Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜 作:柊悠弥
食事はとても静かなものだった。
各々が自分の弁当などを口に放り込み、静かに咀嚼する。
屋上が冷えるから、というのもあるからだろうか。交わされる会話は皆無に等しく、誰も口を開かない。
そも、士郎は食事中によく喋る方ではないのだ。普段は騒ぎたがりの藤ねえに合わせて口を開き、会話を交わしている感は否めない。セイバーも何やら渋い顔をしながら食事を進めるばかりだ。
三人の間に、冷たい風が吹き抜ける。
風を撫ぜる冷たい風。前髪が上がり、鼻先が寒さにほんの少し痛みを覚える。
「さむ……じゃあ私、もう行くから」
とうとう寒さに根を上げたか、凛はサンドウィッチの最後のひとくちを放り込むと、スカートをはたきながら立ち上がる。
士郎が何か口を挟む前に早々と歩いて行ってしまい、急いでご飯をかきこんで。
「ま、待てって遠坂!」
黙り込むセイバーの手を取り、凛の後を追いかけた。
◇◆◇
士郎が凛の背中に追いついたのは、屋上からの階段、その踊り場にたどり着いたところだった。
息を切らし、困惑するセイバーを他所に、士郎は凛の背中へ問いかける。
「遠坂、寒いのはわかるけど別において行かなくったって……」
肩を上下させながら、凛の真横で膝に手をつく士郎。問いかけながら凛の横顔を見上げると、その表情はひどく強張っていて。
「……遠坂?」
同時に廊下に響いた、パァン、という乾いた音に、士郎の胸に焦燥が駆けた。
思わず目を見開き、ゆっくりと視線を動かす士郎。
凛が見つめている先へ。ゆっくり、ゆっくり。
「────、────────」
そこで見たのは、地面に倒れ伏し、頰を抑える桜の姿と。
まさしく今掌を振り抜いた後の、間桐慎二であった。
「慎二、おまえ……!!」
焦燥に変わり、士郎の胸に怒りが満ちる。
いつのまにか拳は強く握られていた。
いつのまにか歩は前へと進んでいた。
許さない。許せない。許してはいけない。
づかづかと足音を立てながら、振り返る慎二へ歩み寄り、その胸ぐらを引っ掴んで、
「自分の妹に手を出すなんて……何やってるんだよ、慎二」
そのまま壁に叩きつけ、至近距離で睨みつける。
ここまで誰かに殺意を覚えたのは初めてだった。今にも首を締め付け、骨を折ってやりたいような衝動にまで駆られてしまう程に。
「何って、おまえこそ何やってるんだよ衛宮。
慎二もまた好戦的であった。士郎の言葉を聞こうともせず、真正面から睨み返すだけ。
慎二は悪気を覚えていない。その事実がさらに士郎の怒りを駆り立てる。
思わず片腕を振りかぶり、慎二の頰に狙いを定めて、
「やめてください先輩!!」
桜の悲痛な叫びに、無理やり正気に戻された。
「……桜」
「良いんです、先輩。わたしが悪いんです。わたしが、全部……」
「桜は何も悪くないだろう。桜はそんな、なにか悪いことをする子じゃ────」
「違うんです、先輩!! わたしはそんないい子なんかじゃない!!」
遮られた。士郎の言葉が、桜の、悲痛な叫びに。
桜がここまで感情的になるのは珍しい。それも、その言葉が、士郎に向けられているだなんて。
あまりの驚愕に士郎は慎二の胸ぐらから手を離し、なにも言えずに慎二から距離をとる。
視界の隅には笑顔を浮かべている慎二がいる。
まるで、『正しいのは僕なんだ』と、嘲笑わんばかりの。
「さ、くら……」
「ほら言ったじゃないか! 何も知らないまま、無知をひけらかして他人の事情に踏み込むからこうなる! 全部全部全部、僕が正しいんだ。僕は、コイツを、しつけてただけなんだからさあ!!」
慎二の笑い声が喧しい。頭にガンガン響いてくる。
でもそれ以上に、
『わたしはそんないい子なんかじゃない!!』
桜の叫びが、離れてくれない。
「だからいつも言ってるじゃないか。僕は正しいことを言ってるだけだ。おまえらは間違ってるって決めつけて、僕を否定して、踏みにじって、粗末にしてるだけだ。いつか痛い目を見るぜ、僕を信じておけばよかった、ってな!!」
「なにを、」
「何を? 遠坂、今更僕に『なにを』って問いかけたのか? 今まで一言も言葉を聞かなかった僕に。今まで一言も信じなかった僕に。才能がないと吐き捨て、踏みにじってきた僕に!!」
慎二の口が回る。彼をここまで駆り立てているのは怒りか、優越感か────はたまた、心の奥底に潜んでいる別の何かかもしれない。
士郎は慎二の言葉に何も応えることができない。
────慎二が正しい? 桜が、何か悪いことをしてるというのか?
叩かれても仕方ないと、罵られても仕方ないと言われるほどの?
「僕が一番だって気づかないおまえらが悪い。なんで僕の思い通りに全部進んでいかないんだ。いつだって、何処だって、僕は、」
唾を飛ばしながら叫ぶ慎二。
その慎二の言葉を、士郎と凛の代わりに止めたのは、
「うるせぇよ。ガタガタガタガタ、少しは静かにできねぇのかってんだ」
ここまでだんまりを決めていた、セイバーの冷たい言葉だった。
いつのまにか士郎を庇うように前に出ていたセイバーは、慎二を睨みつけながら壁を殴りつける。
相当苛立っているようだった。舌打ち混じりに向けられている慎二への視線は、殺意さえ紛れ込んでいるほどに。
「は、はははは……僕に口答えしようっていうのか、オマエ」
「────、────」
慎二の言葉に、セイバーは何も答えない。
その背中は、士郎にどうするか、何をするべきか問いかけているようだった。
「そうか、そうか、そうかよ。じゃあわかった、僕を馬鹿にするとどうなるか────思い知らせてやる!!」
しかしその答えが士郎の口をつく前に、状況は急速に転がっていく。
怒りの表情と同時に慎二が取り出したのは一冊の本。茶色い革の表紙の、手のひらに収まるほど小さな本だ。
そしてその本からは、魔力の波動。
「まずい、衛宮くん、慎二を!」
遠坂の叫びももう遅く、
「やれ、ライダー!!」
慎二の叫びと同時に、地獄は広々と展開してしまった。
赤々と、黒々と、艶めかしく、生臭く、血が全てを塗り尽くす、地獄が。
長らくお待たせしてしまったかもしれない。慎二を信じない方が悪い、もかかってますね。
コンセレでオーズドライバー発売ですって!嬉しい!でも関係ねぇ!
投稿が遅れたのは若干のスランプと某FGOのせいです。なんか色々忙しかった。セイレム胃もたれする……しかし面白い。悔しい。
俺もあんな話が書けるようになればいいな、と思う次第でした。