生まれ変わって、こんにちは 作:Niwaka
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2月の終わり頃。今年は閏年だから29日までだねえ、なんて云ってた頃、見慣れない梟がやって来た。
顔は白いハート型、胸とか前側は白くて背中側は焦げ茶色の、メンフクロウだ。口に銜えていた手紙を見せびらかすように差し出してきて、窓を開けろとアピールしてる。クヮジモド家では足に結んでたけど、封筒を銜えるって空気抵抗大丈夫なの?
カミッロが窓を開けて招き入れる。ひょいっと窓枠を越えて入って来たメンフクロウは、ぐいぐいと封筒アピールを続けていた。
カミッロが封筒を手に取るや否や、ぴょんっと暖炉の側に着地して、翼を広げて温まっている。うん、そんなことしてるとウチの
風圧で空気の塊が動く気配がして、我が家
ラシェルが水とかフーズとか教えてあげなさい、と言ったみたいで、ムッシュは膨らませていた羽毛をすぐに落ち着かせて食餌場所まで案内していた。
封筒はラシェルが杖で突くと一般的なサイズになった。へえ、そういう仕組みなんだ。
ラシェルの杖はカミッロよりも太くて、良くバトントワリングみたいにくるくる回している。魔女っ子ナントカみたいに決めポーズっぽくバトン(杖)で指し示して魔法をかけてたりするのだ。サブカルな日本でもまだ出現してないけどね、魔女っ子。奥様だって、まだ魔法は使わない。まあ、あっちは鼻ピクピクだったけど。
一方、カミッロの杖は細くてシュッとしている。黒いのとナチュラルな木目の二本有って、黒い方は細かい装飾的な彫刻が施されてて芸術的な高級感がある。木目調のは自然の風合いを生かしてるのに、絶妙な節やうねりが独特の雰囲気を醸し出してて希少な一品ものって感じだ。まあ、どっちも、ぶっちゃけ菜箸ってイメージでおおむね間違ってない。
木目調の杖で突いて封筒の蝋をはがしたカミッロが、手紙を読んで封筒の宛名を確認し、ラシェルの顔と宛名を見比べて手紙を渡している。ラシェルも肯きながら手紙を受け取り、一通り読むとカミッロと目を見かわした。暫し目線でやり取りした二人はおもむろに私の前にしゃがみ込む。
ドキリとした。カミッロの手にある封筒の宛名は連名で、三名分―― 私の名前も記されてる。何かの知らせ―― 二人の様子から察するに、悪い知らせだ。
二人そろって視線を合わせて告げられたのは、ウーゴの死。
ヒュッと思わず息を吸えば、一気に出会ってから別れるまでのウーゴの様子が脳内にブワッと思い出される。半ば予想していた知らせに、少しずつ意識して詰めていた息をそろそろと吐いた。
……大丈夫、知ってた。寿命だもの、大往生だ。10年そこそこしか生きられない大型の使役犬が、晩年、私のお守をしながらも長生きしたのだ。当たり前に、先に亡くす覚悟もしてた。今年の夏までは
どっしり構えて
尻尾を踏んだり、ちょっとおいたが過ぎると、ほとんど息だけでワフッと微かに吠えて
ラシェルがそっと私の顔を拭って、ギュッと抱きしめてくれる。
カミッロが私の頭を撫でた後、よっこらしょと抱き上げてくれる。
―― 大泣きした。幼女だからね、私。我慢とか外聞とか、一切気にせず、大声あげて泣き喚いた。力いっぱい過ぎてちょっと吐いた。
そしてそのまま泣きつかれて、気づいたら寝てた。
翌日は知恵熱と云うか、体調を崩した。
ギャン泣きで酸欠になって頭クラクラもしてたし、嘔吐もしたし。お医者的な人が呼ばれて来て診察もされた。
不思議なことが出来ちゃう系のお医者様で、杖をフリフリ診てくれたよ。バトンみたいに杖をぐるりと回すのがフランス風なのかな? ラシェルも良くやってるけど。
病気じゃないから心配いらないよって感じで、特に薬とかもなく、大人しく寝てること、と言い聞かせられた。
ラシェルがメモを片手にここぞとばかりにいろいろ質問攻めにしている。幼児に対して注意する事とか根掘り葉掘り。
そっか、いきなり子育てだモノ、タイヘンだよねえ。まるっきり他人事だけど、育てられるのは私だ。お世話になってます。
その夜は、珍しくカミッロの部屋で川の字で眠った。私が真ん中で、左側はアルジェント姐さん(カミッロの猫)だ。アクロバティックな寝相のラシェルは仲間外れ。数日は目を離さないように、というお医者の指示みたい。そういえば私、幼児だった。けっこう心配されてる?
