Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第13話 『イチバン』

 強化の魔術。それが士郎が唯一使いこなせる魔術であり、士郎の魔術の全てである。

 

全行程(トレース)完了(オフ)

 

 強化した、魔力を纏った拳を構えて、荒げた息を整える士郎。

 思いの外気持ちは落ち着いている。未だに少し身体は怠いがそれも気にするほどでもない。

 まるで身体のスイッチ全てが切り替わったようだった。目の前の敵を、間桐慎二を、ただただ倒す為だけに全神経が集中している。

 

「……遠坂、援護頼む」

 

 一言だけ背後の遠坂に投げると走り出す。階段の上にいる分、慎二の方が立地的に有利だ────が、そんなことを気にしている暇はない。

 一刻も早くあの顔に拳をねじ込んでやらなければいけない。一刻も早くあの悪行を止めなければいけない。一刻も早く、早く、早く。

 

『喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う』

 

 いつだか聞いた神父の声が士郎の背中を押していた。反響するその声が、士郎の殺意を駆り立てている。

 

「────、────」

 

 士郎の殺意に一瞬息を飲むのがわかった。慎二は士郎に恐怖を抱いている。

 

 なら、

 

「行くぞ、慎二。歯食いしばれ」

 

 せめてもの情けに。冷たく吐き捨てて、もう三段先ほどに居る慎二へ、拳を構えた。

 

「……ッ、調子にのるなよ、衛宮!!」

 

 同時、手のひらに乗せた本を音を立てて開き、慎二の足元に魔力が舞う。

 その魔力は形を成し、黒い影へと変貌を遂げる。影には紫に変色した陽の光を受けて、怪しく輝いていて。

 

「……、……!」

 

 受けてはマズいと後ろに飛び退いた頃には遅かった。

 士郎が飛び退いた数秒差で、影は士郎をめがけて走り出す。

 身体で受けるわけにはいかない。影を受け止めようと強化した右腕を突き出して、

 

「づ、ぅ、っ……!!」

 

 じゅく、と、強化した右腕ですら、その影は容易く切り裂いた。

 骨に異物がぶち当たる感覚。衝撃は身体中を駆け抜けて、痛みに頭が揺さぶられる。

 

 遅れてやってくる浮遊感。落下して行くという恐怖。

 

 とりあえず右腕の痛みは無視をして、顔をしかめながら受け身をとった。

 無残に床を転がり、壁に背中がぶち当たる。

 しかしそんな士郎には容赦なく、影の第二波が迫っていた。

 

 再び差し出そうとした右腕には力が入らない。肉がぱっくりと割れて、血が滲んだそこからは骨がこちらを覗き込んでいた。

 

 ────ダメだ、間に合わない。

 

 なら、動かない腕を犠牲にすれば良い。最小の犠牲で済むならそれに越したことはないだろう。

 廊下に転がろうと体を丸める。しかし動かない右腕は出遅れて、影はすぐそこまで迫って来た。

 

 切断される。そう覚悟を決めたところで、

 

「ちょっと、何勝手に諦めてるのよ────!!」

 

 寸前で音を立てて割れる影。遅れてやってくるのは、何かが音を立てて過ぎ去る轟音だった。

 

「……? 別に諦めてたわけじゃない。右腕(この程度)で済むなら儲けものだろ」

「……何言ってんのよ。もっと自分を大事にしなさいよ!!」

 

 何ヲ言ッテルノカ本気デ理解デキナイ。

 

 思わず小首を傾げると、何かに感づいた凛は静かに息を飲む。

 いや、飲み込んだのは息ではなく沢山の言葉だろう。今はソレを吐き出す時間なんてない。

 背中に士郎を庇うように、慎二の目の前へ立ち塞がる凛。しかし士郎は納得がいかなかったようで、ノロノロと立ち上がると、凛の肩をひっ摑んだ。

 

「おい、遠坂。おまえが前に出るのは違うだろ」

「何も違くないでしょう。深手を負ってるんだから大人しくしてなさい」

 

 凛も譲ることはない。今も士郎の足元には夥しいほどの血液が滴り落ちていて、このままではマズいことが一目でわかる。

 が、それでも士郎は止まらない。止まれない。止まってくれない。

 右腕がダメなら次は左腕を使えばいいだけ。呼吸を整えながら再び強化の魔術を行おうとして、

 

「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!! さっさと二人して死んじまえってんだよ!!」

 

 叫びながら慎二が本を掲げる。同時に辺りに轟音が響き、

 

「────へ?」

 

 見覚えのある剣が、慎二の手元の本を巻き込み、壁に突き刺さった。

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 砂煙が舞う。目の前には怪しい文様が蠢き、セイバーは即座にその脅威性を理解した。

 肌が粟立つ。脳内では警告音が頭痛がするほどに鳴り響き、どうにかしろと本能が訴えかけている。

 

「っべ────!!」

 

 流石にこれをまともに受ければ死んでしまう。これはおそらく、彼女の────ライダーの、もうひとつの宝具。

 

「……一瞬で、楽にしてあげます」

 

 ライダーの構えが変わる。背中を丸め、姿勢は低く。膨大な魔力は杭の鎖まで巻き上げて、ジャラジャラと不気味な音を立てていた。

 

 デカいのが、くる。

 

「お、」

 

 そう察したのと同時に、セイバーは再び強く地を蹴り、跳んだ。

 他から見れば何の得策もない、何の考えもない愚かな突進。だが、

 

「らァ!!」

 

 すぐさまライダーの襟首を空いた手で引っ掴み、そのまま力任せに校舎へとぶん投げる。

 動揺したライダーは反応することができず、為すがままに校舎の壁を突き抜けた。

 それを見送ることなく、追いかけるように跳ぶセイバー。たまたまそこは、士郎たちの戦場のど真ん中だった。

 

「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!! さっさと二人して死んじまえってんだよ!!」

 

 そして、慎二の叫びを聞く。

 小さな舌打ち。セイバーの眉間には皺がより、深く、怒りを絞り出すようなような溜息を吐き出して。

 

 右手に携えた長剣を、本を目掛けて投げつけた。

 

 ◇Interlude out◇

 

 なんでみんなそんな目で僕を見るんだ。憐れむなよ。蔑むなよ。そんな目で僕を見るな。

 僕は普通に生きてきただけだ。僕はいつも通り頑張ってきただけだ。普通に、周りがするように頑張ってきただけなのに。

 なんで全てが空回る。なんで世界は、僕から全てを奪っていく? 平気な顔して、僕が求めたものを掻っ攫っていくんだ。

 

『……兄さん』

 

 うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。

 気持ち悪い。同情されるのはおまえの方だろう。なんでこの僕が、おまえにそんな顔をされなくちゃいけないんだ。

 

『だから言ったじゃないですか。先輩は、兄さんには協力しないって』

 

 うるさい。黙れよ。

 なんで僕の思い通りにいかないんだ。なんで僕がイチバンじゃないんだ。

 

 ……そうだよ。なんで、なんで僕がこんなところに居なくちゃいけない?

 

 必死に足掻いて、踠いて、他人を蹴落としてまで登ってきたはずなのに。

 

 なんで僕が、イチバンじゃないんだよ────!!




筆は乗るのに文字数が増えない。おかしい。
早いこと更新できました。書けるうちはポンポン投げます

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