ドラゴンハザード ~Dブラッド~   作:アニマル

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勇者の町の滅亡

 リディエルがシデラを町に連れ帰ってから一日が経過した。その間、シデラはマーカス家の屋敷にある部屋の一つに軟禁された状態だった。

 

 一応治療…らしきものは施されていたが、全身に火傷の薬を塗って包帯でぐるぐる巻きにするというそこはかとなく投げやり感の漂う処置だった。とはいえ、脈こそ微かに打ってはいたものの、全身が黒こげで少なくとも外見はどうみても致命傷にしか見えないのだ。こんなものを直せと言われてもどこから手を施せばいいのかわからない…というのが正直なところだろう。

 

 故に、リディエルは勿論他の二人の姉妹も半ば諦めてはいたのだ。シデラの様子をずっと窺わせていた従者から報告が入るまでは。

 

「…はあ? もう意識を取り戻してるですって?」

 

「はっ! と、とにかく来て頂けますか!?」

 

 訝し気に従者の報告を確認するリディエルだったが、どうやら従者も困惑しているらしく、声が上ずっている。

 

「はいはい…。今行くから、大の男がいちいち取り乱してるんじゃないわよ鬱陶しい…」

 

 言葉通りに従者を鬱陶しそうに見つめながら、リディエルは今まで弄っていた勇者の剣を腰の鞘に収め、椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 果たして、従者の報告通りにシデラは既に意識を取り戻し、部屋の隅に座り込んでいた。

 

「へえー。ホントにもう意識が戻ってたんだ。羽虫みたいに生き汚いわねアンタ。まあ、お似合いだけど」

 

 そんなシデラの目の前にまで歩み寄り、嫌らしい笑みを浮かべながら流れる様に罵倒の言葉を口にするリディエル。

 

 対するシデラは、唯一包帯に巻かれていない両目を話しかけてきたリディエルに向ける。

 

 両目以外はすべて包帯に巻かれているシデラの姿はかなり異様で、まるで死体が動いている様に見える。そこはかとなく狂気を感じる光を孕むシデラのオッドアイが、その異様をさらに引き立てており、リディエルに付いてきていた従者はシデラを見て完全に恐怖で震えあがっていた。

 

 しかし、流石に他人の情けない態度に文句を言うだけあって、この様な状態のシデラを前にしても、リディエルの態度は一切変わらない。

 

「ちょっと! ビビってないで、さっさと大広間にロゼリア姉とミルアを呼んできなさいよ! これからこの羽虫を尋問して畜生の居場所を吐かせるんだから!」

 

 部屋の外で恐怖に体を震わせながら待機していた従者に、リディエルは大声で指示を出す。すると、従者はハッとした感じで顔を上げた後、慌てて廊下を走って行ってしまった。

 

 従者に指示を出した後、おもむろにリディエルはシデラの胸倉を掴みシデラの顔を己の顔の目の前にまで無理矢理引き寄せる。

 

「…へえ。アンタそんな目付きできたんだ。最近魔物の討伐依頼が少なくて鬱憤が溜まってたから、尋問するついでにちょっと痛めつけてあげようかしら…」

 

 明らかにリディエルを敵意を持って睨んでいるシデラに、リディエルは嗜虐的な笑みを浮かべながらそんな事を口にするのだった。

 

 

 

 

 

 大広間には既にロゼリアとミルアが席に着いており、更にロゼリアの横にはあのシデラの背中を蹴飛ばした少年がいた。

 

「いいゼット? どうしてもというから同席させたけど、あの薄汚い小娘と会話したという汚名を着せられてしまうから、絶対に口を利いちゃだめよ」

 

「分かってるって母上! 俺は母上がカッコよく仕事をしてるのを見たいだけで、あんな臭い奴と話なんかしたくないからさ!」

 

 顰め面で隣にいる少年…ゼットに注意を促すロゼリア。対するゼットは純真な笑みを浮かべながらロゼリアの注意を素直に受け入れる。

 

「いや~、ゼットはいい子だね~。もうちょっと大きくなったら、このミルアお姉さんがいろいろな権謀術数とかも教えてあげるから、楽しみにしててね~」

 

「私の息子につまらない事を教えようとするのは止めてもらえるかしら? この子は清く正しく育てますので、貴女の卑屈な知識など必要ありません」

 

 次にミルアがゼットに話しかけるが、ゼットが反応する前にロゼリアがミルアとゼットの間に割って入る。

 

