生まれ変わって、こんにちは 作:Niwaka
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帰路は冬の新年の旅行となった。ゆったりとした旅程にのんびりとした観光を加えて、イタリアを北上しつつ、フランスに戻る旅路だ。
ヨーロッパでは年末年始って特に何もなくて、クリスマスシーズンが続いてる感じだ。唯一新年のカウントダウンはちょこっと盛り上がるけど、まああくまでちょこっとだし。
フィレンツェで〈新年おめでとう〉の
夜遅くまで喧騒に紛れていたらしい
私はいつもの時間に起き出して、アルジェント姐さんのリードを持って一緒にホテルのダイニングに朝食を貰いに行く。新年の朝のルームサービスは承れませんって事前に聞いてたからさ。新年の朝は朝寝が基本みたい。
朝食ルームは客も従業員もまばらで、閑散としていた。
幼児用の椅子が二脚並べられて、アルジェントの分の食事もテーブルに出された。暇だったのかな? 茹でたチキンが細かく裂かれてたっぷりのスープが掛かっている。皿に盛りつけられてるとやけに美味しそうだ。
私の朝食はブリオッシュとアプリコットのタルトにカプチーノだ。唇の上にミルクの白いひげを作りつつ、甘いパンを食べる。カプチーノは幼児用にエスプレッソ控えめ配合になっていた。ありがとう、従業員さん。
美味しいねえ、とアルジェントに話しかけながら食べていれば、唇の上の白ひげを舐められた。ミルクの匂いに惹かれたらしい。
お腹ゴロゴロになっちゃうから飲んじゃダメなんだよ、と注意をするとプスっと鼻息で笑われた。笑ったのはアルジェントもだけど、壁際に控えていた従業員のお兄さんも笑ってた気がする。
イタリアの
日本は年末年始に元旦正月って風習があるから、記憶の日本ではクリスマスの12月25日が終われば超特急でお正月モードに切り替わってたけど、この辺りではずっと
この辺りではベファーナと云う魔女が箒に乗ってサンタクロースの代わりに活躍しているらしい。
活動日が
不思議なことが出来ちゃう系の人たちは魔女も箒も身近なモノなので、クヮジモド家ではそういう習慣があると云う話だけしか聞いてなかった。何というか、飴とかちょっとしたお菓子を食べる日って認識だったけど、本式では靴下を準備しておけば、ベファーナから良い子にしてた子にはお菓子が配られるシステムみたい。悪い子には炭だって。悪い子はいねぇが~!
暖炉から入って来たついでに拾うって設定なのかもね。まだまだ暖房器具に、暖炉は現役だから。
ミラノから例のラグジュアリーな列車に乗った。よくよく聞いたらオリエント急行だって! 殺人事件は起きなかったけど、今回はスイートでベッドがツインだったから―― 私はカミッロと寝ました。……うん、ラシェルの寝相がアクロバティックな事、忘れてたよ。蹴られる打たれるくらいは序の口で、ベッドから落とされると危ないからね。
アルジェントはカミッロが独り寝の時はベッドに上がって来るけど、誰かと一緒だと来ない。長い卒業旅行中にそういう風に協定を結んだんだって。
まあ、彼女と一緒の時に猫に来られると、気が散ってコトに集中できないという男性特有の諸般の事情があるようだが、そこまで私に説明されることはない。ふう~ん、そうなんだあ、とニコニコしていればお互い気持ちよく兄妹での会話になる。基本、私は寝つきが良いので。
汽車に揺られて、長いトンネルを越えて、フランスの農作地帯を抜けて、ようやくパリに到着だ。
車中ではもちろん、車窓を楽しんだり、ポージングの厳しいモデルをこなしたり、アルジェント姐さんを散歩させたり、いろいろあった。カミッロが写真を撮る関係で車内を行き来してたので、私もそれにくっ付いて見学しまくってたから、それゆえのモデルもどき、なんだけどね。
大人しく聞き分けよくカメラの前でおすましする私ってカワイイらしい。ちょうチヤホヤされた。ご機嫌に笑っておいた。にへらぁ。うん、まだ可愛らしく見える年頃(幼女)で何よりです。
