ドラゴンハザード ~Dブラッド~   作:アニマル

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勇者と二人の従者

 オズオールの容姿に一悶着あったものの、移動自体はスムーズに行う事が出来た。数日後には既に一行はシカイドルフ王国の首都リグラド…に最も近い町、ミトヘアの宿屋にたどり着く。

 

 しかし、問題はここからだ。オズオールとシデラ、そしてパウムをどうやって首都に馴染ませるか。更に、ニドリーとデーネの二人と組んでいた男達…ソダックとカーリウスの死因も説明する必要があるそうだ。

 

 まずオズオールだが、彼については今のままで名前も変えずによいとデーネが言う。スペンサードラゴンと言う存在こそ、今でも少し知識がある者なら気づくだろうが、その本名など誰も知る由がないだろう…と言うのがデーネの見解だ。

 

「知識の魔人と言われたこの私すら知らなかった物に、他の者がたどり着けるとは思えないわ」

 

「デーネは魔術学院を首席で卒業したエリートなのですよ。そして今も、貪欲に知識を求めていますわ」

 

 自慢げにふんぞり返るデーネだが、オズオールは不安げに、シデラとパウムは冷めた目でそんなデーネを見遣る。その空気にいたたまれなくなったらしいニドリーがフォローを入れる。

 

 続いてシデラだが、彼女については知っている人がいるかもしれないとデーネは言う。特に、背中に担いでいる勇者の剣が殊更目を引くのだ。事実、ニドリーも初見時にこの剣を見てシデラを認識していた。

 

「シデラ様、その剣は」

 

「離さないよ。これは私の物」

 

 何かを聞こうとしたデーネだったが、その言葉にかぶせる様にシデラはキッパリと言い放つ。残念ながら彼女から剣を引き離す事はまず不可能だろう。

 

 次にパウムだが、ダークエルフを象徴するその黒い肌は間違いなく注目の的だとデーネは断言した。考えるまでもなく、心無い奴ら共にその希少性を買われ狙われる…と。

 

「ふんっ!! だからどうしたというのじゃ!? その様な下賤な愚か者、皆殺しにしてくれるわっ!!」

 

 地団駄を踏んで怒りをまき散らすパウムだが、そんな事をされて困るのはオズオールだ。腕を振り回すパウムを宥めながら、どうしたものかと思考を巡らせる。

 

「三つの問題を具体的に提示してみたところで、私に一つ案があるのだけど…聞いて頂けるかしら?」

 

 そんな折、これまで説明を続けていたデーネが再び口を開く。そして…。

 

 

 

 

 

 翌日、シデラを中心に左右をニドリーとデーネで固め、その後ろにオズオールとパウムが続くという並びでシカイドルフの正門前に立つ。

 

「ニドリー殿、デーネ殿! ご無事でよかった! そして…」

 

 正門近くの駐屯所と思しき場所から衛兵らしき武装した人物が二人ほど出てくる。ニドリーとデーネの二人に安堵の言葉をかけた後、姿勢を正しシデラに向き直った。

 

「勇者シデラ様、そしてその従者のお二方。どうぞこちらへ…」

 

 恭しくシデラ達に頭を下げた後、駐屯所の方へと手導きをする衛兵達。それに従い、シデラとオズオール、パウムの三人は駐屯所の中へと歩を進める。

 

「ようこそシデラ殿。デーネから聞いているとは思うが私の名はミズリー、この国の軍…その中将を任されている者だ。早速で申し訳ないが、勇者の剣を見せて頂けるか?」

 

 中にいたのは一人の老人。とはいえ、大柄で軍服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体に、全てを射抜くような鋭い眼差しは、老いてなお盛んであることをうかがわせる。

 

 その老人…ミズリーからの、不躾ともとれる注文に、しかしシデラは黙って輝く剣を引き抜き、ミズリーの前にその威光をかざしてみせる。

 

「おお…なんという…。あれは間違いなく勇者の剣! そして、この輝きはまさしく勇者の威光! 剣に選ばれし者のみが放てる希望の光! ―――しかし、皮肉なものだ…。グランツの正統な娘達ではなく、売女(ばいた)の血が混じった下賤の子と嫌われていた者が勇者の生まれ変わりだったとは…」