「大丈夫だよ母上! 俺はいつか母上に変わりこの町を支配しなけりゃいけないんだぜ? 悪い事の一つや二つ覚えてねえで支配者が務まるかってんだ!」

 

「―――あらあら、少し前まで甘えんぼさんだったのに、いつの間にか頼もしい事言うようになっちゃって…」

 

 ミルアの言葉に不快そうに顔を歪めていたロゼリアだったが、直後のゼットの宣言に相好を崩しながらゼットを愛おしそうに抱きしめ、ゼットも嬉しそうにロゼリアに抱き付く。

 

 一方、目の前で家族愛を見させられているミルアは、胸糞悪そうに舌打ちをしながら顔を背けた。どうやらミルアは、自分がゼットに関わろうとして嫌がるロゼリアを見たかっただけの様だ。

 

 と、その時不意に大広間の扉が開く。

 

「ほら、さっさと入んなさい」

 

 そして、リディエルが後ろにいたシデラを強引に前へ突き出す。

 

「リディエル、部屋に入る前にノックくらいしなさい。ゼットが真似するでしょ」

 

「それに、何でそんなに従者を連れてきてるの~?」

 

 リディエルの礼儀を欠いた行動にロゼリアは苦言を呈し、リディエルがシデラ以外に従者達も連れて来た事にミルアが不思議そうに訊ねる。

 

「この羽虫、町に戻ってきてからちょっと態度が生意気なのよ。だから、自分の立場を体に分からせてやろうかと思ってね」

 

 ミルアの問いに対するリディエルの答えに、ロゼリアとミルア、ゼットは視線をシデラに向ける。

 

「………成程。確かに生意気な目ですね」

 

「全身包帯ぐるぐる巻きとかいうダッサイ格好でイキられてもね~。嘲笑しかこみ上げてこないんですけど~?」

 

「うっぜ、マジうっぜ! 一回ぶっ殺してやろうか!?」

 

 敵意満々のシデラの視線に、ロゼリアは不快そうに顔を歪め、ミルアとゼットはせせら笑いながらシデラを煽る。その参人の反応に気をよくしたのか、リディエルも気分良さそうに笑いながら自分の席に座る。

 

「さて、いつも通り用件は手短に済ませましょう。スペンサードラゴンは何処にいったのですか? 知っている事は洗いざらい吐いてもらいますよ」

 

 そう言いながら、ロゼリアは従者達に目配せをする。すると、大広間の入り口で控えていた十数人の従者達が一斉にシデラに向かって身構える。シデラの異様な姿に若干及び腰になっている者もいたが、人数で圧倒しているうえに、武芸に秀でたリディエルもいるので問題は無いと判断したのだろう。

 

「言う必要はありません。何故なら、この場にいる全員が私に皆殺しにされるのですから」

 

 しかし、客観的には圧倒的に不利に見えるシデラから発せられた言葉に、ロゼリア、ミルア、リディエル、ゼットは勿論、シデラの背後にいた従者達も即座に反応する事が出来ない。

 

「リディエル姉さん。それ、私の剣なので返してもらいますね」

 

 呆気にとられている室内の全員を尻目に、リディエルが腰に差している勇者の剣に右手をかざすシデラ。

 

「―――。吐き気がするから私を姉と呼ぶのは止めなさい。あと、これは私の様な強く高貴な者のみが使える剣なのよ。アンタみたいな下賤な輩に使いこなせる訳が」

 

「姉貴っ!」

 

 指名された事で一番早く我を取り戻したリディエルがシデラを見下そうとしたが、その言葉を発し切る前にミルアが目を見開きながらリディエルの腰を指差す。

 

 その指差された箇所にリディエルと他の者達も視線を移す。そこには、今まで見た事もないほどに輝いている勇者の剣の姿があった。

 

「こ、これは…!?」

 

 驚愕の声を発するロゼリア。と同時に、勇者の剣はリディエルの腰に差していた鞘から姿を消し、次の瞬間にはシデラの右手に収まっていた。

 

「あ、こ、この…っ! 図に乗るなっ!!」

 

 勇者の剣を奪われた事で、一瞬だけ固まってしまったリディエルだったが、即座に気を取り直し、壁に飾ってあった直剣を両手で掴み取り、その勢いのままシデラに一気に詰め寄り、剣でシデラの胴を薙ぎ払った。

 

