生まれ変わって、こんにちは 作:Niwaka
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10月になって、私は初めて母さんのお墓参りに行った。10月11日、母さんの誕生日だ。
記憶の中の日本人だった私には違和感覚えるけど、欧州だと故人の誕生日か墓参りの日に行くのが一般的だそうだ。命日って仏教系の感覚らしい。誕生日に
墓参りの日はホントは11月2日だけど、前日の1日が〈聖人の祝日〉で祭日なので、たいていその日が墓参りの日となる。供えるのは植木鉢の菊メイン。切り花よりも植木鉢の方が一般的なんだって。
ちなみに、ハロウィンはまだない。あの、はっちゃけた仮装で盛り上がり、オレンジ色のカボチャに顔を彫り込み繰り抜いて飾り、カボチャのお菓子や料理が街中を席巻する――お祭り気分なハロウィンは、という意味では、だけど。
イタリアのクヮジモド家でもハロウィンは特別の日でもなんでもなく、普通に過ごしていた。メニューに南瓜が出たかもあやしいレベルの普通さだ。
ただ、11月1日の朝に、どこかから貰い火してきた火を庭先で幾本もの小枝に移し分けて、
10月31日は万聖節前夜。11月1日が万聖節――〈聖人の日〉で祭日。11月2日は万霊節――〈死者の日〉で墓参り日となる。オレンジと黒の仮装もなく、かぼちゃ料理はメインにならない。一斉に墓参りする日があるのは、お盆っぽくて馴染みがあるけど、一日しかないうえに寒い冬なので、そこは違和感かな。
その日以外で墓参するのが故人の誕生日、という訳。込み合う〈聖人の日〉辺りを避けるために、ラシェルとカミッロは母さんの誕生日に墓参りするんだって。今年はたまたま日曜日だったから当日にね。
お墓はイギリスのロンドン郊外に在った。
土曜の夕方から出発。今回はアルジェント姐さんも炎子もお留守番。シルキーに世話を頼んで来たみたい。
夕食は近所のバル――ブラッスリーで軽く済ませた。
ステーキフリットとローストチキン、クロックムッシュに野菜のラぺ。ラシェルとカミッロは、グラスワインの赤とワインに合うチーズ、食後のコーヒーとプチフール。私にはオレンジジュースとカフェオレ。もちろんチーズもプチフールもいただきます。
けっこうしっかりメニューで軽食っぽくないけど、食後のコーヒーとプチフール以外一度に配膳されるところが軽い食事って感じかもね。一皿々々給仕されると途端にレストランっぽいし。ブラッスリーはお酒も飲める食事処って感覚でOKです。
料理は3人でシェア。ラシェルとカミッロがテキパキと各人にワンプレートで盛り付けていく。料理をシェアして取り分けるのに全く忌避感がないのが我が家流。品数増えるし食べる量調整できるし、何が悪いの? といわんばかり。この辺りはイタリア気質かも知れない。
ド・ラ・ゲール家でもギャヴィン家でもきっちり一人前ずつサーブされるからね。でもクヮジモド家みたいに大皿でごちゃっと出される方が、アットホームで楽しいかな。取り分けるのが面倒って思われるかもだけど、そんなの大抵マンマが取り仕切るし、ホストのパパァが取り仕切るのが常だもの。
コイツ自分でぐいぐい来ないヤツだな、よしよし取ってやろう、アイツは好きなモノを好きなだけ食いたいタイプか、うんうんかっ食らえ――こんな感じで目を光らせてるのが、ホストとホステスだからね。
そんなわけで、夕食を済ませてお墓のあるイギリスに向かう。てくてく歩いてたら眠くなる私。カミッロに抱き上げられれば、たちまちお休みなさい。ぐぅ~。もちろん歩いてイギリスに行くわけじゃないからね。
カミッロに抱っこされたまま私が眠ってる間に、小刻みなステップの瞬間移動を繰り返してフランスの北端に辿り着く。
海峡を渡る船に乗ってイギリスへ。船は2時間もかからない。
夜はこじんまりとしたB&Bにお泊り。
翌朝、ツインルームのセミダブルの方のベッドの上でお目覚め。隣にはカミッロ。狭いベッドだと蹴飛ばしちゃうみたいで、遠慮されている。うん、ラシェルの寝相の話ね。私の寝相は普通です。カミッロも普通。ちょっと
つまり、ラシェルの寝相は一緒に寝ると青あざ出来るレベルなのだ。えーと、将来の旦那さんは屈強な方がよろしいようで。
