アキラとヒカルを車に乗せて緒方は車を走らせた。
「最期しか聞いてないが、結局何をするつもりなんだ?」
緒方は後部座席にいる2人にミラーを通して見つつ質問する。
「緒方さん、進藤が何するか知らずにお願いしたんですか?」
呆れるアキラ。
「塔矢先生がやっていた事を進藤もやりたいんだろ?」
「違いますよ。進藤がやりたいのは院生師範です」
アキラが答える。
「院生師範? ……ほぅ。進藤はなぜ院生師範をやろうと思ったんだ?」
アキラと同じ事を緒方も質問する。
「塔矢先生が、自分の碁を緒方先生や塔矢に託したから悔いはないって言ったんだ」
ヒカルは窓の外を見ながら遠い目をして答える。
「それで佐為の碁を自分も広めたいと思った、と」
ヒカルは自分の想っていた事を言い当てたことに驚きつつも賛同するかは分からない緒方に不安な顔を向けた。
「……ダメ…かな?」
バックミラーを通してヒカルの表情が見える緒方と、後ろ姿しか見えずより不安な表情が広がっていくヒカル。
その2人を傍観するアキラは緒方が何て言うのか固唾を飲んで待つ。
「素晴らしいじゃないか」
緒方がヒカルの行動に賛成の意を唱える。
「本当?」
ヒカルの顔がパッと明るくなる。
行洋が亡くなってから無性にヒカルに優しくなったと感じるアキラ。
「緒方さん、進藤に甘いですよ。只でさえ忙しいのに、さらに院生師範だなんて」
「甘くないさ。進藤が進む道は大変だぞ? それに、本当に危なくなったら俺も辞めさせる」
緒方がアキラに反論すると同時にヒカルを見ながら無理はさせないと牽制する。
「うん! 絶対無理しない。緒方先生、サンキュ」
ヒカルが満面の笑みを浮かべると、アキラはどちらにしろ辞めないだろうヒカルの行動を諦めた。
ヒカルを自宅前まで送り下ろした後、アキラの家へと車を走らせる。
「緒方さんのアプリの条件って進藤絡みですか?」
「何だ、急に」
緒方は突飛な質問に驚く。
「アプリの継続には条件があるでしょう? 進藤は虎次郎の生まれ変わりを育てること。僕は佐為。緒方さんにもあるはずだけど……」
「確かに進藤絡みだが、進藤だけではないな。お前と進藤の2人の面倒を見ることだ。……それがどうかしたのか?」
緒方は隠す意味もないことだと思いアキラの質問に答える。
「僕も?」
「あぁ。お前は塔矢先生が亡くなった時動揺もなく、普段から大人な対応でいつも手が掛からないし、実質進藤しか面倒見てないけどな」
ハハと笑う緒方。褒められて少し嬉しい気もするが、進藤と同レベルだと神様に思われていたと思うと複雑なアキラだった。
院生師範になると言い出した2週間後、本当に日曜日の院生研修にヒカルは出席した。
しばらくは篠田先生と2人でやるようだ。
イベントの指導碁でも定評のあるヒカルは院生師範としても申し分ない分かりやすさで院生達には好評だ。
棋院としては身体を壊さないか心配だったが、後輩の育成に積極的なヒカルの姿勢は胸を打つものがある。
その内、和谷や本田、伊角も院生研修の手伝いと称して、ヒカルの院生師範日に参加し、指導する合間をぬっては院生と一緒にヒカルの話を聞くようになった。
「進藤君を中心にまた囲碁界が変わっていきますね」
「天野さん。……そうですね。囲碁に対して何か大きな覚悟をし切羽詰まった目を見ていると、危なっかしくて心配ですが何か大事なことを逆に学ばされているような気がします」
篠田はふと通りかかった天野に声を掛けられてヒカルがいる研修部屋を見ながら答える。
「……この前、進藤君に何で始めたの? って聞いたんですよ」
篠田が天野を見て笑って話す。
「進藤君は何て言ったんですか?」
天野がペンを片手にメモを取ろうとする。
「遠い過去と遠い未来を繋げるためだと言ってました」
「……碁打ちなら皆そうでしょう」
天野はペンを握っていた指先から力が抜ける。
「そうですね。けれど想いの繋げ方は人それぞれですから」
と篠田は天野に笑いながら言うと、そうかと天野は思い直してメモを取るのだった。