生まれ変わって、こんにちは   作:Niwaka

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22. 夏のバカンス

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 家に帰って早々に夏のバカンスの予定が発表された。

 今年もコーンウォールの『楢の丘(オークヒル)』に出掛けるんだってさ。海にも行くらしい。おおう、ちょう楽しみ。

 

 カミッロがあれこれ都合をつけて、私たちは7月の後半から出かけるみたい。

 ラシェルは10日くらい遅れて8月から合流、だって。7月中は彼と旅行らしい。

 カミッロの彼女はいいの? って聞いてみたら、満面の笑顔で、募集中、と(のたま)った。

 

 その後、8月中旬くらいからクヮジモド家に顔出しして、のんびり北上して9月中には帰って来るって云うバカンス計画らしい。2ヵ月近いよね、さすが自由業(作家)。

 ラシェルはイタリアはパス、だって。新学期の準備に充てたいみたい。つまり『楢の丘(オークヒル)』だけ一緒だ。

 

 (ビーチ)が楽しみだね、とカミッロもウキウキだ。バレンタインの彼女とはお別れしたようだ。ラシェルの彼はバレンタインの彼? と聞いてみたら、違うわよ、とにっこり。いつの間に!

 ……どうやら私の上の姉兄はとても社交的な様です。

 

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 リビングと玄関との間にドカンと置かれているクローゼットの裏面には、タペストリーと云うか絨毯と云うか、とてもエキゾチックな掛物がしてある。

 ペルシャ絨毯とか鳥獣文様とか云えばイメージ湧くかな? その掛物をめくってクローゼットの裏面にピタリと背中を当てれば、すかさずシルキーが頭の所に線を入れてくれた。

 カミッロ(兄さん)じゃないし、(ちまき)を食べてるわけでもないけど、測ってくれてるのよ、背の丈を。

 

 ちょうど一年前にも測って書き込んだ跡より、7~8cm伸びてる。一年ごとじゃなくて半年くらいごとの方が良いような気がした。こう、ワクワク感的に。

 このクローゼット、ラシェルの魔法の旅行鞄(スーツケース)の中に収納されてたもので、ラシェルとカミッロが勉強部屋として上階に暮らし始めた時に買った物なんだって。だから、ラシェルの背の高さの線もカミッロの線も、今の私からだと見上げるほどの高さにだけど、書き込み跡がある。

 

 日系な父さんからの伝統らしい。ロンドンの『カチカチ部屋』にも二人の背の丈を刻んだ柱があるハズだって。このクローゼットには、学校に入学した時の背丈から刻んでみたって言ってた。

 

 イギリスはインチでフランスはセンチだけど、この位置って線を引く分には単位の違いは関係ないからね。今の日本だと、寸? まあ、このくらい伸びてたって報告するのに、人差し指と親指でL字を作って見せながらだから、実際身長がどれくらいなのか、私にも把握できてないんだけどね。

 

 後日、ラシェルがパタパタと折りたたんで収納できる木製のモノサシを持って来て、私の身長の線を測ってくれた。111cmでした。ゾロ目だね。

 

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 あっという間に夏らしくなって、バカンス用の準備も万端だ。1ヶ月くらい完全に家が留守になるので食料品を空にして、もちろんペットたちも全員移動だ。

 

 M.(ムッシュ)デュフトゥ(ラシェルの梟)は我が家の連絡係なので、常にあちこち飛んでいるけど、今回も先行で先触れにあちこち飛んでいた。ラシェルの今の彼も不思議なことが出来ちゃう系の人で、ペットに梟を飼ってる。何度か見たことあるけど、羽に黒いごま塩みたいな模様が散っているものの、真っ白で丸い頭に黄色い目のデカいヤツだった。名前は聞いてないけど、白いフクロウなんて、それなんてハリポt……ええと、ワー偶然ダワー(棒)

 

 アルジェント(カミッロの猫)は私たちと一緒に『楢の丘(オークヒル)』に行く。その後クヮジモド家へも。アルジェント的にはカミッロと一緒に私の引率って感じだろう。彼女は姐さん気質だから。

 

 炎子(私の火蜥蜴(サラマンダー))も連れて行く。留守宅になるから火の気が無くなるし、去年も連れてって調理場の竈と客間の暖炉をウロチョロしてた。火種に便利って喜ばれてたよ。

 

 夏用にもらった服たちの中には水着も含まれていた。

 記憶の日本で、時代ごとにだんだん布面積が少なくなる流行を知っている身としては、もう一枚脱ぐんだよね?って感じの水着だ。

 

