生まれ変わって、こんにちは   作:Niwaka

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03. オリーブとベルガモットの木陰

◇◆◇ ◆ ◇◆◇

 

 二歳の誕生日。

 

 片言で喋りかけても兄姉たちには通じなくてガックリした。

 

 そうだよね、彼らはイングリッシュ・スピーカーだ。いつの間にか得意になってた私の巻き舌交じりの片言イタリア語は、ニコニコ顔の大人たちにしか通じないんだよねえ。父さんは一生懸命聞いてくれるし、応えてもくれるけどさ。英語は今ではすっかりイタリア訛だ。

 

 

 南イタリアの太陽の元、抱き上げられた父さんの顔を覗き込んで驚いた。赤茶色の目に金色の花が咲いたような虹彩の、なんてエキゾチックな事。

 恰幅の良いマウリツィオさんとそっくりな目元に目の色だ。父さんのお腹はスマートだけどさ。

 

 髪もきれいに整えて、髭もすっきりあたっている。こざっぱりと身だしなみもお洒落さんだし、渋カッコいい顔立ちと良い、いや~、眼福です。

 日伊ハーフの父さんは、いつまでも若々しく見えるらしく、クヮジモド農園の小母さまたちにも人気だ。愛想よく受け答えしてるあたり、さすが往年のナンパ野郎(笑)

 

 ちなみに私は日伊英仏の混血(クォーター)だ。亡くなった母さんは英仏ハーフだったからね。

 もっとも、母方祖母が大陸(フランス)ケルト一族から島国(イギリス)ケルト一族へお嫁に行ったって感じだから、同じケルト族で本人たちには混血って意識は無いみたい。母さんは金髪碧眼のスラリとした美人さんだったそうだ。

 

 私は子供特有のミルク色の髪に緑の目をしている。髪はくるくるとした巻き毛。前世でするするすっとんのさらっさらストレートだったので、今の巻き毛に大変満足しています。アフロ系のチリチリカールじゃなくて、ウェーブの一種のふわふわカールだから、巻きが大きくいわゆる縦ロールにくるくるして、とても気に入っているのさ。女性陣にも、お人形さんみたいと大好評だ。

 

 私の肌は白人のような白皙の肌じゃなくて、こんがり日に焼けてる。幼児とはいえ日がな一日お外を駆け回ってるので、すっかりアプリコット色だ。

 

 この地方の人たちは純粋な白人系ばかりじゃないらしく、こんがり小麦色の肌の人が大半だ。日焼けで小麦色なのか、もともと小麦色なのかは、服を脱がなきゃ判らないけどね。パンツの跡が真っ白に残ってるかどうかで判断するので、あまり気にしてないとも言う。

 

 姉のオーリィは市松人形みたいな黒髪のストレート。目はビックリするくらい青い。肌は真っ白で、日焼けしてないからこの辺だと青白く見える。いわゆる雪花石膏(アラバスター)の肌だ。まあ、そこがこの辺りではモテ要素らしくて、超チヤホヤされてる。

 

 兄たちアーニィ&アーヴィはキラッとした明るい金髪でウェービー、目は黄色っぽい。琥珀色の虹彩に赤茶色の花が咲いたような班が入っている。たぶん、二人とも。いや区別つかなくてさ。姉ともども、4人まとめてお風呂に放り込まれたとき、覗き込んでくる目がちょうど父さんと反対な感じだった。たぶん、どっちも。うん、区別つかない(笑)

 顔立ちははっきり彫りが深くて、肌は少し日本人系かな? 青白くはない。ミルクじゃなくてクリームってぐらいの差異だけど。そして将来のイケメンズだ。

 

 母さんの青い目を受け継いだのは姉オーリィだけのようだ。私の緑の目は、母方祖父の家系(ギ ャ ヴ ィ ン 家)に時々現れるという。灰色とかの白っぽい色を一切含んでない緑の虹彩は、光がない所だと黒っぽく見えるほど深い色だ。

 まあ、目の色とか髪の色とか、詳細に気にするのは日本人ならではかもしれないけどね。

 

 明るいか暗いか、基本それくらいしか気にしないのがこの辺では普通だし。あとはイメージ。ブラウンや黒系の髪は男らしいとか、女の子ならコケティッシュとか、金髪の兄たちに、色男とか、白っぽい髪の私には天使ちゃんとか、そんな感じ。クヮジモド家は大雑把です。

 大体目の色なんて、ちゅーする距離位に近づかないとはっきりわからないでしょ?

