生まれ変わって、こんにちは   作:Niwaka

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15. 水に拘る一族

 

※※ ※ ※ ※※

 

 ラシェルもカミッロも順調な滑り出しで仕事が始まったみたい。

 

 私も毎朝決まった時間に起きて起こされて、ラシェルと一緒にご飯を食べて、行ってらっしゃいをする。

 

 挨拶は基本ちゅっちゅかとキス付き。フランスではビズって呼ぶ。クヮジモド家では両方のほっぺに一回ずつだったけど、フランスでは一回ずつにプラス一回で計三回するみたい。

 大人は頬をくっつけ合ってちゅっと音だけするエアキスが当たり前で、逆に子供は元気よくぷちゅうとするのがお約束っぽい。なのでラシェルにもぷっちゅ~。

 

 読み書きのお勉強をしているとカミッロが起きて来るので、ご飯食べるのに付き合って(一人で食べるの寂しいからね)、昼前には出かけるカミッロに行ってらっしゃいをする。日によっては出先で食べるからと、食事しないで出かける時もある。ランチミーティングか、ランチデートだな。

 

 もちろんカミッロにも挨拶(ちゅっちゅか)。三回目は口にするのもありだとか。右、左、真ん中だって。それってホント? ナンパ仕様の対女の子用じゃなくて?

 片頬を緩ませニヤッと笑い、背中越しに片手をあげて颯爽と出て行くカミッロ。気になるから正解教えてってよ~。

 

 昼食時間までにフクロウのM.(ムッシュ)デュフトゥが連絡に帰って来なければ、ラシェルも帰宅して一緒にお昼。昼休憩が長いので、私の午前中の学習進度をチェックしたりする。

 ラシェルが帰って来られない昼には、カミッロが帰って来て一緒にご飯。お勉強もカミッロが見てくれる。

 

 まれに双方どうしても帰れないってときは、猫のアルジェント姐さんが椅子に座って私を見張る。座ると彼女の方が大きいから、ちょっとしたプレッシャー。

 

 好きなモノばかり食べてないか、シルキーの準備したバランスの取れた幼児食をちゃんと食べているか、お菓子を盗み食いしてないか、自分の知らない美味しいモノを食べてないか、姐さん(アルジェント)の視線は厳しい。でも、喉をゴロゴロして見つめてる視線に応えて、チーズの欠片とか、コールドミートの端っことか、ワイロを差し出すと機嫌よく食べてくれる優しさもある。カワイイ。

 

 どうも彼女は私を妹分か子供枠で考えているみたい。ふう、ヤレヤレ仕方ないわねって感じの鼻息を吐いたりしてるし。見張られた昼食後、口の周りを舐めてキレイにするよう促がしてくるし。心地よい陽だまりに案内しては、うたた寝と毛繕いを誘ってくる。

 

 ネズミのおもちゃを咥えて来ては、私の前に転がして猫パンチの手本を見せてきたりもする。

 私が陽だまりにコロリと横たわって、ネズミのおもちゃをちょいちょいしていれば、アルジェントもちょいちょい転がし返して楽しそうにしてる。何よりです。

 

 午後のお昼寝とお勉強と読書を終える頃、終業時間になったラシェルとカミッロが帰って来る。ちなみに、カミッロは出掛けなかったときには、写真整理に余念がない。オファーの来ている旅行記に合わせた写真を選んでレイアウトして文章を構成するのだ。自宅作業だね。

 

 何でもラシェルが特別な魔法仕掛けのスーツケースを持ってて、秘密基地みたいに中に部屋が作ってあるんだって。そのうちの一つが書斎で、カミッロはそこで作業をしている。学校行ってた時から二人で使ってて、大量の蔵書も大量の衣服も、すべて収納してくれる優れものなんだってさ。へぇ~、へぇ~、へぇ~…3へぇじゃ足りないくらい感心した。

 

 今日一日のお勉強をラシェルかカミッロにチェックしてもらって、夕食。

 

