第22話
11才という最年少記録でプロ入りを果たした後も驚異のスピードで2段に昇格、もう間もなくタイトルリーグ戦に参戦かと期待され、囲碁の才能を遺憾なく発揮する咲似14才中2。
塔矢門下の研究会は緒方さんとお父さん(アキラ)が中心となって開かれ、とても勉強になる。
しかし、私には月に1回ほどしか会えない進藤ヒカルおじさんの方が好きだ。
進藤おじさんの碁はとても懐かしい感じがする。
打って貰った指導碁はとても優しく、指摘は的確。
おじさんに触れると強制的に意識が後ろに追いやられてもう1人の私が嬉しそうに碁をやり、進藤おじさんにそれはもう親しげに話しかける。
それを進藤おじさんも嬉しそうに相手をしているのを見ると何だか私はこの上ない孤独感を味わう。
だから、思春期の恥ずかしさも相まって私は進藤おじさんを避けるようになっていった。
繰り広げられる碁盤の戦場はとても美しく、私もこんな風に打ってみたいと思う。
『あなたにも打てますよ』
もう1人の私が私に語りかける。
そうだと良いなぁと笑顔が溢れる。
時折進藤おじさんが私を見つめるのを私は知っている。
けれど、その視線の先は私であって私でない。
誕生日プレゼントにとスマホを買って貰い、お父さんから【sai】というアプリをダウンロードして貰う。
自分の名前と同じアプリ名に嬉しく思い起動しようとタッチする。
「何でだろう……私、このアプリのログインIDを知ってる……」
思い浮かんだIDとパスワードを入力すると、フワッと体が浮かんだような感覚に襲われる。
恐怖が身を包み目をつぶる。隣にいた人に思わず掴まった。
「咲似ちゃん、もう目を開けて大丈夫ですよ」
隣にいた人の腕を掴んだまま目を開けて見上げると、そこには烏帽子を被った狩衣姿の長い黒髪の美形男子がいた。
「ご、ごめんなさい! 私ったらつい……」
咲似は慌てて腕を離す。
「さい!」
アキラもアプリを起動したようだ。こちらに寄ってきて声を掛ける。
「アキラ……久しぶりですね」
「お父さんを知ってるの?」
「えぇ、もちろん」
佐為がアキラを呼ぶのを聞いて確認すると、笑顔で答える。
「進藤にも連絡したから間もなく来るだろう」
アキラが佐為に向かって話す。
「進藤おじさんも?」
咲似が不思議そうな顔をする。
「このアプリは元々進藤がこの佐為って人に会うために作られたものなんだ」
アキラが咲似に説明すると、
「この人も『さい』って言うんだ」
と咲似は目をキラキラと輝かせた。
「神様にもご挨拶を……」
と佐為は辺りを見回し、神様を探す。
見つけるとその方向に歩いていく。
少し離れて咲似とアキラもその後を付いていく。
「神様、大変ご無沙汰しております」
「佐為か、おぉ! いらっしゃい。また会えて嬉しいよ」
「行洋殿も、お久しぶりでございます」
佐為は対局中の行洋にも挨拶を交わす。
「お祖父ちゃん!!」
咲似は行洋を見つけると走り寄る。
「咲似、大きくなったね」
「うん! 私もずいぶん強くなったんだよ」
佐為への挨拶もできないまま咲似が来たため頭を撫でる。嬉しそうに報告する咲似と行洋の姿に佐為は微笑む。
「悪ぃ、遅くなった」
と30分遅れでヒカルがやってきた。
「ヒカル! 会いたかった!」
ヒカルを見つけると、今度は佐為がヒカルに抱きついた。
「佐為! 俺も会いたかった……」
とヒカルも涙を浮かべて佐為を抱きしめ返す。
「佐為さんは、進藤おじさんの家族なのね」
親子程に年の離れた2人とそのやり取りを見て、そう言う咲似に対して
「違うけど……まぁ、違わないか」
とヒカルと佐為はお互いの顔を見合わせる。正確な家族ではないが、家族ほどに深い絆で結ばれているのは確かだ。この際ややこしくなるので、否定はしなかった。
「あかりのやつ、本当疑り深くて嫌んなるよ」
ヒカルはハァと大きくため息を付いてその場に座り込む。
「あかりちゃんが、どうかしたのですか?」
佐為がヒカルの言葉に耳を傾ける。
「あいつ、俺が咲似を好きなんじゃないかって疑ってるみたいでよ。見た目中学生相手にそんな気持ちになるかよ……そもそも佐為は男だし」
「確かに君の咲似を見る目は切なくて恋心を抱いてるようだったね」
悪態を付くヒカルにアキラが追い討ちをかける。
「なっ! 塔矢までそんなこと言うなよ。大変なんだぜ」
ヒカルは大きくため息を付く。
