Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜 作:柊悠弥
直撃する。爆音をたて、邪剣は怒りを叫びながら。雷が巨人を塗りつぶす。
「やったか────!?」
辺りに残されたのは虚しく木霊する破壊音と、剣を振り下ろし、口元を一文字に結ぶセイバーの姿。そして、
「▂▅▇▇▇█▂▇▂!!」
土煙に紛れながらも、まだ終わっていないと叫ぶ巨人の姿だった。
士郎たちの表情が驚愕に浮かび、同時に思い出す。
あの日、あの夜、初めてこの巨人と────バーサーカーと戦ったときのことを。
アーチャーの一撃は確かに炸裂した。身体に大穴を開け、膝をついたバーサーカーを視認したはずだ。
だと言うのに再び巨人は立ち上がり、傷などなかったとでも言わんばかりにその大剣を振るっていた。
そして、数分前の女の言葉。
『この英霊『ヘラクレス』を六回も殺してみせるなんて────』
何度殺しても死なない巨人。その力の正体は、
「あはははは! 無様ねぇ! 令呪を使ってまで宝具を撃っても一回
バーサーカーの宝具。英霊ヘラクレスの神話の再現である。
士郎たちに動揺と困惑、絶望が走る。
セイバーの剣が通じず、宝具を放つことでようやく一度殺すことができた────それが、あと五回。
「……ふざけるなよ」
そしてその絶望に、恐怖に、悔しさに、今度はセイバーが吠えた。
そう。宝具とは英霊の神話、人生そのものの再現。
それが効かなかったなど、自分の人生自体を否定されているようなものだ。
自分の想いを込めて放つ宝具なのだから、なおのこと。
「ふざけんな、ふざけんなよ……!!」
怒りに任せてセイバーが跳んだ。巨人ではなく未だ嘲笑う女へ斬りかかろうと、剣を振りかぶって。
「セイバー!!」
士郎の声は届かない。怒りに染まった思考は殺意の背中を押し、勢いよくその剣を振り下ろす。
しかし剣は女の体をすり抜ける。目の前に舞うのは血飛沫じゃなく、女と同じように、嘲笑うように鳴く虫たちだ。
そのきぃきぃと喧しい声たちが、セイバーの怒りを駆り立てていく。
「く、そ、くそ……くそ、くそ!!」
ひたすらに呪詛を吐く。殺意に任せて剣を振るう。
セイバーの剣はあたらない。何度振るってもセイバーの焦りと焦燥と怒りと憎しみが増していくだけ。
それがわかっていて、女は、
「そんな
わざとらしく、セイバーの地雷を踏み抜いた。
「……は?」
「だってそうでしょう。何もかも
セイバーの思考に生まれる一瞬の空白。
その一瞬は、この戦場ではあまりにも長すぎた。
「が、は……!」
セイバーの体に、巨人の膝が炸裂する。
成すすべもなくくの字にひん曲がったセイバーは宙へと舞い上がり、巨人はその巨体に似合わぬ豪速で、追撃のためにセイバーとの距離を潰していく。
剣が慈悲もなく、加減なしにセイバーの身体へ振り下ろされた。
一瞬暗転する意識。しかし地へと叩きつけられた勢いで即座に意識は現実に引き戻され、その口から大量の血反吐を吐き出した。
「ぐ、ぅ……」
視界がぐらつく。思考がはっきりしない。
ガンガンと頭の内側から叩きつけられるような頭痛と耳鳴りの中、
「にせ、もの、なんて……」
女に放たれた〝偽物〟という蔑称が、離れてくれなかった。
「▂▅▇▇▇█!!」
死を呼ぶ叫び声が聞こえる。轟音を立てて岩のような剣が迫ってくる。
セイバーはやっと立ち上がり、受け止めようと剣を構えて────
「セイバー!!」
▇▇▇▇なヒトの、声を聞いた。
───√ ̄ ̄Interlude
「父上はすごいな……!」
小さい頃からあの人の背中を見つめ続けていた。
小さな頃からオレは、あの人の隣に並ぶものだと言われ続けていた。
そのための努力は惜しまなかったし、血反吐を吐くような鍛錬にも、あの人への憧れがあったから耐えられた。
目標はあの人。常に仮想の敵は父上であり、その父上を倒し得ることでようやくあの人に認められるものだと、ずっとそう思っていた。
憧れの人を模範するのは当然だ。
剣の持ち方、立ち振る舞い、結果的に行き着いたスタイルは違えど、最初はあの人の真似事から入ったんだ。
幸運なことに、自分の身体能力や才能はすべて、あの人の写し身と言っても過言ではないほどに似ていたし。
これが親子なのだと、オレは誇らしく思っていた。あの人の息子なんだって胸を張って言える要素だったのに。
『そんな偽物だらけの剣じゃ私は斬れないわよ』
────違う。
『貴公を王とは認めない』
────違う、こんなはずじゃ。
オレはただ、父上に認めてもらいたかっただけなのに。
ただただ息子と、そう認めて欲しいだけだったのに。
◇Interlude out◇
鎧がへしゃげた音が聞こえた。
危なっかしい子だとは士郎もバーサーカーと戦ったあの日から思ってはいたのだ。
