生まれ変わって、こんにちは   作:Niwaka

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10. コーンウォールの楢の丘

 

 ホントだったら一晩泊って朝一番の汽車で行くところだけど、出かける支度を済ませた私たちはぞろぞろとリビングの暖炉前に集合する。

 

 アレだ、ゲート移動。暖炉がゲートで繋がってるヤツ。ここの暖炉はそんなに大きくないから、一人ずつ入って行くスタイルみたい。『楢の丘(オークヒル)』が行先で、はっきりと発音するように注意される。

 

 (ナラ)(カシ)と似て非なる種でどっちも英語ではoak(オーク)だけど、(ナラ)は落葉樹で(カシ)は常緑樹だ。一般的にヨーロッパでオークと云ったら落葉する(ナラ)の事を云う。ちなみに日本にあるoak(オーク)は紅葉しない(カシ)が普通。この辺りでオーク材って云えば(ナラ)材のことだけど、日本語に翻訳するとき生じた取り違いで、日本では(カシ)材って云われてる。

 〈樫の扉〉とか〈樫の杖〉とか日本語訳されてるのが、ホントは〈楢の扉〉や〈楢の杖〉の事が多い。RPGで有名な〈樫の杖(かしのつえ)〉も、たぶん〈楢の杖(ならのつえ)〉のことでしょう。

 

「『楢の丘(オークヒル)』」

 

 最初に父さん、次にラシェル。三つ子たちが我先にと後に続いて、私の順番。殿(しんがり)がカミッロ。

 カミッロは暖炉の側にぴたりと付き、ラシェルの後に飛び込もうとしていた三つ子たちのために、灰みたいな粉を投げ入れ、炎を噴き上げさせている。ちょっと黄みがかった緑の炎がぼおっと上がる中にみんな踏み込んで行くから、それが正解なんだろう。あの炎で火傷はしないらしい。

 

 私の順番が来て、上がる炎の中に踏み込み、行先を叫ぶ。――噛まずにはっきり言えました。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 這い出たところはもちろん暖炉だけど、ちょっとしたホールと云うか立派な応接室だった。

 

「キレイキレイして」(S'il vous plaît nettoyer, nettoyez-moi.)

 暖炉の側に立っていたラシェルに気付いて、煤と灰を掃ってもらうべく頼む。口をついて思わず出たのがシルヴプレでフランス語だった。

 ふわっと体に風が纏わりつき服をそよがせて吹き抜けていくと、煤や灰がキレイさっぱりなくなっていた。すごいね、魔法。でもやってくれたのはラシェルじゃなくて、シルクのエプロンドレスを着たシルキーだった。

 

「Merci.」(ありがと)

 私はベルサイユのマンションで慣れてるので笑顔でお礼を言った。彼らには盛大な感謝の気持ちと僅かな嗜好品と少々の新鮮な食料が報酬なのだ。

 

 シルキーは、居て当たり前とかやってもらって当然って気持ちでいるとすぐにストライキを始める。嗜好品はモチベーションを上げる貢物で、新鮮な食料は下げ膳を頂けるお供え的なモノだ。基本報酬は感謝。家屋敷に憑く。仕事のできる座敷童みたいなものかな。ストライキが続くと(ほど)ける様に消えて居なくなっちゃうらしい。

 

 一方ハウスエルフは家族との契約となる。家にやって来て仕事をし始め、姿を見たり意思疎通が出来たりし始め、家族に仕えてくれる。衣服を所有すると別の家族を探して放浪の旅に出ちゃうそうだ。家族の世代交代は気にしない質らしく何代にも(わた)って仕えてくれたりもするみたい。寿命とかどうなってるんだろう? 会話できて実体がある分、生物っぽいけど、妖精だしなあ。

 シルキーなんてはっきり見える幽霊みたいな感じ。寿命とかないのかも。いずれにしてもファンタジック種族だねえ。

 

「その子が末の子かい?」

 お年寄り~って感じの老夫婦が近づいて来ていた。老人特有の白髪でシワシワな顔だけど、背筋はピンとして腰が曲がったりとかはないみたい。きっちりと昔風に結い上げられた髪、耳には巨峰みたいな貴石がぶら下がっている。喋ったのは老紳士の方。

