生まれ変わって、こんにちは 作:Niwaka
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てっきりそのままロンドンまで連れて行かれるのかと思っていたら、途中下車、パリ。フランスだね。
そこから不思議な手段で移動。一軒の目立たないカフェに入ったかと思ったら、大きなマントルピースを備えた煤だらけの暖炉にスルッと潜り込んだ。煙突がちょっと横についてるみたいで、奥に半畳ほどのスペースがある。
子供抱っこだったのが、胸元に抱え込まれるようなコアラ抱っこになるよう促され、ごそごそ掴まりなおしていると、ゴウッと炎の上がる気配。ちょ、燃えちゃうから! 危ないよ!
ムニャムニャって何か呟いて、カミッロは足を踏み出す。フリーフォールみたいな浮遊感が来て、トスンとどこかに着地した感じ。あまり変わり映えしない暖炉の中だけど。
暖炉から出てみれば、さっきとは明らかに違う店内に出た。さっきはカフェだったんだけど、ここは何だかホテルのロビーっぽい。ワープ? っていうか、ゲート?
煤を掃うようにあちこちパタパタして再び子供抱っこへと体勢を変えてる間に、ラシェルも暖炉から出て来た。なんかこの移動方法、ちょっと出入口に問題あるんじゃない? なんでわざわざ暖炉の中なのかなあ。
ホテルのロビーには何組か人影はあったんだけど、どうやらみな不思議なことをしちゃう人達らしい。暖炉からも、時々人が出てくるし。速やかに暖炉の前から
私を抱き上げたままのカミッロは、今度はスキップみたいな足踏みをした。
ギュルンっと視界が回って、瞬きの後には別の場所に居た。
ええっ、今度は瞬間移動? すごーい! こういう魔法魔法してるの見たことなかったかも。
クヮジモド家では台所でちょこちょこっと使ってたり、酒の席で宴会芸的に披露されたり、収穫した葡萄とか運んだり、ワイン樽の中をぐるぐるしたり、ウーゴを洗ったり乾かしたり、そういう生活感あふれる使い方だったからなあ。あれ、けっこう使ってるや、魔法。意外に見てたよ、私。
再び大きな玄関ホールに移動していた。
一体どこだろう? と思っていたら、私と同じくらいの身長のメイドっぽい人が廊下の先からやって来た。近づくと人じゃないのがわかる。アレかな、ゴブリンとかホビットとか、そういう小人族の人かな。ホラ
「グレートブリテン島コーンウォール、ギャヴィン家に嫁ぎしエルミオーネが娘ソランジュを母に持つ、我ら姉兄妹三人が
ラシェルが古めかしいフランス語で話しかける。小人族の人はお年寄りなのかシワシワな顔をしていて目がぎょろっと大きい。でも頭は白いひらひらなブリムのついたボンネット被ってるし、耳から手首
なんちゃってとかコスプレと違って、裾から下着のパニエをはみ出させたり、膝丈とか膝上のミニスカートだったり、半袖だったり、襟が大きく開いていたり、髪が結びも結いもせず下し髪だったりしない。
大体下し髪って子供の髪形だから。大人になったら結うのが普通だ。働いてる人は何歳でも子供じゃなくて大人と見なされてるから、きちんと髪を結ってるのが当たり前だけど。まあ、最近は切り髪が流行りで、ショートやセミロングをよく見かける。ラシェルだってふんわりボブだ。
「主様はご在宅、暫し待たれよ」
