Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第16話 『怒り、そして』

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 夜の帳が下りていた。

 あたりは暗闇に染まり、そこは────柳洞寺は、昼とは違う雰囲気をその身に包んでいる。

 昼は落ち着いた、冬にしては暖かい日差しを受ける落ち着いた雰囲気。

 そして夜は何処か不気味な、張りつめるような雰囲気を。

 

「……はぁ」

 

 そんな境内に、寒そうに手のひらに息を吹きかける影があった。

 地味な灰色のロングスカートに、夜闇に紛れるような紺のインナー。そしてその上から長袖のジージャンを羽織った女性だ。

 彼女は淡い水色の髪を揺らしながら、何かを待つように山門を見つめている。

 

 彼女の吐く息と、寒さを紛らわすような足踏みの音。風で木の葉が掠れ奏でる音が数分続いて、

 

宗一郎(そういちろう)様!」

 

 彼女の顔に、満面の笑みの花が咲く。待ち人が現れたようだった。

 宗一郎と呼ばれた男は彼女に気づき、ほんの少し眉をあげるだけで反応を示す。

 それだけで、彼女は十分だった。満面の笑みを浮かべながら宗一郎へと駆け寄り、今にもその胸に飛び込もうと両腕を広げ、

 

「────、────」

 

 その胸から飛び出した鋭利な剣先と思われる何か。飛び散る血飛沫に、その歩みを止めた。

 

 理解ができない。理解が追いつかない。意味がわからない。

 

 何故、彼の、胸から、剣が、飛び出しているのか。

 

 異常を察して普段の装いへ換装した頃には既に遅く、上空には無数の剣が煌めいていて。

 

 流れ星のように降り注ぐ剣に、抵抗もできずに串刺にされて行く。

 

「あ、が、ぅ、づ、ああ、ああああああ!」

 

 腕、足、胸、足、腕、胸、胸、胸、胸。

 肺が裂けた。足が貫かれた。健が切れる。血が口から溢れた。ごぷ、と音を立てて口から生臭いものが吐き出され悲鳴さえも堰き止められる。

 

「ご、ぶ、」

 

 苦しい。殺してくれ。痛みで意識が浮上して、途切れ、引っ張り戻される。痛い。痛いなんて思う余裕すらない。

 

 無様に夏の日差しに焼かれるミミズのようにうねりながら、必死に命を繋ぎとめ、

 

「ふは、ふはははははは!」

 

 彼女は、キャスターは、最後にやかましい笑い声を聞いた。

 

 ◇Interlude out◇

 

「そういえば、桜」

 食器を洗いながら、隣で皿の水分を拭き取る桜へと問いを投げる。

 桜は士郎の声を聞くと作業を止めて、小首を傾げ。士郎の方へと向き直ることで、言葉の続きを待った。

 

「ライダーの容態はどうだ?」

「ライダー、ですか」

 

 横目で桜を見やりながら、ぽつり、と。学校での一幕を思い浮かべつつ、士郎も作業の手を止める。

 ちなみにセイバーは居間でくつろぎテレビを見ていて、大きな欠伸を漏らした声が聞こえてきた。

 問いを受けた桜は数秒ほど考え込むと、淡く笑みを浮かべて、

 

「だいぶ良くなったみたいです。まだ回復には時間がかかるみたいですけど……心配をかけてごめんなさい、って言ってました」

 

 ライダーの代わりに、と軽く頭を下げながら。

 ならよかった、なんて士郎はそっと胸をなで下ろす。

 今後一緒に行動して行くのなら、ライダーは貴重な戦力だ。失うワケにはいかない。

 それに、桜のサーヴァントならあんな後味の悪い別れかたは違う、と士郎は思うのだ。ちゃんと桜と共に戦い、別れるべきだ、と。

 

「先輩だって、怪我をしているんですから。ちゃんと休んでなくちゃダメなんですからね」

 

 言いながら、桜の視線が士郎の腕に巻かれた包帯へと向いた。

 桜は夕飯を作ると言い出した時も、洗い物を買って出た時も休んでいるように言ったのだが。なんだかんだで押し切られ、桜にも手伝ってもらう、なんて条件付きで押し切られてしまった。

 桜としてはライダーも心配だが、それ以上に士郎のことも心配なのだ。怪我をしても無茶をしてしまう無謀さも、

 

「もうすっかり良いよ。ほとんど痛みもないくらいだ」

 

 その異常なまでの、回復速度も。

 本人に聞いてもわからない、というところが正直一番怖い。何か大事なものを代償にしている気がして。

 

「……でも先輩、すぐ無理も無茶もしちゃうんですから。目が離せないです、わたし」

「そ、そんなに危なっかしいかな、俺?」

「はい、とても。だからこそ、遠坂先輩と協定を組もうって話をしようと思ったんですけど……」

 

 桜の視線は、ここにはいない凛の背中へ。

 夕飯前から姿を見せない、自分の姉を見つめながら。

 

「……どこに行っちゃったんだろう、姉さん」

 

 未だ呼べていない愛称で、彼女を呼んだ。

 

 ◇◆◇

 

「……これのどこが、魔術工房よ」

 

 ぎり、と辺りに歯を噛みしめる音が響いた。

 共に吐き出された声は怒りを孕み、堪えきれなかった怒りは、拳によって地にぶつけられた。

 

 声の主、凛の目の前に広がるのは一種の地獄。

 

 間桐の屋敷の地下に位置する場所。そこに設けられたその部屋には、大きな穴が空けられていて。

 穴の中に蠢く無数の蟲、蟲、蟲。それら全てからは微量に魔力を感じる。

 

「……アーチャー」

「なんだね、マスター」

 

 背後の自分のサーヴァントへと。振り返りもせず、怒りのままに。

 

「こんな場所、ぶっ壊して」




章別けました。この話は第2章の終わり、第3章への導入ってことで短めです……次から着々と終わりに向かって行くんで、投稿は早くできたらなぁって思ってます。目指せ週一投稿

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