Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第3章
第17話 『ちょっとした認識の違い』


 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 まだ何もできていない。まだ何もしていない。

 愛する人を失って、体の大部分を失って、血液を垂れ流しながら、境内を這いずって進んでいく。

 

「ぁ、っ、ゔ────!!」

 

 口から漏れるのは呪詛だった。この場に居ない、誰かへ向けられた呪いのソレ。届くことのない、恨みの塊。

 吐き出す度に意識が浮上する。今私を無理矢理にでも動かしているのは、怒りそのものだった。

 愛しいヒトの亡骸へ。這いずりながら、ゆっくりと進んでいく。

 

 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺してやる。

 

 出なければ気が済まない。あいつの顔を引き裂いて、突き刺して、刺して、刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して────

 

「は。なかなかに無様な姿よな」

 

 ふと、声がした。今は冬だというのに、虫の声の幻聴を覚えた。

 

「だ、れ」

 

 掠れた声で問いを投げる。絞り出された問いは、風にでも飛ばされてしまいそうだった。

 

「……名乗るつもりはない。貴様、力が欲しかろう?」

 

 しかしその問いは届いて居たようで、何処からか聞こえてくる声は私に問いを返した。

 

 ────欲しい。欲しいに決まっている。

 

 ヤツを殺す力が。この戦いを生き抜く力が。私は、こんな所で、こんな結末を迎えていいモノじゃない。

 

 言葉がうまく紡げない。必死に奥歯を噛み締めて、なんとか頷くことで返事をするのがやっとだった。

 

 声の主にとってはそれだけで十分だったらしく。

 

「……アレは衛宮の小僧に取られてしまったようだし、貴様を代替品として使っても構うまい。喜ぶといい、貴様は再び力を手に入れる」

 

 何かが這いずる音がする。私以外の何かが、這いずって、

 

「せいぜい儂のために身を骨にして働くんじゃな」

 

 身体に、何か、なにかが、

 

 ◇Interlude out◇

 

 屋敷に固定電話の、けたたましい着信音が鳴り響く。

 

「はいはい、今出ますよー、と」

 

 時間は丁度朝食の準備中。エプロン姿の士郎がパタパタと慌ただしく、手の水分を拭き取りながら駆けていく。

 そのままの勢いで受話器を取ると耳に当てて、

 

『士郎ーー!!!!!!!!』

 

 殴りつけられるようなどでかい声に、即受話器を遠ざけた。

 

「……なんだよ、藤ねえ」

『入院生活1日目にして苦痛だよ士郎ー! ご飯は薄味だし検査の注射は痛いし、もうお姉ちゃん帰りたい……』

 

 電話の主は冬木の虎、大河である。

 この前のライダーの一件があり、学校にいた生徒は半分ほどが病院へと搬送された。大河もその中のひとりというわけだ。

 ちなみにもう半数は電話の向こうの大河と同じくぴんしゃんしているそうな。

 

「そんなこと言ったって、ちゃんと身体は診てもらえよな。中身のことは診てもらわなくちゃわからないんだから……ついでに年甲斐なく喚き倒すその性格も治してもらえ」

『あー、ひどいんだー! 士郎ったら寂しがってるんだろうなあって思って電話してあげたのに……お姉ちゃん悲しいよぅ』

 

 ……この様子だと身体に異常はなさそうだ。密かに心配はしていたのか、相手に悟られぬよう静かに胸をなでおろす士郎。

 しかし、表向きは校舎内でのガス爆発とされているが、原因が原因だ。しっかり診てもらった方がいいに決まっている。ここで甘やかして帰って来させるわけにはいかないし、心を鬼にする士郎である。

 

 他にも何度か会話を繰り返し、大河を宥めながら電話を切る。内容は主に『学校は休みになってるけど、だらけすぎないようにね!』だとかそんな内容ばかりだった。

 急に日常に引き戻されたみたいで、思わず笑みが漏れる。変わりない誰かが、身近にいてくれてよかった、と。

 

「今の電話はタイガーか?」

 

 なんて小さくため息を吐く士郎の背後に現れる影。あくび交じりに片手を上げつつ、ボサボサの頭を掻き毟るのはセイバーだ。

 セイバーは士郎のお下がりの着物を身にまといつつ、目尻には涙を溜め込んでいる。

 

「ああ。思ったより元気そうで安心してたところだよ。……おはよう、セイバー。よく眠れたか?」

「ん? おう、もう十分すぎるくらいにな。本来睡眠は必要ねーんだがな、こうして霊体化せずに休息をとるってのも悪かねー」

 

 うんうん、と頷きながらのセイバーのひと言。何やら新しい現世の楽しみ方を見つけられたようで微笑ましい。つい昨日も士郎と桜の料理を美味い美味いと食べていたし、思ったより満喫できているらしい。

 

「ん、よし。じゃあ朝飯にしようか。もうすぐできるぞー」

「よっしゃ! さっさとメシにしようぜー!!」

 

 言いながら急かすように士郎の背中を両手で押すセイバーと、苦笑いをしながらされるがままに居間へと足を向ける士郎。そこで、

 

「………………遠坂?」

 

 なにやら、信じられないものを見た。

 ボサボサのハーフツインテールと死んだ魚のような、ひとを二人は殺していそうな目。それから赤を基調としたいつもの装いを身にまとったのは、他ならぬ遠坂凛……の、はずだ。

 

「……おはよう、衛宮くん。衛宮邸の朝は早いのね」

「うちに帰ってきてたのか、遠坂。……えっと、そろそろ朝飯だぞ」

 

 ドスの効いた掠れた声でいつも通りに声をかけてくるものだから、質問はいろいろあるのに、面食らいながらもいつも通りの調子で返事を返してしまう。

 凛は錆び付いたロボットのような動作で頷きを返すと、居間へゆるりと入っていった。

 