 夜のお出掛けは週末がほとんど。二人とも食事は私に付き合って軽く摘まむだけで、支度をして出掛けて行く。たいてい一人ずつで、片方は残って私の面倒を見てくれる。

 デートの時はバッチリお洒落してて、帰りは遅くなる(もしくはお泊り)ので待たない。お酒などのお付き合いの時は、比較的早めに帰るけど、お酒臭いのでお休みの挨拶(ちゅっちゅか)はご遠慮申し上げたいです。

 

 平日はたいてい二人揃ってて、三人でのんびり夕食を食べて、まったり寛ぐ。食休みも兼ねて、今日の出来事を話し合ったりもする。週末はお出掛けがない方とね。

 食休みを十分とったら、幼児の私は残ってる方と一緒にお風呂に入る。この〈一緒にお風呂に入る〉ってのは、きっと父さんからの伝統だろう。日本育ちで風呂好きだからさ。テルマエだね。

 

 あ、姉弟でも、さすがにラシェルとカミッロは一緒に入らないよ。私とラシェル、カミッロと私の組み合わせ()()です。

 

 たまに夜のお出掛けが二人ともに重なった時は、アルジェント姐さんが夕食からバスルームまで見張っている。姐さん専用の食事処に準備された食事を放って、私の側に来てくれるのだ。今日のお肉やチーズの欠片などをこっそり献上する。あまりたくさんだと体調崩すし、シルキーに止められちゃうからさ。

 

 お風呂も一人で入る。入浴は私だけだけど、アルジェント姐さんが見張り(見学)にバスルームに来るし、シルキーも手伝いに来てくれるから、まあ、厳密に独りとは言い難い。背中流してくれたり、頭洗ってくれたり、とても助かります。

 

 うん、アルジェント姐さんじゃなくて、シルキーね。――なぜそこでドヤ顔した。

 喉をゴロゴロさせながら私を見てる姐さんは、水が嫌いなのだ。ちょっと跳ねただけで、ピタリと喉を鳴らすのを止め、嫌そうにじっと見て来る。しばらく見定めて(ワザと水をかけたのか偶然なのか見極めてると思う)再起動して、再び目を細めて喉を鳴らしている。カワイイ。

 

 私も7歳に成ったら一人で入るように言われてる。シルキーは7歳以降でも手伝ってくれるみたい。

 まあ、バスタブの底に滑らないように凸凹を付けてくれれば問題ないかな。『楢の丘』で付いてなくて、ずるっと滑って水没したからね。

 

 あの時はカミッロと一緒に入ってたから、ガボッバシャッて一掻きした位ですぐさま助け出してもらって、大事にはならなかったけど……水を吸い込んで、ゲハッゴバッって女の子が出しちゃいけない声でさんざん咳をして、あげく吐いちゃったんだよね。ヘタしたらトラウマものだ。ごく自然にギャン泣きしてしまったし。

 ――いやあ、あの時は死ぬかと思ったよ。

 

 翌日には滑り止めがバスタブの中に完備されてた。

 ここべルサイユのアパルトマンのバスタブには最初から完備されてたし、クヮジモド家の浴室はタイル張りだったので一人で入ったことはなく、そういう危険に気付かなかったよ。タイル張りは滑りやすいからって、必ず誰かに入れて貰ってたからなあ。ホント、盲点でした。

 

 

 お風呂事情で思い出したけど、我が家は伝統的に水にうるさい。

 

 父さんが日本生まれの日系だから、軟水で育ってるのね。イギリスの学校に留学して食事も困ったけど、水にも大いに困ったんだって。不味いし飲むと腹を下すし、風呂は無くてシャワーのみだし、シャワーでも我慢して入れば髪も体もバサバサでカユカユになるし。

 

 学校関係者に訴えたところ鼻で笑われたそうだ。水が悪いんじゃなくてお前の体質(が悪い)なんだろう、と。まあ、当時、珍しい東洋からの留学生だったから、親身になってもらえなかったのは、人種的なアレも絡んでたのかも知れないけどね。

 

 そこで父さんは、自分が使う範囲だけ自分に合った調節をしても良いか訊ね、了承をもぎ取り書面を(したた)めて貰った。そして実家に(つまび)らかに遣り取りを報告し、アドバイスをもらった後、魔改造を行ったそうだ。

 