甲高い声で古典的な言い回しのフランス語が聞こえた。続いてパチンと指を鳴らす音。ファンタジックなメイドさんは、指パッチンで魔法が使えるらしい。鼻をぴくぴくさせて使う奥様も居たくらいだから、不思議な事が出来ちゃう世界では当たり前な事なんだろう、たぶん。
時代がかって、お芝居見てるみたいだね。ござそうろう、とか言い出しちゃうのかな。
「久しぶりだね、ラシェル。……おお、その子が? カミーユ?」
パチン、と指パッチンの音とにこやかな挨拶と共におじさんが現れた。カミーユってのはカミッロのフランス語読みかな。発音的にイタリアよりの名前だものねカミッロって。ちなみにラシェルはフランス語読みの名前。イタリアだとラケーレ、英語だとレイチェルだ。
「ええ、末の妹です。クレーヌ・エステッラ」
私の事だ。イタリア風だけどフランス語読みでもある。クヮジモド家じゃカリーナかバンビーナって呼ばれてたからクレーヌっていうのは新鮮だ。
「こんにちは、初めまして」
ちゃんとフランス語で挨拶。
「おや、初めまして。グザヴィエ・アルチュール、ド・ラ・ゲール家の当主だよ。君のママンの従兄に当たるんだ」
おお、
「従兄……」
「そう。親が兄弟同士の事を言うんだよ」
ザックリとした説明ありがとうございます。エルミオーネお祖母ちゃんの実家って事だ。父さんにとってのクヮジモド家と同じ感覚だろう、母さんにとってのド・ラ・ゲール家は。
「学校で一緒だったミシェルのお父上でもあるのよ」
ラシェルが説明を加える。知りませんがな。えーと、ミシェルって又従兄? ロレンツォとかと同じだね。ラシェルはフランスで学校に通ったの? だから、フランス語がペラペラなんだね。彼氏とかだったりして。え、ロレンツォはカミッロと同じ学校だったの? へえ、そうだったんだ、面白いね。
「君はビックリするくらい伯母上の小さい頃に似ているねえ、この巻き毛なんかそっくりだよ」
ふわっと頭を撫でられてニコニコと告げられる。巻き毛の房をぽよんぽよんされる。ちなみにずっとカミッロに抱き上げられてるので、垂直になるほど見上げなくても良いから楽ちんだ。でも顔が近い分いろいろ良く見える。
母さんの従兄のグザヴィエさんは黒っぽく見えるほどの藍色の目をしている。母さんも青い目だったそうだから、エルミオーネお祖母ちゃんもそうだろう。
南イタリアで農園を駆け回っていた私の肌はアプリコット色に陽に焼けている。髪がほとんど白いので、どうかすると地肌の方がこんがり色濃く見える。こういうミルク色の髪がド・ラ・ゲール家の子供たちの特徴なんだそうだ。
10歳前後からだんだん濃くなって、思春期が過ぎて成人する頃には、淡茶髪に落ち着くんだそう。つまり、私も将来的にはグザヴィエさんみたいなベージュっぽい淡茶髪になるのだろう。
「……娘はいいねえ」
なんかグザヴィエさんからオファーが来た。これって私の苗字がド・ラ・ゲールになっちゃう感じ?
くいっと向きを変えられて、カミッロの服しか見えなくなる。チラッと視線を流せばカミッロの隣に立っているラシェルは苦笑していた。
横目でカミッロを窺えば、超笑顔でグザヴィエさんと相対していた。にっこりと無言だ。こんなところで日本人の血が発揮されたのか、御あいそ笑い全開。アルカイックスマイルだ。怖っ!