「……意外だな。遠坂、朝に弱かったなんて」

「まあ完璧な奴なんていねーってこったろ……可愛げがあっていいんじゃねェの」

 

 凛の新たな側面を見つけ、微笑ましげな笑みを浮かべる二人なのだった。

 

 ◇◆◇

 

「さて。腹も膨れたことだし、真面目な話をしましょうか」

 

 朝食も平らげ、食後のお茶を啜っていたところで。いつもの調子を取り戻した凛が手を合わせながら切り出した。

 

「昨日の夜、私は柳洞寺に行ってきたの」

「……柳洞寺って、なんでさ?」

 

 思わず小首を傾げる士郎に、凛は小さくため息を吐く。

 

「……そんな顔したって仕方ないだろ。俺は何も知らないんだし」

 

 ほとんどオヤジ────切嗣は、魔術のことを教えてくれなかったし。自分が使える魔術以外はからっきしの素人と言っても大袈裟ではない。

 

「そうね、そうだったわ。……柳洞寺はこの街でも随一の霊地なの。『あまりにもマナが濃すぎて後継者育成に支障を来す』って遠坂(ウチ)のご先祖様が本拠地を置けなかったほどにね」

「……それだけマナが濃ければ、マスターが潜むには格好の場ってコトか」

「そ」

 

 士郎なりに凛の言葉を咀嚼して、返る言葉に凛が短く頷く、と言った一幕だ。

 魔術を行使するのに、周りに漂う魔力(マナ)は多い方が良いに越したことはない。ソレが多いければ多いほど、より高度な魔術を使えるものだ。

 しかし士郎の言葉に凛は頷きつつも、渋い顔をしたままで。

 

「……どうかしたんですか、遠坂先輩?」

「うーん、そう。マスターが潜むには十分だと思うし、マスターに出くわす覚悟くらいはして言ったんだけど……」

 

 はぁ、と大きなため息をついてから。首を横に振りつつ、

 

終わってた(、、、、、)のよ、既に」

「……終わってた?」

 

 何やら悩ましげに、ゆっくりと、言葉を吐き出した。

 

「そう、終わってたの。私が行った頃には、柳洞寺には何かが交戦した跡しか残っていなかった。……しかも、二箇所も」

「二箇所……?」

「そう、二箇所。おそらく、元からそこにいたサーヴァント二騎が侵入者を迎え撃った、という形でしょうね。柳洞寺には協力関係のマスターがいたっていえば納得がいく……んだけど、その残された跡っていうのが曲者でね」

 

 言葉をまとめるような沈黙。凛自身、なんと言うべきか迷っているのだろう。

 時計の針の音がやけに耳につく。セイバーの退屈そうな欠伸の声がした。

 今日何度目かわからないため息を吐いてから、凛は「あくまで私の予想なんだけど」と前置きをして、

 

「無数の何かが刺さったような跡が残されていたのよ。アーチャー曰く、ソレは剣が刺さった跡と言っていたんだけど……そんな攻撃をするようなサーヴァントは、今回居ないはずなのよ」

 

 ソレを聞いた士郎が、思わず生唾を呑み下す。

 

 今回脱落した二騎を除いても、凛と士郎はサーヴァント全員の顔を知っている。それから戦法も。

 あの夜家にいたセイバーとライダー、それから凛と一緒にいたアーチャーを除いても、そういう攻撃を仕掛けてくるようなサーヴァントはいなかったはずだ。

 

「戦闘の跡のうち一箇所は、刃物と刃物のぶつかり合いの後完結……残されたもう一箇所────その無数の剣の跡が残されてた跡は、まるで一方的に虐殺されたようだった、というのが私のアーチャーの見解。そんなに有効的な攻撃法なら、ランサーにしろバーサーカーにしろ最初から使ってくると思うのよ」

「それが誰かの宝具ってコトはないのか?」

「……それが真名解放による攻撃なら、衛宮邸(ここ)まで魔力の余波が届くはずです。それならライダーか、セイバーさんが気づいて報告してくれると思います」

 

 確かに、と頷きながら昨日の夜を思い出す。

 昨日の夜は平和なものだった。夕飯を済ませた後にも特に異常はなかったし、誰もソレを感知することはなかった。

 

 ────この街に、この聖杯戦争に、何かイレギュラーが混ざりこんでいる。

 

 あの日戦ったバーサーカー。未だに恐怖の象徴として脳裏に焼き付いているソレと、今明らかになったイレギュラー要素。

 セイバーを過小評価するわけではないが、とても士郎達だけで太刀打ちできるものではないと思う。

 

 なら、尚のこと。

 

「なあ、遠坂。俺たち協定を結ばないか? 桜とはもう話はついてる。桜も、俺と同じ気持ちだ」

 

 息を吐きながら、ゆっくりと。今度は士郎が提案する番だった。

 士郎としてはそれなりに決心して提案したのだが。

 

「え、なに。私流れでそういう関係になってたと思ったんだけど……違うの?」

 

 なんともまあ、返ってきたのは間抜けな返事だった。




これ補足いるなぁとおもってしまったので……。
柳洞寺の一件は、突然現れたギルが宗一郎を背中から刺し、後に剣の雨にてキャスターを殺し、反応が遅れた小次郎が迎え撃った、という形です。3度ほど打ち合って負けてしまいました。
これの前の話書くまで忘れてたんですけど、遠坂と士郎が協定関係になった描写入れ忘れてたんですよね……もしかしたらどこかでぽろっと書いてるかも知らないけど。確認した限りではなかったはず。ということでこんな形になってしまいました、ごめんなさい。

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