生まれ変わって、こんにちは 作:Niwaka
――結果として、父は来なかった。
ずっとソワソワしてたけど、26日の朝、やっぱり来ないって判ってようやく落ち着いた。それこそ、何やらストンと憑き物が落ちたみたいに。
プレゼントとカードをイギリスの父さんたちに送ってくれるように頼む。直接渡したかったけど、残念。おまけの絵は付けないで頼んだ。面と向かって話題の提供の一環なら
ちょうど暖炉にお気に入りの
ずっと来てくれると思ってた。離れてても家族だからって思ってた。……違ったんだなあ。ちょっとだけ悲しくなった。でも仕方ないか、とも思う。嘆いても
いつの間にか隣にはじわっと暖かいウーゴが座っていて、じっと私を見ていた。気遣わし気で優しいまなざしの大きな黒犬。
今日はお外に行かないよ~ってウリウリ撫でて、すりすり抱き着いて、ゴロゴロ転げまわって、顔舐められて悲鳴を上げた。そして笑う。涎がすごいよ、あと犬臭い。声をあげて笑っちゃえば楽しくなるさ。きっと、ね。
私、ここん家の子になるのかなあ? でもな~、みんなとてもとても良くしてくれるけど、『預かり子』ってはっきりしてるんだよなあ。親族だけど家族じゃない。いや、家族かな? ご陽気なクヮジモド家では、私はバンビーナだし、パパァとかマンマって呼んでるし。
ロレンツォをパパァと呼ぶと、複雑な顔で返事してくれる。年齢的にパパァはアレだけど、パパァって呼ばれること自体はOKらしい。複雑な男心だねえ。
新年になっても顔を出さなかった父さんたちに、クヮジモド家はお怒りです。
日本の会ったことないマリカお祖母ちゃんからナターレのお菓子が届いたのに、年が明けてもジョルジョは来ないのか!ってね。けっこう遠いし、クリスマスカードは貰ったし、そんなに怒らなくて大丈夫だよ~。父さんたちにも都合があるんだよって言えばみんな一様に押し黙った。
まあね、子供預けといて、数年経つのに1回しか顔出してないって、もうね、怒って当然かもだけど。そういうタイミングだったんだよって諦めた方が気持ち的に楽だ。待つのも疲れるからさ。
マリカお祖母ちゃんからは金平糖と和三盆の干菓子。砂糖の塊だけど、遠いから仕方ない。それよりも久しぶりに見た和のテイストに感激だ。
1cm位の梅とか紅葉とか蝶とか、すごく細かい。ちょう繊細。こう、イタリアの大雑把な所にすっかり感化されてたみたい。金平糖だって角も立派な1cm超えな代物だ。
大事に食べようと思っていたけど、みんなも興味津々だったから
シュッとした口どけに、クヮジモド家総出で驚嘆した。
※※ ※ ※ ※※
春の
咲き始めた花畑を見に行っていたとき、鳥の連絡が来たのだ。
農園ではちょっとした連絡に鳥を使っている。携帯電話とかないからね。電話自体珍しいぐらいだもの。スズメとヒヨドリの間位のコロンとしたシルエットの鳥。嘴とか顔の感じから梟の一種だと思われる。
鳥は放し飼いにされていて、手紙運んで~って声かけて、やってきたらお願いするっていう、超アバウト飼育。運んであげるって鳥が来なければ、自分で行かなければならない。農園中心に隣近所位までしか運ばないけどね。小さいから。あれ、これって飼ってるんじゃなくて野生を呼び寄せてるの?