カミッロを起こしてシャワーに向かう。『浄水筒』はもちろん持参で。バスタブなしのバスルーム。アレだ、シャワーしかない浴室。置いてある石鹸の質がイマイチだったらしく、持って来れば良かった、とカミッロは呟きながら私も洗ってくれた。いつもより長めに
ホカホカしながら部屋に戻り、ラシェルのボディークリームをちょっともらってぬりぬり。普段は使わないカミッロもちょっとだけ塗ってた。交代でバスルームに向かったラシェルも、戻って来た時には私たちがボディクリームを使ってたのに納得していた。
洗濯石鹸かと思ったわって、私も思ったけど、オブラートオブラート。背中にクリームを塗ってあげながら、人差し指を口に付けて、シィーとする。ラシェルも笑いながら、シィーと返してくれた。
このB&Bはツイン二部屋で計4人まで泊まれる仕様だ。でも、家族で泊まるなら6~7人位までOKだそうだ。私ももう少し大きくなってたらエキストラベッドを出してもらう所だけど、まだ小さいからカミッロと一緒に寝てたという訳。そして昨夜は私たちだけしか泊まらなかったもよう。
ダイニングルームで伝統的なイギリスの朝食が出て来た。
トマト味の煮豆、両面焼いた目玉焼き、ソーセージ、ベーコン、キノコのソテー、焼きトマト。パンは小ぶりだけど四角に成型されてる。いわゆる食パンだね。それを三角に切ってトーストされて、トーストラックにズラッと並べられてた。バターとジャムも添えられてる。オレンジジュースにミルクと紅茶。
テーブルには小さな花瓶に可愛らしい花も活けられていて、なかなか当たりな宿だったみたい。ラシェルも頬を緩ませて花を見てたしね。まあ、私はラピュタベーコンエッグパンにしたトーストをうまうまと食べるのに忙しくて花には気付きませんでしたがなにか?
朝食は二人前だと少ないし三人前だと多い感じでと、伝えた通り作ってくれたみたい。私の分はちょうど半人前のお皿だった。ただ量的に全部食べられないかも……と食べるスピードが遅くなればササっとカミッロにお皿を取り換えられる。
煮豆が数粒とキノコ一片に焼きトマトの切れ端が残るお皿は、ちょうど私が食べ残していたメニューだ。卵とソーセージも半分くらいは残ってたけど――カミッロのナイスプレーで完食!
食休みがてら宿の主人とお喋り。若夫婦とその娘って思われてたみたい。ふふふ、それは大抵の皆さんが思われるので、もう今さらだよ。
当初こそラシェルもカミッロも、こんな大きな子供が居る年に見えるのか!って憤慨してたけど……うん、私と同い年くらいの子供を連れた夫婦連れって、出会ってみれば、ラシェルとカミッロとそう年は変わらない。ラシェルとは19歳差なので、普通に母娘で通じます。なので――慣れた。カミッロも「大人の余裕だね」と
てくてく歩いて駅に向かいながら、人目が途絶えたところでステップの瞬間移動。何回か繰り返して、ようやく小さな教会の裏の墓地に辿り着いた。
ラシェルが手にしてきたのは、欧州の習慣では当たり前な菊の植木鉢。小さい花がキレイにびっしり咲いている。もちろん切り花だってNGってわけじゃないから、小さなブーケでもOKらしい。
実際、お墓にはカサついてても色褪せてないヤグルマギクのブーケが供えられていた。母さんの目はコーンフラワーブルーでとてもキレイだったって云ってたから、おそらく命日頃に父さんが供えに来たんだろう。
お墓は四角だけど上の角が丸くなってて、とても丁寧に磨かれている。握手してる手が真ん中に彫刻されていて、その上に父さんの名前、生年月日。下に母さんの名前、生年月日と命日。母さんのスペースには所どころ折れた薔薇が文字を囲むように彫られていた。夫婦用のお墓みたい。
意匠が西洋的なのでシラッと見逃したけど、一番上に
お参りの作法なんて、両手のしわとしわを合わせて
母さんの記憶は、私がこの世界に転生して初めて目にしたものだ。ぼんやりとした風景の中で、浮かび上がるように唯一見えた人。嬉しそうに、誇らしそうに、幸せそうに、笑っていた。だから私は思ったのだ。歓迎されてる、望まれてる、私はこの世界に受け入れられてるんだってね。
前世の親の顔は、よく覚えていない。日本人で壮年のイメージがあるから、老親だったんだろう。ぶっちゃけ、私も妙齢だったイメージがあるし。
前世があるからこそ、強く思う。母さんは私をこの世に生み出してくれた人なんだなあって。――ありがとう、ホントに。生きててくれた方がもっと嬉しかったけど、私を諦めないで挑戦してくれてありがとう。……あなたが母親で私はとても嬉しいです。