 流石、周囲に武芸に秀でていると言われるだけあり、その一連の動作は素早く隙が無かった。故に、誰もがこの一撃でシデラは死んだと思った…のだが。

 

 唐突に何かが地面に落ちる音が響く。シデラ以外の全員がそこに視線を向けると、先ほどリディエルが振るった直剣が落ちていた。そして、その柄には前腕の中辺りから切断された右手と左手が…。

 

「うわああああっ!!? わ、私の腕…私のう、腕が……あ、ああ………っ!!」

 

 直後に響くリディエルの悲鳴。見ると、リディエルの両腕…その前腕の中辺りが綺麗に切り落とされている。

 

「あの程度の一撃にも反応できないなんて…。よくもまあそんなザマで、ドラゴン様を討伐しようなどと粋がれたもんだね、リディエル姉さん?」

 

 切断された両腕を庇い蹲るリディエルを見下ろしながら、挑発的な言葉をリディエルに向けるシデラ。

 

「…っ! な、何をしているのですか貴方達っ! さ、さっさとその小娘を取り押さえなさいっ!」

 

 場が危うくなっている事をいち早く察し、ロゼリアがシデラの後ろにいる従者に指示を出す。

 

 だが、次の瞬間だった。十数人いた従者の内、とりわけシデラの近くにいた三人の従者の首が、突然胴体から転がり落ちたのだ。その数瞬後、首から上をなくした胴体もゆっくりと地面にくずおれる。

 

「ひ、ひいいっ!!?」「なんだよ、一体何が起こってるんだっ!!?」

 

 あまりに衝撃的な出来事の連続に、従者達はパニックを起こし始めた。

 

「私の動きが目で追えないのに私に勝てる訳がないでしょう? 貴方達が今死にたくないと思うのなら、少しの間そこでじっとしていて下さい」

 

 そんな従者達を威圧的に睨みながら脅しをかけるシデラ。その異様な格好もあり、従者全員が即座に首を縦に振ったのは言うまでもない。

 

「お、おい、ふざけんなっ! さっさとそのウンコをボコボコにしちまえよぉ!!」

 

 手のひらを返す様にシデラの言いなりになる従者達に、ゼットが大声で喚き散らすが、従者達は怯えた表情でロゼリア達を見るのみで一切動こうとはしない。

 

「待って待って! 私は降参するから殺さないで下さい~!」

 

 その時だった。突然ミルアが椅子から凄い勢いで立ち上がり、その勢いのままシデラの前で土下座をしながらの降参宣言を行ったのだ。

 

「…ミルアッ! 貴女ふざけるのもいい加減に…!」

 

「いや~、何で親父がシデラに勇者の剣を近づけるなって言ってたのかがやっと分かりましたよ~! そりゃ~体裁を何より気にしていたあのクソ親父なら、妾の子が勇者様の生まれ変わりだったなんて口が裂けても言えないですもんね~! アハ、アハハハハ~」

 

 ミルアの行動を一喝しようとしたロゼリアだったが、ミルアはその言葉を掻き消す様に大声で一気にまくしたて、最後に愛想笑いを浮かべるミルア。

 

「…ゆ、勇者様の生まれ変わり…だって?」「あの下民が…? そんな馬鹿な…」「とはいえ、確かに勇者の剣が反応している」「それに、あのリディエル様を一瞬で倒したし…」

 

 そして、ミルアの言葉に従者達の間に再び動揺が走り始める。

 

「―――ふ、ふざけるなっ! み、認めない…! 勇者の名を受け継ぐのは私…なんだっ!」

 

 そんな中、痛みに耐えながらもリディエルが懸命に主張するが、

 

「お前こそふざけんなよクソ雑魚~。実際に勇者の剣がシデラ様に反応してる以上、シデラ様が勇者の生まれ変わりに決まってんじゃん」

 

 ミルアが下卑た笑みを浮かべながらリディエルを扱き下ろす。そして、改めてシデラに向かって土下座をし始めるミルア。

 

「今までシデラ様に向かってひどい仕打ちをしてきたのですから、タダで助けてくれなんてそんな都合の良い事は言いません~。厠掃除でも下の世話でもキツイ体罰でもなんでも受けます~。で、ですから、なにとぞ命ばかりはお、お助けを…」

 

