第8話 開幕 雄英体育祭
雄英高校体育祭。
形骸化したオリンピックに代わり、日本の一大イベントと化した一年に一度の祭典。
プロヒーローにとっては将来のサイドキックを発掘する場であると同時に、雄英生徒にとっては自らをプロに売り込むための場でもある。
また、例年は3年ステージがメインだが、今年はヴィランの襲撃を撃退した1ーAに注目が集まり、一年ステージは例年以上の盛り上がりを見せていた。
『実況はこの俺、プレゼントマイク!そして解説はイレイザーヘッドでお送りするぜ!』
『…………』
『お願いだから何か喋って!……それはともかく!雄英体育祭一年ステージ第一種目、障害物競走!間も無く開幕だーーー!』
第一種目は障害物競走、主なルールはコースを守ることのみ。
つまり、他の生徒に対する妨害が認められているのだ。
さらに個性の使用が許可されているため、こんなことも起こりうる。
『開始早々、ほとんどの生徒が氷漬けにーーー!?』
『ありゃ轟の仕業だな。ノーモーションからの氷結、初見でそう避けられるもんじゃねえ』
『解説サンキュー、イレイザー!なんだー?以外とお前さんもノリノリじゃなーい!』
『…………』
『無視ィ!?』
ここで8割の生徒が脱落した。だが残りの2割は氷結から逃れ、轟の後を追っていた。
そしてその先頭はーーー
「轟ィ……お前は何しでかすか分かんねえからな、目え離すわけ無ぇーだろ!」
「グリード……!」
グリードだけではない。
轟きを追う集団、その先頭はほぼ全員がA組だった。
「甘いぜ轟!」
「ワンパターンなんだよ、半分野郎ォ!」
A組の面々は、普段の戦闘訓練で轟の脅威を直に体感している。
特に第一回目の戦闘訓練では、ビルごと凍らせる大氷結を一瞬で放ってみせた。
警戒するのは当たり前だった。
『さあ、最初の関門はロボ・インフェルノ!』
轟の妨害を突破した生徒たちの前に現れたのは、視界を埋め尽くすほどの仮想ヴィランの群れ。
一体一体はたいしたことは無いが、こうも数が多くては足止めは免れないだろう。
「げっ……」
そしてその後方に控えるのはのはグリードのトラウマ、入試時に倒し切れなかった0ポイントヴィラン。
その巨体が十数体並び立つ姿は壮観であり、雑魚ヴィランを突破してきた生徒でさえ、誰もが足を止めざるを得なかった。
だが、多くの生徒が及び腰になる中、グリードは真っ先に巨大ロボの群れに突っ込んでいった。
(入試の時の経験が役に立つ時が来るとはな……!)
そう、グリードだけは0ポイントヴィランとの無駄に豊富な戦闘経験を持っている。
0ポイントヴィランの攻撃パターン、どこの装甲が脆いのか、次にどんな動きをするのかが手に取るように分かる。
(トップはもらったぜ!)
ーーーその時、グリードの足元が凍りついた。
「うおっ!?」
轟だ。
轟が個性で0ポイントヴィランごとグリードを凍らせたのだ。
別にグリードを狙ったわけではなく、凍らせようと思った0ポイントヴィランの近くに、たまたまグリードがいただけなのだが。
そして、グリードの不運はここで終わらない。
ピキ
「あ?」
氷漬けになった0ポイントヴィランが、グリードに向けて倒れてきていた。
『ぎゃあああ!グリードが下敷きにーーー!?救急車、いや霊柩車ーーー!!』
『勝手に殺すな』
しかも、下敷きになったのはグリードだけでは無い。グリードに負けじとその後を追ってきた切島と鉄哲、この二人も巻き込まれていた。
あわや大惨事、観客も悲鳴をあげている。
だが奇跡的に、彼らは潰されても死なない個性の持ち主だった。
「クソッタレ!轟は警戒してたってのに!」
「俺じゃなきゃ死んでたぜ!?」
「だーーー!グリードに着いて行くんじゃなかったぜ!」
炭素、スチール、硬化、3人ともロボットの下敷きになった程度では傷一つつかない個性の持ち主だ。
「クソ!爆豪といい、A組はムカつく奴ばっかだな!」
「こいつもだだ被りかよ……!」
また、硬化だけではなく再生もこなすグリードの個性に対して、普段から嫉妬とは言わないまでも複雑な感情を抱いていた切島。
さらに鉄哲という、見るからに自分と個性が被っている生徒の登場だ。切島の心境や如何に。
『第二関門はザ・フォール!普通に綱渡りをするも良し、個性で空を飛ぶも良し、死力を尽くせーーー!』
その名の通り、断崖絶壁。底が見えないほど深い谷が行く手を阻んでいた。
だが所々に足場となる岩場が点在し、それをロープが繋いでいる。滞空に強い個性を持っていない生徒は、ロープを渡って向こう岸へ進めということだろう。
「くそ……個性把握テストの時といい、雄英は俺に恨みでもあんのか!?」
個性を使って次々に第二関門を突破していく瀬呂や青山を横目に、普通にロープを渡りながら愚痴るグリード。
この体育祭、グリードの個性を活かせる場が少ない。
さっきから普通に走ったり普通に綱渡りをしたりと、やってることが地味過ぎる。
唯一目立ったのはロボの下敷きになった時だが、それも切島と鉄哲と一緒だった。
プロへのアピールも、完全に轟一人に持っていかれている。
(ーーーそもそも俺は第一種目を突破出来るのか?)
今は割と上位グループの中でも上の方だが、今後の関門如何では一気に順位を落とすこともありうる。
例年の傾向からして数十人分の枠は用意されているだろうが、今年はオールマイトが赴任して来たり、ヴィランから襲撃を受けたりと波乱の年だ。例年より第二種目の枠が少なくともおかしくはない。
だが自分以上に心配なのは緑谷だ。
緑谷の個性は自爆必至の超パワー、自分以上に個性を活かせる場が無い。
つまり、緑谷は個性を使わず、自分の身一つでレースを戦わなければならないのだ。
緑谷の素の身体能力はヒーロー科の中では下の方であり、普通科の生徒にもレースに有利な個性持ちは大勢いる。
不利どころの話では無かった。
それだけでは無い。
プログラムによれば、第一種目の後は休憩無しですぐ第二種目が行われる。リカバリーガールのところへ行き治療してもらう時間は無い。
例え第一種目を突破出来たとしても、個性の反動で傷付いた状態のままでは先は無い。
緑谷は詰んでいた。
だが、今は他人に構っていられる状況ではない。
グリードにはただ、緑谷のことを信じることしか出来ない。
(第一種目で脱落なんてこと、俺は許さねえぞ緑谷……!)
『いったい誰が予想出来た!?真っ先にゴールへ帰ってきた男、緑谷出久の存在をーーー!!!』
「ハッ……やりやがったぜあいつ!」
緑谷は、爆豪や轟を出し抜き見事一位を獲ってみせた。
そうだ、緑谷はこの程度の壁に阻まれるような男では無かった……!
対する自分はトップ争いにすら参加出来なかった。さっきまで緑谷の心配をしていた自分が恥ずかしい。
だが同時に元気を貰った。自分より遥かに不利な筈の緑谷が頑張ったのだ。自分も負けていられない。
最後の関門を抜け、あとはただゴールに向かって走るだけだ。
「次は勝つぞ、緑谷!」
雪辱を果たすことを誓い、グリードはゴールゲートをくぐった。
第一種目最終順位:グリード 11位
グリードの個性じゃただ走るしか出来ないので障害物競走はとばそうと思ってたんですが、なんとかなりました。