Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第12話 『紫の、』

 広がる。広まる。広がっていく。

 ソレは生み出された、張り付くような粘っこい空気と、薄い膜。徐々に広がっていく地獄では、その場で呼吸をすることすら許されない。

 視界が歪む。膝が折れる。喘ぐように掠れる呼吸を繰り返し、視線をあげると慎二の歪んだ笑みが待っていた。

 

「▇▇▇█、▇▇▇」

 

 何を言ってるのか聞き取れない。聞こえてくるのは自分の呼吸と、幕が広がっていくべとり、べとりという悪寒を誘う音。

 苦しくて苦しくて仕方がなくて、短く呼吸を繰り返しながら階段を転がり落ちていく。この地獄にたった一筋の救いを求めて、廊下の窓を震える手でこじ開けた。

 

 ────死ねば、楽になれるだろうか。

 

 一瞬の気の迷いでその身を乗り出し、四階から身体を落とそうとしたところで、

 

「しっかりしなさい、衛宮くん!」

「歯ァ食いしばれマスター!」

 

 乾いた音。頰を貫く激痛。2人の叫び声で、我に返った。

 

 廊下に倒れ込み、大きく息を吐きながら立ち上がる。

 吐き気はいまだに身体にこもって出て行ってくれない。けれど、戦意と気力だけはなんとか持ち直した。

 

「……悪い、なんとか持ち直した。なんだよ、これ」

「慎二のサーヴァントの仕業みたい。あれ見て」

 

 士郎が開けた窓から軽く身を乗り出し、グラウンドを指さす凛。指先に視線を向けると、グラウンドの中心にソイツはいた。

 黒を基調とした外装を身にまとい、魔力を孕んだ風が紫色の長い髪を揺らしている。

 身長はかなり高く、短い丈のスカートから白く長い足が覗いていた。

 

「アイツがサーヴァントか。どうするマスター、ヤツはオレがやるしかねェよな?」

「待ってくれセイバー。……遠坂、アーチャーを呼ぶことはできないのか?」

「おい待てよマスター。オレひとりでやれるっつの! アーチャーの野郎なんていらねー!!」

 

 がなりたてるセイバーを尻目に、何やら眉間に指を添える凛。数秒間があって悩ましげに唸り声をあげると、大きく首を横に振る。

 

「……ダメ。この結界、マスターとサーヴァントの通信まで遮断するみたい。何度も試してるんだけど通じないわ」

「だから言ってんだろ、オレだけで充分だって。行くからなマスター!」

「待った、セイバー!!」

 

 セイバーは士郎の制止を聞かずに、窓から外に飛び出していった。

 グラウンドで何かと何かが衝突し、砂埃が舞う。立て続けに金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が響きだし、士郎は思わず自分の無力さに口元を歪めた。

 

「そんな顔をしたって、あそこに行ったところで貴方には何もできないわよ」

「……わかってる」

 

 拳を握り締める。

 また戦わせてしまった。止められなかった。セイバー(あの子)に、また。

 口の中に苦味が満ちる。吐き出される息が重たい。

 きっとこの重みは、苦味は、自身を戒めるモノだろう。

 

「そんな顔をするくらいなら、せめて今は私たちで出来ることを考えなさい。後悔も反省もその後よ。……それに、セイバーなら大丈夫。あの子ならなんとかしてくれるはず」

 

 自分のサーヴァントを信用なさい、と。士郎の肩を柔く叩き、二人は背後へ振り返る。

 その先には未だ踊り場に佇む慎二の姿。表情は陰って見えないが、おそらく良い表情をしていないことは確かだろう。

 

「……この結界を止めろ、慎二」

「はぁ? 調子にのるなよ、衛宮。なんで僕がオマエの言うことなんて聞かなくちゃならないんだよ」

 

 ────嗚呼、やはり悪気を感じていない。

 普段鍛えていて、魔術の心得がある士郎ですらこれだ。何も知らない一般人なら、魔力を吸い取られすぎて虫の息と言っても過言ではないだろう。

 目を瞑る。瞼の裏に甦るのはあの大火災。士郎を襲った地獄のソレだ。

 覚えているのは誰かが死んでいったことと、誰も助けられなかったこと。

 助けを求める声を無視して、乗り越えて、たくさんの命の上に今の士郎は居る。

 もうたくさんのひとを失いたくない。手が届くのなら、全員助けないと。

 今度こそ、間違えないために。衛宮切嗣(セイギノミカタ)に、辿り着くために。

 