理由を知っているアキラにとっては滑稽で笑えるが、確かに事情を知らない人から見たらそう見えるかもしれない。
「咲似も知ってるよ! 進藤おじさんの私を見る目は私じゃない、もう1人の私だって」
「本人が分かってるのに、なんであかりが分かんねぇんだよ!」
ヒカルは頭をぐしゃぐしゃにして抱え込む。
「それで? あかりちゃんとはどうしたんですか?」
「取りあえず放っぽってこっち来た。3時間なんてあっという間だろ? せっかく佐為に会えるのにあかりに潰されてたまるか」
「帰ったら修羅場ですね……」
佐為は思わず口を塞ぐ。他の人は開いた口が塞がらない。
「せっかく会えたんだから、打とうぜ! 佐為」
そんな周りを無視してヒカルは佐為に対局を申し込む。
「良いんですか? あかりちゃん……怒ってますよ。今すぐ帰ってちゃんと説明した方が……」
「良いの! あいつの事は帰ったら考える!」
ーー今考えるべきじゃ……
と一同総つっこみを頭の中で入れるが誰も口に出来なかった。
佐為との対局を終えて、皆で検討を始める。30分ほどで神様が終わりを告げた。
ヒカル以外の3人が戻っていく。
ヒカルも3人に合わせて帰ろうとするも、帰ったらすぐに修羅場なのだろうと神様が引き留め説明の仕方を考えさせる。
結局30分じゃ良い説明は思い付かず、そのまま帰ることになった。
「大丈夫だろうか……」
と心配する神様を横に、行洋はヒカルらしいと笑っていた。
帰ってくるとあかりは怒ったままだった。
「ちょっと、ヒカル! 何で話の途中でアプリを起動させるのよ!」
開口一番に責められいきなりピンチになるヒカル。
「塔矢から電話あったじゃん」
「それで?」
「それで、、、佐為に会えるって聞いて……」
「咲似ちゃんに会えるアプリなの?!」
確かに佐為の生まれ変わりなので、もれなく咲似にも会うことになる。
「そうなんだけど、そっちの咲似じゃなくて……」
「咲似ちゃんにそっちもこっちもないじゃない!」
「~~~」
もどかしい状態が続く。
せめて名前が違ったらもう少し違った状況にできたかもしれない。
「だから咲似の中にいる男の佐為だって」
と言ってやりたいが一度も説明した事がない上、佐為を見たことがないあかりにとっては説明しても理解されないだろう。
どうやって説明しよう……と考えている時だった。
プルルルル…プルルルル…
あかりの携帯着信が鳴る。
「で……電話だよ」
「……その場を動かないで!」
キッとヒカルを睨み付け電話に出るあかり。
「久美子! どうしたの? ……うん……うん。……それで?………うん…」
電話の相手は久美子のようだ。
塔矢が上手く説明してくれたのかな? とヒカルは電話に聞き耳を立てる。
少し長めの話を聞き終わり、電話を切るあかり。
「咲似ちゃん……ヒカルの家族とも言える親友の生まれ変わりだったんだって?」
「へ? そ、そう」
あかりの態度が一変する。ヒカルはその変わりように戸惑うも、言ってる事は正確に伝わってるようだ。
「アプリでその人に会いに行ってたのね」
あかりの目にうっすら涙が浮かぶ。
「私、誤解してたみたい。ヒカル、早く言ってくれれば良かったのに」
そう言うと、あかりは部屋を出て行き、秀輝の様子を見に行く。
「……なんだったんだ」
ヒカルは急に理解された状況の理解に苦しみ、アキラに電話する。
「咲似から直接事情を説明したんだよ」
と笑顔で答えるアキラ。
「きっと君じゃ誤解は解けないと思って。咲似も協力してくれたんだ」
「なんだよ! それなら早く言えよ。焦ったじゃねーか」
「悪かった。成功するかも咲似が協力するかも分からなかったから」
とアキラは苦笑いする。
「でもサンキュー。お陰で助かったよ。咲似にも礼言っといて」
電話越しに礼を述べるヒカル。
今回はどう対処すべきか困っていたから本当に助かった。しかも説明しにくい部分を伝えて貰えたので、今後も差し支えなくアプリを使える。
「定期的に僕の家で会っているが、これからはその時にアプリを起動しよう。その方が咲似の意識もあっちに行くから勉強の妨げにならないし、君も佐為に会えるだろう?」
「おぅ! そうだな」
ヒカルは笑顔で即答した。
咲似が大きくなって触れる事ができなくても佐為に会えるという事は、今後咲似に恋人や伴侶がいてもアプリを通して佐為に会えるということ。
ヒカルは再開できた喜びに笑顔が弾ける。
また改めて、佐為と共にこの道を歩んでいこう。
扇子に込めた決意と共にーー