ドラゴンハザード ~Dブラッド~   作:アニマル

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迷える子羊

「お前たちに相談がある」

 

 その日の夜、シデラがオズオールの身体を枕に寝静まった後、オズオールが未だに捕らえている二ドリーとデーネに話しかける。

 

「…何でしょうか?」

 

 オズオールの言葉に、二ドリーは硬い口調で答え、デーネも無口のまま睨むようにオズオールに視線を向ける。

 

「シデラをお前たちの国へ送り返してやって欲しい。正直、こんな厄介な人間に付き纏われたら面倒くさくてかなわんのだ」

 

「厄介な人物にしてしまったのは貴方じゃないの? 血を与えて眷属にまでしようとしたんでしょ?」

 

 心中を吐露するオズオールだったが、即座にデーネに突っ込まれてしまう。

 

「いや、眷属にするつもりなどさらさらなく、完全に殺すつもりで血を与えたのだ。”血死の試練”の事はさっき聞いていただろ? 眷属云々は上手く血を飲ませるための言い訳だな」

 

「殺すつもり…。やはりそれは貴方の仇敵だからですか?」

 

 微かな悔恨が見て取れるオズオールの言葉。しかし、その言葉に反応した二ドリーが険しい表情でオズオールを問い質してくる。

 

「身の危険を感じたというのもある。しかし、それ以上にシデラを生かしたままにしておくと、この世界そのものが危うくなってしまう気がしたのだ」

 

「かつて世界を敵に回した者の台詞とは思えないわね」

 

 オズオールの言い分にデーネがわずかながらの嘲笑を込めた言葉をぶつけるが、

 

「寝ぼけるな人間。オズオール様が敵に回したのはあくまでお前たち人間だけだ。そもそも、本当にオズオール様が世界を敵に回したのなら、博愛を尊ぶエルフやホビット、エンジェルがオズオール様の味方などする訳なかろう。人間=世界とは、本当に人間とは高慢な種族だな」

 

 直後に露骨に不満をあらわにしたパウムから反論が入る。

 

「…少なくとも、今は他の種族を全て下に置いている人間が=世界だと思うけど?」

 

「…っ。そ、それは…」

 

 しかし、続くデーネの更なる反論に、パウムは悔しそうに口をつぐんでしまった。こういう時、冷静ながらもダークエルフの誇りと共に言い返すのがオズオールの知っているパウムだ。それが出来ないという事は、それほどまでにダークエルフを含む他種族が衰えているのだと、オズオールは改めて実感する。

 

「…世界云々の話は今ここで話し合っていても埒があかないと思うので、一旦置いておきましょう」

 

 そんな二人の言い合いを見ていた二ドリーが唐突に会話に割って入る。デーネはそんな二ドリーを見て頷き、パウムは鋭い視線をデーネから二ドリーに移して何かを言おうとしたのだが、オズオールがそれを止める。オズオールも、この話は幾らしたところで平行線だと判断したからだ。

 

「シデラ様を私達が引き取った後、貴方達はどうするのですか? スペンサードラゴンが生きているという情報がある限り、貴方達の下には数々の刺客が人間の手によって送られてくると思いますよ? 隠れるにしても、最早人間の手が入っていない土地など殆どありませんし…」

 

「…そこまで人間の侵攻は進んでいるのか?」

 

「ええ。恐らく、貴方の想像を遥かに上回っていると思いますわ」

 

 オズオールの疑問にキッパリと断言する二ドリー。そして、この二ドリーの言葉にパウムが歯噛みしながらも反応しないところを見るに、恐らく二ドリーの言っている事は真実なのだろう。

 

 シデラを二ドリーたちに預けた後、再び身を隠すつもりでいたオズオール。当然何か所か身を隠せそうな場所の目安は付けていたのだが、この様子ではどこに行っても完全には身を隠せそうもない。

 

「それにこの子、貴方が何処にいようと分かるって言ってたじゃない。なら、この子がいる限り何処に隠れようが無駄だと思うけど」

 

 そこに駄目押しとばかりにデーネがシデラを指差しながらオズオールに言う。そして、その事を失念していたオズオールはデーネの言葉にハッとしながら視線をシデラに向けた。そう、シデラがいる限り、オズオールは世間から身を隠す事などできないのだ。

