Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第2話 『引き分け』

「アンタがオレの、マスターか?」

 

 セイバーと名乗った少女は楽し気な笑みを浮かべながら問いかけ、手を士郎に差し伸べた。

 何も状況が理解できない士郎はとりあえず手を握り、立ち上がる。

「サーヴァント……? マスター? いったい何のことだよ」

「は、何言ってんだ? おいおい、しっかりしてくれよマスター。その手の甲にある令呪がオレのマスターたる証だろ?」

 言われて、自分の左手の甲へと視線を向ける。そこには真っ赤な痣────刺青ともとれるモノが、くっきりと浮かび上がっていた。

 熱さの正体はこれか、なんて納得しつつも、士郎は状況を呑み込みきれない。ますます心当たりがない。何が何だかさっぱりだ。

「ごめん、何が何だか俺にはさっぱりだ」

「はァ!? おま、話が違……あーもう、とりあえずアンタはそこでおとなしくしてろ!! オレはランサーを片付けてくる!!」

 困惑する士郎を他所に、セイバーは土蔵を飛び出した。

 広い庭の真ん中で待ち構える男、ランサーと呼ばれたソイツは、セイバーの姿を見ると不敵に笑みを浮かべる。

「骨がありそうなヤツが出てきたじゃねえか。アンタはセイバーだろ?」

「ああ、オレはセイバー……っつーアンタはランサーだろ。肩慣らしに一戦願いたいんだが、どうだ?」

 好戦的な少女だ。自分より大きな相手にも怯むことなく、むしろ笑みで、自身の剣先をランサーに向けている。

 オオカミのような少女だと士郎は思う。好敵手を見つけたような笑みと、相手を見つめる獰猛な目が特に。

 

「嫌だ、っつってもおまえはかかってくるんだろ?」

「よくわかってるじゃねえか────!!」

 

 瞬間、セイバーが動いた。

 地面の土をまき散らしながらの跳躍。常人の目にはとても追えるものではなく、凄まじい速度に暴風が吹き、士郎は思わずその顔を両手で覆う。

 流石というべきか、ランサーはそれをはっきりと視認していた。セイバーの勢いの乗った、重い一撃をその槍で受け止めて、

「は、なかなかやるなセイバー。その力、そこそこ有名な剣士とお見受けするが?」

「オレが誰であろうと関係ねえ!! 戦場じゃ生きるか死ぬか、それだけだ!!」

 余裕の言葉と共に、今度はランサーがセイバーの腹部を蹴り飛ばした。太い足から放たれる強烈なソレは、セイバーの体を数メートル突き飛ばす。

 思わずたたらを踏むセイバー。その隙を見逃さんと今度は槍の強烈な突き────

「っそ、速え!」

 しかし、アレをモロに喰らうワケにいかない。剣で槍を弾きながら、今度は自ら後退し、距離をとる。

 ついでとばかりに唾を吐き捨てると、悪態をつくように眉間に皺を寄せた。

「思ったように身体が動かない……なんだこれ?」

 違和感に額の汗を拭い、首をかしげるセイバーを、ただ眺めることしか士郎にはできない。

 

 何が起きている? この二人は何者だ?

 

 何もわからない。けれど、このままではセイバーと名乗ったひとりの少女が死んでしまうかもしれない。

「止め、ないと」

 止めないと。目の前で命が失われるのはもうたくさんだ。

 

 だっていうのに、なぜ足が動いてくれないのか。

 

「……くそ」

 足が竦んでいる。踏み出そうとする度、あの時の死が脳裏を過る。

 

 ……情けない。俺は、正義の味方になりたかったんじゃなかったのか。

 

『正義の味方に、なりたかったんだ』

 

 あの月の夜に、悲し気に、遠くを見つめながら呟く切嗣に、代わりに夢を叶えると誓った。

 切嗣に認めてもらいたくて。ただ、切嗣に────

 

「いくぞ、ランサー!!」

 

 戦況は動き出す。

 再び剣を構えなおしたセイバーは、

 

「────はあ!?」

 

 その剣を、ランサーに投げつけた。

 回転しながら勢いよくランサーへと向かっていくセイバーの剣。それを戸惑いながらも槍で上空へと弾き飛ばすと、その後ろから拳を構えたセイバーが飛び出した。

「おら、らららァ────!!」

 一方的に繰り出される拳の雨。寸でのところでランサーは全てを交わし、視界にチラついた足────轟音を立てる回し蹴りを受け止めると苦笑を浮かべ、

 