ド・ラ・ゲール家には寄らない。フランス、ヴェルサイユ在住の私たちには近くて遠い親戚なので、イベント事じゃない何でもない時季に訊ねるのがよろしいでしょう、となってるみたい。バカンスシーズンに出掛ける先じゃないってことね。まあ、顔見せでご挨拶くらいならばその限りではなくてよ、って感じらしい。
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1月も10日くらいから、ラシェルの学校も再開したもよう。いわゆる冬休みだったから、避寒で南イタリアに
ヴェルサイユあたりは南関東位の気候感覚で、雪は年に数回降る。南イタリアで育った私には雪が珍しいだろう、とカミッロの息抜きがてら雪降る中を外に連れ出されたりした。赤
イギリスのアルフレッド伯父さんの所の方で雪は見てたよ。生後半年位だったから赤ちゃんプレイを満喫していた頃合いかな。それをカミッロは知らないのか、知ってても赤ちゃんの頃だから覚えてないだろうって思われてるのかなあ。
私の前世の記憶によれば、体の不自由な入院生活に比べれば赤ちゃんプレイは全く余裕のよっちゃんだった。あ、ここ「古ッ」ってツッコミ待ちだから(笑) お乳飲んじゃ寝の生活はあっという間だったし。
よく転生小説で、オムツ交換が恥ずかしいとかお乳吸うのが恥ずかしいとかあって、一刻も早く逃れるために努力するって
一日数回、ひと月も経てば百回は超える回数こなして、慣れるでしょ? いくら何でも。自分が慣れなくてもさ、向こうが慣れるし、基本なんとも思ってないよ。
歯がない口で固形物は食べれないし、液体を飲むのは理にかなってる。寝返りも首を動かすのもまともに出来ない赤ん坊に、寝転がってる以外、出来ることなどありはしないのだ。
お腹空いたと泣き、オムツが濡れたと泣き、暇になったから構えと泣く。こまめに抱き上げられれば床ずれも出来ないし、合理的だ。
そんな風に暢気な赤ちゃんライフ真っ盛りで、イギリスでの寒い冬の日は過ぎていったのさ。窓の外の雪景色が融けずに残り、一面の銀世界に緯度が高い雪国の地方なんだなあと眺めたものよ。
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2月になってすぐ、とても申し訳なさそうに、翌週の週末、旅行に出かけることになった、とカミッロとラシェルから言われた。金曜の午後から日曜までの週末の小旅行。
急だね、今度はどこ行くの? 支度は何すればいい? と尋ねれば、二人そろって困った顔をした。なんと、私はお留守番だそうです。
カミッロは今の彼女と、ラシェルも彼氏と、それぞれ全く別々の場所に旅行に行くらしい。そういえば、〈聖バレンタインの日〉だ。
2月14日。もちろん記憶の日本式のチョコレートを贈る日、などという日じゃない。
この辺りじゃ、基本カップルの日みたいだよ。
今年は14日が日曜日で、週末のバレンタイン旅行を楽しく計画したものの、私の面倒は誰が看る!ってなったみたい。
まあ、二泊三日だし、今回はカップル旅行だからそれぞれペットもお留守番だし、みんなと一緒に留守番してるけど、と、思ってたら――
一泊だけだったら、シルキーに頼んで何とかしちゃって なったかも知れないけど、さすがに二泊も幼児を一人には出来ないと、
当日やって来たのはファンタジック種族
よーく見れば、去年イタリアから来て挨拶に寄った時、見かけたような気がしないでもない。名前はレズユー(目玉って意味)で女性体だ。甲高い声で厳めしい古いフランス語を話すメイドさんたちの一人。
このアパルトメントにはシルキーも住み着いてるので、縄張り争い的な事が起こるのかとちょっとワクワク 心配もしたけれど、全然問題なく大丈夫だった。
レズユーは夕方にやって来て泊まり、午前中に帰るそうだ。私が一人でお留守番しているいつもの時間は、いつも通り一人で過ごして、ラシェルかカミッロが在宅する予定の時間に子守に来る、というスケジュールみたい。
直接行くから、ごめんね、とラシェルが出掛けるのをビズで
お勉強も見てくれるのかと思ったら、そちらは管轄外とのこと。おおう、会話が出来るってステキ。シルキーは喋らないからなあ。
