生まれ変わって、こんにちは   作:Niwaka

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07. ヴェルサイユに響く鐘の音

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 その後、ロンドンの父さんの所に送り届けられるのかと思っていたけど、カミッロは私を抱き上げたままだった。

 

 不思議なステップの瞬間移動と暖炉から暖炉へのゲート移動を何度か繰り返し、とあるアパートの一角にたどり着いた。パリじゃなくて、ベルサイユ近郊、ド・ラ・ゲール家が所有している一室だ。一室と云ってもいわゆるマンションの一室なので、それなりに広い。ド・ラ・ゲール家から直接借りたらしい。

 

 いらっしゃい、とラシェルを先頭にカミッロに抱き上げられたまま、部屋ツアーを敢行された。

 あれだよ、箱庭ゲームのシム系で、新居に入居したシムたちがしてたヤツ。あれやこれやと部屋を回って、トイレの便器やキッチンのシンク、ベッドや机、照明器具までいちいち指差ししてダメ出しや思い出し笑い、がっかりしたり喜んだりする、例のツアー。現実でやられるとは思わなかった。これって欧州では普通なの?

 

 間取りは日本で云う3LDK、ゆったり広め。リビングには大きな暖炉がドカンとあって、何と我々はそこから這い出て来たのだ。

 キレイに煤を掃って広めのリビングを一回り、玄関はこっちだよと案内されるすぐの所にレストルーム。ちゃんと水洗で手洗いボウルも蛇口もある。もちろんドアを開けて中を確認した。さすがにシャワートイレじゃなかったけど。

 

 玄関はバリアフリー……うそ、靴脱ぐ習慣がないから、段差がないんだよ。玄関って云われなきゃ部屋のドアの一つと勘違いするような作り。基本的に廊下がない間取りだからね。当面一人で玄関のドアの外に行ってはいけませんって言われた。

 

 部屋割りは、主寝室がラシェル、別の寝室がカミッロ、一番小さい部屋が私、だそうだ。年功序列だって。つまり、私はここで暮らすのだ。

 私の部屋が出来るなんて!って、ヨーロッパで4歳じゃ当たり前なのかな? 日本だったら、まだまだママと一緒だろう。まあ、私のママは死んじゃって居ないんだけど。

 

 ラシェルの主寝室のエンスイートはバスタブ付き。細長くて、シャワースペースと猫足バスタブが並ぶバスルームと、トイレとビデのあるレストルームが左右に振り分けられている。洗面台は大きな三面鏡付きで真ん中にあり、機能的だ。

 エンスイートって部屋についてるバスルームの事ね。トイレと洗面台にシャワーとかバスタブとかついてるもの。ホテルとかの部屋についてるのを想像すれば目安となるでしょう。

 

 私とカミッロが使うバスルームはもう一つの方。案内されればこっちは広々してた。シャワーブースもあってバスタブもある。日本人的にシャワースペースで体を洗ってバスタブに浸かるって方式もとれそうだ。トイレとビデが並んでるところは開放感がありすぎる気もするけど、小さく区切る個室に慣れた日本人の感覚だろう。洗面台にはカミッロの細々した物が並ぶが、踏み台も置かれていた。ラシェルのエンスイートにも踏み台はあったし。どちらも私が一人で使えるように、との配慮らしい。

 

 カミッロの部屋もツアーの順路らしい。青と緑のモザイク調でとても私の好みに合った。

 ラシェルの部屋は良くも悪くもシンプルで、白い壁に木目の家具、柔らかな天蓋付きのベッドは牡丹色がメインな感じで、見慣れたヨーロピアンな感じだった。

 カミッロの部屋はエキゾチックだ。モザイクって見せられない部分を隠すって意味のモザイクじゃなくて、もともとの方のモザイクね。モロッコ風っていえば分かりやすいかな。ラグにしている絨毯だって中東風で、とても雰囲気がいい。雑貨屋気分であちこち見て回っていると、私の部屋へと案内された。

 

