Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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ここからヘヴンズフィールのネタバレも含まれます。なんの因果かちょうどよく映画やってますし、新鮮な気持ちで映画を楽しみたい方はあまりこの先の内容を読むのはオススメできないです……


第11話 『憤怒、赤色』

 食事はとても静かなものだった。

 各々が自分の弁当などを口に放り込み、静かに咀嚼する。

 屋上が冷えるから、というのもあるからだろうか。交わされる会話は皆無に等しく、誰も口を開かない。

 そも、士郎は食事中によく喋る方ではないのだ。普段は騒ぎたがりの藤ねえに合わせて口を開き、会話を交わしている感は否めない。セイバーも何やら渋い顔をしながら食事を進めるばかりだ。

 三人の間に、冷たい風が吹き抜ける。

 風を撫ぜる冷たい風。前髪が上がり、鼻先が寒さにほんの少し痛みを覚える。

 

「さむ……じゃあ私、もう行くから」

 

 とうとう寒さに根を上げたか、凛はサンドウィッチの最後のひとくちを放り込むと、スカートをはたきながら立ち上がる。

 士郎が何か口を挟む前に早々と歩いて行ってしまい、急いでご飯をかきこんで。

 

「ま、待てって遠坂!」

 

 黙り込むセイバーの手を取り、凛の後を追いかけた。

 

 ◇◆◇

 

 士郎が凛の背中に追いついたのは、屋上からの階段、その踊り場にたどり着いたところだった。

 息を切らし、困惑するセイバーを他所に、士郎は凛の背中へ問いかける。

「遠坂、寒いのはわかるけど別において行かなくったって……」

 肩を上下させながら、凛の真横で膝に手をつく士郎。問いかけながら凛の横顔を見上げると、その表情はひどく強張っていて。

 

「……遠坂?」

 

 同時に廊下に響いた、パァン、という乾いた音に、士郎の胸に焦燥が駆けた。

 思わず目を見開き、ゆっくりと視線を動かす士郎。

 凛が見つめている先へ。ゆっくり、ゆっくり。

 

「────、────────」

 

 そこで見たのは、地面に倒れ伏し、頰を抑える桜の姿と。

 まさしく今掌を振り抜いた後の、間桐慎二であった。

 

「慎二、おまえ……!!」

 

 焦燥に変わり、士郎の胸に怒りが満ちる。

 いつのまにか拳は強く握られていた。

 いつのまにか歩は前へと進んでいた。

 許さない。許せない。許してはいけない。

 づかづかと足音を立てながら、振り返る慎二へ歩み寄り、その胸ぐらを引っ掴んで、

 

「自分の妹に手を出すなんて……何やってるんだよ、慎二」

 

 そのまま壁に叩きつけ、至近距離で睨みつける。

 ここまで誰かに殺意を覚えたのは初めてだった。今にも首を締め付け、骨を折ってやりたいような衝動にまで駆られてしまう程に。

「何って、おまえこそ何やってるんだよ衛宮。他人(ヒト)の家の事情に口出すとかさ」

 慎二もまた好戦的であった。士郎の言葉を聞こうともせず、真正面から睨み返すだけ。

 慎二は悪気を覚えていない。その事実がさらに士郎の怒りを駆り立てる。

 思わず片腕を振りかぶり、慎二の頰に狙いを定めて、

 

「やめてください先輩!!」

 

 桜の悲痛な叫びに、無理やり正気に戻された。

「……桜」

「良いんです、先輩。わたしが悪いんです。わたしが、全部……」

「桜は何も悪くないだろう。桜はそんな、なにか悪いことをする子じゃ────」

 

「違うんです、先輩!! わたしはそんないい子なんかじゃない!!」

 

 遮られた。士郎の言葉が、桜の、悲痛な叫びに。

 桜がここまで感情的になるのは珍しい。それも、その言葉が、士郎に向けられているだなんて。

 あまりの驚愕に士郎は慎二の胸ぐらから手を離し、なにも言えずに慎二から距離をとる。

 視界の隅には笑顔を浮かべている慎二がいる。

 まるで、『正しいのは僕なんだ』と、嘲笑わんばかりの。

「さ、くら……」

「ほら言ったじゃないか! 何も知らないまま、無知をひけらかして他人の事情に踏み込むからこうなる! 全部全部全部、僕が正しいんだ。僕は、コイツを、しつけてただけなんだからさあ!!」

 慎二の笑い声が喧しい。頭にガンガン響いてくる。

 でもそれ以上に、

 

『わたしはそんないい子なんかじゃない!!』

 

 桜の叫びが、離れてくれない。

 

「だからいつも言ってるじゃないか。僕は正しいことを言ってるだけだ。おまえらは間違ってるって決めつけて、僕を否定して、踏みにじって、粗末にしてるだけだ。いつか痛い目を見るぜ、僕を信じておけばよかった、ってな!!」

「なにを、」

「何を? 遠坂、今更僕に『なにを』って問いかけたのか? 今まで一言も言葉を聞かなかった僕に。今まで一言も信じなかった僕に。才能がないと吐き捨て、踏みにじってきた僕に!!」

 慎二の口が回る。彼をここまで駆り立てているのは怒りか、優越感か────はたまた、心の奥底に潜んでいる別の何かかもしれない。

 

 士郎は慎二の言葉に何も応えることができない。

 

 ────慎二が正しい? 桜が、何か悪いことをしてるというのか?

 叩かれても仕方ないと、罵られても仕方ないと言われるほどの?

 

「僕が一番だって気づかないおまえらが悪い。なんで僕の思い通りに全部進んでいかないんだ。いつだって、何処だって、僕は、」

 

 唾を飛ばしながら叫ぶ慎二。

 その慎二の言葉を、士郎と凛の代わりに止めたのは、

 

「うるせぇよ。ガタガタガタガタ、少しは静かにできねぇのかってんだ」

 

 ここまでだんまりを決めていた、セイバーの冷たい言葉だった。

 いつのまにか士郎を庇うように前に出ていたセイバーは、慎二を睨みつけながら壁を殴りつける。

 相当苛立っているようだった。舌打ち混じりに向けられている慎二への視線は、殺意さえ紛れ込んでいるほどに。

 

「は、はははは……僕に口答えしようっていうのか、オマエ」

「────、────」

 

 慎二の言葉に、セイバーは何も答えない。

 その背中は、士郎にどうするか、何をするべきか問いかけているようだった。

 

「そうか、そうか、そうかよ。じゃあわかった、僕を馬鹿にするとどうなるか────思い知らせてやる!!」

 

 しかしその答えが士郎の口をつく前に、状況は急速に転がっていく。

 怒りの表情と同時に慎二が取り出したのは一冊の本。茶色い革の表紙の、手のひらに収まるほど小さな本だ。

 そしてその本からは、魔力の波動。

 

「まずい、衛宮くん、慎二を!」

 

 遠坂の叫びももう遅く、

 

「やれ、ライダー!!」

 

 慎二の叫びと同時に、地獄は広々と展開してしまった。

 赤々と、黒々と、艶めかしく、生臭く、血が全てを塗り尽くす、地獄が。




長らくお待たせしてしまったかもしれない。慎二を信じない方が悪い、もかかってますね。
コンセレでオーズドライバー発売ですって!嬉しい!でも関係ねぇ!
投稿が遅れたのは若干のスランプと某FGOのせいです。なんか色々忙しかった。セイレム胃もたれする……しかし面白い。悔しい。
俺もあんな話が書けるようになればいいな、と思う次第でした。

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