 そして始まるミルアの命乞い。状況が悪いとみるや即座に掌を返す判断力、今まで見下していた相手の名をすぐさま敬称付きで呼ぶ程に自分を押し殺せる柔軟さ、あまつさえシデラを持ち上げられるだけ持ち上げようとする話術は、流石策士を自称するだけはあると言ったところか。人間としては完全にクズだが。

 

「…そうですね。ミルア姉さんがあの剣でロゼリア姉さんとゼットを殺せば、考えなくもないですよ?」

 

「なっ…!?」「ひっ…!?」

 

 ミルアの命乞いに対して、先ほどリディエルが使った直剣を指差しながらシデラが出した提案に、ロゼリアとゼットの顔が引きつる。

 

「はぁ~いわっかりました~! いや~、私もこいつらちょ~っとムカついてたんで、丁度良いですよ~!」

 

 だが、そんな二人に反しノリノリで答えるミルア。剣の柄辺りに纏わりついていたリディエルの両腕を目障りそうにその辺に蹴っ飛ばした後、剣を持ってロゼリア親子に近づいていく。

 

「や、止めなさいミルアッ! あ、貴女には誇りという物が無いのですかっ!!?」

 

 そんなミルアを必死に止めようとするロゼリアだったが、

 

「ね~よそんなもん。つ~訳で私が生き残る為に死ね」

 

 驚くほどに冷たい表情でロゼリアの言葉を切って捨てるミルア。と、共に何のためらいもなくロゼリアの胸部を剣で貫いた。

 

「がっ!? あっ……。―――ゼット……逃げなさい………に、逃げ……な…………」

 

「母上っ!? 母上っ!!!」

 

 懸命にゼットに逃走を促しながら絶命するロゼリア。そして、動かなくなったロゼリアの身体を必死に揺さぶり、涙を流しながらロゼリアを呼ぶゼット。その顔は絶望感に溢れている。

 

「……はぁっ……はぁっ……! ひ、ひへへ…。に、逃がすかってのよこのクソガキが~」

 

 荒い息を吐き、奇妙な笑いを浮かべながら、ロゼリアにしがみつくゼットに剣を突き付けるミルア。目付きもかなり怪しくなっているところを見るに、己の行った凶行に悪い意味で酔っている様だ。

 

「ひっ!? ミルアさん、やめて! やめべひゅっ!?」

 

 可愛そうなほどに震え、怯えながら首を左右に激しく振るゼットだったが、そんな程度では今のミルアは止められない。制止の言葉を口にする途中で首を斬られてしまう。

 

 そして、少しの間斬られた首を抑えながら悶え苦しんでいたが、程なくして絶命してしまった。

 

「……っ………はあっ! はっ、ははは、うへはっははっ! こ、殺してやったわ! 目障りな糞虫共をやっと私の前から排除したわ!!」

 

 ゼットも殺したことで、完全にキテしまったのか、狂ったように笑い始めるミルア。だが、

 

「…フン、たかが身内二人殺したくらいで壊れちゃうなんて、案外小心者ね。ミルア」

 

 そんなミルアを未だに己の両腕を庇いながらも嘲笑うリディエル。

 

「あら~? じゃあ次はリディエル姉貴が死んでみる~? 流石に両の腕が使えなくなった姉貴なんて敵じゃないよ~?」

 

「笑わせないで。アンタなんか両腕が無くったって捻じ伏せてやるわよ」

 

「相変わらず口だけは減らないね~。シデラ様、こいつも殺しちゃっていいですよね~?」

 

 敵意剥き出しの会話をしながらお互いに構えるミルアとリディエル。その様子は、とても血を分けた姉妹達とは思えない。既にミルアに殺されたロゼリアとゼットも加えて、まさに地獄絵図だ。

 

 ところが、そんな剣呑な雰囲気の中不意に指を弾く音が聞こえた。

 

 次の瞬間、いきなりミルアとリディエルの身体を漆黒の炎が包み込んでしまったのだ!