 私の部屋はもともと納戸とか書斎とか、いわゆるサービスルームらしい。でも壁は真っ白だし、可愛い家具も並べられてあるし、足元には花柄っぽい明るい色調の中東風の厚手の絨毯も敷いてある。シングルベッドもあるし、ハンモックも吊ってあった。

 大きな窓だと思っていたのは、窓風の絵だった。ラシェルと二人で渾身の作だよ、とカミッロの言う通り、動く風景画だ。スクリーンに風景画像が現実の時間でリンクされてるって言えば分かりやすいかな? 景勝地のライブ画像を放映してますって感じ。魔法の窓だって。

 

 私の部屋のカラーはオレンジと黄色と緑、壁の白に家具の木の色。ベッドや家具はヨーロピアンで、ファブリックがモロッコ風の折衷なエキゾチックさですごく良い。どうも部屋をざっくり用意したのがラシェルで、こまごまと整えたのがカミッロとのこと。うん、カミッロとは趣味が合いそう。きゃあきゃあ喜んで見ていれば、二人とも満足そうに頷いていた。

 

 すっきりとしたダイニングキッチンはちょっと旧式。薪式のクッキングオーブンが暖炉と兼用っぽくなってる。アイランドカウンターがあって、6人掛けのテーブルのあるダイニングスペースもある。

 神棚っぽく一か所だけ装飾されてる吊戸棚は家事妖精(ハウスエルフ)のためのものだから、中身を持ち出したりしないようにと注意された。この屋敷には家事妖精(ハウスエルフ)の一種シルキーが住み着いてるらしく、この部屋にも来てくれるとのこと。

 

 このマンションは建物丸ごとド・ラ・ゲール家の持ち物。何でも元はフランス貴族で領地もあるお金持ちの一族とのこと。さもありなん、な、お屋敷だったものね、滞在した領主館も。

 ここはベルサイユ宮殿が機能していたころからの建物で、貴族的視点で云えば「上流と云えば言えるし、中流よりはよろしいようで」というランクだそうだ。そのド・ラ・ゲール家の元お屋敷を、改装して中を区切って賃貸しているマンションの一室というわけ。

 

 お屋敷時代から住み着いてるシルキーたちが数人いるらしいが、居住者が気に入らないと現れないし、家事もしてくれない。でも、不思議なことをしちゃう系の住人たちは対話の後に契約を結び、家事を任せているんだって。

 

 シルキーはシルクのエプロンドレスを着ている女性体だけど、喋らないし声は出ない。言葉は通じるのでお願いすればやっておいてくれる、とラシェル。ド・ラ・ゲール家にいたファンタジックなメイドさんとはまた別なファンタジック種族だってさ。

 

 このマンションは日本人的感覚から云えばかなり広々だけど、フランス的感覚だと核家族向けの一般的なマンションで、このフロアには3軒あるそうだ。フランスで云うアパルトメント。5階建てでエレベーターはまだなくて、ここは3階だって。下の階の方が広々間取りらしいけど、姉兄妹3人で住むならこれくらいがいいでしょう、と勧められたそうだ。フルールさんに。

 

 

 ラシェルとカミッロは違う学校だったけど、それぞれ全寮制の、不思議な事出来ちゃう系の学校に相次いで入学したそうだ。年齢的には二つ違いだけど、学年的には一年違いで。

 

 カミッロが一年目を終えた夏、家に帰ったら、弟妹達三つ子が産まれたんだって。ラシェルもカミッロも、弟か妹が生まれるってのは手紙で知ってたけど、実際帰ってみたら、母さんのお腹はビックリするほど大きいわ、産まれてみたら三つ子で唖然呆然だわって感じみたい。

 その夏は、赤ん坊たちが順番に泣き続け、ひたすら手伝いに明け暮れて宿題どころじゃなくて、ラシェルもカミッロもこっちこそ泣きたいよと愚痴りあった。ラシェルは友達の手紙にまで愚痴を書き送るほど、くたくただった。

 

