ドラゴンハザード ~Dブラッド~ 作:アニマル
「………こ、こいつがスペンサードラゴン…!!」
とある洞窟を探索していた一団。そのリーダー格と思しき純白の鎧に身を包んだ長く赤い髪の女性が、目の前に佇む巨大な生物を見上げながら、驚愕に染まった言葉を放つ。
しかし、それも無理はない。少なく見積もっても彼女の二十倍以上はありそうな巨体に加え、先ほどこの女性が口にした通り、その生物はドラゴンなのだ。身体を覆う白銀の鱗はある種の神々しさを感じるほどであり、女性の後ろにいた十数名の従者と思しき者達もその威容にすっかり飲み込まれてしまっている。
「怯えるなっ!! さっさと陣形を組みなさい、何としてもここで仕留めるわよっ!!!」
しかし、何とかすんでのところで飲み込まれずに耐えた赤髪の女性が、従者達を叱咤しながら指示を出す。すると、表情にこそ恐怖は残っている物の、従者達は即座に気を取り直し、所定の位置に付きながら改めて各々の得物を構えドラゴンと相対する。
「…ったく、大の男どもがいちいち動揺するんじゃないわよ。高い金出して面倒見てあげてたんだから、こんな時くらいちょっとはまともに働きなさいよね―――」
などと、後ろの従者達には聞こえない程の小声で愚痴りながら、赤髪の女性は腰に掛けていた華美な装飾が施された剣を抜く。そして、その白刃の切っ先をドラゴンに向けた。
「折角苦労して復活したところ悪いんだけど、貴方には再び滅びてもらうわ。そう、かつて貴方を滅ぼした勇者の末裔である、この私…リディエル・マーカスの手によってね!」
赤髪の女性…リディエル・マーカスの大仰な宣言に、しかしドラゴンは微動だにせず、その金色の双眸でじっとリディエルを見つめるだけだ。
「フフ…。怯えて声も出ないってところかしら。安心なさいな、せめてもの慈悲として苦しませる事なく一瞬で滅してあげるわ!」
と、言うや否やドラゴンに向かって走り出し、その首を目がけて剣を振りぬこうとするリディエル。しかしその一撃は、鈍い音と共に首を覆う鱗に弾かれてしまった。
「な、なんですって…!?」
予想外の結果に両目を限界まで見開くリディエル。後ろにいた従者たちも再び動揺でざわめき始める。
「ちょっと! どういう事なの!? 勇者の末裔であるこの私がこの勇者の剣を振るえば、どのような相手でも一撃のもとに切り伏せられるんじゃなかったの!?」
「…いや、あの…」「…そ、その筈…ですが…」「わ、我らにもさっぱり…」
若干ヒステリーを起こしながら後ろの従者達に噛みつくリディエルだったが、対する従者達の反応はとても要領を得る物ではなかった。
「あああもう!! 従者だけでなく、剣も使えないなんて…! こんなナマクラ剣だと分かっていたのなら、さっさと売り払うべきだったわ…!」
言いながら剣を地面に叩きつけるリディエル。そのぞんざいな剣の扱い方に、従者達は顔を真っ青にしながら次々にリディエルに剣の偉大さとこれを使えるのは貴方しかいないという事を説くが、リディエルは見向きもしない。
その一部始終を先ほどから変わらぬ姿勢と表情で見つめていたドラゴンだったが、その事に気付いたリディエルが額に青筋を立てた。
「…何なのその余裕綽々といった態度は? もしかして、かつて自分を貫いた剣が使えなくなっている事に勝利でも確信したのかしら…!?」
言いながら、リディエルは両手をドラゴンに向かって突き出した。瞬間、リディエルの身体からの濃密な魔力が迸る。
「おあいにく様ね! 私が真に得意なのは剣術ではなく魔術よっ!! ほら、あんたらもいつまでもそんなナマクラ剣に固執してないで、私を手伝いなさいよ!!」
リディエルの喝に周囲の従者達も慌てて魔術師用の態勢に入る。リディエルにこそ及ばないが、それぞれが放つ魔力もかなりの物だ。
「さあ、今度こそ終わりよ! この私を見下したこと、あの世で後悔しなさいなっ!!」
言葉と共に、渾身の魔力を籠めた魔力弾を射出するリディエル。それに合わせて、従者達も全員が同時にリディエルに合わせる様に攻撃魔術を行使する。
そして、それらがドラゴンに着弾した瞬間、大爆発が発生した。ドラゴンがいた空間はかなり広い空間ではあったが、それでも今いるのは洞窟の中なので、下手をしたら崩落するのではないかと思えるほどの規模の爆発だ。