その鳥が手紙を運んできたので、花畑で飛び回っているコガネムシをウーゴにバクッと捕まえて貰って、ご褒美に鳥にあげる。ご褒美目当てで運んでくれるみたいだから、なるべくあげてね、と云われてるのだ。
くいっと丸まった嘴に爪の鳥はいわゆる
コガネムシをバリバリ食べた鳥は花畑の側の木にちょこんと止まった。返事待ち? 手紙の裏に草の汁で『すぐ帰る』って記すと、配達して~と声をかける。バサバサッっと、さっきの鳥と、それ以外にも2羽やって来た。おおう、びっくりした。けっこう居たのねえ。
くるくると首を動かして威嚇と牽制をする3羽に、どうしようかと一つため息。まず最初に運んできた鳥へはまた今度~、とワシッと掴んでポンッと空へ
勝ち残ったのか誇らしげに胸を張る鳥の足にくるくると手紙を結ぶと、マンマだよ、マンマ、ジェルトルーデ! と宛先を言い聞かせる。
首を傾げるように左右にくいくいと顔を回して、ホゥと気持ち高めの声で鳴くと飛び立っていった。うん、不安しかない。届かなくても仕方ないよねえってアバウト運営なので、とても緊急の時には逆に使われない連絡方法なのだ。
ウーゴに帰るよと声をかけ、飛び去って行く鳥の後を追うように家に向かった。
そしてやって来た父さんたちに、汽車動いてるの? ってなったわけ。
大丈夫だよ、と困ったような笑顔とともに、渡されたのはイースターエッグ。途中の駅とかで買った感がありありだけど、買ってきてくれたんだからそれだけでも感謝だ。いや、来てくれただけでもありがたい。ちゃんと歓待しないとね。
私はひと際はしゃいだ。甘えて、懐いて、姉や兄たちにも笑顔で話しかけた。ちゃんと英語で。カミッロとかラシェルとは英語で話したからね。
ラシェルとカミッロも来てくれたんだよ~、とご報告。もちろん父さんは知ってたみたい。三つ子の姉兄たちは知らなかったみたいで、えー、いいなあ、と声を揃えてる。彼らが生まれた頃は二人ともすでに学校に通ってたし、卒業してもすぐ独立しちゃったので、三つ子たちは上の二人と住んだことがないんだって。
コロンバを皆で食べる。
三つ子は自分の分より明らかに少ない私のコロンバを見て、隙があれば食べてやろうと思っていた気持ちもなくなったらしく、ターゲットを同い年の姉弟に切り替えた模様。逆に父さんが自分の分を寄越そうとして来るので、イヤイヤをしておく。ロレンツォが、私があまり甘すぎるモノは好まないから、と父さんに言ってくれた。
父さんは買ってきたイースターエッグがチョコだったのに気付いて、食べられるかい? と心配してくる。チョコは好きだし、すごく甘くても少しなら大丈夫、とうっかりイタリア語で返す。父さんは目を細めて、賢いねえ、とイタリア語で褒めてくれた。えへへへ。私も二ヘラっと笑い返した。
三つ子たちにはイタリア語は通じないから、英語を話すように気を付ける。ちなみにクヮジモド家ではロレンツォくらいから英語が通じる。もっと年上になると通じなくなって、もっと年下は勉強中だ。ワイナリーのレンゾさんは仕事柄かペラペラだ。イタリア訛だけどね。
そうそう、三つ子の姉兄たちを名前で呼ばないのは自己紹介してくれなかったので、正式な名前を知らないから。呼ばれてる名前を耳で覚えたきりなのよ。長幼の順で云えば、オーリィにアーニィ&アーヴィ。
父さんが隠崎譲司ってのは知ってる。
私の日本名も判明した。隠崎星子、私のミドルネームがエステラで、星って意味があるからだって。カレン・エステラ。イタリア風だとクレーヌ・エステッラ。
……ファミリーネームは何になるんだろう。インザーキ? クヮジモド? それともギャヴィン?