 

「はい、末のカレン・エステラです」

 父さんがそう紹介してくれたので、ド・ラ・ゲール家で教わった通りスカートをつまんで挨拶をする。カテーシーっぽいやつ。

 

「Hello, nice to meet you.」(こんにちは、初めまして)

 老紳士に向かってにこりと笑う。母さんの父母は父が英国紳士で母が仏国美女だ。シルキーはお嫁入りにあたって連れて来たのかな? 嫁入り道具の一環みたいに。

 老紳士の隣に並んでいる老婦人に向かって続ける。

「Ravi de vous rencontrer.」(初めまして)

 ちらりとラシェルの満足そうな笑顔が見えた。目指せマルチリンガル!

 

「Oh la la! À Rome, fais comme les Romains. 英語でよろしいですよ」(おやまあ! ローマではローマ人らしく:郷に入りては郷に従え)

 老婦人が柔らかく微笑んで言ってくれた。あれ? 怖いイメージあったんだけど、けっこう優しい?

 

「はい。カレンです。4才になりました」

 幼児らしく指を四本立てた掌をかかげて見せる。……あざとい?(てへぺろ)

「こんにちは。君の祖父のテレンスだよ。テリーでいい」

「私は祖母のエルミオーネよ」

 二人とも初老って感じだけど、たぶん聞けばけっこうな御年なハズ。私ってば恥かきっ子だからさ。

 

 私たち兄弟姉妹は、一番上のラシェルとカミッロは2歳差で一学年違いの姉弟だけど、その次の三つ子たちは12歳違うんだって。ここも恥かきっ子っちゃ恥かきっ子だよね、俗にいう一回り違うってヤツだ。そのうえさらに末っ子の私ってわけ。誕生日で厳密に比べるとちょっと違うけど、生まれ年で大まかに云えば、私とラシェルは19歳、カミッロとは17歳、三つ子たちとは5歳違う。

 

 〈恥かきっ子〉って表現は、私の記憶の日本特有のものかも知れない。この辺りだとけっこう居るからね、10歳くらい年の離れた兄弟とか、普通に。年を経てても夫婦仲が良好ならば授かりものなので、恥ずかしくないわけです。

 

 〈一回り違う〉ってのも日本独特の考え方かな。それともアジア圏? 干支だものね、元が。私の記憶の日本だとだいぶ(すた)れてたけど、年齢を聞かれてボカシて言う時に干支って普通に使われてたんだよねえ。何しろ12才サイクルなので、(ボカ)すも何もほぼ正確に把握されるんだけど、ズバッと明言を避ける傾向にある日本人向けなボカシ方なのだ。

 

 まあ、つまりは、私は母さんが42歳の時生まれた。祖父母も若く感じるけど70歳代くらいだろう。

 

 不思議な事が出来ちゃう系の人たちは寿命が比較的長い。極端じゃないのがミソだ。感覚的に記憶の日本位と考えていれば目安となるでしょう。老人は80代後半くらいまで生きるのが当たり前、高齢出産だって初産じゃなければ40代位までは普通な感じ。そのくせ成人年齢とか大人になるのは、この時代背景と同じく早い。

 17~18歳で成人すれば、20代そこそこで独立して一家を構えちゃうのも当たり前なのだ。ちなみに、不思議な事が出来ない人たちは60代くらいが寿命な感じみたい。70代で大往生だって。

 

 成人年齢が早ければ壮年期間が長くなるから、長命に感じるのも道理だろう。20代半ばまでに男女共にほとんどの人が所帯を持つのが当たり前ならば、80代で曾孫が居るのも普通だ。記憶の日本で云うクリスマスケーキって感じ? 年越しそばとかお節とか七草粥とか、後年どんどん延長してたみたいだけどねえ。え、知らない? 結婚適齢期の話だよ。

 

 髪がすっかり白くなってる二人だけど、かくしゃくとしている。あまりシワくちゃな感じがしないのは、例のファンタジック種族と比べているからだろうか。

 

 この屋敷にもシワシワなハウスエルフが居た。タオルだと思われる布をギリシャ神話みたいに体に纏っている。肩を止めてるのは金属製の洗濯バサミかな。清潔なタオルと金属の肩止めは、イイ感じにおしゃれに見えた。一人じゃなくて何人かいるみたい。

