Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜 作:柊悠弥
ルート分岐は4話後からになってます。ピクシブのがほんの少し投稿ペースは早いかも……?
5話までは週一投稿目指すつもりなんで、よろしくお願いします。
あと綴り間違えてますよー!とか、誤字ありました!とかはそっと報告していただけると
第1話 『プロローグ』
異常なデータが発見されました。
未読のストーリーがあります。
始めますか?
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◇◆◇
「か、は────!?」
胸を貫くような奇妙な冷たさ。喉元に突っかかったような血液を吐き出すために噎せながら、衛宮士郎はゆっくりと立ち上がる。
「夢、じゃないよな……」
士郎の記憶が確かなら、自分は見知らぬ男に殺されたはずだった。
「────っ、」
嫌でも思い出せる。脳裏に焼き付いている。身体に刻み込まれている。
真っ赤な槍が自身の胸に突き刺さり、無常にも、自分の命が消えゆく瞬間を士郎は見、同時に感じたのだ。
夢ではない。足元に広がる自分のモノと思われる血溜まりからそれが理解できた。
足元がおぼつかない。頭が重い。寒い。
冬はとんと冷え込むと言われている冬木だが、冬の寒さからくる震えとはまた違うものだった。
血を流しすぎた。そんなのは馬鹿でもわかる。
ふらつく足に鞭を打ち、重い頭を抑えつつ、ハッキリしない思考で何故かその血だまりを拭き取り始めた。
幸い近くの教室にはバケツと雑巾があってくれたし、道具には事欠かない。
そして、
「……なんだ、これ」
床に転がる、月明かりを反射するペンダント。
ソレを士郎は拾い上げて、学校を後にした。
───√ ̄ ̄ Interlude
「よかったのか、凛」
自宅でソファに腰掛ける少女、遠坂凛の背後で、ため息交じりの皮肉な呟きが聞こえた。
特徴的な黒髪のツインテールを揺らしながら振り返ってやると、そこには彼女のサーヴァントが見える。
サーヴァント、アーチャー。赤い外套と浅黒い肌、真っ白く染まってしまった髪が特徴の憎たらしい男────凛談────だ。
「良いのよ、別に。あそこで放っておいたら寝覚めが悪いし、何より……桜に悪いもの」
凛の何やら意味深な呟きに、アーチャーは大きくため息を吐く。
同時に何かをジャラジャラと音をさせながら取り出すと、凛にソレを差し出した。
「どうでもいいが、父の形見くらいは持っておいたらどうだ。どこぞの知らぬヤツに配慮する前に、自分の父親に配慮したまえ」
「あれ、拾ってきてくれてたんだ。……ありがと」
小さく呟いてからペンダントを受け取り、柔く笑みを浮かべる。
無駄なことをした────そんなこと、凛も理解はしている。
魔術の世界を生きるうえで、なんらかの命が果ててしまうことはわかりきっている。何も犠牲もなしに生まれるものなどないと、遠坂凛として生きてきたこの十七年間で理解したはずだ。
だというのに、廊下に倒れる彼を見た途端寒気がした。
廊下に倒れる彼を見た途端、悲しむ彼女を幻視した。
魔が差した、というのは少し違う。助けなくてはいけないという強迫観念に駆られ、気がつけば彼の元に膝をついていたのだ。
「こんなのはもう、これっきり」
そう、これっきり。これを最後に、こんなことはあってはいけない。
私は遠坂家の魔術師なのだから────と。
だいたい、こんなのは心の贅肉だと凛は語る。
彼を助けたところで、そもそも日常生活に戻れたとしても────
「────あ。やば、私……!!」
◇Interlude out◇
住み慣れた我が家に帰宅した頃には、ひどい目眩も頭痛も、上がって仕方なかった呼吸も元に戻ってくれていた。