一晩泊って、翌日早々に父さんたちは帰って行った。姉さんは疲れからかハッキリと不満顔で、兄さんたちも寝ぼけ眼でふらふらしながら。遠いからね、行きも帰りも車中泊で一晩掛かるだろう。帰りつくのは明日の朝ぐらいだ。
強行軍だなあ、無理して来なくても良かったのに。
玄関でお見送り。ウーゴに寄りかかって手を振りながら呟いていたら、ロレンツォに抱き上げられる。
嬉しかった? って聞かれれば、そりゃあ嬉しいって答えるけどさ。無理してまで来る必要はない。遠いんだし、彼らには彼らの都合ってものがあるでしょう? にっこり答えて、私はもうひと眠りするって寝間に向かった。
寝間は客間の一室の片隅だ。子供部屋って通称だけど、要は来客たちの子供たちがまとめて寝かされる部屋って事だ。私は常駐の来客ってことね。
傍らの床にはウーゴが寝そべるための敷物が敷いてある。ウーゴは大人が四つん這いしてるより大きいから、ベッドの上にあげちゃダメなのだ。肘とか踵とか擦り剥けちゃうから敷物は藁マットを編んで貰った。ありがとう、口しか出さないのに、みんな優しいです。
※※ ※ ※ ※※
その後、大人たちが何やらいろいろ話し合いを重ねたらしく、私の聖名祝日おめでとうの時、今度の誕生日にはお迎えが来るよ、と言われた。
私の聖名祝日は聖エステル5月11日だ。
家族で住めるんだよ、良かったね、とみんなが喜んでくれたが、ロレンツォは微苦笑で黙ったままだ。調整とか上手くいってないのかも知れない。
引っ越しだね、と言われたので引き取られるのは確実らしい。
――どこに行くのだろう? 誰が引き取るのだろう?
いずれにせよお別れになるウーゴにくっついて過ごす。連れて行くことは出来ない。ウーゴはクヮジモド農園の番犬だし、広大な農場を自由に走り回るのがお似合いな大型犬なのだ。
お気に入りの
種火用のカンテラとか胡椒粒とか、石炭とか必要なものをロレンツォが揃えてくれた。
◇◆◇ ◆ ◇◆◇
四歳の誕生日。前日にやって来たのはカミッロとラシェルだった。
二人そろって丁寧に挨拶して、ラシェルは
クヮジモド家の人々、整然と並ぶ葡萄棚、庭のオリーブとベルガモット。この時代、写真はフィルム代がかかる貴重なものなのに、惜しげもなくシャッターを切っている。
デジカメはデータだから撮った後に写された写真を見て、取捨選択ができたけど、フィルムのカメラは現像するまでどういう写真になってるかはっきりわからない。しかもフィルムの枚数制限とかあるんだよ、知ってた? フィルム交換とか簡単に出来なかったし。まあ、カミッロは魔法を使って〈手元だけ暗室〉みたいにしてフィルム交換していたけど。
誕生日当日には落とさないように、と注意を受けたもののカメラを渡され、好きな所を写すように言われた。フィルム交換もしてあげるから、その都度戻っておいで、と送り出される。
いつものようにウーゴと一緒に外に出た。クローバー畑、花畑、ワイナリーの片隅に出入りする猫、何してるの? と云わんばかりに首を傾げる鳥たち。台所の大きな竈、炎の中の
写真を撮っていると別れが胸に差し迫る。――楽しかったなあ、……ありがとう、お世話になりました。
次の日、カミッロに手を引かれて、私たちはクヮジモド農園を離れた。
敷地が広大すぎて気づかなかったけど、私農園の外に出るの、クヮジモド家に来てから初めてだった。
農園の出入り口で、ロレンツォとウーゴが見送ってくれてるのが分かった。大きく手を振るロレンツォに私も手を振り返す。真っ黒のウーゴがいつまでもいつまでも見えていた。
って、着いて来ちゃだめだよ、ウーゴ。いつまでも見えるはずだよ。ハッハッしながら走って来たウーゴに、農園を指さして帰るよう言う。
慌ててやって来たロレンツォがウーゴを抑え、ベロベロ舐められた顔をハンカチで拭いてくれたラシェルが苦笑いで、さようならを言うようにって私に諭してくる。
そっか、お出かけじゃないんだよ、ウーゴ。……帰って来ないよ、――さようならだよ。
いつの間にか零れてた涙を太い首に擦り付けるように抱き着いて、私はウーゴにさよならを告げた。
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