 ノースリーブのブラウスに半ズボン。レースで縁飾りされてて、あの当時の暑い日本だったら街着でOKってデザイン。スカート丈が膝で限度の今だと、かなり短く、しかも女児にズボンって所が、この水着が正しくスポーツ用だとわかるポイントらしい。女性が普通にズボンを穿くのは、意外に歴史が浅いのだよ。

 

 ちなみにラシェルの水着はワンピースタイプ。上半身はタンクトップで下半身が普通のミニスカートってくらい布面積多いけど、これが今のスタンダートらしい。同じ色の帽子を水着と一緒に着けるんだって。スイムキャップかと思いきや、普通のクローシュ帽だ。今流行してるからね、クローシュ帽。

 

 カミッロの水着にはビックリした。――ワンピースタイプなのだ。いや、下半身はスカートじゃなくてトランクス型だけど、ランニングシャツ状の上半身がついてるのだ。……うん、この時代では普通だった。

 最新流行はもっと布面積が少なくて体にピタッとフィットして、脇というか腰部分が大きく開いてる競技用レスリングみたいな水着もあるんだけど、カミッロ的にはフィットしすぎると爽やかさが軽減されてセクシー過ぎて泳ぎにくいんだってさ。

 

 

 7月16日の三つ子の誕生日にプレゼントを贈るラシェルとカミッロに便乗して、カードだけ届けてもらう。さすがに5歳児にはプレゼントを買う余裕などないので、手作りカードオンリーだ。普段の学習成果をラシェルやカミッロに見せる意味合いもかねて、4か国語で綴ってみた。

 英語、フランス語、イタリア語、日本語。われら兄弟姉妹の出自の四か国だ。日本語は文語で縦書き、フランス語は古めかしい単語を筆記体で、イタリア語は口語を陽気でポップに、英語は翻訳を兼ねて正確な教科書調で。

 間違ってないか確認してくれた二人は大絶賛。すっごく褒められた。えっへっへっ。

 

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 やがて夏のバカンスの出発予定日が来て、私はカミッロと先行して出発した。

 アルジェントのリードを持って、もう片手は日傘を差す。

 

 冬の時持っていた炎子のカンテラは、寒い季節には暖房も兼ねてて重宝したけど、夏には暑くて不向き。なので例の秘密基地みたいな魔法仕掛けのスーツケースにしまわれていた。二か月近い旅行予定の荷物が、カミッロの持つ小ぶりな旅行鞄(スーツケース)一つにすべて収められているのだ。すごいよね。

 

 今回、中がどんなふうになっているのか見せてもらったけど、まあ、唖然とした。倉庫みたいにドカンと広々した空間が広がってるのかと思いきや、普通の部屋なのだ。

 

 部屋というか書斎というか、ミニ図書館付き書斎って感じの部屋に、中に入るとまず降り立つ。一角は本屋みたいに書棚が並んでいる。すっごい蔵書だなあ、と近づいて背表紙を見てみると、いろいろな国の言葉が並んでいた。日本語の本もある。でも全部が全部学術書ってわけではないみたいで、ある一角などは新聞が束になってるし、雑誌で埋め尽くされてる一角もある。この辺はラシェルのかな、と示されたあたりにはファッション雑誌なんかも並んでいた。

 

 書斎にはドアがあって、カチャリと開けば衣裳部屋(ワードローブ)だった。一人掛けソファが二つ並んでてちょっとした休憩スペースを抜けた先は、コの字型のワードローブスペース。コの字というより〈〉の字? 真ん中に背もたれなしのカウチみたいなスツール(?)が置いてあって、シンプルな姿見もある。

 そういうワードローブスペースが2ブロックあった。男物と女物に分かれてるから、カミッロとラシェルの衣装たちだ。

 こっちはカレンのだよ、と案内された一角は〈〉の字っぽくなったブロックで、私の服が並んでいた。いつの間に!

