生まれ変わって、こんにちは 作:Niwaka
約束していた海に行こう! という話になった。
唐突に過ぎる。
ポカンとしていたら、去年約束しただろうと、テリーさん(祖父)はニコニコ。エルミーさん(祖母)も支度しなさい、とスパンと号令かける。孫たちが揃うのを待ってたみたいだ。
もちろん水着は持参してきている。水着セットも準備済みの私に死角はない。
両手を腰に当てすっくと立ち、ドヤ顔しつつうんうん首肯していると、両脇からズボッと掬われてブラブラ持ち運ばれた。
ちょ、ちょっと、こっそり上げ下げして筋力トレーニングしてるカミッロに物申す! 物申す~……って、思わずフランス語の古風な言い回しで呼びかけてたら、通りがかるすべての人に噴き出して笑われた。むう、解せぬ。
やって来ました、海水浴場。
白い砂浜とか青い海とかヤシの木とか真夏の太陽とかイメージしてた皆さん、ハズレです。なんか―― 山と山の間の入り江の海岸って感じで、砂も白かったりサラサラだったりはしない。砂浜なのは間違いないんだけどね。全体的に地味目な印象。
少し前まではもう一つ山向こうの湾の海岸に良く行ってたんだって。
水浴車ってのは、持ち運び海の家って感じかな。箱馬車で後ろ側がガバッとハッチバック方式になってて乗り入れできる、小屋みたいなものだ。馬で沖まで運んで行って、中で休んだり着替えたりして、直接海中に入れるというシステム。
貸
その点、こっちの湾は、小なりとはいえ
私のイメージではまだまだ肌寒い梅雨の間の晴れ間って感じの弱々した日差しでも、この辺的には夏日らしい。みんなゴロゴロ
海に来てはっきり気づいたけど、イギリスって寒い。南イタリアはもっとずっと暑かったし、フランスも私的には普通な気候だった。でも夏のバカンスで来てるイギリス(コーンウォールの『
昼間は確かに暑くなるけど、夏日って感じじゃないし、日陰に入れば過ごしやすい。朝晩は涼しいのだ。―― 思い出す、記憶の中の日本でも、昔はそうだったのだ。
早朝、薄暗い中起き出して、長そでに長ズボンで昆虫捕りに出かける時は涼しかった。夜中なのにクーラーかけっぱなし、なんて2000年をとうに過ぎてからの話だ。
それで、今日の気候は私的には、ちょっと過ごしやすい感じの初夏って心地だけど(つまり爽やか)、この辺の人たち的には、夏! 海だ! ビーチだ!って感じらしい。カルチャーギャップ! まあ、おかげで布地多めの水着でも違和感なく着こなせます。ただし、実際海に入るときに、もう一枚脱がなきゃ!って思っちゃうのは致し方なし。
そんなわけで、みんなでまったり日光浴。時々波打ち際でぱちゃぱちゃ遊ぶ。
レジャーラグの上に寝そべれば、エルダーフラワーコーディアルの水割りなんかを手渡される。
すっかり私にとっても夏の味になってる。もちろん大瓶でシロップを(お土産に)貰っていくつもり。
水中に潜って散歩とか出来ないの? と聞いてみた。
ダニー[ダニエル:アルフレッド伯父さん(預けられてた家)の息子]→ヨランダ[ザカリアス伯父さん(ギャヴィン家当主)の娘]→ハティ[ハリエット:ウィンフレッド叔父さんの娘(フィルやサミーの姉)顔出しに来た所を強制連行]→ラシェル[私の一番上の姉、
ちなみにカミッロ[私の二番目の兄、名前を英語的発音で呼ばれる度
両腕を垂直に伸ばして荒ぶる鷹のポーズかと思えば、手首をぐりぐり回しながら緩急のある足さばきを披露して、おもむろに両肘を直角に曲げて顔の横で手拍子を取りながら激く足踏みし始めていたからね。砂浜で。―― フラメンコか。
魔法を解いてもらってから、そそくさと二人で出かけて行ってた。
水中に潜る魔法も何種類かあるみたいで、簡単なのは空気をヘルメット状に頭にまとわせる魔法だって。ただし、この空気ヘルメット、強度もそこそこしかないらしく、泳いでる時に割れやすい。だから常にまとわせられるように、自分で魔法をかけるのがベストなんだってさ。水中人とかが居る水域だと、イタズラで空気ヘルメットを割ってくるらしいから、特に注意が必要だそうだ。
