『進藤5冠院生師範に! 遠い未来に繋げる想いとは?』
囲碁雑誌に載ったヒカルの特集記事のページ。
院生研修風景の写真にヒカルが指導する姿が写っている。
「頑張ってるみたいだな」
珍しく囲碁雑誌を見ていたアキラを後ろから緒方が覗き込んで声を掛ける。
「緒方さん」
アキラが緒方の方を振り向くと、
「未来に繋げる想いとは……か」
緒方が雑誌の一文を声に出して読む。
「後継者育てに夢中ですよ。家では秀輝君を鍛えてるみたいですしね」
「あいつの子供も災難だな」
ハハと苦笑いする緒方にアキラは続ける。
「虎次郎の生まれ変わりですからね、進藤の碁に佐為の一片を見て、それはもう楽しそうに学んでるそうです」
「ほう。それは今から楽しみだな」
「えぇ。僕も咲似に教えていますが、どんどん成長して楽しいですよ」
アキラがそう付け加えると緒方は今後の囲碁界を背負う2人の成長がますます楽しみになる。
「俺も久しぶりに佐為と打ちたいものだな……」
生まれ変わってからは佐為と全く打てない事に淋しさを感じつつも叶わない願いを口にする緒方。
「打てますよ。今度進藤が家に来るときに緒方さんも呼びましょうか?」
笑顔でアキラが誘う。
「打てる? 俺は子供の咲似じゃなくて、大人の佐為と打ちたいんだぞ?」
勘違いしてるのかと思ってアキラに確認を取る緒方。
「何故か進藤に触れてる間だけ、佐為に戻るんですよ」
勘違いしていないと説明するアキラに、驚く緒方。
「マジか……俺も誘え」
平静を装うも隠しきれない緒方に、くすくすと笑って「分かりました」と進藤が次に来る日を確認するアキラ。
「再来週の日曜日に来ますね」
「分かった。その日は俺も行く」
緒方は佐為と打てると思うと嬉しくなった。
「こんちはー」
ヒカルが塔矢家を訪れる。
「いらっしゃい、進藤君。はい! 咲似よろしくね」
「え? あ、はい! わっ、…っぶねぇ」
久美子が待ち伏せのように、ヒカルが来るのを見計らって咲似をヒカルに渡し、進藤家に向かう。
もう恒例になっているパターンだが、大きくなって咲似も3才。抱っこは出来るが不意打ちに渡されると慌てて、落としそうになる。
「ヒカル! いらっしゃい」
咲似から佐為に変わって挨拶をする。
「おう! 打とうぜ」
佐為に軽く挨拶をして、慣れたように塔矢家の玄関を上がる。
「よう、進藤」
「緒方先生?!」
緒方が来ることを知らされていなかったヒカルは不意打ちの来訪に驚く。
「進藤。佐為と打ちたがっていたから緒方さんなら大丈夫だと思って僕が教えたんだ」
「そうなんだ……分かった」
アキラが教えたのなら大丈夫なのだろう。それにヒカル自身、行洋の通夜の時や院生師範の時に助けて貰ったので強く言い返せない。
「じゃあ、まずは緒方先生と佐為の対局からだな」
ヒカルはそう言って碁盤の前に座って佐為を膝の上に座らせると、黒石を1つ碁盤の上に置いた。
緒方がそれを見て、対局に座り白石を握った。
「俺が黒か」
緒方がそう言って、碁笥を交換すると、緒方と佐為の対局が始まった。
緒方が1手目を打つと、佐為が2手目を口頭で伝え、ヒカルが打つ。
「そう言えば進藤、この前特集組まれてたね」
アキラがヒカルに囲碁雑誌の事を言う。
「あぁ、あれか。和谷に聞いたよ」
「聞いたって……取材されたんだろう?」
アキラは他人事のように答えるヒカルにさらに質問する。
「うーん……取材というか、院生師範してたら話しかけてきて適当に答えてたらああなった」
「……」
言葉を失うアキラ。
しかし、『未来に繋げる想いとは』の問いに聞いていた回答は確かになかったのを思い出し、なる程と思いつつもアキラは呆れた。
「……無理はするなよ」
どこか無理をしてでも目標を達成しようとするヒカルの姿を危ぶむアキラ。
70才前半という若さで亡くなった行洋の後を追うようにヒカルも若くして亡くなるのではとアキラは心配する。
そんなアキラを知ってか知らずかヒカルは「うん」とだけ返事した。
しばらくして、緒方が投了する。
「佐為、お前の碁を広げたくて院生師範始めたんだぞ」
「ヒカルが……師範?」
先程の雑誌の続きを緒方がニヤニヤしながら蒸し返すと佐為が不思議がる。
「ヒカルはまだまだ子供ですよ。何を教えるんですか?」
「俺はもう35才の大人だ!! 碁を教えるの! 碁を!!」
ヒカルは膝の上に乗ってる佐為に大人げもなく怒る。
「進藤の指導碁は定評があって、院生にも好評ですよ。篠田先生も褒めてましたし」
「篠田先生が?」
アキラがヒカルの碁を褒めていた篠田先生の名前を口にすると怒っていたヒカルの機嫌も直る。
「あの雑誌タイトルも篠田先生の言葉らしいね」
「『未来に繋げる想い』がか?」
緒方が雑誌のあの一文を口にする。
「院生師範を始めた理由に『遠い過去と遠い未来を繋ぐため』と話した進藤に一度は当たり前とバッサリ切ろうとした記者に対して篠田先生が『その繋げ方は人それぞれだ』と言ったのを受けてあのタイトルになったそうですよ」
アキラが本人の前で聞いた話を披露する。
「モノは言いようだな」
と緒方は吐き捨てる。
「ヒカルは何で私の碁を広めようと想ったのですか?」
佐為がヒカルを見上げて聞く。
「塔矢や緒方先生は塔矢先生が亡くなっても自分の碁の中に塔矢先生を感じる事ができるだろ? 俺もお前が居なくなった時、自分の碁の中にお前がいたのを見つけて嬉しかったんだ。だから俺が死んだ時、俺の碁がそこら中にあって、俺を感じる事ができたらお前は寂しくなくなるだろうと想って」
「……お前、それ恥ずかしくないのか?」
真面目に語りかけるヒカルを緒方が茶化す。
「良いだろ?! 別に」
ヒカルは顔を赤くする。
「ヒカルは優しいのですね」
佐為がヒカルに笑顔を向ける。
自分の為に院生師範になったのだと知り胸が熱くなる。
「俺が死ぬとき、この扇子をお前と虎次郎に託すよ。それまでに色んな人に俺の碁を伝えておくから」
ヒカルが扇子を手に満面の笑みを浮かべる。
佐為が居なくなって夢で貰った佐為の扇子。ヒカル自身が購入したものだけど、佐為と共に神の一手を極めると決意した扇子でもある。
その扇子を譲るということは、またヒカルと共に己も神の一手を目指して頑張れということ。
「ヒカル……私は神の一手を極めます!」
「佐為、俺もだ!打とうぜ」
佐為とヒカルは碁盤に向かい対局を始める。
緒方はそんな2人のやり取りを静かに聞いていた。
「繋想の果てに人は生きた証を遺すのだろうか」
アキラの耳にいつまでも緒方の言葉が残るーーー
●○第2部完○●
本編終了です。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
初めての投稿作品に、自分の語彙力のなさ・文章力のなさ・表現力のなさを痛感しイライラしながらも最後まで楽しく書かせて頂きました。
自分の思い描いたシーンを少しでも共有出来たら嬉しく思います。