 

 挨拶を順次行っていくのだけど、ここでも私のあざと可愛さがさく裂したらしい。お祖母さん(エルミオーネ)にちょう気に入られた。何でも自分の子供の頃を彷彿とさせる髪形がキモらしい。やっぱりね。ド・ラ・ゲール家でもさんざん言われたし、慣れたよ。

 私の一見黒っぽく見える緑の目の来歴も知れた。お祖父さん(テリー)のお母さま(私の曾祖母)がアイスランド出身で、ちょうどこんな風な緑の目をしていたんだって。灰色がかって白っぽかったり、黄色がかって明るく見えたりしない、黒々とした緑色。懐かしいって。曾祖母は栗毛だったそうだけど。

 

 ギャヴィン家の現当主ザカリアスさんと奥さんのアンゲリーナさんと挨拶した後、朝からいろいろあってすっかり疲れた私は、眠さ限界でお昼寝に突入しちゃった。夜中に一回起こされて、ポリッジを食べさせられたのは、デジャブです。

 

 ファンタジック種族のハウスエルフのメイドさん風なヒトに、()()()()()で食べさせられた後、体を拭いてもらう。指パッチンでお着替え&ベッドメイク。

 彼女の名前はゾーイ。おしゃべり好きで、ギャヴィン家ではハウスエルフに3文字で名前を付けるのが習わしだとか、自分は『Z』で、次に雇われる女性体が『A』のエイダに戻るとか、男性体で今いるのは全員『R』らしく紛らわしいので気を付けてくださいとか、ちなみに名前はレイ、ロブ、ロイの三人だとか、女性体はゾーイ一人だとか、ずーっと喋っていた。

 

 嬉しそうなお喋りなので相槌打ちながら、陽気なラジオのつもりで聞き流してたけど、意外に疲れると知りました。ふう、――おやすみなさい。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 お屋敷は小ぶりな領主館(マナーハウス)って感じ。四角い建物が何階にもあるってわけじゃなかったけど、エントランスホールとか、私たちの出て来た立派な暖炉がある応接室とか、図書室とか、食事室とか、明るい陽射しの入る居間とか、朝日もまぶしいダイニングとか、ビリヤード専用室やカード室(社交場だって)チェス用の部屋とかまであった。

 

 客間も、私たち家族用に寝室が3部屋も用意されていた。ちょっとした客用居間と広々したバスルーム付きだ。三つ子たち、父さんとカミッロ、ラシェルと私って部屋割りで一日目は泊まったけど、オーリィが男の子たちと同じ部屋は嫌、と言い出したり、子供たちだけの部屋は作らないようにと父さんはやんわり注意されたらしく、すぐに部屋替えとなった。

 

 父さんと三つ子の男の子たち(アーニィ&アーヴィ)、ラシェルとオーリィ、カミッロと私という部屋割り。

 

 ラシェルとカミッロは成人してるから大人だし、父さんも加えてこの三人がそれぞれどの子と泊まるかという議題になったらしい。オーリィは男の子たちと一緒は嫌って事だから、三つ子はオーリィと男の子たち(アーニィ&アーヴィ)で分け、もう一人が私、と決まった。

 当初はいっそ三つ子を一人ずつにバラし、オーリィの希望を入れ、ラシェルを筆頭の女の子部屋、父さんと三つ子のの片方、カミッロと三つ子のの片方って部屋割りで決まりかかったんだけど、ラシェルが二人の子供の担当は嫌、と言い出して、練り直し。父さんが三つ子の男の子たちを見て、ラシェルとカミッロが一人ずつにしようと云う事になって、現状に落ち着いたみたい。

 

 兄弟姉妹が全員揃うのは何気に初めてでちょっとだけ緊張してたけど、まあ、幼児らしさを前面に出せば、チョロかった。私、あざとカワイイからねえ(ニヤッ)

 

※※ ※ ※ ※※

 

 バカンスなので観光もするみたいで、何とかマナーハウスとか、何々庭園だとか、着飾られてあちこちに連れられて行く。

 

