繋想(けいそう)   作:彩加

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第17話

「ヒカル! 大変よ」

 

戻った早々にあかりが走り寄って来る。

 

「どうした?」

 

ただ事ではない雰囲気のあかりにヒカルは不安感を煽られる。

 

「棋院から電話があって…塔矢先生が…」

「え? 塔矢先生が……? 何!」

 

つい先程まで行洋と対局していたヒカルにとって行洋の名前が挙がるのは意外だった。

あかりの肩を掴み、あかりに詰め寄るヒカル。

 

「塔矢先生が……亡くなられたって」

「……! え? ……な……んで」

 

ヒカルから力が抜けていく。

今さっき対局していた相手が、亡くなった?? あんなに元気だったのに?

 

 

あかりが何か言っているが、ヒカルにはもう聞こえない。

頭が真っ白になりその場に座り込むヒカル。

 

ーー俺が行く前に塔矢がいた。俺とも打ったから時間オーバーしたって事か? でも、それなら神様が途中で止めるはずだろ? 何で? どうして?

 

頭の中がぐちゃぐちゃで心が追いつかない。

 

「塔矢先生……ごめん。俺が、俺と打ったから…」

 

涙がポロポロと溢れてくる。

止めようと思っても止まらない。

ついさっきまでの嬉しさとは対照的に自責の念に駆られるヒカル。

横にいたあかりはそんなヒカルに声を掛けられずにいる。

少ししてあかりはヒカルの前に座り込み、優しく抱き締める。

ヒカルはあかりを見るも涙が邪魔でまともに見えない。

そのままあかりを抱きしめ返して泣き叫ぶ。

しばらくすると、ヒカルは泣き疲れて眠ってしまった。

 

 

ふと目が覚めると夜になっていた。

ヒカルは目を腫らしたまま部屋を出ると喪服が用意されている。

否応なしに塔矢先生が亡くなったのだと思い知らされる。

立ちすくんでいると、秀輝をあやしていたあかりが気付き近寄ってくる。

 

「落ち着いた? ……最後のご挨拶はちゃんと行ける?」

 

心配そうに覗き込むあかり。ナーバスになっているヒカルに通夜というストレートな言葉は危ない気がする。

 

「……うん」

 

小さく頷くヒカル。

力無く喪服に着替えて、無言のまま玄関に向かう。

フラフラとした足取りで心非ずなヒカル。

あかりも秀輝を抱えヒカルの後を付いていく。

どこに行くかも分かっていないヒカルの腕を掴み、通夜の会場に誘導していく。

 

何とか通夜会場に着く。

ヒカルの腫れた目に遠目から行洋の写真が写り込むとまた涙が溢れ出す。

必死に堪えながら最期のお別れをする。

 

「塔矢先生……ごめん。塔矢先生……俺のせいで……俺の……」

 

立ち止まったまま動けなくなってしまった。ヒカルは必死に堪えていた涙だったが溢れ出してしまった。

隣にいるあかりはそれを心配そうに静かに見守る。

 

 

「進藤!」

 

遠くから近寄ってきたのは緒方とアキラだった。

あかりがその声に振り向く。

あかりが会釈すると、緒方とアキラも会釈を返す。

ヒカルは行洋の写真を見つめたまま動かない。

一目見て様子がおかしいと気づいた緒方とアキラは、

 

「別室に連れて行きましょう」

 

とあかりに断りを入れてヒカルを半ば無理矢理2人がかりで連れて行く。

 

「奥様ですね。事情はこちらで把握しておりますので、ご安心下さい」

 

緒方は不安そうにしているあかりに声を掛ける。

 

「ちょっとタイミングが悪かっただけですので」

 

とアキラもあかりに気丈に振る舞う。

 

 

「あ、あかり!」

 

奥の部屋から久美子があかりを見つけると声を掛ける。あかりは振り返ると、

 

「久美子!」

「進藤君は緒方さん達に任せておけば大丈夫よ。こっちに来て」

「え、えぇ」

 

父親を亡くしたばかりなのにヒカルを気遣うアキラを見て心配するあかりだったが、久美子がそう言うならきっと大丈夫なのかな、と思い直し久美子に付いていく。

 

 

 

「進藤! 大丈夫か?」

 

緒方がヒカルを部屋の隅に座らせる。

アキラはお茶持ってきますとその場を離れていく。

 

「お、俺……が塔矢……先生と、打って……たか……ら……こん……な」

 

ヒカルは頭を抱え自分を攻め続ける。

 

「……」

 

緒方は今は何を言ってもダメだと思い、何も言わずにヒカルの頭を撫でてまずは落ち着かせる。

 

 

少し落ち着いてきたのを見計って緒方がヒカルに話しかける。

 

「進藤。いいか、よく聞け。塔矢先生はあっちの世界へアプリを使っていない」

「……」

 

ヒカルが緒方に視線を向ける。

緒方はヒカルが自分の話を聞くくらいの落ち着きを取り戻したのを確認して続ける。

 

「アプリを使っている俺達は週2回、3時間の制限があるが、アプリを使っていない塔矢先生に時間の制限はなかったんだ」

「……」

 

ヒカルは行洋がアプリを使っていない事を初めて知る。

まだ飲み込めていないままのヒカルに対して緒方はさらに続けた。

 

「塔矢先生が亡くなったのと、お前との対局は無関係だ。お前のせいじゃない」

「……俺の……せいじゃない?」

「あぁ、お前のせいじゃない」

 

緒方がヒカルの質問に正確に答える。

ヒカルは自分のせいで行洋が亡くなったとしたら、この先行洋自身とアキラにどうやって償っていけば良いのかと不安と罪悪感で目の前が真っ暗になっていたが、スーッと胸につかえていたものが取れたような感覚になる。

 

「塔矢先生が亡くなった事は悲しいが、お前のせいじゃないから安心しろ」

 

緒方はもう一度ヒカルの頭を撫でて念押しをする。

 

 

「あれ? もう終わったんですか? かなり早かったですね」

 

アキラがお茶を3人分持ってきた。

ヒカルの表情が少し明るく変わっているのを見て安心するアキラ。

 

「また3日後にあっちに行こうと思ってるんだ。お父さんに会いに」

 

アキラは笑顔でヒカルに言う。

ヒカルはアキラの笑顔を見て本当に自分のせいではなかったと実感する。

良かったとホッとする一方で、やっぱり行洋が亡くなったのは悲しいと思うのであった。

 

「俺も一緒に塔矢先生に会いに行く。3日後だな」

 

ヒカルは腫れ上がった目をしていたので変な笑顔になったがアキラにはちゃんと通じたようだ。

 

 

 

行きとは別人のように落ち着きを取り戻したヒカルを見て、あかりは呆気に取られたが、

 

「ほら、言った通りでしょ?」

 

と久美子に言われると、そうねと頷くしかなかった。

緒方とアキラの2人に感謝し、何度もお礼を言って帰宅する。


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