ドラゴンハザード ~Dブラッド~ 作:アニマル
「―――と、言うのが事の顛末です」
地面に正座し、柔らかい笑みを浮かべながら勇者の町を滅ぼしてきた事をドラゴンを見上げながら報告するシデラ。対するドラゴンはシデラを見下ろしながら開いた口が塞がらない。
そもそも、この新しいねぐらにシデラが乗り込んできた事…いや、それ以前にシデラが生きていた事がまず寝耳に水だったのだ。勇者の剣の時のうっかりを反省し、しっかり心臓が止まっているかも確認したというのに。
どうやら、ドラゴンの血をその身に宿す事で人外の生命力と更なる力を手に入れてしまった様だ。これで、スペンサードラゴンの血に含まれる猛毒…というか、漆黒の炎に耐える事が出来れば、強力な力と不死に近い生命力を得られる事が証明された訳だ。ドラゴンにとっては悲報以外の何物でもないが。
勇者の力に加え、銀色の破壊神とまで言われたスペンサードラゴンの力をも取り込んでしまったシデラ。残念ながら、まだ昔の四分の一程度までしか回復していないドラゴンでは恐らくもう太刀打ちできないであろう。…いや、正直に言うと完全に回復したとしても勝てるかは怪しいところだ。
こんな常識外れに付き纏われるというだけでも面倒極まりないというのに、既に行動を…それも特大中の特大な問題行動を起こしているのがドラゴンの心労に更なる拍車をかける。
勇者の町が滅んだことは恐らくもう広域に伝わっているだろう。全世界に伝わるのも時間の問題だ。そして、以前の住処に討伐隊の様な物が来ていた以上、勇者の町の近くでスペンサードラゴンが復活した事も周知の事実として認識されている筈。
この二つの情報を合わせれば、誰もが『勇者の町はスペンサードラゴンに滅ぼされた』という答えに辿り着くのは自明の理だ。となると当然、人間達は今まで以上に行方不明となったスペンサードラゴンを探しだして始末しようとしてくるだろう。
一応、今の住処はとある樹海の奥深く…秘境と呼ばれる場所なので、そう簡単には見つからないとは思うが、目的の為なら手段は選ばない人間達からいつまでも姿を隠せるとも思えない。下手をしたらこの樹海そのものを焼き払われる可能性すらあるのだから。
「いた、いたたた…! い、いい加減離さぬかこの痴れ者がっ!」
その時、不意にシデラの下から女性の声と思しき悲鳴が上がる。見ると、シデラの下には俯けに強引に寝かされながら、シデラに腕をキメられている褐色の肌の見た目はシデラと同年齢くらいの少女がいた。
「もう暴れない? じゃあ離すけど」
「戯言を! オズオール様に近づく人間は全て始末するうううぃぎぃい!?」
シデラの問いに反抗的な態度を示す少女だったが、言葉を言い終わる前にシデラに更にきつく腕をキメられてしまい悲鳴を上げる。
「じゃあ駄目。落ち着くまではこのままだよ」
「うぐぐぎぎ…! お、おのれ! なんなのじゃこの人間はっ!? 身体能力で全く勝てん上に、妾の催眠幻惑術が全く通用せんとは…! に、人間如きに……地べたを舐めさせられるとは……っっ!!!」
「…よく見ろパウム。今お前が相手をしているのは、あの勇者の生まれ変わりだ」
腕をキメられている痛みと、まるで歯が立たない悔しさからか涙を流し顔を顰める褐色の少女に、ドラゴンが微かな諦念を感じる口調で褐色の少女に話しかける。
ドラゴンの言葉を聞いた褐色の少女は、驚愕の表情を浮かべながらシデラの顔に視線を向ける。そして、その表情は見る見るうちに凍り付いてしまった。
「分かったか? 残念ながら、お前ではこの小娘には勝ち目がない。今は大人しくしているんだ」
「―――っ!? う、で、ですが!」
ドラゴンの制止に、しかし褐色の少女はハッと我に返り何か反論をしようとするが、
「黙れ。貴様はこの俺に指図をする気か?」
声量こそ変わらなかったが、語気が一気に強まったドラゴンの台詞に、褐色の少女は口惜しそうに顔を地面にうずめる。
「…シデラ、パウムを離してやってくれ」
褐色の少女が動かなくなったのを見て、シデラに抗う気が無くなったと見たドラゴンがシデラに懇願する。そして、その懇願を聞いたシデラは微笑を浮かべながら頷き、ゆっくりと褐色の少女に行っていた戒めを解いた。
「ドラゴン様、この少女は?」
「…俺が人間達と争っていた頃の俺の配下で、パウムという名のダークエルフだ。四天王と呼ばれた、俺の配下の中でも選りすぐりの四人の猛者がいたのだが、その中でも筆頭に挙げられるほどの実力者でもある。まあ、今回は相手が悪すぎたのだがな」
