9/25 話のおかしな箇所の修正
秋口とはいえ、まだ夏の暑さが残るこの時期に受けるのが憂鬱な授業がある。
それは、夏は炎天下の中で行われ、冬は寒風吹き荒ぶ中で行われる、我々インドア派にとって目の敵な授業。
名前こそ一つであるものの、その実は様々な競技の集合体であり、強制的に色々とやらせてくる授業。
身体の能力差が戦力の決定的な差となってしまう、運動音痴には逆風&逆風な授業。
泳げない俺には夏場は特に地獄と化す授業。誤魔化すのにも限界があるからだ。
その名は体育。弱まる気配のない日差しにガンガン照らされた校庭に俺たちは立っていた。
「あっちー……」
「あつい……」
ガンガンに照る日差しに千聖と共に陰鬱とした思いを抱えながらも、身体は皆と同じように動かす。準備運動を怠るとどうなるのかは、
「いっち、にー、さん、しー!」
「5、6、7、8」
準備体操の時点でテンション上がりっぱなしの日菜と、それとは対照的に事務的にこなす紗夜さんを前に見ながら、今日の授業内容は何なのか今から戦々恐々としていた。
「……ドッジボールとか来たら死ねるよなぁ」
「運良く日菜ちゃんと紗夜さんのチーム、ダメでもせめて日菜ちゃんの居るチームに入りたい……」
もし今日の授業内容がドッジボールだったとして、仮に日菜と紗夜さんが敵に回った場合、緩急自在、明らかに小学生に投げられる量ではない球種を持った日菜と男子顔負けの豪速球を持つ紗夜さんの2人相手に逃げ切るのは不可能と言っていいだろう。
いや、なにもドッジボールに限った話ではない。サッカーでもいいし、ソフトボールでもいい。とにかく二つのチームに分かれるような競技であの姉妹の敵に回るのは避けたい。紗夜さんは本人の負けず嫌いな性格から、日菜は純粋に手加減を知らないので容赦がないのだ。
運動音痴、または苦手な奴はこの時点でお祈りゲーと化す体育は悪い文明なのではないだろうか、俺は訝しんだ。
「今日の授業は100メートル走をやります」
「えーつまんなーい」
「日菜、静かにしなさい」
そんな教師の発言に多くの生徒はブーイングをしていたが、俺や千聖を含めた一部の生徒は安堵の息を吐いた。100メートル走という走るだけの単調な授業だが、運動が苦手な人間にはドッジボールみたいな死人が出そう(運動嫌い目線)な競技よりは万倍マシである。もちろん、一番いいのはそもそも授業を受けない事なのだが、そんな無法は小学校はおろか色々と緩々な大学ですら許されないので諦めるしかない。
「残念だがもう決まってるんだ。諦めて二人一組に別れろー。組み終わったらスタート地点に集合な」
「じゃあおねーちゃん、私と組もう!」
「……日菜がそこまで言うなら仕方ないわね」
「兄さん」
「あいよ」
千聖が伸ばしてきた左手を俺の右手で掴みながら、俺達は走っていった氷川姉妹の後を追うようにスタート地点まで移動したのだった。
そしてそれから10分後
「痛っっっっ」
「我慢しろ。もう終わるから」
俺は保健室で傷口に消毒液が染みて悶えている千聖の両手を握っていた。
どうしてこうなったか、というのは非常に単純。走っている最中に千聖の足がもつれて派手に転んだというだけのことだった。
「……やっぱり運動なんて大っ嫌い」
「気持ちは分かるよ」
千聖は運動が嫌いだ。出来るとか出来ないとかは置いておくとして、好きか嫌いかと問われれば迷いなく大嫌いだと答えるくらいには運動嫌いなのである。
「はい。これでもう大丈夫よ。お風呂に入る時にまた染みるかもしれないけど……」
「…………ありがとうございました」
憂鬱がありありと見て取れる表情で処置をしてくれた保健室の先生にお礼を言う千聖は、動くと痛むのか若干顔を顰めて歩き出した。
「「失礼しました」」
保健室を後にした俺達は、いっそ清々しいくらいに速度を落として廊下を歩いていく。千聖を労っての行動であるが、それと同時に授業を受ける時間を短くするための姑息な手段でもあった。
「なあ千聖。体育の授業が100メートル走だけで終わると思うか?」
「うーん……終わらないとは思う」
50分近くある授業時間を延々と100メートル走で費やすという考えはちょっと無理がある。後半の時間には何かしら別の事をやるというのが自然だろう。
「だよな……今から憂鬱だ」
「頑張って」
心なしかさっきより重くなった足で校庭へ戻ると、そこはボールが乱れ飛ぶ戦場と化していた。つまりドッジボールであった。
「うわぁ、うわぁ……」