 

 低い呻き声を上げるオズオール。何も知らない者が見れば、恐怖に震え上がる事請け合いの恐ろしい形相だが、事情を知っている者から見れば、困り果てているのは明らかだ。と、その時だった。

 

「…もし行く当てがないのなら、貴方も王国に来ますか?」

 

「ニ、二ドリー!!?」

 

「な、き、貴様…!?」

 

 二ドリーから発せられる唐突かつ大胆な誘い。直後、デーネは信じられないようなものを見る目で、パウムは敵意満々の目で二ドリーを見つめながら声を張り上げた。

 

「ちょ、ちょっとアンタ何考えてんのよ!? 本気で言ってんの!?」

 

「勿論本気です。ドラゴンが保護対象に入っているのはデーネも知っていますよね?」

 

「規模が全然違うわよっ! 今目の前にいるのはあのスペンサードラゴンよ!? 徒党を組めば何とかなるその辺のドラゴンとは格が違い過ぎるわ!」

 

「格が違うからこそこうやって会話が出来ます。そして、意思疎通が出来るのなら王国に住まうドラゴンたちの様に、人間社会に溶け込む事もできるでしょう」

 

「共存と安寧を求める今のドラゴンと、その昔人間を滅ぼそうとしたドラゴンを一緒くたにするなっ! それに、奴らは反抗しても勝てないと分かっているから反抗しないだけでしょ! 悪の首魁であるスペンサードラゴンが王国に来たと知れば、奴等どんな謀反を起こすか分かったもんじゃないわ!」

 

 言い合いを続ける二ドリーとデーネだったが、ここで一旦二ドリーが言葉を切る。それを納得したと見たデーネは一時は興奮で立ち上がらせていた己の身体を座らせた。のだが…。

 

「…昔のスペンサードラゴンならそうなのでしょう。ですが、私は今のスペンサードラゴンにはそういう悪意があるようには見えないのです」

 

「…っ!? ア、アンタ何を言って」

 

 二ドリーの言葉に再びいきりたとうとしたデーネだったが、それを二ドリーは左手で制する。そして、そのまま右手の人差し指をある方向に向けた。そこには二つの簡素な墓があった。

 

「あの二人…ソダックとカーリウスを弔う時間をわざわざ与えてくれました。他の命を僅かにでも丁重に扱おうとする意思のある者は、少なくとも悪ではないと私は思います」

 

 そう言って、デーネを宥めようとする二ドリー。そう、オズオールはデーネと二ドリーの二人に仲間を弔う時間と自由を与えていたのだ。今も、動くだけなら自由にできる程度にパウムに術の効きを弱めさせている。とは言っても、ここから逃げ出したり魔術を使う自由は与えていないが。

 

「…そ、そんなもの、人間にへつらう為の事前準備じゃ」

 

「口の利き方に気を付けろ人間…! 何故オズオール様が貴様らの様な下等生物にへつらわねばならんのだ…!! それ以上舐めた口を利くというのなら、この場でひき肉にしてやるぞ…!!!」

 

 しかし、尚も二ドリーに反論しようとするデーネだったが、その論はパウムのありったけの殺気と怒気を含んだ言葉に掻き消されてしまう。その怒り方は尋常ではなく、目は血走り歯ぎしりが聞こえるほどに歯噛みし、顔は真っ赤に染まり、青くなるほどに握りしめられた拳からは血が出ている程だ。それほどまでにデーネの言葉はパウムの気に障ったのだろう。

 

「…うあっ!?」「…がっ!?」

 

 その怒りに呼応するかのように、突然二ドリーとデーネは自分の身体を抑えながら地面に蹲り苦しみ始める。パウムの怒りにより術が暴走し、その影響下にある二人の身体に深刻な悪影響を及ぼしているのだ。

 

「落ち着けパウム。ここでこいつらを殺すのは簡単だが、それでは現状が何も変わらん」

 

「はあっ…はあっ…。―――っ…はい……」

 