「…へ? ドラゴン様が人間と戦っていた頃って、この…パウムさん…? は今何歳なんですか?」
「詳しくは知らんが、まあ甘く見積もっても千歳は下らんだろうな」
「へええ…。ダークエルフに限らずエルフ族は長生きって知識では知っていたんですけど、そんなに長い間生きていても外見は若いままなんですね…」
ドラゴンの解説にシデラは感心した様な表情で言葉を漏らしたが、不意に首を傾げ、
「…でも、そんなに長生きしている割には落ち着きが無いですね。私がこの近くに来た瞬間に、有無を言わさず襲い掛かってきましたし」
と率直な疑問を口にする。
この事に付いてはドラゴンも少し疑問に思っていたのだ。ドラゴンの記憶の中のパウムはもっと冷静沈着な部下であり、少なくとも相手の力量も量らずにむやみに襲い掛かるような者ではなかった。
少し嫌な予感がしたドラゴンが、その事について褐色の少女…パウムに問い質そうとしたその時だった。
「な、なに…? あれ…」
ドラゴン、シデラ、パウムの三人の耳に飛び込んでくる女性の驚愕した感じの声。全員が一斉に声の方を向くと、そこには身の丈ほどの杖を持った修道女らしき女性が真っすぐドラゴンを見つめていた。更に、その周囲にも三人位の人間が…。
「人間!? 馬鹿な、何故こんな所に…!?」
「へっ! こりゃ楽しそうな相手じゃあねえか! このドラゴンを狩れば、また俺達の名が上がるぜっ!」
吃驚するドラゴンの言葉と、修道女の隣にいた巨大な剣を持った重装備の男の気合の声がはもる。
「人語を解するドラゴン…。かなり上位のドラゴンね、間違いなく強敵よ」
「全員油断するなよ! 俺とソダックが前衛を務めるから、二ドリーは補助、デーネは攻撃魔術で援護を頼む!」
ローブを深くかぶった女性の進言を受け、精悍な顔つきの青年が重装備の男、修道女、ローブを着た女性に指示を出しながら重装備の男と共に剣を持ち前に出てくる。そして、その後ろで修道女とローブを着た女性もドラゴンたちに向かって構える。どうやら、完全にやる気の様だ。
しかし、次の瞬間。
「ドラゴン様に歯向かう人達は死んで」
そう言うや否や、一瞬にして男二人との間合いを詰めるシデラ。その速さたるや、ドラゴンですら反応が間に合わなかった程だ。
「シデラ、殺すなっ!」
慌ててシデラに指示を出すドラゴンだったが、その時にはもうシデラの剣は二人の男の胴体を横に真っ二つにし終わった後だった。
「ええい、お前も人の事を言えん程に落ち着きがないではないか! パウム! 残った二人から情報を聞き出したい、いけるか!?」
「お任せ下されオズオール様!」
シデラの即断を愚痴るドラゴンではあったが、すぐさまパウムに指示を出す。すると、先ほどまで落ち込んでいた筈のパウムはやたら張り切った声を上げながら、残った女性二人に向かって右手を向けた。
「―――愚かな人間どもよ、わが主に向かって頭を垂れよ…」
そして、未だに状況を理解し切れていない様子の女性二人に命令を下すパウム。すると、どういう訳か二人の女性は構えを解き、ドラゴンに向かって歩き出したではないか。
「…へ、へ!? か、体が勝手に…!」「体が言う事を聞かない…! こ、これは…?」
あまりに唐突な出来事の連続に、女性二人は困惑と恐怖からか上ずった声を上げる。
「うははははっ! 我が名はパウム・スメレイト!! スペンサードラゴン・オズオール様の第一筆頭配下にして催眠幻惑術の使い手! 妾の手に掛かれば、人間など千いようが万いようが等しく妾の…そしてオズオール様の忠実な操り人形になるしかないのだっ!」
ドラゴンの目の前にまで移動し、訳も分からぬままドラゴンに向かって頭を下げる二人の女性を見て、パウムは高笑いを上げながら上機嫌に名乗りを上げる。シデラには全く通じなかった術がこの二人にはちゃんと効いた事、何より、ドラゴンに期待されたことが余程嬉しかったのだろう。
「…私には全然通じませんでしたけどね」
「―――そう言えば、あの頃の勇者たちにも最終的には跳ねのけられていたな」
しかし、直後にパウムにかかるシデラとドラゴンの無慈悲な言葉。
「う、うるさいうるさいっ! 貴様が常識はずれなだけだ生意気な人間めっ! オズオール様も過去の古傷を抉らんで下されっ!!」
一転して、涙目になりながらシデラとドラゴンに向かって怒鳴るパウム。そのコロコロ変わる表情は、ドラゴンの記憶の中にいる冷静沈着なパウムとはあまりにかけ離れた姿だった。