彼女は、セイバーは、極端に誰かに負けることを恐れている。自分の力が通用しないと言う事実が許せないのだ。
それはおそらく、自分の身が憧れの存在の写し身故に。
恐れていたことが起こってしまった。逆上したセイバーはただあの巨人に吹き飛ばされ、宙を舞うしかない。
「士郎、なんとかしないとセイバーが……!」
思考がぼんやりとしている。体のあちこちが悲鳴をあげていて、踏み出した一歩が重くてたまらなかった。
でも無意識のうちに、士郎は、もう一歩。
「……遠坂、イリヤを頼む」
気がつけば走り出していた。
────またこれだ。助けなければ、という強迫観念に背中を押され、自分の体が勝手に動き出している。
目の前で誰かが涙を流すのは耐えられない。もう目の前で誰かを失うのはウンザリだった。自分が何もできないのも、何も行動に移せないのももう嫌だ。
何より、あの弓兵の背中が、脳裏から離れてくれない。
あの姿は、きっと、自分の理想の終着点────
「
紡ぐ。彼の最後の言葉を、何気なく、自身に語りかけるように。
あの一節は自分の魔術を使用する前の自己暗示に似ていた。何故か、そんな気がして。
その一節に反応したように、体中に熱が迸る。体のあちこちが急速的に活性化して、何処から引っ張り出したのかもわからない程の魔力が駆け巡っていく。
まるで、身体のあちこちが魔術回路に作り変えられていくような。
「
目の前に一瞬、剣の丘の幻覚が見えた。
それが何かはわからない。けれど、今はそれに縋り付くしかないだろう。
その丘から、剣をたった一本、引き抜いてくるイメージ────
「
これは投影魔術。模造品を量産する、あの男の行き着いた先。
衛宮士郎の、行き着く先だ。
無意識のうちに投影した剣は、巨人が今振るわんと構えたソレと同じ。不思議と重さは感じず、むしろ剣が勝手に動いているような。
「セイバー!!」
叫んで、その剣を振るう。振り下ろされたソレの勢いを殺すように、思いっきり。
「づ────」
弾き返すことはできなかった。歴然な力の差に士郎は歯を噛みしめるしかない。
勢いに耐え切れずに右腕がへしゃげた音がする。でもそんなのは関係ない。幸い、その軌道はセイバーから逸れてくれた。
「
休めている暇などない。一瞬の間ですら無駄にするな。セイバーを助け、この巨人を倒すためには、呼吸の隙すら与えてはいけない。
再度投影を始める。目の前に広がる剣の丘、そのイメージに手を伸ばすように。
セイバーの宝具は通じなかった。なら、自身の知る中で一番の、最強の剣を模造する。
彼女がずっと追い求めてきた、最強のひと振りを。
夢で何度も見た。彼女が思い焦がれるその剣。父が王となるために引き抜いた、あの剣を。
一切の手抜きは許されない。慎重に、しかし素早く。その剣を生み出していく。
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
制作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし────
「
ここに、幻想を結び剣と成す。
「づぁ!!」
投影したその黄金の剣。選定の剣を振るい、巨人の剣を弾き飛ばした。
身体は勝手に動き出す。剣がその利用者の動きを、経験を記憶しているのだ。
士郎はそれをなぞるだけでいい。全ての巨人の攻撃を去なしていく。
けれど、
「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█!!」
それも長くは続かない。力が抜け切った左手から、巨人のひと振りによって剣が弾き飛ばされた。
それも当然だ。士郎がなぞっていたのはひとりの英霊の記憶と、その技術。
一般人が長時間振るえるものではない。
弾かれた剣が地に突き刺さる。手を伸ばしても間に合わない、絶望的な距離。
「まず────」
致命的な空白。あまりにも死を感じるような、大きな隙。
その中で、
「借りるぜ、シロー」
セイバーが、突き刺さった剣を引き抜いた。
「ら、ぁ!!」
抜き取ったままの勢いを殺さぬ一撃。刃が嘘のように巨人の肉を斬り、辺りに血液を撒き散らす。
「真名、解放────使わせてもらうぜ、父上」
剣を構える。両手でしっかりと握り、その刃先を巨人の胸へ。
「
そしてその刃先から、眩いまでの黄金の光が、放たれた。
はい。前回のあとがきに追記で月曜あげるよーとか言ってたけど今日中にあげてしまいました。……追記消しとこ。また今回も勢いで駆け抜けてしまった。
モーさんがカリバーンを撃てた理由とか、士郎の中に埋まっている聖遺物だとか。その辺は自己解釈設定になってしまうんですが、次回かその次にやるつもりです。とりあえずは、今回はここまで。