 まず、寮の部屋の浴室。自費でバスタブを設置した。

 同部屋の同級生の苦情は、学校の許可があると了承の書面を見せて突っぱねる。学校側の苦情には書面を提示し父さんの(マンマ)(祖母)からの手紙を渡した。

 

 ラテン語で書きあげられた手紙には、未だに蛮族な未開の地に文化の英知を授け蒙昧な人々に身体を清潔に保つ事による利点と習慣を身に付けさせ――簡単にいえば、テルマエである。……簡単すぎる? まあ、水や湯を浴びるだけの野蛮な風習の学校だけど個人的に文明的な入浴習慣の許可をしてくれてありがとう、みたいなことが書かれてたようだ。了承されたのは事実である。

 

 学校も許可した手前、それ以上強くも言えず撤去も出来ず、仕方なしにシャワースペースの隣に専用のバスタブスペースを設け、バスタブを移動させて対処した。

 この噂は同寮生から他寮生にもあっという間に広まり、不公平だとかその個室だけズルいとかの声も上がり、学期の終わりまでには全寮の各階にバスタブ完備の浴室が増設されたそうだ。さすがに全室完備とはいかなかったらしい。

 「シャワーで充分」という人たちも根強く居たみたいだからね。文化の違いと云うか気候の違いと云うか、ヨーロッパでは毎日体を洗わないのが常識だもの。

 

 そして水である。もっとも懸案の水質。

 学校中の水を変化させるのはとても難しく大変なので、父さんが使う分だけ水質を変化させる方法を、日本の父(祖父)が考えだした。

 

 祖父はもともと手先が器用な人で、いろいろな不思議な道具を作り出してた。今回は留学先で苦労している息子の為に、日本だとあまり役に立たなくても外国では素晴らしく役に立つ、そんな道具を考案したのだ。呪術を大いに利用し西洋の魔術も参考に複雑で精緻な術式を組み込み、使い易さを第一に装飾に凝らず、安全で丈夫で清潔な――浄水器。

 

 うん、え~ってがっかりした? でもね、優れものだよ。20cm位のミニダンベルみたいな筒形で、蛇口にはめ込んで筒の中に水を通して使用する。その名も『浄水筒』。

 

 不思議道具だから蛇口の形は選ばず、はめ込み口の方はどんな形状にもピタッとフィット。注ぎ口の方はシャワーヘッドを付けたり、ホースを繋げたりも出来る仕様だ。数日に一度、ダンベルで云う(おもり)の部分を取り外して除去した石灰やミネラル分を捨てれば、本体が壊れるまでずっと使える。カートリッジもフィルター交換もいらない、とにかく優れものだ。

 

 父さんはこの『浄水筒』を風呂用と飲み水用に部屋に常設し、携帯用に一つ持ち、食事用に学校付きの料理担当者に自分の分はこれで、と念を押して預けた。

 

 たかが水に(こだわ)るヘンな奴って認識が学校中に広まったけど、父さんは体調も良くなったし満足のいく入浴も出来てリラクゼーション効果もバッチリだし、噂なんて気にしてなかった。

 

 最初こそ、父さんが使う時だけ一々『浄水筒』を取り付けてたけれど、同室者が面倒だからそのままで良いと、やがて取り付けられたままになった。

 父さんが問題が解決した旨お礼と共に実家に知らせる頃には、同室者もすっかり水の(とりこ)になっていた。何だか一皮むけた美少年部屋と呼ばれるようになっていたのだ。

 

 『浄水筒』を通せば石鹸の泡立ちが違うし、洗いあがりの肌艶も違う。バスタブの入浴も、週一とかじゃなくて毎晩なんて面倒だが、ローマ風のテルマエの仕方(父さんは〈日本風〉をそう説明した。洗い場(シャワースペース)で石鹸を使い泡を流して(バスタブ)に浸かる)を習い、実践すれば大層心地よい。顔立ちが変わる訳じゃないのに、肌や髪が艶々サラサラになれば、補正はバッチリだろう。

 

 同寮の女生徒たちが色めきだって理由を探れば〈水の違い〉と分かったものの、「たかが水」と(わら)っていたのだ。どうしても父さん本人に言い出せなかったらしい。寮の同室者が水売りを始めて、父さんが気付いて――まあ、何やかんやとあったみたい。学校は日本の祖父に大量に『浄水筒』を発注したそうだ。