「はあっ…はあっ…」
大部分の魔力を使い切り、肩で息をしながらドラゴンのいた個所を見つめるリディエル。しかし、大爆発で発生した煙に視界を遮られ、ドラゴンがどうなったかを確認する事が出来ない。
「―――フン。私達の全開の魔術弾をまともに喰らって、無事でいられる筈がないわ。さ、さっさと帰るわよあんた達。帰ったら、まずはこの役立たずな上に私の顔に泥を塗ったナマクラ剣を売り払って、次に」
などと口走りながら、リディエルが地面にある剣を拾おうとしたその時だ。突然煙の中から伸びてきたドラゴンの手が、リディエルが拾うよりも早く剣を掴んでいた。
あまりに唐突な事に従者達は勿論、リディエルすら咄嗟には反応が出来なかった。そして、リディエル達が気を持ち直した時には、収まり始めていた煙の中から姿を現したドラゴンの手中に剣は移ってしまった。
「…そ、そんな………」
傷一つ付いてないドラゴンの巨躯を見て、自分の自信を持った一撃が全く効いていない事に愕然とするリディエル。
「リディエル様、ここは一度撤退を…!」
そんな中、従者の一人がリディエルに進言する。
「―――て、撤退…ですって…? この私に、尻尾を巻いて逃げろっていうの…?」
「勇者の剣は奪われ、我らの渾身の魔術も全く効果はありませんでした! これ以上交戦しても勝ち目はありません! どうか、撤退のご判断をっ!!」
怒気をはらんだ表情で進言してきた従者に聞き返すリディエルだったが、続く従者の簡潔な状況分析に押し黙ってしまう。確かに現時点では打つ手なしだ。
悔しそうに歯ぎしりをしながら従者達とドラゴンを順々に見遣るリディエルだったが、
「………っ!! …お、憶えてなさいっ! この場で受けた屈辱と恥辱、何倍、何十倍にもして返してあげるから…か、必ず……必ずよ…っ!!」
と、ドラゴンに向かって捨て台詞を吐いてから、脱兎の如く出口に向かって駆けだしてしまった。そして、一拍子おいて、従者達も慌ててその後を追うのだった。
(…何だったんだあいつらは?)
リディエル達が去った後に、ドラゴンは改めて不思議そうに首を捻る。勇者の末裔などとほざいてはいたが、かつて自分を滅ぼした勇者達と比べるのは失礼なほどに保持していた魔力は微弱だった。まあ、あれでもその辺にいる人間よりかは強力な魔力なのではあろうが…。
加えて、勇者の剣すらまともに扱えていない。あんな体たらくで勇者の末裔などと言われてもとても信用できないし、もし本当だったとしたら他人事とはいえ真顔にならざるを得ない。
ふと、意図せずして己の手中に収まってしまったかつて自分を貫いた剣を見遣るドラゴン。本来なら憎しみが募る筈の物なのだが、あんな貧相な人物にこき使われていたのだとしたら、落ちるところまで落ちぶれたもんだと逆に哀れみすら湧いてくる。
とはいえ、自分を傷つけられる可能性のある剣なので奪ったというだけで、もうドラゴンには人間と戦う気は毛頭なかった。
(あの女の言った通り、苦労して何とか復活したのだ。だというのに、弱いくせに異常にしつこくねばる人間の相手など面倒くさくて今更していられん)
はあ…、と溜息を吐きながらそんな事を考えるドラゴン。実を言うと、一度は人間を滅亡寸前まで追い詰めた事はあるのだ。
しかし、寸前まで追い詰めてからが大変だった。どれだけ攻め立てようとも人間どもは次から次へと湧いてきたのだ。一体どこにそんな人数がいたんだと思わず首を傾げるくらいに。
そうこうして攻めあぐねている内に、人間の中から勇者と呼ばれる人外の化け物と、勇者ほどではないにしろそれに近しい者が数人現れ、その勇者達にドラゴンの配下は次々に打倒され、遂にはドラゴンまでをも屠られてしまったという訳だ。
(誰にも見咎められず、のんびりと暮らしたいところだが、ここは既にあの女共に場所がばれているからその願いはかなわないだろう。今は復活したばかりで体が上手く動かんから仕方ないが、体が動くようになったらさっさと違う場所に移動するか…)
そう考え、体を丸めて安静の姿勢を取るドラゴン。情けない話だが、先ほどの剣を奪うところも、かなり無理して動いていたのだ。リディエル達はテンパっていて気付かなかったみたいだが、実は勇者の剣を奪う時の手が無理をした代償としてプルプル震えていたのはここだけの話だ。