Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第14話 『上には上がいる』

 壁に空いた大穴。すぐ近くの教室の入り口前には、慎二のサーヴァント────ライダーがうずくまっているのが見える。

 

「セイバー!」

 

 剣を投げ捨てたままの姿勢でつまらなそうな表情を浮かべるセイバー。そのままの勢いで唾を吐き捨てながら、気だるげに士郎に片手を挙げた。

 

「無事かマスター。ちょっと待ってろ、今終わらせてくるから」

 

 視界の隅で慎二の本が炭になっていくのが見える。

 青白い炎と、その炎が立てる音。ソレを聞きながら、慎二は強く拳を握りしめた。

 

「なんだよ。やっぱおまえ、ライダーの本来の(、、、)マスターじゃなかったんだな。最初からあの本を狙ってりゃよかっただけじゃねぇか……クソ。どーりでアイツ、物足りねェワケだよ」

 

 普通なら自分の宝具を発動して、自分の有利な状況を作っておいてあんな弱いわけはない、とセイバーは語る。

 反応は少し遅れていたし、力も弱いわけではないが強いわけでもない。おそらく本来のマスターに従えていたならセイバーの突進ですら躱されていただろうし、おそらくこの結界も士郎たちですら五分と保たないだろう。

 

「……本来のマスターじゃない? どういうことだよ」

「そのままの意味よ。さっきまで慎二が持っていた本は、言ってしまえば令呪のようなモノ。あれがなくなってしまえばライダーは慎二に従う理由はないの。……結界も無理やり張らされていたんでしょうね、ほら」

 

 呆れたように小さく溜息を漏らす凛。その言葉とほぼ同時に、あたりに満ちていた結界が解けていく。

 呼吸が段々楽になっていくのがわかる。慎二の横でへたり込んでいる桜もいくらか顔色が良くなり始め、士郎はほっと胸を撫で下ろした。

 

「おい、何してくれてるんだよこのクソ女! これじゃ……これじゃあ僕は、僕は……!!!」

「どうするマスター。コイツ、殺すか?」

 

 唾を飛ばしながら怒鳴る慎二を他所に、セイバーは淡白に士郎に問いかける。

 どうでもいい、と言った様子だ。ライダーからも興味がなくなって、慎二のことなどもはやどうでもいい。生きていたとしても、死んでいたとしても。

 

 しかしセイバーの問いに、士郎は静かに首を横に振る。

 

「いや、殺さなくていい。生きて罪を償うべきだ」

「────、ッ。おい衛宮、情けのつもりか。生かしておけばまた僕はお前を殺しにいくぞ……僕はお前より優秀なマスターなんだからな。おい桜、もう一度令呪を出せ!!」

 

 青筋を立てながら呼吸を荒く、がなりたてる慎二。

 とうとう慎二は足元の桜の胸ぐらをつかみ、間近で桜を睨みつけ始めた。

 

「いや、です」

「……いや、だと? おい桜。この僕に刃向かうって言うのかよ……は、はは。いいぜ。一度衛宮にも見てもらうか? おまえを、今ここで、衛宮の目の前で犯して────」

 

 拳を構え、桜が強く目を瞑る。

 慣れたように、いつものことだと言わんばかりに。自分が耐えればこの場は丸く収まるのだから、と。

 乾いた音が辺りに響く。しかしそれは桜の頰に拳が捻じ込まれた音ではなく、

 

「そろそろ喧しいぞ、オマエ」

 

 振るわれようとした拳が、セイバーに引っ掴まれた音だった。

 

「黙って聞いてりゃピーピーピーピー喚きやがって。おまえはオレとシローに負けたんだよ。大人しく敗者は敗者らしく負けを認めて黙ったらどうだ?」

「負け……敗……僕はまだ負けてない! こんな奴に負けてたまるか!! だいたいサーヴァントが悪かったんだ、僕は何も、いつも────一番だった、はずなのに」

 

 鈍い音が辺りに響く。遅れて何かが倒れこむ音も。

 振り抜かれたセイバーの拳と、その先に倒れこむ慎二の姿。慎二は信じられないとでも言いたげな表情で、憤ったセイバーを見上げていた。

 

「テメェの負けをサーヴァントのせいにしてンじゃねぇよ。だいたいなんだ、さっきから聞いてりゃ『僕が一番』だの『僕の方が優秀』だの、『こんな奴に負けるはずがない』だとか……ふざけたことばっか並べてんじゃねーぞ」

 

 桜がされたのと同じように、座り込む慎二の胸ぐらを掴み、持ち上げることで無理やり立たせて。壁に強く叩きつけ、真っ直ぐに慎二の目を睨みつける。

 

「そんなのは全部言い訳だ。結果はもう出てんだろ。オマエはシローに負けた。オレのマスターに、オマエ自身の実力不足で負けたんだ」

 