黙祷というか南無南無してる私を見守っていたラシェルとカミッロは、母さんの話を聞かせてくれた。概要は今まで私が小耳に挟んでいた通りの、末っ子誕生逸話。特にラシェルとカミッロは、母さんがどんなに私が生まれて喜んでたかと、私の受けた印象通りの母さんの気持ちを強調していた。
ジッと私と目を合わせるラシェルからは、母親を失った悲しみよりも、母のない末妹への憐れみが漂う。どうやら心の折り合いをつけてくれたらしい。――私は二ヘラっと笑った。
ロンドンに来て、父さんの所を素通りして行くわけにはいかないので、『
アポなし訪問、ではなく事前にラシェルが知らせてたもよう。
日曜なので三つ子たちも居るのかと思ったら、外に遊びに出かけてるとのこと。ちょっと寄るだけと連絡してたみたいだからね、待ってられなかったんだろう。
お茶をいただきながら、しばし歓談。
父さんたちはお墓参りの日(前日の〈聖人の日〉の祝日)に三つ子たちと出掛けるつもりらしい。それに、お墓に供えてあったヤグルマギクのブーケは、案の定父さんだって。でも命日じゃなくて二人の結婚記念日に供えてるみたい。
来年は銀婚式だから、何か銀製品を準備しようかな、と言う父さんに、苦笑で顔を見合わせるラシェルとカミッロ。あっちにフラフラこっちにソワソワ、女の人をとっかえひっかえするような父親は困りモノだけど、亡くなった母親を一途に思いつめ過ぎちゃうのも心配ってトコかな? まあ、大丈夫だとは思うけど。
懐かしそうに母さんのことを話す父さんは、確かに寂しそうだけど、しっかり父親の顔をしているから。どちらかと云えば、晩年、独りぼっちになっちゃわないように、今から再婚相手を探した方が良いかも知れないくらいだよ。私たちの新しい母親ではなくて、父さんの新しい奥さんとして。タイミング的には、私が例のハイソな全寮制の学校に入学しているあたりで、ね。
カミッロにこそっと耳打ち。銀製品は子供たちで贈るってのはどう? 写真立てとか。母さんの写真をキラキラの銀細工に収めるとか、さ。カミッロは納得顔で肯くと、ラシェルに伝言ゲーム。
再婚云々の話は、本人不在の場で
ラシェルとカミッロの内緒話が長引きそうなので、父さんの梟を見せてもらいに行く。この前来た時はお使いに行ってたから、じっくり見るのは初めてなんだよね。
リビングの止り木に止まっていたのは、まだ若くて白っぽい大きな梟。黒とうす茶色の斑もあるけど全体的に灰色系で目はくっきりとしたオレンジ色。デカい。はっきりと猛禽って感じ。種類は
前に飼っていた梟は
写真を見せて貰ったら、アレだ、天狗みたいな顔をしていた。うん、イメージ的にね。焦げ茶の顔で茶色と黒の班があって、ちょっと親父臭い感じ。三十年以上も働いてくれたみたい。長生きだねえ。そして、デカい。
大人の父さんと母さんも一緒に写ってる写真から見るに、赤子よりデカい。むしろ赤子が攫われる勢いの大きさだ。アレだね、ラシェルの梟の
気が付いたら父さんと文通することになってた。えっ、いつの間に!
おまけに、ラシェルとカミッロが、銀婚式の贈り物は姉弟妹一同で贈らせて貰うよ、と申し出て、父さんに感激と共に了承されていた。あれっ、聞いてたハズなのに?
……どうやら、眠くて舟をこいでたみたい。お茶請けのスコーンでお腹が膨れたせいだろう。うとうとしてた。そのままソファに転がされてお昼寝。――眠さ限界、すやぁ~。
午後には無理やり起こされてお
寝ぼけ眼でボンヤリしてたけど、以前より距離がグッと近づいて逢いやすくなったためか、それほど無理やり起こされなかった。また来ればいいし、文通もするしね。なので、私はもう後はずっと寝てた。ちょっと幼児の私には強行軍だったもよう。
一泊二日だったからさ、お子ちゃまな私はもっと余裕のあるスケジュールが嬉しいです。
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墓石の意匠
握手する手:今生の別れ、夫婦それぞれに在る時は死別。家族間の死別の場合在り。袖口などで男女や大体の年頃を推測できる。
折れた薔薇:蕾か満開かで女性の亡くなった年齢を表す。棘が付いてる茎が折られていれば早すぎる死。