 

「…貴女はお父さんを知っているの?」

 

 いたたまれない様子で言葉を絞り出すミズリーに、シデラは若干表情を険しくして聞くが、ミズリーは「うむ…」と頷くのみでそれ以上を話そうとしない。

 

「はあ…。ま、どうでもいいや。それと、これが例の物」

 

 そんなミズリーに一つため息を吐いてから、言葉通りにどうでも良さそうな態度と共に、懐から銀色に輝く六角形の何かを取り出した。

 

「…こ、これがかの大悪…スペンサードラゴンの鱗…か。禍々しくも美しい…」

 

「これを研究すれば、かの強大な竜に対抗できる策ができるかもしれない。そして、もし竜の情報があればすぐに私に知らせて欲しい。私も探すけどやはり少数では限界があるから。今回は惜しくも逃がしたけど、次こそは必ず仕留めて見せる。復活したばかりで当時の力を取り戻せていない今こそチャンスだから」

 

 怪しく輝く銀の鱗に魅入られているミズリーに、無表情で一気にまくし立てるシデラ。不意にやられた事とその勢いに押され、ミズリーは「あ、うむ…」と頷く事しか出来ない。

 

「…とはいえ、故郷を滅ぼされてからここまで強行軍できたから、私も従者たちもさすがに疲れた。暫くはここで休ませてほしい」

 

「む、承知した。このリグラドが誇る一流ホテル…『エル・リグラド』のラグジュアリーフロアを貸し切りにしてあるので、そこで疲れを癒すとよいだろう。おい、案内してやれ」

 

 ミズリーの指示に傍にいた一人の兵が「はっ!」と返事し、シデラ達を連れて駐屯所を出ていく。

 

「ふん…。随分と態度のでかい小娘ですな。勇者の家系というのは強さばかり磨いて、教養は身に付けさせてはおらぬのか?」

 

 シデラ達が出て行ったあと、ミズリーの後ろに控えていた男が忌々しそうに言葉を吐き出す。

 

「仕方あるまい…。あの子については礼儀作法を教わる機会がなかったのだ。その分、何か不手際があれば我々が教えるしかないだろう…」

 

 対して、ミズリーは悲し気にそう言うと共に、シデラ達が出て行った出入口をいつまでも憐憫の瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

「全く! なぜ妾がこの小娘の従者なんぞ演じなければならんのじゃ!!」

 

『エル・リグラド』のラグジュアリーフロア内にて、シデラの従者の一人に化けていたパウムが怒り心頭といった感じで怒鳴り散らしていた。

 

「押さえろパウム。これも今の世界を観察するためだ」

 

「そうだよ。私だってオズオール様を悪しざまになんか言いたくないけど我慢してるんだから」

 

 そんなパウムにもう一人の従者として化けていたオズオールは、真剣な表情で短い言葉で訴え、シデラは冷めた口調でオズオールに同調する。

 

 そう、これがデーネの発案した策…つまり、勇者とその関係者なら疑われる事はなく、また、如何に希少なダークエルフと言えど勇者の従者をしているとあればそう簡単には出だし出来まい…という二重の策なのだ。

 

 また、例の二人…ソダックとカーリウスの死因もスペンサードラゴンと戦った上での戦死とデーネは報告したらしい。つまり、樹海の探索中に偶然にもかのヒロウェイズを滅ぼし姿をくらましたスペンサードラゴンと遭遇、懸命に戦うも前衛だったソダックとカーリウスが殺され、進退窮まった所にドラゴンを追ってやってきたシデラ達が加勢し、辛くも難を逃れた…という流れにしたそうだ。

 

 不意に、コンコンと扉を叩く音。シデラが入っていいと伝えると、扉が開くと共に件のデーネがニドリーを伴って部屋の中に入って来る。

 

「どうやら、上手くいったみたいね」

 

「ああ、貴様が話を通してくれていたおかげで概ね想定した流れ通りになっている。感謝する」

 

 オズオールの礼の言葉に、デーネはふふーん…と言わんばかりに得意満面だ。そう、そもそもここまで上手く言ったのは、デーネがミズリーと個人的なコネを持っていたのが大きいと言える。成程、学園を首席卒業したエリート…というのもがぜん真実味を帯びてきた。