 

「ぎ、ぎぃあああっ!? あつ…熱いっ!?」「う…が……っ!? こ、これはっ!?」

 

 漆黒の炎による痛苦に苛まれながらも音がした方向に視線を向けるミルアとリディエル。そこには、二人に向かって右の親指と中指を突き出しているシデラの姿があった。

 

「姉妹喧嘩を見れば少しは今までの鬱憤もはれるかと思ったんですけどね…。余りの醜さに逆にイライラしてきちゃいました。だから、二人とももう死んでいいですよ」

 

 無慈悲な判断を下すシデラだったが、その言葉を言い終わる時には既にミルアもリディエルも一切の原形をとどめない消し炭と化していた。

 

「…さて、と。残った人達を殺して回りましょうか」

 

「へっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!! さっき邪魔さえしなければ殺さないって…!」

 

 殺害宣言をしながら残った従者達に視線を向けるシデラに、従者の一人が悲鳴に近い程の上ずった声で確認を取るが、

 

「ん? そんな事言いましたっけ?」

 

 と、心底不思議そうに言葉を返すシデラ。別に相手をおちょくっているとかではなく、本気で分かっていないようで、人差し指を顎に当てて「んー…?」と考え込んでいる。

 

「ほ、ほら! あのロゼリアさ…ロゼリアが俺達に貴女を取り押さえろと指示を出した時ですよ!!」

 

 そんなシデラに向かって、必死に声を掛ける従者の一人。その甲斐があったのか、ややあってからシデラは何かを思い出したかの様に右手で左手のひらを叩く。

 

「もしかして、今死にたくなければ…っていうくだりですか? 言っておきますが、これは即座に死にたくなければって意味ですよ? その更に前に皆殺し宣言をしてるんですから、遅かれ早かれ全員殺すつもりだったに決まってるじゃないですか」

 

「そ、そんな…っ!!?」

 

「シデラ!!」

 

 シデラの返答に愕然とする従者達だったが、不意にその中から一人の男が声を上げる。

 

「…どうしたのリン? 言っておくけど、死にたくないなんて命乞いは聞かないよ?」

 

 絶望に打ちひしがれる従者達の一番前に出てきた男…リンに、しかしシデラは表情を変えずにキッパリと言い放つと同時に、ゆっくりとリンに向かって歩いていく。

 

「頼むっ! もう止めてくれっ! あの四人を殺した時点で君の復讐は終了したはずだろ!? 君を裏切った俺も許せないというのなら、この場で殺せばいい! だから、これ以上無関係な人々を巻き込むのはやめてくれっ!!」

 

 リンの必死の説得に、リンの目の前にまで来ていたシデラの動きが止まる。そのオッドアイは、リンの思考を窺うかのようにじっとリンの双眸に注がれている。

 

「君は勇者の生まれ変わりなんだっ! 一度はあの悪逆非道のスペンサードラゴンに焼き殺され、でも勇者として復活した!!」

 

 しかし、続くリンの説得を聞いているうち、スペンサードラゴンの名前が出た瞬間シデラの目の色が変わった。

 

「あのドラゴンを倒せるのは君しかいないっ! だから、こんな無意味な事はもう終わりに…っ!?」

 

 そして、リンの説得が終わる前に、シデラはリンの胸を切り裂いてしまう。

 

「がはっ…、シ、シデラ……な、なんで……?」

 

「生きたまま町に帰るか、それとも共に暮らすか。初めて私に意思のある生物として問うたドラゴン様が悪逆非道? 私からすれば、私を裏切った貴方や、私を壊れた人形みたいに扱っていた姉さん達や、この町の人達の方が余程悪逆非道に見えたのに?」

 

 地面に倒れながらも、決死の表情でシデラに問うリンだったが、逆にシデラに問い返されリンは勿論その後ろにいた従者達も返答に詰まってしまう。

 

「それに、リンも後ろの人達も少し勘違いしてるよ」

 

 シデラの問いかけに一度は顔を伏せてしまったリンと従者達だったが、続くシデラの言葉に再び顔を上げ視線をシデラに合わせる。

 

「確かに復讐の気持ちも無い事は無いけど、今の私はスペンサードラゴンの眷属となったの。そして、貴方達を含むこの町はドラゴン様を討滅しようとしている。敬愛する主に逆らう者は殺すのみ。分かった?」

 

「…っ……そ、そんな………そ………ん…な…………ぐ…ふっ……」

 

 微かな笑みを浮かべながら話すシデラを見上げながら、リンは失意のどん底のうちに絶命してしまった。

 

「さて、結構時間を取られちゃったからさっさと町にいる人間共を皆殺しにして、ドラゴン様を追いかけないといけないね! ちゃっちゃとやっちゃいますか!」

 

 そんなリンを尻目に、シデラはやけに軽い声で喋りながら、残った従者達の方へと向き直るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、かつての勇者とその仲間の一人であった賢者が草分けし、発展させていった由緒ある町『ヒロウェイズ』は、地図上から姿を消す事となった。


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