「なんだ、とんだじゃじゃ馬()だな、おまえ……」

 

 確かに、セイバーの地雷を踏みぬいた。

 

「……あ? おまえ今、オレを女だと言ったか?」

 セイバーの表情が変わる。楽しそうな笑みが、確かな怒りへ。

 丁度頭上へと落下してきた剣を取ると、セイバーの猛攻が再開。しかし今度は、激情に身任せたモノだが。

 

 まずは引っ掴まれた足を払い、首を断つ為の横斬りの一閃。剣先がランサーの首の皮を掠め、ほんの少し血が噴き出す。

 

「────ッ、」

 

 立て続けに、有り余る勢いを乗せ回転斬り。舌打ち交じりに一歩後退したランサーの腹部へ、セイバーは容赦なく突き出すような蹴りを喰らわせた。

 蹴り抜いた足で、大きな一歩。同時にランサーの胴体へと斬り上げを放ち、そこでいよいよランサーは自身の槍で受け止め、純粋な力のみの押し合いが始まる。

「おいマスター、宝具使用の許可をくれ。コイツをここでぶっ殺す」

「ま、待てセイバー!! ここで引き分けってわけには────」

「ぬかせ!!」

 相変わらず憤怒に身を任せたセイバーは、ランサーの物言いに見向きもしない。

「宝、具……? 宝具っていったい何なんだ。お前はいったい何なんだ、セイバー……!?」

「はァ!?」

 何かを求められている。士郎でもそれはわかるのだが、わからないことが多すぎる。

 そんな顎をあんぐりと開けられても困る、と眉間に皺を寄せる士郎。対してランサーは思わず豪快に笑うと、その隙にセイバーを蹴り飛ばし、

「はははは! おもしれえな、おまえら。おまえのマスターも困ってることだ、今回はここでお開きと行こうぜ! じゃあな!!」

「ま、まてランサー!! クソ、逃げ足の速い……」

 戸惑うセイバーを他所に、ランサーは足早に逃げて行ってしまう。あまりの素早さにセイバーも流石に諦めたらしく、頭をぼりぼりと掻きむしりながら、士郎へと歩み寄ってきた。

「……なあマスター。本当に何も知らないのか?」

「ああ。こんなところで嘘を吐いてどうするってんだよ」

 ……士郎を見つめる、セイバーの視線が痛い。そんなムスッとした目で見たって仕方ないだろう、と士郎もむくれてみるが、士郎だってムスッとしたって仕方がないワケで。

 数秒、漂う沈黙。お互いに何も言わずに見つめあったモノだが、先に根負けしたセイバーが長々とため息を吐いた。

「仕方ねえ、イチから説明しといた方がこの先色々と良いんだろうが────」

 不自然なところで区切られたセイバーの言葉。ついでに視線は何やら士郎から逸れ、平家を囲う塀の向こう側を見つめている。

 目は至って真剣に。────が、真剣なのは一瞬。その目は、すぐに新たな獲物を見つけたといわんばかりのモノに変わり、

 

「ゆっくりと話してる暇もない。新手だ、行ってくる」

 

 士郎が止める暇もなく跳び、塀を乗り越え路地に出た。

 呆気にとられたまま、その場に取り残された士郎。状況が飲み込めずに数秒固まってから、思わず頭を抱えて。

 

「自分勝手すぎるだろう、アイツ……!!」

 

 ああもう、なんて唸りながら駆け出す。

 だいたい何も聞かせずにマスターだのなんだの、よくわからない単語ばかり使って。仮にも自分を主人(マスター)だと呼ぶのなら、もっと下手(したて)に出てほしいというもの。

 内心愚痴を漏らしながら必死に足を回していく。何度も転びそうになりながらようやく門を出たところで目撃したのは、セイバーが剣を振り下ろした瞬間であった。

 

「セイバー、やめろ!!」

 

 何かが砕け、地面に散らばる音。相手が息を飲む音。血しぶきが地面に滴り落ちる音────士郎の焦燥を煽るような音の数々に、思わず叫ぶ。

 

「戻って、アーチャー!!」

 

 同時、響いたのは、どこか聞き覚えのある少女の悲鳴まがいな声だった。

 少女の声に従うように、セイバーに斬りつけられた男は粒子と化し、宙へ溶けていく。

 