 

「不可解じゃな…。なぜ我らを助ける? そこのニドリーとやらはオズオール様を救うなどと言う妄言をほざいておるが、貴様が我らを助ける道理など無かろう」

 

「道理ならあるわよ! 貴方達の話を聞かせて欲しいの!!」

 

 そんなニドリーに言葉通りに怪訝そうに眉根を寄せるパウムに、しかしニドリーは瞳を輝かせてグイっとパウムとオズオールの二人との間を詰めてくる。

 

「は、話じゃと…?」

 

「そう、正確にはかつてのスペンサードラゴン率いる異種族連合軍と人間達の大戦中の話! 人間側の話はもう腐るほど聞いたし本も読んだけど、連合軍…それもその親玉と腹心の部下から見た大戦の話は間違いなく新鮮だわ! どうしても…どうしても聞きたい!!」

 

「近いっ!! 離れんか鬱陶しい…っ……っっ!! ち、ちからつよっ……な、何じゃこ奴はっ!?」

 

 デーネの大声に僅かに怯みながらも聞き返すパウムに、デーネは更に顔を近づけながら力説する。その際あまりにも近づかれたために、その顔を掴んで離そうとしたパウムだが、予想外に動かないデーネに掴んだ腕をブルブル振るわせながら驚愕の声を出すパウム。

 

「未知の知識の事となると人が変わりますからねデーネは…」

 

 苦笑交じりにそう呟くニドリー。そして、身体能力はダークエルフであるパウムの方が数倍上の筈なのに互角の押し合いを演じるデーネに、オズオールもほう…と微かに感心の息を漏らしていた。

 

 が、ここでオズオールが「知識か…」と小さく口を開くと、おもむろにパウムとデーネの争いを冷めた目で見つめていたシデラに向き直る。

 

「シデラ、一つ聞くがお前は礼儀作法の様な物は教わっていないのか?」

 

「…いえ、私はそのような物は一切教わっておりません」

 

 真面目な顔で聞くオズオールに、シデラは質問の意図が掴めない様で少し不安げに返事をする。

 

「分かった。ならば今からお前には礼儀作法の知識を習ってもらう」

 

「な、何故…その様な物を?」

 

「あのミズリーと言う男との会見時の態度。あれでは駄目だ。あんな無礼な態度ではいらぬ人心を呼び寄せ、最悪俺やパウムの事がばれてしまう」

 

「ですが私は勇者です! スペンサードラゴンを討滅できるのは私しかいません! なら、他の人間どもは私に頭を下げるのが道理ではないのですか!?」

 

「道理だけで人は動かん。それは人間も同じはずだ。事実、今お前は俺の道理に反対しているではないか」

 

 オズオールの提案から始まる言い合い。勢いはオズオールにある様だが、シデラも不服そうに俯いている辺り簡単に折れそうにはない。

 

「まあまあ、それくらいにしておきましょうオズオール様」

 

 と、ここでパウムから声がかかる。助かった、とばかりにシデラはパウムの方へ向く。のだが、

 

「礼儀も覚えられぬ阿呆にその提案は酷と言う物。そういう役目はこの妾にお任せを…」

 

「なっ…!?」

 

 続くパウムの言葉にシデラの表情は即座に怒りへと様変わりする。

 

「まあ、そういう訳でお前はそんなもの覚えなくてよいぞ。せいぜいオズオール様の顔に泥を塗りながら足を引っ張り続けるがよいわ」

 

「ばっ、馬鹿にするなっ!! そ、そんなものすぐに覚えてやるっ! オズオール様のあしをひっぱったりなんかするもんかっ!!!」

 

 更なるパウムの挑発に、シデラは怒髪天を衝く様子で両手を真上に上げて怒鳴る。

 

「…パウム、助かった」

 

「いえ、お役に立てたなら光栄です」

 

 そんなシデラに聞こえないように礼を言うオズオールに、パウムもニコッと笑って答える。その様子を見ていたニドリーとデーネは「まあ…」「へえ…」と微かな驚きの声を漏らしていた。


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