 否定は許さない。英霊を侮辱することは許されない。

 彼らは、彼女らは世界や歴史を救った英雄たちだ。それを『弱い』などと貶す権利が何処にあろうか。

 

「僕が一番だ、僕が一番優秀だって。ふざけんじゃねェぞ。自分の下ばかり見下ろして、見下して、馬鹿にしてばっかな奴がテッペンでたまるかよ。そんな成長意欲もクソもねぇ野郎が!」

 

 何も言い返せない。何も言い返すことができない。

 全て事実だ。慎二は今まで、自分の下にいると思っている人間を蔑み、見下ろして、足蹴にして唾を吐き捨て笑い者にしてきた。

 下ばかり見ていた。見下ろしていた。だからこそ追い越して行った者達に気づけない。

 そしてたまに上を見ては、妬ましいと毒を吐くだけ。故に成長はしないし、周りから見れば滑稽なのだろう。

 

『大人になったら、父上みたいな────』

 

 ひたすら憧れの人の背中を追いかけ、ただただ上に上り詰めたセイバー(モードレッド)だからこそ。ひたすら上を目指した人間を見てきた円卓の騎士だからこそ、不快で、滑稽で仕方がない。

 

「……世の中、そんなに甘いと思うなよ」

 

 ◇◆◇

 

 部屋には沈みかけた、茜色の日差しが差し込んでいた。

 衛宮邸へ帰宅してから、早いこと20分程の時間が経過している。すっかり見慣れた居間にいるのは士郎、凛、桜にセイバー。凛曰く追加でアーチャーが居るらしいのだが、士郎には視認できなかった。

 慎二の一件があってから、冬木教会に連絡して────それから生徒全員が病院に搬送されるのを見守って、今に至る。

 慎二はといえば、セイバーのあのひと言を聞いてから、何処かへ走り去ってしまった。

 

『……世の中、そんなに甘いと思うなよ』

 

 セイバーのあのひと言にはなかなかの重みがあった。流石の慎二にもなにか思うところがあったらしい。

 あれからずっと、居間では沈黙が続いている。士郎の怪我へ応急処置を施した時に、ほんの数回桜と士郎の間に会話が交わされたくらいだろうか。応急処置と言っても、家に着いた頃には士郎の傷は殆ど処置が必要ないまでに回復していたのだが。

 

「……で、桜」

 

 沈黙を破ったのは凛の一声だった。

 各々視線をあげ、凛にソレが集まっていく。 話の水を向けられた桜が、ほんの少し息を飲んだ音が聞こえて来た。

 

「……はい」

「桜が本当のライダーのマスターってコトでいいの?」

 

 何の前置きもない、凛らしいハッキリとした問いかけ。

 ソレを受けて桜は凛から逃げるように視線を逸らし、唇を噛み締めながら小さく頷く。

 

「……やっぱりね」

「待ってくれ遠坂。桜がマスター……? 桜からどころか、慎二からですら魔力だなんてモノは感じられなかったぞ」

 

 ひとり納得する凛に、士郎が疑問を被せて投げる。

 士郎は桜と慎二と、凛以上に関わって来た自信がある。だというのに、そんな自分に気づけないはずがない、と。

 

 桜がライダーを粒子化させ、撤退させた。そんな現実を見たとしても、士郎には未だに信じられない。

 

「あら、意外ね衛宮くん。魔術に関してはからっきしなのに、魔力の感知はできるんだ?」

「……揶揄うなよ。俺は真面目に聞いてるんだ」

 

 ぱちくり、なんて擬音がつくほどの大袈裟な瞬きと、揶揄うような凛の視線。

 ……またペースを乱されている。そう自覚しても、士郎は何故か凛との会話で主導権を握ることはできないみたいだ。

 

「ふふ、ごめんってば。……そうねえ、慎二に関しては、おそらく『才能がなかったから』感じられなかったんでしょう。魔術なんてちっともできないはずだもの、アイツ。間桐の家系には、殆どもう魔術回路は残っていないから」

「だったら、なんで桜は……?」

 

 絞りきったような士郎の問い。

 辺りの時間が止まったようだった。何か、踏み込んではいけないことに踏み込んでいる気がする。

 

 長年触れなかった疑問へと、ゆっくりと、手を伸ばしていくイメージ。

 

 ────繰り返される慎二から桜への虐待。暴力。

 

『どうでもいいだろ、そんなこと』

 

 長年誤魔化されて来た、その理由。

 

「簡単よ。桜が、間桐の家の子じゃないから。もとは遠坂(ウチ)の子だったんだから、マスター適正くらいあって当然よ」

 

 その理由の片鱗に、士郎の指先が、触れた気がした。




冷静に考えてとんでもないネタバレである。

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