翌日の葬式も無事終わり、終始落ち着きを取り戻していたヒカル。
ホッと一安心したあかりは緒方とアキラに心から感謝する。
あんな状態だったヒカルをどうやったらここまで変えられるのか不思議に思うが、女には分からない男同士の友情みたいなものがあるのだろうか、とか色々考えを巡らせる。
今はまだ忙しいだろう塔矢家を気遣い何も出来ないが、落ち着いた頃、きちんとお礼をしに行こうと思うあかりだった。
通夜から3日後、約束通りヒカルはアプリで神様の世界に行く。
アキラと緒方もいる。碁盤を囲んで話し込んでいるようだ。
「こんちは」
輪の中へ入ろうと、神様と行洋を含めた4人に挨拶をするヒカル。3日前に大きく動揺して迷惑をかけたため少しバツの悪さを感じ小声になる。
「こんにちは、進藤君」
行洋がヒカルの顔を見て声を掛ける。
「さっきアキラと緒方くんから聞いたよ。悪いことをしたね」
「い、いえ……」
言葉が出ないヒカルはもじもじとする。
「進藤、いつもより大人しいじゃないか」
緒方がニヤリと笑いながらちょっかいを掛ける。
「緒方先生、あの時は……ありがとうございました」
「気にするな」
ちょっかいを掛けられたにも関わらずヒカルが素直に礼を述べたため緒方は真面目に軽くあしらい、何でもないことを強調する。
「そろそろ時間だね。また2人に会えるのを待ってるよ」
神様が時間を告げる。
「もうそんな時間ですか。……お父さん、お母さんに伝えるのは本当に一言だけで良かったのですか?」
「あぁ。宜しく頼む」
アキラと行洋の会話。恐らく今一番悲しみにくれているのは行洋の妻明子だろう。
アキラが3日という極めて早い段階で来たのは、明子の言葉を伝えるためと、行洋の言葉を持ち帰るためだったようだ。
アキラと緒方は立ち上がり、次の約束を交わし帰っていく。
「進藤君、こちらへ来なさい」
2人が居なくなると、少し遠巻きに見ていたヒカルを近くに来るように指示する行洋。
「改めて、悪いことをしたね」
行洋がヒカルの目を見てもう一度謝罪する。
「……」
ヒカルは何も言えず、頭を横に振るのが精一杯だった。
もう行洋とはここでしか会えないのかと思うと辛いし、国際戦での活躍も見れない。それに、きっと行洋の方が何倍も辛いだろうに、そんな素振りを全く見せない行洋の姿を見ると何ともやり切れなくなる。
辛そうな顔を見せるヒカルを見て行洋は少し考え込んでから遠くを見つめ口を開く。
「進藤君。私は自分の人生に後悔などしていない。明子やアキラを残して来たことは確かに申し訳なさがあるが、己の人生に悔いはない。死んでからもずっと碁の神様と対局が出来るのは嬉しいし、アプリとやらで緒方くんとアキラにはこれからも会えるから寂しさを感じていない。明子にもアキラを通して言葉を伝えることができる。そして、君も定期的に会いに来てくれるだろう?」
「会いに来ます! もちろん、先生に会いに来るけど……もっと先生の碁が見たかった!」
ヒカルは行洋に向かって叫ぶ。
行洋はにっこり笑う。
「私は死んだが、私の碁は生きているよ。棋譜として残っているものもあるが、緒方くんやアキラを始めとする門下生には私の打ち方や考え方が息づいている。私の想いは託し終わっている」
「……」
ヒカルは自分の碁の中に佐為がいるのを思い出す。
「私は緒方くんやアキラが私の碁と共に神の一手を目指して打ってくれると思ったから安心してこちらへ来た。 君は佐為と一緒に神の一手を目指して打っているだろう。佐為の碁はちゃんと君として生きているよ」
「碁を通して想いを繋げていく……ということだね」
横でずっと聞いていた神様が付け足す。
「想いを繋げる……」
この言葉がヒカルの心に残る。
佐為と一緒に高みを目指すのではなく、自分の碁……いや、佐為の碁を繋げる。
そんな風に考えた事なかった。
けれど、佐為が居なくなった後、自分の碁の中に佐為が居たのを見つけたときはすごく嬉しかった。
佐為は、俺が居なくなったとき同じように悲しむだろうか?
俺の碁を見つけたら救われるだろうか?
ーー俺は佐為の碁も繋げていきたい…
そう決心するヒカルであった。