、コミケとかで本にするって言ったら買ってくれる人とか居るんですかね……?勿論加筆とかして。需要があるようなら考えたいです……