ほかにもいろいろあるみたいだけど、この空気ヘルメットと防水魔法(水着だけどね)をセットでかけて、体を重くする魔法とかで海底を歩いていくのがよろしいでしょう、と決まったらしい。
もちろん、私は魔法を使えないので引率は必須。声かけて、たらい回した人たち総出で連れてってくれた。ダニーにヨランダ、ハティ。ラシェル&オーブリーも一緒かと思ったら、私にじゃかじゃか魔法をかけて、両手を引いて波打ち際まで来たけれど、行ってらっしゃーいって、送り出された。引率はハティだそうです。
そのままずぶずぶ沖に向かって行くと、どこの入水自殺って構図になっちゃうから、少しは泳ぐそぶりをしなきゃならない。
ヨランダの手に掴まってバタ足で泳ぐ。ダニーは平泳ぎで私の奮闘を観戦しながらついて来る、という態だ。ハティはとっさの時のために手ぶらで警戒中。ちなみにもう魔法はかかっているので、バタ足してる私は海中をガン見してる。息継ぎの必要ないからね。
周りを確認していたハティからススっと合図があって、とぷんっと海中に沈むヨランダに手を引かれたまま、私も海中へ。全体的に暗くて、カラフルな魚たちはいないし水温だって低いけど、神秘的なのは否めない。
ほわぁ~……。それはそれは素晴らしかった。
水中に潜れる魔法は必須だ。絶対。もっといろいろ研究と工夫を重ねて、海底散歩とかしよう。魔法が使えて、出来たらいいなあって事がらで、私は空を飛ぶことよりも、水中で自由自在の方が断然いい。
そんなことを興奮しながら手をつなぐダニーとヨランダに訴える。二人とも箒乗りで、特にヨランダは寮代表選手だ。空を飛ぶ方を好むタイプの魔法族だろう、とあたりを付けて夢中で言葉を重ねる。
学校の敷地内に結構な大きさと深さの湖があって、そこには水中人も暮らしていると云う。会ったことはないそうだ。ダニーは見かけたことがあるって。
泳ぎ方や水中での過ごし方とか聞けるねえって言ったら、セルキーかって笑われた。
セルキーとは、アザラシの着ぐるみで水中で暮らして自前の二本足があるタイプの水中人の一種だそうだ。
ハティはカミッロと同い年だけど、学年は一学年下だ。一ヶ月くらいしか誕生日が違わないらしい。早生まれと遅生まれってヤツだね。カミッロは8月下旬の生まれなのだ。
ハティの上の(兄妹の)ローリー[ローレンス:ウィンフレッド叔父さんの息子、今回は来ていない]はラシェルと同い年だけど、一学年上。つまり、学校は違うけれど、ローリーが二年生の時ラシェルが入学して、ラシェルが二年生の時(ローリーは三年生)カミッロが入学して、カミッロが二年生の時(ラシェルが三年生、ローリーが四年生)ハティが入学した、という四人は一学年違いなのだ。ちなみに、今は居ないけど、ダニーの上の兄ナッティー[ナサニエル:アルフレッド伯父さんの息子、数回しか会ったことない]はカミッロと同い年で同学年だそうだ。
イギリスの学校の
そういえば父さんと、母さんの兄弟たちが意外に仲が良いのも、そう云う訳みたい。
母さんは一人(ラシェルも通った)フランスの学校へ行ったけど、ほかの兄弟たちはイギリスの学校、つまり父さんも通った学校に行ったのだ。何でもウィンフレッド叔父さん夫婦と、ダニーのお母さん(クレアさん)はみんな父さんと同じ寮で、先輩後輩として既知だったんだって。
だから、母さんと「結婚します」となったとき、「先輩の留学生ですよね」って知られていたみたい。……なるほどねえ。
体も水着も濡れないけど、水温低い海底を歩いてるからか、ちょっと冷えてきた。
暖かくする魔法はないの? と手を繋ぐ二人に聞いてみる。5歳児の私はちょこまか動き回らないように、水中ではヨランダとダニーに手を引かれていた。おなじみの捕らわれた宇宙人スタイルだ。
火をつける系の魔法しかできないというダニーに、爆発系で周りの水温を上げれば暖かくなるのでは? とか物騒なことを言い出すヨランダ。私の頭上であれやこれや議論を交わしてるけど、それ火傷必須な感じじゃね?