 どこからかその話を聞きつけたド・ラ・ゲール家が、ここを紹介してくれた時は、二人とも大喜びで飛びついたんだって。その時は4階の、もっとこじんまりとした2LDKSを勉強部屋に借りたそう。リビングとダイニングが一体となった簡易タイプでバスルームも一つ、納戸兼書庫が付いた2ベッドルームのアパルトメントだったって。

 

 カミッロが卒業した後も、ラシェルだけは上のその部屋で住んでたみたいだけど、今度は私も一緒に、ついでにカミッロも住むからって、下の階のゆったり間取りのこの部屋に引っ越してきた、というわけ。カミッロは学校卒業後、卒業旅行兼仕事探しで旅人してたんだけど、今回まとまった仕事をフランスでしばらくするみたい。

 ラシェルは教育関係の仕事がメインで、今まではあちこちの臨時講師をしてたんだけど、今回年契約の講師の仕事が決まったんだって。フランスの学校を出ているラシェルは当然フランス語は出来るし、英語も出来るから、語学系の仕事もあるみたい。エキゾチックな血筋だからね、私たち。

 

 ラシェルは私にイタリア語で話しかけてくる。うん、音的にフランス訛りのなんちゃってイタリア語だけど。カミッロは英語訛で普通にイタリア語が出来る。幼児語だけど私がイタリア語もフランス語も英語もペラペラなの知って、刺激されたのもあるだろう。

 私たちにはフランス、イギリス、イタリア、日本の血が流れてるから。この4つの言語を操るマルチリンガルになれる可能性を、維持するように考えてくれてるみたい。まあ、私は語学系チートなので、もうすでにマルチリンガルですが。

 

 日本のお祖父ちゃんと文通できるよと、筆文字の手紙を見せたら驚いてたし。マリカお祖母ちゃんが簡単に書いてくれてるんだよ、とイタリア語の手紙を見せれば納得しかけて、字が読めるって再び驚いてたけど。そういえば私4歳だった、てへっペロ。

 

 ラシェルとカミッロは、父さんと母さんが結婚してしばらく住んでいたイタリア生まれ。ラシェルが私くらいでカミッロがまだ赤ちゃんの頃、イギリスに移住してきたんだって。

 

 ちょうどそのころ、世界一周豪華客船の旅っていうのに出かけようとしたらしいけど、カミッロが熱出すわラシェルがぎゃん泣きで嫌がるわで旅行を諦め当日キャンセル。その分少しいい所に引っ越ししたって父さんが言ってたらしい。

 それが今父さんたちの住んでる、ロンドン市街のマンション。ここと同じような間取りだけど、主寝室以外の寝室は二つともカミッロの部屋位広くて、どの部屋にも窓があるんだって。

 

 自分の部屋がそれぞれあったラシェルとカミッロだけど、三つ子たちが生まれてからは、将来的にラシェルがオーリィと、カミッロがアーニィとアーヴィと一緒の部屋になる感じで、学校から帰るのが憂鬱になる勢いだったらしい。だからこその、ド・ラ・ゲール家の申し出に二人は飛びついたんだって。

 

 当然父さんはいい顔をしなかったけど、母さんは従兄とか伯父さんや祖父母のいるド・ラ・ゲール家を(ちか)しく感じてたから一も二もなくOK。

 父さん的には二人の勉強部屋にしぶしぶ、母さん的にはセカンドハウス的にウェルカムで部屋を借りてたというわけ。

 

 ちなみに、当日キャンセルした豪華客船ってのはあのタイタニック号だ。

 

 沈んだって聞いてびっくりしたわ、とラシェルはさらり。カミッロも苦笑い。どうも不思議な事出来ちゃう系の能力(ちから)の発露の一環として軽い予知は()()とのことで、二人の態度はそういう解釈がされてたらしい。

 まあ、たとえ乗船してても、例の不思議な移動方法とかで逃れられただろうって、のちに父さんと母さんと話しあってたみたい。とてもとても寒い道行になっただろうから、乗らなくて正解だったねって。

 