お勉強は管轄外でも子守の範疇は対応してくれるらしく、意外に素晴らしい声色の絵本の読み聞かせをしてくれた。落語の人物の演じ分けって云うか日本昔話風って云うか、紙芝居っぽいって云うか―― 達者な特技だなあと感心しきり。
お婆さん役が素でハマり役なのが良いね。古めかしい喋り方もマッチング最高です。でも裏声のお姫様は……、凛々しい話し方でもそれ王子さまって云うより……。うん、チョイスがいまいちだったみたい。
朝寝を企む私を、詩の朗読のような素晴らしい言い回しで起しに来たレズユー。ベッドまで何もかも運んでくるつもりだったみたいだけど、我が家流ではないと思い至ったらしく、要所要所にスタンバることにしたらしい。
バスルームでタオルを携えて洗面を促し、ベッドルームでシャツをかまえて着替えを手伝い、キッチンテーブルでミルクたっぷりカフェオレを啜っていれば、本来ベッドまで運ぶつもりだったろう朝食一式を運んできた。
ブリオッシュ、フレッシュチーズ一掬いにジャムとバター。サラダと珍しくジュースじゃないカットオレンジ。レズユーによると、そろそろ生サラダ向きな野菜が出て来るんだって。葉物野菜の間引いたものを食べようぜってことらしい。ベビーリーフ? キャベツとかブロッコリーとか、普通の菜っ葉っぽく見せられて、へぇ~をエア連打。
朝食後片付けも終わり、私がいつもの各種絵本を取り並べていると、また夕刻にまかり越しましょうぞ、とレズユーは瞬間移動して帰っていった。
そんな感じでシッターされてた3回目の夕方。
お勉強の中身は見ないけど進捗具合は確認したいレズユーに、今日の成果を自慢 報告して見せて、片付けに入る。マルチリンガル教育だから、各言語の読み書きノートだ。
今日はイタリア語だった。ラテン語と似てるところもあるし、読み方は基本ローマ字読みでとっつきやすい。音読は、アルジェントに聞かせていたら軽い猫パンチをほっぺにお見舞いされてグイグイ押されたので、以後は控えた。どうやらうるさかったらしい。イタリア語はなぜか身振り付きになっちゃうからね。
お勉強道具を片付け終わった頃、まず、カミッロが帰って来た。
もしかしたら今晩もお泊りかもって言ってたけど、夕ご飯前に帰って来たってことは、彼女とはイマイチだったのかも知れない。まあ、そんなことはおくびにも出さず、お帰りなさいの
ただいまって帰ってきてすぐに、レズユーがカミッロに清める系の魔法をかけてた。指パッチンで。
清める系にはいくつか種類があって、泡アワが出て来て洗うのとか風が渦巻いて吹き抜けるとか、ピカピカと光が瞬いて清めるとかあるらしい。今回は軽く風が渦巻いて足元から頭上に抜けてくタイプだ。埃とか悪い気が祓われると云う。花粉症の人には持って来いの魔法だね。
で、屋内に入る前にこれを掛けるのが当たり前なんだとか、レズユー曰く。
私が幼児だから特に厳密に守るように、ことわざみたいな言い回しでカミッロに注意してた。これで私が赤ちゃんだったら、きっと泡アワの方の清め方をされる勢いだ。それで、ようやく
ラシェルの帰宅は待たずに、カミッロと夕ご飯。ある程度給仕を済ますと、レズユーはあっさり帰って行った。今日の夕方から保護者の帰宅までが、彼女の勤務予定時間だったからね。
お風呂の手伝いで頭を洗ってくれるカミッロに、一緒に入らないのか聞いてみると、もう入って来たよ、とのお返事。ふうん、アレかな、ちょっと教育的に見られちゃまずい感じの痕とかついてるのかな? お泊りデートだったし。そうなんだあ、ってにへらっと笑っておくけどね。私は空気の読めるお子様なのです。
ラシェルは食事を済ませてから帰宅してきた。彼氏に送ってもらって来たはずなのに、さらっと入って来る。お別れは玄関の外で充分してきたのかもだけど。
カミッロが、自分が言われたことわざみたいな言い回しで注意している。
ラシェルは片眉を跳ね上げて見せてから、スチャッと杖を引き抜きぐるりと回して、風で清める魔法をかけてた。知ってたわよっていう感じのドヤ顔だ。
結局、ラシェルの彼氏ともカミッロの彼女ともご紹介に
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