 私は基本クヮジモド農園から出ないで育ってたので、人いきれに弱いらしい。体力面では大丈夫、と思っていたけど、思いのほかウーゴに甘やかされてたらしくて、長く歩くのもイマイチ。いわゆるミソっかすだ。それも子供たちの中では、と注釈もつく。

 

 パワフルでアグレッシブな、超音波(奇声)を上げて走り回る一団(三つ子と従兄姉たちのことらしい)と一線を画している私は、大人たちがアクセサリー感覚で連れ歩くのに丁度よいらしく、ハイティーなどに参加してた。前当主夫人のエルミーさん(お祖母さんにこう呼ぶよう言われた)の行くところには大抵私ありって訳さ。

 

 ここは母さんの実家なので、集まって来る子供たちは従兄姉たちがメインだ。母さんはエルミーさんの唯一の娘だったけど、兄が二人に弟が一人いた。現当主のザカリアスさんと、以前私を預かってくれてたアルフレッドさんが母さんの兄たちだ。

 

 アルフレッド伯父さんのところは、上のナッティーとマギーと今は学生のダニエル――ダニー。覚えてる? 大きくなったねえって挨拶に来てくれたダニーは、現在、夏休みの宿題に追われてるみたい。がんばれ。従兄のナッティーはお仕事とデートで、夜に顔を出してすぐ帰っちゃうみたい。カミッロと同学年なんだって。まあ、学校も違うから同期って感覚はないだろうけど。従姉のマギーは卒業したてで家族と共に来ている。

 

 ザカリアス伯父さんの所は三人娘が立て続けに生まれて、跡取り息子を産まなければってプレッシャーに消沈した奥さんのアンゲリーナさんを(いたわ)りがてら、養子を貰うか三人娘の誰かに婿を迎えるかって話をし始めた頃、息子を授かったらしい。そのエディ君はギャヴィン家の期待の星だ。卒業してお仕事始めてるので、夕方にちょっと顔を見せる。そして、けっこう話し込んでる。5人目の末っ子のヨランダは学生でダニーの一つ上。

 

 母さんの弟のウィンフレッド叔父さんは、奥さんのオリヴィアさんとフィリップ――フィル(三つ子の一つ上)と末っ子のサマンサ――サミー(三つ子の一つ下)を連れて来ていた。上の二人、ローリーとハティは学校も卒業して仕事もしてて独立してるから、今回は一緒じゃないみたい。気が向いたら来るでしょうって感じ。ちなみにローリーはラシェルの一つ上、ハティはナッティーと同級生だって。

 

 今の学生組はヨランダとダニー。ヨランダは私とちょうど10歳違いで、今年から四年生になるそうだ。ダニーはヨランダの一つ下で三年生。

 未就学グループはフィルとサミーと三つ子と私。

 

 未就学って云っても、全寮制の学校にはって意味で、塾的なモノには通ってる。家庭教師が家庭に来るんじゃなくて、場所を借りて数家の子供を集めて教えてます的な、塾みたいなモノだけどね。残念ながらフィルとサミーはロンドン住まいじゃないので、三つ子たちと同じところに通ってるわけじゃない。事前学級? 学校で勉強する仕方を学ぶって感じの。そういう所で7歳くらいから3~4年学ぶんだって。

 

 社会人組は上からローリー、ラシェル、ナッティーとハティとカミッロ、次期当主のエディに、卒業したてのマギー。

 ヨランダとエディの上の三人の姉たちは全員既婚者。既婚者グループだね。ローリーがそろそろ結婚するかも? 

 

 三つ子たちとフィルとサミーたちは従兄弟姉妹(イ ト コ)連中の下の子グループにあたる。遊んでくれそうな年上たちは軒並み学生か社会人で、子供と遊ぶ余裕も暇もありませんって感じだった。なので年の近いイトコ同士、自分たちだけで遊び回るようになったのだ。

 

 今年は末の従妹(私のことだ)が来ている。よし、ならば誘わねば! 遊んであげなければならない、年上として! と、云うような謎の決心をしたのかどうかは定かじゃないけど、私も彼らに連れ出される事しばしば。おかげで立派に未就学グループの一員だ。

 

 空調管理もバッチリな屋内で優雅にクリームティーでもかっ食らって、ニコニコしてた方が楽ちんなんだけどな~。

 

 


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