しかし体を支配する疲労感が尋常じゃなく、居間に着いた途端思わず畳へ倒れ込む。
「く、そ……なんだってんだ、今日は……」
学校で目撃した、明らかに人間ではない二人組み。
見惚れるような戦闘の最中、士郎は物音を立てたせいで見つかり……死んでしまった、はずだ。
天井を睨み付け、ひとり愚痴を漏らす士郎。
時間はもうすでに深夜の2時を回っている。この時間になれば普段居着いている藤村大河────藤ねえも、普段家事を手伝いに来てくれている間桐桜も既に帰宅し、衛宮邸には士郎だけ。
むしろ好都合だった。こんなところを二人に見られてしまっては騒がれて仕方がない。
自分のためを思って騒いでくれるのは嬉しくないワケではないが、体には今何ともないのだから騒がれても仕方ないというか。士郎はフクザツな気持ちである。
「……というか、この破れた服もどうにかしないと」
自然と、独り言が増える。
ため息まじりに、憂鬱げに。繰り返されたそれは、
「────結界が」
カランカラン、と。乾いた音────この衛宮邸の防犯システムが立てる侵入者の知らせによって、かき消された。
あいつだ。あいつが、また俺を殺しに来たんだ。
そんな予感がして、思わず飛び起きる。近くに転がる大河が放置して帰ったポスターを手に取り、深く呼吸を繰り返す。
「────
背筋に熱い鉛を通していくような感覚。身体が火照っていく。
これが士郎の知る、魔術回路を生成する方法だった。ほんの少し気を抜けば死ぬ────そんな緊迫感に駆られながら、上がる息を抑え込みつつ、深く、深く。
「基本骨子、解明────」
行う魔術は強化。物の構造を理解し、魔力を流し込むことで物の強度や性能を向上させる魔術だ。
「構成材質、解明────」
魔力を通し、スキャンをかけるような感覚。
脳内にポスターの構図が流れてくる。隅から隅まで見通してから、そこへ魔力を流す工程へと移行する。
「基本骨子、変更────」
あとひと息。ここのところ、毎晩行なっている鍛錬では成功しなかったものだが。今日は何やら調子が良いらしい。
「構成材質、補強────、
そっと、強化したポスターを構え直し、前を見据える。これなら、誰が来ても少しはどうにかなるだろう。
頰を汗が伝った。背中に緊張で寒気が走る。
士郎には永遠とも取れる数秒。自身の呼吸音と心臓が奏でる、規則的な音だけが今の士郎のすべてだった。
「────!!」
わずかな物音。何かが軋むような音と、微量の殺気を感じて士郎は床に転がり込む。
ついさっきまで士郎がいた畳には赤い槍が突き刺ささり、頬を殺気を孕んだ冬の冷たい風が撫ぜた。
突き刺さった槍は数時間前に士郎を殺したモノと全く同じ。そう、寸分違わず、同じモノで。
「おまえは……」
「よう、兄ちゃん。気づかれては苦しむだけだろうと気を遣ってやったんだが……にしても奇妙な運命だ。一度殺した相手ともう一度会うコトになるとはなあ」
槍を振り回す怪しげな男は、結い上げた長髪を揺らしながら親し気に微笑む。
しかし士郎としては冗談じゃない。一度自分を殺した相手と対面しているなど。重ねて、向こうはもう一度士郎を殺す気でいるのだから。
思わず、固唾を飲み下す士郎。ここは下手に自分から動き出すのは得策ではない。向こうの出方を見るべきだ────
「せっかく生き返ったトコわりいんだが、ソレも終いだ。じゃあな、兄ちゃん。もしかしたらオマエが
相手は完全にこちらの命を取った気でいる。なら、
「ら、あ────!!」
槍が心臓を狙って来ることは一度目で既に解っている。鉄と同じまでに強度を増したポスターを槍の軌道に割り込ませてやる。
瞬間、心臓を狙った槍は逸れ、一瞬の虚をつくことに成功した。代わりに二の腕の肉が持っていかれたが命に比べれば安いものだ。