 

 イタリアンなクヮジモド家ではキスは挨拶の基本だし、姉や兄たち、父さんとも親愛のちゅーは普通にする。たいていほっぺだけど目測が誤れば口になる。とはいえバードキスだし、口の端っこは当たり前な感じで、もはや気にもならない。私ちょー可愛がられてるからね。

 でもって挨拶なので、じろじろ見たり見つめ合ったりしない。だから目の色なんて、明るい○○色、暗い××色って位の大雑把さでしか把握しないのさ。

 

 

 私の誕生日を挟んだ数日滞在して、父さんと姉兄たちはイギリスに帰って行く。

 

 姉さんは父さんと腕を組み、笑いながら何か話している。

 兄さんたちの一人は姉さんとの逆サイドに位置し、腕こそ組んでないけど父さんを見上げて、笑顔で頷いたり何か言ったりしている。

 もう一人はあちこちフラフラ見回っては、片割れのもとに戻ってきて、並んで歩きながら話しかけている。

 

 一幅の絵のような一揃いの家族。……あの中に、私は入っていないんだなあってぼんやりと眺めていたら、ぐっと抱き上げられた。

 

 ロレンツォ――私の又従兄、大家族の次期当主。明るい茶髪で黄色っぽい明るい目の色だ。髪がくるんくるんしている。

 両足を抱えられて上腕に座らせられるような子供抱っこ。至近距離になったロレンツォの髪をくるくるさせていると、その手を掴んで持ってフリフリ動かされた。

 

 ロレンツォは口元を引き結び、去っていく私の家族たちをジッと見つめている。つられて視線を向ければ姉兄たちが大きく手を振っていた。どうせ私の事は見えてないだろうなあ、と思いながらもロレンツォに合わせてフリフリ手を振り返しておいた。

 

 足の先をクイクイ突かれて、足元に視線を向けると、ウーゴだった。側に来ていたウーゴに笑いながら足先で気を引くように遊んでいれば、その背にうつぶせに乗せられた。そう、乗れるんですよ!

 乗馬みたいに跨って上体を起こすと、握力とかないし、動きだされれば後ろにコロンと転がっちゃうけど。顔とか首の周りにぶにっと皮が余ってるからね、掴むことができる。うつぶせに伏せていれば、小走り位は余裕で乗っていられるのさ。

 

 よし、今日はあっちの畑の先のクローバー群生地で、四葉のクローバーを探そうか。

 Let's go! Ci vediamo! (さあ、出発だ! 行ってきま~す)

 

 トコトコ走り出すウーゴの背中から、顔だけロレンツォに向けて手をフリフリ。さっきまでの厳しめの表情から一転、にっこり笑って手を振り返してくれた。

 

 四葉のクローバーは株自体が変異してるので、一本見つけたら丁寧により分ければたくさん採れる。丁寧に押し花にして幸運のお守りにするのだ。

 幸運のお守りは(まじな)いを掛ければ軽い災難除けになる。効力が尽きると枯れ崩れちゃうし、ホントに軽い災難しか避けてくれないけどね。石に躓いても転ばないとか、花瓶を落としたけど割れなかったとか。

 

 赤紫の大きい花があれば、むしっと毟って蜜を吸う。手が小さいからチマチマと一本一本抜いて吸っても大丈夫。

 私が口にする前にウーゴが鼻先を近付けて来るので、欲しいのかと思って毟ってあげても、フンカフンカ臭いを嗅いで、プスッと鼻息を吐き、いつもの態勢に戻る。何かのチェックっぽい。

 

 一しきりゴロゴロ遊んでいるとウーゴが鼻先で突いてくる。そろそろ午睡の時間だ。おやつを食べてお昼寝だ。

 伏せて待つウーゴの背中にぽふっとうつ伏せ、首の周りの皮にしがみ付けば、トコトコ運ばれる。

 

 オリーブとベルガモットの木陰を通り過ぎ、大きな竈のある台所の勝手口から中に入る。

 