 このままではパウムが二人を殺してしまうと判断したオズオールがパウムを止める。すると、怒りと興奮で少し息切れしていたパウムだったが、すぐに落ち着きを取り戻し始めた。と、同時に苦しそうにもがいていた二人も、少しずつ落ち着きを取り戻す。

 

「確かに、今更幾らでもうじゃうじゃと湧いてくる人間などと戦う気などおきん。だがいよいよとなったのなら、人間などに媚びへつらうくらいなら、最後まで戦うつもりだ」

 

 そうして、まだ荒い息を吐いているデーネにオズオールはハッキリと言い返す。その姿には、確かな誇りと威厳が漂っており、それを感じたからこそデーネもそれ以上は何も言わなかった。

 

「…そもそも、なぜ貴方は復活したのですか? 再び人間と戦う為ですか?」

 

「蘇ったのは俺の意思ではない。不死という厄介な体質の所為で完全に死ぬことが出来んだけだ」

 

 息を整え終わった二ドリーの質問に、オズオールも淡々と答える。その中の『不死』という言葉にデーネは驚きに目を見開くが、二ドリーは考え込むように俯いてしまう。

 

「大体、人間と戦ったというのも最初は俺の意思ではなかった。他の種族共に祭り上げられて仕方なくだ。まあ、増長し始めていた人間が目障りだったというのもあるにはあるがな…」

 

 更に言葉を続けた後、オズオールは一つ溜息を吐く。見ると、何故かパウムも少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「それでは、貴方自身の意思という物は…?」

 

「俺自身…か。そんな物久しく考えた事が無かった。まあ、恐らく何もないからだろうな」

 

 再度のニドリーの質問に、オズオールは言葉を漏らす。その自嘲気味な言い方には、確かな空虚を感じさせる何かがあった。

 

 そうして、少しの間沈黙が場を覆ったが、不意に二ドリーがオズオールを見上げて口を開いた。

 

「貴方ほどの存在でも…いえ、貴方ほどの存在だからこその袋小路に今貴方はいるのですね。お任せ下さい、私がその迷いから貴方を救い出して見せましょう」

 

「…は?」「…な?」

 

 突然の突拍子もない二ドリーの言葉に、デーネとパウムは頓狂な声を上げ、オズオールも声こそ出さなかったが呆けたように口を開けている。

 

「…いやいや落ち着きなさいよ二ドリー。相手はあのスペンサードラゴンよ? アンタ一人にいったい何ができるっていうのよ?」

 

「私はシスターです。主の教えに従い、迷える子羊には道を指し示すのが私の使命。そこに生命の大小など関係ありませんわ」

 

「たかが一人の人間如きがオズオール様を救うだと!? 戯言を…出来る訳なかろうが!」

 

「出来るか出来ないかは問題ではありません。迷える子羊だと判断した以上はやるのです」

 

 デーネは戸惑い気味に、パウムは先ほどまでではないにしろ激怒しながら二ドリーに詰め寄るが、それらを二ドリーは涼しげな顔でいなして見せる。

 

「スペンサードラゴンたるこの俺を救う、か…。成程、確かに人間はだいぶ高慢になったと見える」

 

 次いで、オズオールが二ドリーを睨みながら威圧的な物言いをする。そこから発せられる威圧感は、余波だけでデーネを硬直させ、パウムですら顔を顰めてしまう程だ。だが、

 

「高慢でなければ他を救うなどできませんわ。それは、我らの主を見れば一目瞭然です」

 

 その威圧感を一身に受けている筈の二ドリーは、冷や汗を大量に流し顔を青ざめさせながらも、涼やかな笑みを浮かべてオズオールの瞳を見つめながら言い切って見せた。

 

 そうして、暫く視線を交差させていたオズオールと二ドリーだったが、

 

「―――ククッ、クハハハハッ! 面白い、気に入ったぞ人間! よかろう、そこまで言うのならこの俺を貴様の思う”救った”状態にして見せろ!」

 

「ご期待に添えますよう、奮闘いたしますわ」

 

 心底愉快そうに笑いながら二ドリーに命じるオズオールに、二ドリーも表情を涼やかな笑みから変えずに言葉を返すのだった。


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