「ハ。アーチャーを戻したか……そりゃ正解かもしれないが、今じゃ愚策だぜ。何せ、オレが目の前で、こうして剣を構えてるんだからな」

 

 それでもセイバーは止まらない。身構え、数歩後ずさりする少女にもセイバーは歩み寄り、その剣先を向けた。

 面と向かう少女の視線も力強い。あそこまで圧倒的なまでの力を見せつけられても、少女は未だセイバーに対抗する気でいる。

 赤いダッフルコートに、黒のミニスカート、黒髪のツインテールが特徴の少女だ。威嚇の色を乗せたその瞳は青色で、

 

「……遠坂!?」

 

 士郎の、見覚えのある顔をしていた。

 

 ◇◆◇

 

「助かったわ、衛宮くん。止めてくれてありがとう」

 言って、セイバーに襲われていた少女────遠坂凛は、お茶を啜って笑みを浮かべる。しかし、

「……どういたしまして、と言いたいところだけど。怒ってるだろ、遠坂」

 正直、とてつもなく怖い。笑みを浮かべてはいるものの、目が完全に笑っていない。怖い。

 場所は衛宮邸、その居間。長い机を挟んで士郎と凛が向かい合って座るような形だ。セイバーはというと士郎の背後の壁にもたれかかり、膝を立てて座っている。

 鎧は脱いで露出の多い格好へと換装しているものの、未だセイバーから殺気というか、覇気は抜けない。なんというか、まだ凛を警戒しているように士郎には見えた。

「当然よ。貴方のセイバーのおかげ(、、、)で、貴重な令呪を一画使っちゃったんだから。怒りもするわ」

 セイバーを気にかけていれば目の前の凛は怒り気味で。二種類のとんでもない地獄に挟まれている士郎は、自分の家に居るというのに酷く居心地が悪い。

 口元を歪め、思わず口をつぐむ士郎。そんな様子に対する凛は吹き出して、「やーね、」なんて言いながら片手を振った。

「冗談よ、冗談……それで衛宮くん? 貴方、自分が置かれている状況を理解して居ないように見えるのだけど。実際のところはどうなの?」

「理解……してない。まったくもって、何も」

「ああ、そう……」

 ここで嘘をついても仕方ない、と士郎は正直に応えたものだが。凛的には不満足だったらしい。ついでに後ろでセイバーまでもがため息を吐いた気配がした。

「あのね、貴方はある儀式に巻き込まれたの。聖杯戦争っていう魔術師達の儀式にね」

「聖杯、って……」

 聖杯といえば、神話や物語に出て来る万能の願望機と士郎は記憶している。

 何でも叶える、だなんてそんな万能のモノ────架空のものだと思って居たのだが。

「貴方が知ってる聖杯だと思ってたぶん間違いじゃないわ。何でも願いを叶えてくれる万能の願望機……それを求めて、集まった魔術師七人がそれぞれ一騎ずつ、サーヴァントという使い魔を呼び出して戦わせるの。そこにいる貴方のセイバーもソレね」

「使い魔、って風には見えないけど。セイバーも、俺とは何ら変わらない人間に見える」

 言って、士郎は肩越しにセイバーへ視線を向けた。

 自分の髪の先を弄っていたセイバーは遅れて視線を上げると、溜息をついた後に思わず苦笑を漏らす。

「そりゃあオレをそこいらの使い魔の猫やネズミと一緒にされちゃ困るぜ。これでも、オレは時代を生き抜いたひとりの英雄なんだからな」

「英雄……? 英雄っていうと、アーサー王とかシャルルマーニュとかそういう……?」

 一瞬、セイバーの表情が歪んだ。しかしそんなことを気にすることもなく、遠坂の補足が入る。何やら台詞を取られたのが気に入らないのか、ほんの少し拗ねた様子で。

「そ。英雄をこの世に呼び、そして仮の肉体で現界させるの。……まあこの辺の説明は、もっと詳しいヤツに任せたほうがいいかしら」

 言って、凛は立ち上がる。足元に畳んであった上着を手に取ると、

 

「ほら。冬木教会に行くわよ」

 

 廊下へと足を向け、士郎に投げかけた。




兜を被ってないと女の子扱いされてセイバーがブチギレる案件が多すぎる。君冬木にきたらストレスマッハでしょ……みたいな。
予想以上に伸びてびっくりしてます。あまり期待しない程度に続きを待っていてくれると幸いです。

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