グルグルと喉を鳴らすアルジェントを撫でながら、起きてる気配のカミッロに猫はどれくらい生きるのか聞いてみた。アルジェントはニーズル系だから、普通の猫よりちょっとだけ長生きするそうだ。具体的に云えば2~3年。うん、ホントにちょっとだ。
普通の猫の寿命が15年だとして、17~18年くらい? あ、今は猫の寿命、もっと短いかも。高度に発達したペットフードとペット医療のお陰で寿命が延びてたからね、記憶の日本だと。ん~、でも、そこは不思議なことが出来ちゃう系の技とかで、イコールな感じ?
アルジェントはカミッロの学校のお供として飼われたんだって。もう11才にはなってるみたい。元気で長生きしてね、姐さん。
ウーゴを思い出して私がしょんぼりしてるのを見て、カミッロが秘密だよと言ってすごい魔法を見せてくれた。ドロンとベッドの上でいきなり変身したのだ。ネコ科の動物、縞のないトラみたいな、鬣のないライオンみたいな、そんな動物――デカい猫に。
ベージュっぽいようなミルクティーのような、もうちょっと黄色がかった淡い毛色で、短毛系。尻尾はしゅるんと長く、目はカミッロと同じ
歓声を上げて抱き着いて、一
大きさ的にはウーゴよりちょっと大きい感じ。シュッとした体形だから、同じ位かと思ったけど、抱き着いてみれば少しだけ大きい感じが分かった。アビシニアンっぽい猫だけど、大きいからピューマ的。うん、もう、ピューマで良いか。
さらに翌日も微熱が続いて、夜中に私を騒がせて疲れさせたってカミッロがラシェルに怒られていた。すごいの見せて貰ったから怒らないで、とラシェルを
怒られていたカミッロに、変身する魔法を詳しく聞くと、アレだった。それなんてハリポt……! の、動物もどきらしい。アニマギって言ってるけど、たぶんアレ。厳密に云えば、魔法じゃなくて技なので、杖も呪文もいらないんだそう。
この技を身に付けるのはけっこう大変で、学校でも居て二人位って感じらしい。しかも一人は生まれつきで、後年身に付けられるのは一人位かなって、ドヤ顔で自慢された。
在学中に身に付けるのも一苦労らしく、中学年から高学年にかけて取り組んで、卒業間際にモノにしたんだって。役に立たないし意味もないって敬遠されがちな技だけど、そこは日本人的な血が出たのか、
うん、わかる。私もやる。絶対覚える! 拳握りしめ宣言する私に、学校に入学するまではダメって注意された。練習の段階で、かなりモザイクな状態になることもあって、すぐに元に戻せる環境がないと、危険だから、だって。
ラシェルは変身できるのか聞いてみたら、出来ないよ、とあっさり。え~、そこは浪漫で覚えようよ~。まあ、習得しても使え(利用価値)ないし無駄でしょう? と言われれば、ハイそうですね、とカミッロと二人でコクコク肯くしかない。ラシェルは合理主義だからねえ、とカミッロも微苦笑だ。
それから、完璧に技を身に付けたら、公的機関に登録するように、とカミッロに注意された。ああ、未登録なアニマギが迷惑極まりない存在なのは、とてもよく分かります。
それもあるけど、公的保障が受けられなくなるから、なんだって。へえ、そうなの? 詳しく聞きたかったけど、まだ早いかって曖昧スルー。
ちなみにカミッロはブルガリアでアニマギ登録してるんだって。世界ライセンスって訳じゃないから国際的に共通されないし、フランス的には登録してないのと同じ状態だけど、必要になった時、申告して問い合わせさせれば済むから、一々各国では登録しなくてもいいんだって。
へえ~、それは良いことを聞いた。じゃあ、めったに行かないような国で登録すれば、ほぼ未登録と同じように暮らせるんじゃない? って、そこはやっぱり伝手が必要だってさ。カミッロも学校の冬校舎のあるブルガリアで、学校の紹介と云う形で登録したんだって。
私の場合はイタリアとかで登録すればいいのかなあ? 普段暮らす国に登録してると、何かあった時に調べに来られちゃうからね。犯罪が起きる度とか、公式行事前とか。
それからも時々寂しくなった時などに、カミッロに変身してもらって、ゴロゴロすりすりしたりして過ごした。
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外の景色が春めいてきて、あちこちに隠した卵型のお菓子を探し出したり、魚の形のお菓子を食べたり、春の行事が瞬く間に過ぎた。
卵型のお菓子は復活祭のことね。いわゆるイースターエッグだよ。この辺りではパックって言うんだけど、親族で集まりましょうって感じで、ド・ラ・ゲール家にお呼ばれしてお食事会に出掛けた。
けっこう盛況で、おめかし必須! なのに、卵探しをきゃあきゃあ云いながら本気を出して楽しんだ。