はあ~、残念過ぎる、もうちょっと~って思う私は、やっぱり〈水中に潜りたい派〉だ。〈空を飛びたい派〉だろう二人(もしかしたら三人とも)はあっさりと
未練がましく足が鈍りながらも、浜に向かって歩く。
波があるからゆらゆらと体を揺すられながらの歩行だ。下手したら酔うだろう、が、今生の私は三半規管が強いのさ。波間に差し込む日差しを眺めながら、倒れそうなほどの波もへいちゃらだ。
2mくらいの深さになってハティとヨランダが立ち泳ぎ始める。私はと云えば昆布の様にゆらゆらと波に揺られながら海中から水面を見ていた。びっくりするくらいキレイで飽きない。楽しいのにな~、残念。
ダニーに繋いでいた手を引かれて、ゆっくりと浮上する。ポカっとかすかな音がして、空気のヘルメットが弾けて消えた。防水魔法はまだかかってるので、水につかってても濡れないという謎現象の真っ最中である。
両側は崖が見える山に挟まれた小さい湾、その砂浜に帰還中。
崖をところどころ覆う繁みからか、旋律を奏でるようなキレイな声が聞こえてくる。鳥かな~って、私は斜面に沿って視線を動かしていた――から、見つけてしまった。木々に隠れるようにそろそろと、大きな生物が周りを
森に紛れる保護色の緑色で、頭は丸いが、まるでワニだ。……ちょ、デカくね?
急なアクションとか、大きな声とかヤバいかも、と繋いでいたダニーの手をクイクイと合図にそっと引いて、その生物をこっそり指さす。ヨランダにもアイコンタクトで合図を送り、顎を突き出すように方向を示して、なんとか伝える。
ヒュッ……、息を吸い込む音を立てたのはハティだった。私たちの様子が変わったのに気づいて、視線を辿ったのだろう。叫んじゃダメだよ! 映画の様に悲鳴を上げられちゃ、たまったもんじゃない。
ぱくぱくと何度か口を開け閉めして、ハッと何やら気づいたようにハティは私に視線を合わせると、口を引き結んで肯くように顎を引いた。と、いきなり腕が伸ばされたかと思えば、グイっと小脇に抱えこまれた。
ええ~、なにこの早業! 両腕で抱え込まないのは、杖をえいやっと振り回す都合上仕方ないけれど、
ダニーがサポートに私の腰を、やっぱり片手で押さえてハティの補助をしながら、ピタリと傍につく。いつの間に!
ブツブツと何やら呟いて魔法をかけていたハティは、ヨランダに、後ろから警戒しながらついて来て、と言ってぐんぐん歩き始めた。浜に。海底を。一瞬沈んで海藻と岩場の隙間を縫うように歩き、すぐさま水中から顔が出ても、足を止めることなくずんずんと。
不思議なことが出来ない系の人たちに紛れる意味で泳ぐフリとかしてたのに、もう一切関係なく、全力で私たちのレジャーラグを目指していた。波間から砂浜に上がり、海中じゃないのに私は相変わらず小脇に抱えられてぶらん状態だし、他三人とも棒(杖)を掲げて、小走りだ。
そんな私たちはちょっと目立ってたかもだけど、私がぶらんぶらん抱えられてるから、子供を助けた一団って見えたみたい。実際、駆け寄ってきた父さんたちと合流した頃は注目されてたっぽいもの。もっとも、私を縦抱っこでラグに向かう父さんを囲むように歩き出せば、意図的な視線はだいぶ薄れていたようだ。
もちろん大人組も海に来てるよ。彼らは日光浴がメインだから、水に入ったりする組にはいなかっただけで。テリー&エルミーさん(祖父母)率いるギャヴィン家一団で
父さんと一緒に来てくれたウィンフレッド叔父さんにハティが小声で
―― え、