 焼き菓子を一つ二つに温かいミルク。焼き菓子を半分に割ってウーゴに差し出せば、タラっと涎を垂らしてペロリと食べる。賢いウーゴは、幼児の私の手が口の中にあるかも知れない内は噛みしめない。もごもご甘噛みして、私の手が口の中にないと確信してから、ガブッと噛むのだ。

 

 籐編みのカウチにゴロリと横になればたちまち眠くなる。傍らにウーゴもついて、すっかりお眠です。ウーゴより先に寝ないと鼾が聞こえてくる。まあ、おやすみ3秒だけど、すやぁ~。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 バカンスシーズンはお祭り騒ぎだ。

 

 学校の夏休みで子供たちが帰って来るのでいっぺんに賑やかになるし、親族たちがぞろぞろと訪れてくる。去年は赤ちゃんだったし、ほとんど寝かされてたようなものだったけど、今年はウーゴをお供に暴れまわった。いや、遊びまわった。

 

 訪れる子供たちも、最初こそ巨大な黒犬のウーゴにビビってたものの、私がくっついたり乗っかったりしているので、それほど怖くないと思ったのか、近づいても平気になった。

 ちょっかいをかけてくるようないたずら小僧には、歯をむき出して唸るという制裁を加えてたみたいだけれど。紳士(ジェントルマン)騎士(ナイト)なウーゴだった、まる。

 

 

 客人がさっぱり居なくなって、子供たちが学校の宿題を片付け大騒ぎしながら新学期に向けて出発していけば、いつものメンバーが残るばかりになる。とはいっても、すぐさま収穫シーズンに突入し、収穫の手伝いさんもやってくる。

 

 一家総出でブドウを収穫したり、ワインを仕込んだり、家庭菜園にしては規模が大きな畑や果樹から収穫したものを、保存食用に加工したり、大忙しとなる。

 

 紅葉で木々が色づくころにようやく一息つけるのだ。

 

 実りの秋が豊かに過ぎれば、冬支度をする。

 

 食料の状態や薪の量、住居の確認に衣服の繕いなどをせっせとこなす。

 

 イギリスにいた頃みたいにどっさり雪が降ったりしないけど、寒いのは寒いからね。霜は降りるし、氷も張る。この辺は日本の南関東位の寒さだ。雪が降ってもそれほど積もらない。降る時は降るけど、すぐ融けちゃう。

 

 

 ナターレ(クリスマス)の季節になればプレゼピオ(降 誕 劇)を飾る。

 

 不思議なことしちゃう一族はキリスト教徒ってわけじゃないけど、この地域全体的に見ればキリスト教徒が多い。魔女裁判的な事が行われちゃうとヤバいから、馴染んで溶け込む努力も必要らしい。

 個別に突入されれば、さっと杖を一振りどこそこに届け出をして、何事もなかったことにしちゃうみたい。けれど広範囲に広がる噂とかは、どうにも対処が難しいそうだ。

 この辺りの細かい所は、マリカ叔母(私の祖母)さんから日本の呪術札を都合してもらってとっても助かっているって、マウリツィオさんが言っていた。

 

 父さんの実家は日本の不思議一族の名家の分家なんだって。外国人の祖母と結婚するために名家の跡取りが家を出て隠崎家を(おこ)したとかで、クヮジモド家は日本人の祖父にとても感謝して信頼している。

 父さんは次男で、例のハイソな中高一貫校の学校に入るために渡欧したみたい。留学だね。お嫁さん(私 の 母)も外国人だし、すっごいグローバル。

 

 

 そうだ、自己紹介してなかったよね。

 

 私の名前はカレン・インザーキ。イタリアではクレーヌって発音されるっぽいけど、クヮジモド家ではあだ名でカリーナって呼ばれてる。英語で言えばキューティとかプリティって感じ。苗字は隠崎、日本名ね。

 私の生まれる前に父さんは正式にイギリス国籍を取得して、インザーキってイタリア風のスペルに改名されている。父さんが半分イタリア人だから、イタリア系苗字でも違和感はないでしょうってね。兄姉たちの容姿はイタリア系っていうよりイギリス系だし、おまけにイギリス在住だし。日本的要素はすっかり排除されちゃてるのさ。