「……最後の警告だ。結界を止めろ、慎二」

「何度言われても答えは変わらないよ。オマエの、言うことなんて、聞くつもりは、ない」

 

 ゆっくりと、士郎の怒りを煽るように吐き捨てる慎二。

 

 ……瞼を上げる。慎二の隣には苦しそうに、浅い呼吸を繰り返す桜の姿がある。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

 士郎の怒りを堪えた自身へ語りかける詠唱を口火に、戦況は動き出す。

 まずは目の前の人間から。間桐桜から、助け出す。

 

 ◇◆◇

 

 窓枠から飛び出し、赤い雷を纏いながら換装。ついさっきまで制服姿だったセイバーは、すぐさま鎧姿へと移り変わる。

 

「ど、ぉ、らァ!!」

 

 そして愛用の剣を、飛び出した勢い全てを乗せて目の前の女に叩き込んだ。

 辺りに響く鈍い金属音。砂煙を巻き起こすほどの衝撃。

 ……手応えはある。しかしまだ、仕留めきれていない。

 

「は、やるじゃねェか!」

 

 砂煙が晴れた。セイバーの視線の先には、紫髪の女が鎖を連ねた杭を交差させ、セイバーの剣を受け止めているのが見える。

 

「……てめーはキャスターか?」

「いいえ、ライダーです。私に魔術は使えないので」

「随分と余裕じゃねえか!!」

 

 律儀に応える紫が身の女、ライダーに舌打ちを交えながら、その身体に蹴りを食らわせてやる。

 ……いや、後ろに軽く跳ぶことで勢いを去なされた。手応えはない。

 見たところステータス値はあまり高くない。しかしセイバーのあの一撃を受け止め、蹴りにまで対応する反応速度────おそらくその全てはこの結界の恩恵だろう。

 

「結界を止めれば余裕ってわけかよ。簡単じゃねぇか、な!」

 

 地を蹴り、稼がれた距離を一瞬で無に変える。魔力放出で強化されたソレは、常人には瞬間移動にも見えるだろう。

 しかしライダーは、隠された目でソレを捉えている。背中に走る寒気と、肌がピリつくほどの殺気で、セイバーにはソレが理解できた。

 剣を振るう。ごう、と音を立てながら空気を切り裂く第一閃。ライダーはそれを身を僅かに傾けることで躱してみせる。

 

「ッ、ソ!」

 

 躱された剣。その勢いを殺さずにセイバーは宙で身を翻し、そのまま踵をライダーの脳天へ落とす。

 今度は直撃。……いや、違う。今度は腕で受け止め、去なされた。

 勢いが思わぬ方向へ流されたたらを踏むセイバー。その腹に、ライダーの膝が炸裂した。

 

「っづ────!」

 

 後ろへ吹き飛び、地面を跳ねながら受け身を取るしかない。身体の節々へ走る痛みに苛立ちは加速し、セイバーはここに来てようやく理解する。

 

「やりづれェ……オレまでなにかと吸い取られてんのか、これ」

 

 とはいえ、ほんの少し身体が怠いくらいだ。

 が、それに加えてライダーの身のこなし。短期決戦を基本戦法に置くセイバーには、少し厳しい相手かもしれない。

 

「ならとっととぶっ放して決着を……」

「奇遇ですね。私も同じことを考えていました」

 

 セイバーの声に被るライダーの呟き。気づけば、ライダーは吹き飛んだはずのセイバーのすぐ近くにいた。

 

 ぞわり、と、再び粟立つ肌。頰を撫ぜる殺気。辺りを満たす、結界なんかよりも色濃く、吐き気がするほどの魔力。

 

「っべ────!!」




慎二が結界を止めるつもりがないのなら、もちろん士郎は抵抗するで。────拳で。

……なんて、古いか。もうあけましておめでとうからかなり経ちましたね……いや、何かと忙しかったんです。許してください。
色々頑張って書いて2800文字……次はもう少し長く書けたらいいなぁ、と思います。次はなるべく早く、待っていてくれてる人がいるのなら待たせないように。頑張ります。

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