卵の中身を出してお菓子を詰めて塞いで装飾した卵だから、形やカラは本物の卵だ。探し出して持っている籠に収める時までは丁寧に扱うけど、それぞれいくつ見つけたか皆に披露しあった後、ためらいもなくそこらにぶつけてパカッと割って中身を出す。
中身はおおむねお菓子―― アレよ、暦カレンダーと同じ日持ちのするお菓子たち。時々チョコで出来た卵とか紛れてて、パカッと割れなくて、アレッ?! ってなって一
季節的にこの頃がチョコを食べられる最後になるのかな。夏には融けちゃうから出回らないし。チョコチップ的なモノやココア的なモノはあるから、全くなくなるって訳じゃないけど、チョココーティングのモノとかチョコレートメインのモノは、よっぽど事前に調整して手配しないと、夏には手に入らなくなるからね。
子羊のローストメインのコース料理はさすがに美味しゅうございました。
まあ、うっかり幼児コースでブリオッシュを一つ二つにスープを食べさせられて寝かしつけられそうになったけど、私の子守りに来てくれてたレズユーが、詩的な言い回しで掛け合ってくれて、子供コースに交じれた。
何でも―― イタリア育ちでフランス料理よりイタリア料理の方が美味しいと思い込んでるみたいだから、その認識を改めさせなければならない―― 的な、ね。うん、ものは言いようだこと。美味しいお料理が食べられたので、良いけどね。うま~。
ちなみに、お呼ばれのお子様たちにはもちろん女の子たちも居るんだけど、軒並みブルネット系。むしろ男の子たちの方がミルク色の髪している。エルミーお
あ、それから、魚の形のお菓子は〈四月の魚〉ってフランスのエイプリルフールのことだよ。嘘を吐くんじゃなくて、くだらない冗談を言う日らしい。くだらない冗談を聞いて、大笑いしてから、魚の形のパイとか食べるって感じ。
隙をついて背中に魚の形の紙を貼るのを忘れてはならない。たくさん魚型紙をヒラヒラさせてる姿を笑いあうのもお約束みたい。
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ヴェルサイユ周辺のお散歩コースも花盛りで、とても過ごしやすい気候です。
朝晩は寒い時もあって、暖炉燃しちゃう時もあるけど、昼間はぽかぽか陽気。桃っぽい咲き方で桜そっくりの花が咲くアーモンドが一斉に咲いてたりもする。
記憶の中の日本では、春と云えばもちろん桜。満開の桜がはらはらと花びらを散らす頃合いを、特に私は好んでいた。西行法師だ。実際に如月で望月だったか……思い出せないけど。満開のアーモンドの木は懐かしい気持ちでいっぱいになった。―― 郷愁だね。
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五月の最初の週に、外出から帰って来たカミッロが微妙に顔色悪くしていた。理由を聞いたら、仕事の関係で出かけていたパリで銃撃があったんだって。けっこう直ぐ側で。
事前に兆候もなく、対峙するでもなく、いきなり銃声がして、人が倒れて、びっくりするやら防ぐ手段を考えたやら、ショックだったみたい。不思議な事が出来ない人たちも技術開発の進歩は目覚ましく、侮れないな、だって。
目の前で銃を出されて、撃つぞ、とやられた場合は簡単に対処できるけど、狙撃みたいな知らない所からって云うのが、けっこう不味いみたい。ファンタジーにありがちな、バリアーとかないのかねえ。
翌日、普通の動かない新聞で確認していたカミッロが、昨日の撃たれた人死んだみたいだって言ってた。ちょっと社会情勢的に不安になるかもだから、外出時は気を付けないと、ってラシェルと話し合ってるから、誰が死んだのか聞いてみた。―― 大統領だって! そんな重要人物が撃たれて死んだなんて、そりゃあ大事件だよ!
不思議な事が出来ちゃう系の社会は、普通の人たちから隠れ住んでるけど、そういう要人の一部の人たちには認識されているんだそう。こっそり協力関係結んだりもしてるみたい。普通に大統領が替わるのだって引継ぎだなんだってタイヘンなのに、そんな事件で急
大変ねえってラシェルも言ってる。うん、一般人(不思議な事が出来ちゃう系だけど)には、遠い社会情勢でした。ちょう他人事だった。
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聖名祝日(聖女エステル)のお祝いを言って貰いながら発表されたのが、これからの予定。何と誕生日会に再びド・ラ・ゲール家にお呼ばれです。
そう云えば去年は引き取られる話を、この日クヮジモド家で聞いたんだっけ。ここで暮らし始めてそろそろ一年か~と感慨深い。
それで何故わざわざ再びのお呼ばれ(
ぉおう、正直、すまんこってす。