「……ハ。変わった芸風じゃねえか。どれ、面白い。少し付き合ってやる」
しかしそんな隙も一瞬のみ。とっくにわかってはいたけれど、相手は人間離れしたようなヤツだ。これしきの事で、倒せるような隙は生まれてくれない。
相手は完全にやる気だが、正面からぶつかったらそれこそ命がいくつあっても足りない。ここは仕方なく相手に背を向けて、居間から廊下へ駆け出した。
「…………」
背後で何やらため息を吐いた気配がする。それから、相手が動き始めた気配も。
諸々は気にしていられない。今は生き延びることだけに集中しろ。
家の中じゃ圧倒的に不利────迷わず士郎は体で窓を突き破り、庭へと転がり出た。
同時、振り返りざまに、本能の訴えかけるままポスターを振るう。と、腕には衝撃が走り、あの憎き槍がほんの少し浮き上がるのが見えた。
それだけでは男の攻撃は防げない。男が右足を上げたのを視認したころには、士郎の腹部には激痛が走り、浮遊感に襲われていた。
痛い、苦しい。
士郎の声にならない苦しみは誰にも届くことなく、無慈悲に、スーパーボールのごとく地面を跳ね、転がされていく。
土が口の中に入った。じゃりじゃりとした不快感。けど、そんなことを気にしている暇はない。
「死にたく、ない────」
ただ、その一心で。士郎は立ち上がり、足を引きずりながら、前に進んでいく。
気が付けば、士郎は土蔵の扉に手をかけていた。ここに来れば、何かしら武器があるだろうと思ったのだろう。しかし、
「────づ、う!!」
その思考こそが命取り。かえって、士郎の命を投げ出しているようなものだ。
視界に映り込んだ槍を、ポスターを広げることで防ぎ。尻もちをつきながらも壁際まで逃げまどい、そこでようやく、対面する死を見上げた。
突きつけられているのは圧倒的なまでの質量の死。一度殺された槍の、鋭利な刃先だ。
赤、赤、どす黒い赤が、記憶に新しい死を彷彿とさせる。
「終わりだ。さっきのは少し驚いたぜ? 魔術はからっきしだが、気転は効くみてえだ」
嫌だ。もうあんなのは嫌だ。
頭がぐちゃぐちゃになるような感覚。胸を支配する異物感。血を流すことで走る寒気。独り、暗い海に沈んでいくような孤独感。
死にたくない。
全部が全部嫌だった。だいたい、何で俺がこんな目に合わなくちゃならないんだ、と。
俺はまだ、何もしていない。
そうだ、まだ何もしていないじゃないか。切嗣から正義の味方という夢を受け継いで、今まで、何も。
「死ぬわけには、いかない。殺されるわけには、いかない……!」
そうだ。それならまだ、死ぬわけにはいかない。殺されるわけにはいかない。
「こんなところで、こんな簡単に、ひとを殺すようなヤツに────!!」
喉よ張り裂けろとばかりに吐き出した思い。
途端、手の甲に熱さが宿った。
「────なに、七人目のサーヴァントだと!?」
男の動揺した声が聞こえる。同時に周囲に吹きすさぶ、魔力を孕んだ強い風。
士郎の視界に散る火花。男は吹き飛ばされるような形で土蔵から追い出され、代わりに士郎の目の前へ現れたのは小さな人影だった。
時代を感じさせる武骨な鎧。兜まで用意されたソレは異彩を放ち、その右手には大きな剣が握られている。
「ったく、カビくせェとこだなおい」
鎧の下から声がした。ため息交じりの女性の声だった。でなければ、声変わり前のやんちゃな少年のような。
「君は────」
士郎の問いかけに応えるように、兜が展開していく。
その下から現れたのは、金髪の少女で。
「オレか? オレは、サーヴァント、セイバー」
セイバーと、名乗った。
「おまえが、オレのマスターか?」
────その日、少年は運命に出会った。
灼熱に燃え滾る、勇ましく、自信過剰な運命に。
Fate/stay night [