「遅かったな。星野の兄の方はちょうどいいから、人数が少ないチームの内野な。妹の方は……見学でいいか」
「先生は俺に死ねと」
「嫌なら早く戻ってくるんだったな」
姑息な手は見抜かれていた。まあ普通に考えれば、それほど重症でもない女子の付き添いで10分くらい掛かるのはありえないから当然か。
ちなみに、人数の少ないチームというのは氷川姉妹と敵対しているチームである。ああ……終わった……。
「兄さん……」
「千聖。頼むから"可哀想に、これから自ら殺されに行くのね"みたいな目で見るのはやめてくれ」
千聖に見送られながら俺は内野へ入る。なお、残りの人数は俺が入って3人である。満身創痍とはこの事か。
「おお、涼夜くん帰ってきたんだ」
「ああ、うん、まあな」
「しかも敵チーム。むむむ、これは本気を出すしかないね」
「頼むからやめてくれ」
「じゃあ行くよ〜〜それっ」
「聞けぇ!?」
そんな軽い調子で投げられたボールは声の緩さに反してえげつない程のカーブを描いて俺を襲う。日菜は恐らく意図していないだろうが、その軌道は俺の鳩尾を狙っていた。
「ちょっ」
「おねーちゃん!」
「逃がしません!」
「んまっ」
避けたボールの行く先には当然のように紗夜さんが待ち構えていて、更に追撃が一発。凡そ小学生が投げるような速さではない球が鼻先を掠める。
「日菜!」
「えーいっ!」
「つぁ」
的確に足元を狙うボールをジャンプして避ける。しかし、空中に跳び上がるという事は着地するまで無防備になるという事で、背中に待ち構えている紗夜さんの攻撃から逃げられないことを意味していた。
「そこっ!」
「ちょぎっ!?」
つまり、紗夜さんの豪速球を背中で受けなければならないということだ。
「兄さん!!」
「うっわ、ヤバい音したな」
「……はっ!しまったつい、大丈夫ですか!?」
「け、結構内側に響くな……」
避けられない相手に、つい、で全力投球する紗夜さんは、ひょっとすると天然なのかもしれないと俺は思ったのだった。
▼▼
「よし、集まったな」
昼休み、校庭の一角にいつものメンバーは集まっていた。
「りょんりょーん、今日は何するの〜?」
「まあ落ち着け。そう焦るな」
片手を上げてそう言ったのは、巴の妹の宇田川あこ。歳は巴の一つ下で現在小学一年生。髪の色が薄い紫みたいな色で何故か巴と髪の色が違うが、ちゃんと血の繋がった姉妹らしい。
あだ名のネーミングセンスが独特で、涼夜と聞いてりょんりょんに切り替えるセンスは中々の物だと思う。
「今日はそうだな……なんかあるか?」
「ノープランかよ」
「うるさいぞ巴。モカを見ろ、文句一つ言わずに真剣に考えてるじゃないか」
花壇のレンガ部分に腰掛けて考える人のポーズでうつむくモカは真剣なのか、さっきから言葉一つ発さない。よほど真剣に考えてるということ──
「……いや、多分これ寝てる」
──な気がしたがそんな事はなかった。試しに蘭がツンツンしてみても反応がない。
「………………モカに期待をしたのは間違いだったかー」
「そういえば昨日、お父さんが秋祭りのポスター貼りで腰が痛くなりそうだーって言ってたよ」
「マジで?」
モカがダメ(いつも通り)かと思ったら、今度はつぐみから有力な情報が飛び出してくる。この地域の祭りは夏と秋の隙を生じぬ二段構え形式であるから、大方その宣伝のためのポスターといったところか。
「よし、ならやるべき事は決まったな。今日の"リトルバス『アフターグロウ』……やっぱダメか」
「アフターグロウの方がいいってみんなで決めたじゃん」
「そろそろ諦めなよ」
「涼夜ってさ、思った以上に強情だよな」
「兄さん、約束は守ろ?」
非難轟々である。多数決とは時に残酷な牙になって少数派を駆逐するのだなと、俺は内心で涙をのんだ。
「わかったわかった。それじゃあ改めて、今日の"
「もし参加させてもらえなかった、あるいは終わっていたとしたら?」
「山か川か、どっちかに行こう」
「素直に秘密基地と河川敷って言いなよ」
「暗号っぽくてカッコイイだろ?なあ、あこ」
「だよね!カッコイイ!」
サムズアップで友情を確かめあった俺とあこを、ツッコミを入れた蘭は戸惑いと呆れが入り混じった目で見て、仕方がないと諦めたのかモカの身体を揺らしはじめた。
「それじゃあそういう事で、ミッションスタートだ!」
ちなみにアフターグロウという名前は、皆で図書室の和英辞典を必死にめくって調べた名前である。名前を付けるのに英語をわざわざ調べるとかまるで厨二病患者みたいだぁ……。
お察しとは思いますが、某鍵作品の影響をモロに受けてます。