 ――異世界に転生したとばかり思ってたけれど、過去に生まれちゃったのかな? タイタニック号って第一次世界大戦より前の時代だよねえ、確か。例の、あの映画でちょっとググった記憶あるし。パラレルワールド的な転生かなあ。まあ、不思議な事(ま ほ う)とかファンタジックな種族とか生物とか居るから、異世界ってのもあながち間違いじゃないとは思うけどさ。

 

 最後に紹介されたのが、ラシェルのペットとカミッロのペット。同居ペットだね。

 

 ラシェルのペットはワシミミズク。黄褐色と生成りと黒の縞々でまだらな模様に、キュッとした眉毛みたいな羽角(ミ ミ)と黄みがかったオレンジの目をしている。でっかい猛禽だ。伝書鳩みたいに手紙や荷物を配達したりする。それなんてハリポタ? って感じよねえ。名前はM.(ムッシュ)デュフトゥ。英語で言えば、Mr.フラッフィ、ふわふわ殿ってトコかな。発音がネイティブで難しい。下唇は噛んで!

 

 カミッロのペットは大型の猫。耳が犬のパピヨンみたいに大きくて広がっている。メインクーンとかノルウェージャンフォレストキャットとかなのかな。普通の猫の倍くらいあるんじゃない? 超可愛い。シルバータビーで足先とか口元とか尻尾の先とか黒っぽい、目はヘイゼルっぽい黄色。名前はアルジェント。イタリア語で銀色って意味だ。凛々しくてワイルドな感じだけどメスだって。

 

 私も火蜥蜴(サラマンダー)を紹介する。名前は炎子(エンクォ)と決めておいた。日本名だけど発音はイタリア風で性別不祥な感じにしている。だって蜥蜴の性別とか色以外じゃ区別できないし、火蜥蜴って赤っぽい色は生息地とか出生場所変わるから雌雄の区別できないし。何より、火蜥蜴の雌雄の見分け方、誰も知らなかったみたいで、私も教えてもらったことない。

 

 M.(ムッシュ)デュフトゥはラシェルの部屋かリビングにある止まり木にたいてい止まっている。寝る時用の巣箱がラシェルの部屋には在るから、止まり木に居ない時は巣箱を覗く。出かけてなければ巣箱にお饅頭みたいになって寝ている。

 

 アルジェントは巨猫だけど身軽にあちこちを移動している。欠伸してる時の牙なんか二度見するほど大きく鋭いけど、意外に懐っこく、私の部屋のハンモックによく来る。夏になるとお気に入りの場所になるのかも知れないけど、私もお昼寝はそこでするつもりなので、今から場所争いが心配だ。

 

 炎子(エンクォ)はリビングの暖炉かキッチンの竈に常駐させている。主に暖炉かな。クヮジモド家のキッチンにあったデカい竈じゃなくて、コンパクトなおしゃれなクッキングストーブがキッチンにはある。

 上部鉄板コンロには丸い三ツ口と四角いプレート、オーブンが一つにあとは焚口と灰受け。幼児な私はキッチンストーブには触れちゃダメみたいだったので、リビングの暖炉というわけ。朝晩の涼しさに暖炉にちょこっと火を入れたりするからね。ランタン常備で、炎子には狭苦しい思いさせちゃってるかもだけど。

 

 

 ラシェルは夏休み明けの新学期からの講師なので、前職の引継ぎと準備に余念がない。家庭教師系は軒並み引き継いで来たらしいけど、翻訳とかがちらほらあるみたい。

 そんなラシェルはついでとばかりに私にも家庭教師してくれた。フランス語と英語のバイリンガル教育です。フランス訛りなへなちょこイタリア語は私が笑いながら返事するので諦めたらしい。うん、ごめん。フランス訛りちょうウケる。

 

 カミッロがイタリア語担当になったのか、このごろはカミッロとはイタリア語でしか話さない。陽気な調子はクヮジモド家を彷彿とさせて、懐かしくも楽しい。英語訛は気取った感じもするけれど、私がシチリア訛を披露したら、訛らないように気を付けるようになった。なので私も訛りを気を付けるように言われた。シチリア訛はどうやらべらんめぃな感じに聞こえちゃうらしい。ムズイね、どうも。

 

 


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