天才・涅マユリの秘密道具   作:筆先文十郎

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今回はタイトル通り、随分前に出した『眠八號三歳』の後日談です。
そして何故粕人がマユリが出世させたくない以外の理由で、二十席以上の地位にいないのかが分かる話です。


眠八號三歳その後~葛原粕人はなぜ出世しないのか~

 シンギュラリティ(Singularity)。

 英語で「特異点」の意味する言葉である。「人工知能(AI)」が人類の知能を超える転換点(技術的特異点)、またはそれにより人間の生活に大きな変化が起こるという概念を意味する。

 とある人工知能・研究の世界的権威の科学者は著書で、2045年には人間の脳とAIの能力が逆転するシンギュラリティに到達すると提唱している。

 それによって多くの人がAIに仕事を奪われ、収入だけではなく社会的地位や人材的価値などを消失してしまうのではないかという不安が問題視されつつある。

 

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 (くろつち)マユリの家を後にした数分後、何者かによって拉致されロボットと化した葛原(くずはら)粕人(かすと)。マユリから『KUZU』と名付けられた粕人はロボットとなる前同様によく働いた。しかし相違点もあった。それはロボットとなる前にはあった肉体・脳疲労がないこと。休憩なしの長時間労働が当たり前だった粕人は疲労が溜まるにつれてミスも多くなり、その度にマユリの怒りを買い殺害されてきた。しかし集中力が落ちることはないKUZUは、何一つミスすることもなくマユリのオーバーワークに応えていく。無論必要以上の稼働によって引き起こされるオーバーヒートを起こすこともあるが、それは外部からの冷却などによって解消され、問題にはならなかった。

 本物以上に成果を黙々と上げ続けるKUZUを、技術開発局の局員達は不安そうに見ていた。

 

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 阿近(あこん)が時折通う高級居酒屋、六角亭(ろっかくてい)で阿近は部下である壺府(つぼくら)リンと酒を飲んでいた。

「阿近さんはあのKUZU(ロボット)をどう思います?」

「どう思うとは?」

 つきだしを口に運ぶ阿近に、壺府リンは不安そうに答える。

「あのロボットは葛原さん以上によく働きます。いずれ僕たちが用済みになるのでは?」

「そんなことか」

 そんな不満を一蹴するかのように阿近はフッと笑う。

「確かにあの葛原は普段の葛原以上によく働く。しかし俺達と葛原では局長と付き合ってきた年数が違う。俺達より葛原が局長に重宝される日はない。心配するな」

 そう言って阿近はそれでも心配する壺府リンをよそに酒をグイッと飲み干した。

 

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 翌日 技術開発局。

 涅マユリは苛立っていた。特に理由はない。ただ意味もなく苛立っていた。それゆえに局員達はどうすればいいかわからず距離をとることしかできなかった。

 そんな時だった。

「……」

 マユリの机にKUZUが無言でラベンダーが入った花瓶をさりげなく置いた。摘みたてのラベンダーの香りが、苛立っていたマユリの鼻腔を優しくくすぐり気分を落ち着かせる。

 それだけではない。KUZUはほのかに温められたティーカップに、上品で華やかな香りを放つジャスミンティーをスッと差し出した。

 ティーカップから漂うジャスミンの香りを楽しみながら、マユリはちょうどいい温かさのジャスミンティーを飲み干した。

「素晴らしい! 実に素晴らしいヨ!!」

「モッタイナイ御言葉デス」

 満面の笑みで称賛の言葉を送るマユリに、年季の入った執事のようにスマートに頭を下げるKUZU。

 

「……!?」

 

 付き合いの長い自分達ですらどう対処すればいいかわからなかったマユリの苛立ちを瞬時に落ち着かせたKUZUの行動に、阿近をはじめとする他の局員達は青ざめていた。自分達の地位が平隊士である葛原粕人(KUZU)に取って代わられるという恐怖で。

 

 

 

 翌日。

 技術開発局のとある一室で、(なた)やハンマー、電動ノコギリなどの様々な凶器によって原型を留めないほど徹底的に破壊されたKUZUが発見された。




前話の『葛原粕人。終わりなき終わりの始まり』でいくつかご意見を頂いたので加筆修正しました。
確かにあの話はマユリらしくないな、と反省しています。またああいったご意見をいただけると幸いです。そしてご意見をして下さいました方々にこの場を借りてお礼申し上げます。

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