 

 学校サイドとしても、全校を改装する必要性はないけど、希望者の寮部屋や寮各階の浴室には『浄水筒』を取り付けることにした。そして学校生活中に一人に1つまで貸し出すことにしたらしい。もちろん卒業時には返却だ。個人的に欲しいときは、学校が仲介して『浄水筒』を販売した。

 ――こうして祖父は銀行にたっぷりと貯えを(こしら)えたという話。

 

 

 さて、水に拘る父さんが卒業して、ぶらりと立ち寄ったイタリアのクヮジモド家。

 

 ちゃっかり住み着いた父さんは、学校から取り外し回収して来た『浄水筒』を持参していて、与えられた客室に当たり前のように取り付け使用していた。

 

 もともとクヮジモド家は「ローマ伝来の文化」と冗談を言いながらも、広い浴室と浴槽を持っている。オリーブの石鹸に海綿のスポンジ、ベルガモット果汁を垂らした上がり湯。それを毎日の習慣とする文化だ。日本の隠崎家(父さんの実家)の内湯の檜風呂で、糠袋と木綿の手拭い、天花粉と椿油で育ってきた父さんは、とても馴染んで心地よく過ごしていた。

 

 しばらくして、卒業したての青年とはいえ、いつまでも若々しいのは日本の血かねえ、と話題になっていた所で、水の所為(せ い)かもと、学校での水にまつわる騒動を説明した。クヮジモド家の女性陣が色めき立ち、父さんの携帯用の『浄水筒』以外を全て提供させられ、試すこと数週間。

 当主夫人(みんなの祖母(ノンナ)はまだ現役)の厳命の元、屋敷中の蛇口が数えられ、日本に発注がかけられる。

 

 距離こそあるものの、前当主の娘婿で現当主の妹夫婦だ、関係は(ちか)しく頼むこと自体は気軽に出来る。

 やがて届いた船便の荷はクヮジモド家の女性陣が開封し、さっそく屋敷内の蛇口に取り付けられた。同梱包の父さん宛の荷物には、改良版の風呂用、台所用、携帯用と各種揃っており、今後住まいを移す度に取り寄せなくても済むほどの量が詰まっていた。

 

 一時は全ての蛇口に取り付けられてた『浄水筒』も、浴室と台所と一部農場などに常設される以外は取り外し待機させられる事となった。もちろん父さんの学校から外して持参していた『浄水筒』も、新品で返却されている。

 

 お風呂などの水は浄水かけた方が洗いあがりがイイが、料理などには適さない場合もあったので、使い分けるようになったのだ。水に拘るクヮジモド家の出来上がりってわけ。

 

 

 そして、父さんが母さんと出会い、やがって結婚して暮らし始めたの港町のアパートでも、ロンドンに引っ越して住み始めたフラットでも、『浄水筒』は設置され使用されてきた。もはや伝統だ。ラシェルとカミッロのベルサイユのアパートメントにも、ラシェルやカミッロの寮生活にも、当然活躍した。

 水に拘る一族、我らがインザーキ家の完成だ。

 

 ちなみにコーンウォールのギャヴィン家(母さんの実家)も日本の祖父に大量発注を掛けて、要所要所に設置済みだ。母さん経由で、水に拘るギャヴィン家に成ってるのかも知れない。

 

 今では旅行鞄に一つずつ『浄水筒』を常備するのがインザーキ家では当たり前になっている。バカンスの時はギャヴィン家の客間にすでに設置してあった『浄水筒』を使ったので、持って行って鞄から出しもせず持って帰って来たけれど、それでも鞄に携帯しておくのがもう習慣になっていた。もちろん今のアパルトメントにも『浄水筒』は設置されてる。

 

 注意して見ていると、シルキーが『浄水筒』を外して料理することがある。料理によっては『浄水筒』を通さない方が良いみたいだからね。水を使い分けて料理するなんて――やるな、おぬし。おぬしも立派に水に拘る一族の一員よのぅ(ニヤッ)

 

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