 

 あとバスルームはここ、と案内された広々バスルームには突き当りにもう一つ扉があって、そっちのドアはさっき入ってきた書斎とのドア近くに繋がっていた。これ、ここで暮らせる勢いだ。ワードローブの真ん中のスツール、あれシングルベッドくらいの大きさ十分あるし、余裕で寝れる。

 

 そういう話をしてみたら、寝室作る? と方向性の違う話に。魔法の旅行鞄(スーツケース)の拡張の相談をし始めた二人を見上げていれば、どうやら今回は無理、とのこと。

 部屋を増やすにはそれ相応の準備と慎重な魔法が必要で、この夏のバカンスには間に合わないでしょう、と。すでにある部屋を大きくしたりリフォームしたりは比較的簡単に行えるが、新たな部屋を付け加えるのはちょっと違うアプローチが必要で、それは今は無理なのだそうだ。

 

 幼児の私はサイズ的に両開きの大きなクローゼットでもあれば、アルコーブベッド風に使えるんじゃないかと思っただけなんだけど……と話してみたら、即採用。

 両開きの大きなクローゼットがメリッと壁際に埋め込まれて、中をベッドに(しつら)えられた。下に4列二段の抽斗(ひきだし)付きで、今は身長的に踏み台かよじ登る必要があるけど、サイズは押入れくらいあるので、長期間使えそう。記憶の日本人だったころなら大人でもOKなサイズだ。

 

 そんなわけで、秘密基地な旅行鞄(スーツケース)には書斎と衣裳部屋が内蔵されている。炎子は私のワードローブスペースのアルコーブベッド風クローゼットのそばのカンテラに置いてある。暖炉とかついた応接室とかあれば炎子も放せるんだけどね。火の番をしてくれる存在が常駐しないと、暖炉は危険なんだってさ。

 

 

 ロンドンの父さんのフラットまで列車の旅だ。

 

 カミッロが喜々としてカメラであちこち撮っている。もちろん私もアングル指定でフレームイン。アルジェントとの二人旅って感じの写真が多かった気がする。

 ちなみに私がフリフリのフリルとレースにリボンの服を着ているのは、モデルの意味もあってだよ。髪型も顔が写りにくいよう配慮されてるし。

 

 今回はドーバー海峡を渡ってイギリスに上陸して列車に乗る前に昼食をとった。

 フィッシュ&チップス、は魚が新鮮だったのでまずまず普通に食べられた。英国感を出したかったカミッロによるメニュー選択だったけど、撮影中はノリノリだった私たちも、食べる間中二人して無言になってしまった。うん、美味しいってニコニコ出来ないけどすごく不味いってわけでもなかったし、まあ、普通だ、普通。

 

 クリームティー(アフタヌーンティーの、クロテッドクリームたっぷりスコーンバージョン)に期待だね、と二人して何とか食べきって乗車。

 

 ロンドンに到着したのは薄暗くなってから。ビッグベンがウェストミンスターの鐘の音を鳴らし、最後の点鐘を数えたら4時だった。アフタヌーンティーは終わっちゃう時間だよなあ、と思いながらも、カミッロに連れられて駅舎の片隅の物陰から、父さんのフラットへ瞬間移動。

 部屋に直接移動する場合、玄関ホールかリビングの暖炉の前に現れるのがお約束らしい。そりゃあ、いきなりバスルームとかベッドルームに出現したら大顰蹙(ひんしゅく)だ。

 

 玄関前に現れた私たちを見て、小さな歓声が上がり、挨拶する間も一息入れる間もなく、次々に暖炉間移動と相成った。どうやらお待たせしていたようだ。

 三つ子たちに続いて『楢の丘(オークヒル)!』と叫んで、父さんが(パウダー)を投げ込み作り出した緑の炎の中に足を踏み入れた。

 

 こちらでも待ち構えていたらしいエルミー(祖母)さんたちにあわただしく挨拶してる間に煤を払われる。後ろから現れたカミッロと殿(しんがり)の父さん。

 インザーキ家が揃ったところで再びご挨拶。父さんがラシェルが遅れる旨や滞在予定などをテリー(祖父)さんたちに報告してると、三つ子たちは駆け出して行った。いや、全員そろってご挨拶が出来ただけでも上出来だろう。

 

「Je suis content que tu sois venu.」(よく来ました)

「Je suis heureux de venir aussi.」(来ましたよ♪)

 エルミーさんの厳格な発音に、私は気軽な調子で言い回しだけ古臭く応えた。

 エルミーさんは雰囲気が厳格で怖い感じがするけど、それはたぶん、スッと伸びた背筋に引き結ばれた口元の、凛とした佇まいのせいだと思われる。実際のところはクヮジモド家の祖母(ノンナ)と同じく、気のいいお祖母(ばあ)さまだ。あと懐かしがってポロポロフランス語を話すのも、とっつきにくい印象を与える理由の一つかもね。

 

 


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