 

 何だか世界情勢的に日本バッシングな感じなこの頃。不思議なことが出来ちゃう系じゃない方の世界が、だけど。だからかどうか知らないけれど、ずっと『隠崎』って日本名だったのに、正式に帰化したんだそうだ。

 

 父さんはイタリア系なんだからイタリアに帰化すれば良かったのにって、クヮジモド家では言われたみたい。でも母さんがフランス系イギリス人だし、もうずっとイギリスに住んでるし、三つ子たちもイギリス生まれだし。この機会(私が生まれる)に正式に英国籍になろうって思ったんだって。そこで名前の綴りをローマ字じゃなくてイタリア名のInzaghiにして、一見イタリア系って感じになった。っていうのが真相らしい。

 

 

 ついでに紹介。この頃の私の心のペット。

 

 生き物好きは前世からかも。そんな気がする私の、この頃のマイブーム。この辺りの不思議を起こしちゃう系の家庭にはたいてい飼われてる不思議生物、火蜥蜴(サラマンダー)だ。

 

 暖炉や竈の中に住んでて、ほぼ火種扱い。大きさも色もまちまちで、5cm位の小さなのから30cm位の大きなのまで、基本白系統だけど真っ赤な筋が入っていたり、全体的に青白かったり様々だ。もちろん触れば火傷する。火を扱うところにウロチョロしてて、燃え盛る炎の中でうっとりしてたりする。なかなかカワイイやつだ。

 

 居なくなっちゃった暖炉とかに竈から移動させたりもする。

 暖炉や竈の側に火掻き棒や炭スコップとかのツールと一緒に、直径10cm長さ20cm~30cm位の筒状のものが付いてるゲートボールステッキみたいのがたいてい常備されてる。その筒に火蜥蜴(サラマンダー)を追い込んで移動させるというわけ。火から出ると死んじゃうみたいで、でも胡椒粒を食べさせると火から出せるので、サラマンダーステッキの持ち手部分には胡椒粒を入れておく隠しもある。

 

 クヮジモド家の火蜥蜴はヴェズーヴィオ火山で生まれたという。火種もずっと受け継いでるそうだ。まあ、この辺り一帯のお宅がそうなんだけど。

 火種が絶えると火蜥蜴も死んじゃうから、どの家庭にもカンテラが軒先にぶら下がっている。カンテラの火は火蜥蜴と一緒にヴェズーヴィオ火山から移してきた火だ。万が一火が絶えたら、胡椒粒を食べせて、その間に隣近所からもらい火をするんだってさ。

 

 同じ場所同じ時生まれの火蜥蜴だと、そういう協力が出来るから、昔からの知恵ってヤツだね。子供の前で火熾しの呪文を使わないってのは慣習みたいだし。マッチとかライターで遊んで子供がボヤ騒ぎを起こさないようにするのと同じように、不思議な事が出来ちゃう系の家庭では、そういう暗黙の了解もあるみたい。

 

 台所の煮炊き用の竈に7~8cmの特に色のキレイなのが一匹がいて、それが私のお気に入り。とにかく色が良い。金赤と云うか朱と云うか、金色の輝きを秘めていて、実に和風な(おもむき)がある赤なのだ。鳥居の色を思い浮かべると多少目安になるでしょう。

 その昔、成人式の時、こんな色の振袖を着た。赤やピンクがずらりと並ぶ中、この色は古式ゆかしくとても印象が良かったのだ。そんな懐かしさも手伝って、ついつい目で確認する一匹となっていた。

 

 

 春になれば復活祭(パ ス カ)の季節になる。

 

 カトリックに紛れ込むための一端ではあるけど、まあ行事だ祭りだ楽しんじゃえ! ってな調子でご陽気なものだ。

 野菜中心でちょっと寂しかった食卓が、ドドンと肉のローストをメインな食卓になる季節。一人一人に卵を配り食べられる。イースターエッグだね。大事に冷暗所で保管していた卵を大放出する季節でもある。

 

 それからシチリアの子羊(ペコレッレ)というお菓子を配られた。練切りみたいな伝統のお菓子で、いろいろな表情をつけてるのがカワイイ。私がもらったのはウィンクしてた。

 

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