対するグザヴィエさんはさすがの貫禄で、余裕で相対している。若々しい言動から軽妙に見えるけど、壮年のド・ラ・ゲール家の当主だ。二十歳そこそこの若造なぞには押し負けない。むしろ圧し返す。
そんな威圧合戦を私を挟んで行わないでもらいたい。
幼女の必殺技を出しちゃうぞ。『泣く』が生易しく感じる『おしっこ』を炸裂させたろうか。などと
フリルとレースがあしらわれた古風なシャツと渋い青のベスト。染色技術は現代風ではっきりと濃い染めの青だ。ロイヤルブルーっぽく、とてもおしゃれ。さすがおフランス。カミッロよりもぐっと安定感のある抱き方で、背中をポンポン叩いてもくれちゃってる。うん、パパ業が
汽車を乗り継いで直接来たから、疲れてたのかな、誘われるように眠い。
ド・ラ・ゲール家には数日滞在した。
到着した日は途中で寝ちゃったのでどういうやり取りがあったのかは知らないけれど、宵の口に起こされて、ポリッジっぽいものを少々食べさせられた。夕食抜きで寝ちゃうなよって事だ。食べさせてくれたのは、例のシワシワのメイドさん。出迎えてくれた、人じゃないっぽいファンタジックな種族のヒトね。
古典的な言い回しで喋りは時代劇風だけど、寝ぼけてた私の
出されたポリッジを食べ終えた後、蒸しタオルで顔とか体とか拭かれて、寝間着に包まれて再びベッドに寝かされた。やっぱりファンタジックな種族らしく不思議なことができちゃう系だったよ。
指パッチンでシュルシュルとパジャマが踊ったりベッドがぴっしり整ったりするのは感嘆した。まあ、寝かしつけられれば、おやすみ3秒ですが。すやぁ~。
滞在中はグザヴィエさんと奥さんのフルールさんに超可愛がられた。何でもド・ラ・ゲール家って女の子が生まれにくいらしく、軒並み息子のオンパレードらしい。エルミオーネお祖母ちゃんが久しぶりに本家で生まれた娘さんで、とてもチヤホヤされて、一目惚れの我を通してイギリスに嫁いだそうだ。
結婚してド・ラ・ゲールじゃなくなっても、珍しく生まれた女の子なのには変わりないし、母さんも姉妹なく娘一人だったのでけっこう可愛がられたみたい。姪っていうのもレアな存在なんだって。さすがにその子供(私たちの代)ってなると女の子もポロポロ生まれるそうだけど。
母さんは
母さんは金髪碧眼で、典型的なイギリス美人だ。凛とした美人だったけど、ド・ラ・ゲール家っぽくはなかった。
ラシェルは日本人の血は
オーリィは黒髪でコケティッシュだけどド・ラ・ゲール家っぽくはない。
そこにきての私、らしい。外見にド・ラ・ゲール家の特徴が出てるから、ド・ラ・ゲール家の娘っぽくてカワイイ、とのこと。
ミルク色のカールした髪の女の子がズラッと並んだ肖像画の間は圧巻だった。目の色は青がメインだけど、碧っぽい色やヘイゼルにグレイとかも居るし。おまけにエルミオーネお祖母ちゃんの子供の時の肖像画は、うん、私に似ててびっくりした。
あれ、でも肖像画的特徴から言えば三つ子のうちの二人の兄たちの方が似てる……ああ、男の子はお腹いっぱいお呼びでないってこと? そうですか。
べたべたと可愛がられるのって意外に疲れることが判明。フリフリレースの可愛らしいサマードレスとか、リボンとフリルの子供服。リアルロリータね。嬉しそうに着せ替えされたんだけど、とても気疲れ。真っ白なレースにフリルは外遊びには向きません。
犬の鳴き声が聞こえたり、キレイに整えられた庭園とか、お外にも興味があったんだけど、滞在中屋外へは一歩も出られなかった。
柔らかくてきれいな室内履きは絨毯敷きの部屋か廊下を歩くのにしか向きません。地面や、石畳さえ想定外らしい。細かなビーズのきらめきが、ガラスじゃなくて天然石っぽいと、もうね、気を付けちゃう。まあ、仮に飾りが外れても、例のファンタジックなメイドのヒトたち(複数いた)が探し出して拾っておいてくれるだろうけれど。
ほどなくお暇することになり、再びグザヴィエさんとカミッロは微笑ましいアルカイックスマイル合戦を繰り返した。
今回はフルールさんとラシェルのオホホホ合戦も隣で繰り広げたられた。
ちなみにグザヴィエさんには例のミシェルという援軍が参戦している。グザヴィエさんとフルールさんの息子で、ラシェルと同じ学校出身ミシェルは、髪はほとんど黒に近い濃い褐色のウエービーで目は明るい
割れ顎はクヮジモド家でも目にしてたけど、おっちゃん(レンゾさん)だったり女の人だったし、子供たちはジッとしてないし。だからミシェルに抱き上げられた時、挨拶しながら指で溝をなぞってみちゃったんだよねえ。髭もキレイにそり上げてるし、お尻みたいなグイッて感じじゃなくて、四角い顔ですって感じの割れ具合だったから、つい、するするっとね、気になって。
……なんか気に入られたみたい。
カミッロとさすが兄妹と感心してもらうほどのアルカイックスマイルでした、まる。