『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

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第九拾弐話

 石井営所上空を、菫色の孔雀と黒い鳳凰が激しく縺れ合い螺旋を描く。

 空戦性能は拮抗していた。だが小太郎良門を庇いレインボージャークの急制動を利かせられない良子は、貞盛の操るブラックフェニックスに次第に追い詰められていく。

 サビンガが果敢にフェニックスに挑むが、偵察能力に特化した小型飛行ブロックスでは、純粋な空戦型ゾイド相手には荷が重すぎた。

「好立殿!」

 小さなモモンガ型ゾイドは、フェニックスの翼が巻き起こす衝撃波に煽られ成す術もなく失速、仰向けとなって落下していく。

 抑制してはいるものの、レインボージャークの断続的な急加速によって小太郎は恐怖し、火のついたように泣き続けている。

「許して。でもあなたは平小次郎将門の嫡子、今は耐えるのよ」

 目尻に悔しさと怒りの涙を湛え、良子は幼い我が子を顧みる。(さかのぼ)れば、共に高望王の後裔たる桓武平氏。小次郎も良子も、そして太郎貞盛も従兄妹同士である。だが同じ血統とはいえ、貞盛は自分とも夫小次郎とも大きく異なり、厭らしい迄に狡猾であることを呪う。孝子を見殺しにし、乗機としたゾイドを見捨て、将門ライガーに敵わぬと見れば脆弱な妻子を付け狙う。理に叶った策と言ってしまえばそれまでだが、そこには荒々しくも朴訥な坂東武者たる誇りが見えない。

「こんなことが前にもありました。あの時は空飛ぶバイオゾイドに不覚を取ったけど、今度は絶対に諦めない。貞盛、あなたなんかに!」

 良子の言葉とは裏腹に、後方から追い縋るブラックフェニックス腹部のチャージングミサイルは、確実にレインボージャークを捕捉していた。

 

 村雨ライガー、デッドリーコング、バンブリアンに対し、溶岩色のバイオメガラプトル3匹が躍りかかった。2匹がヒートハッキングクローを振り上げ迫り、後衛の1匹は口腔から豪雨の如くヘルファイアーを撃ち放つ。大地に堆積した火山灰が舞い上がり、視界を閉ざされた小次郎達のゾイドの前に、硝煙の壁を切り裂き凶悪な爪が現れる。構えたムラサメブレードが火花を散らすが、直後に激しい衝撃が村雨ライガーの頭部を襲った。硝煙の中に紫水晶の峰が光る。

「連携攻撃か」

 視界の利かない中、ヴォルケーノがブレイズハッキングクローを叩き込んだのだ。棟梁たる小次郎を着実に仕留めるためメガラプトルと連携し、デッドリーコングの援護を掻い潜り、驚異的な瞬発力で接近していた。咄嗟に逆立てたカウルブレードによって頭部操縦席への直撃こそ食い止められたが、金色の鬣の一部が刃毀れを起こしている。視界が晴れた頃、メガラプトル3匹は正三角形を描いて等距離に位置し、三角形の重心に小次郎達のゾイドを捉えていた。3匹同時にヘルファイアーを放ち、ヒートスパイクによる攻撃を代わる代わる仕掛け、反撃の(いとま)を与えず元の位置へ戻って行く。

 小次郎は以前のメガラプトルに比べ、格段に俊敏さが増していることを知った。ヴォルケーノが不気味な静寂を以て再度襲撃する機会を窺っている。

 速さで翻弄するのであれば、速さで勝負する。

 緋色の獅子が硝煙の壁を突き破り降臨した。

 

「はやてライガーだ!」

 バイオゾイドの猛攻に委縮していた多岐が、エヴォルトによって出現した緋色の獅子を見た途端に生気を取り戻した。バンブリアンはセイリュウサーベルによってメガラプトルの攻撃を辛うじて受け流していたが、依然戦況は不利なままである。

(こんな時に)

 戦闘の最中、桔梗は視界が次第に白濁して行くことを覚えていた。己の身体の劣化が進行している証しである。

〝桔梗、二足歩行形態とせよ〟

 デッドリーコングから届いた伊和員経の声が何を意図するかは直感で判る。背中合わせに立つ二機のゾイドが死角を補い合い、その周囲を高速で駆け巡る疾風ライガーは、文字通り硝煙の壁を斬り掃っていった。煌めくハヤテブースターより散布されるHYT粒子が火山灰を鎮め視界を開いていく。

 一刻も早く、この窮地を脱せねばならない。

 小次郎が叫ぶ。

「将門ライガー!」

 緋色から霰石色へ。二振の大刀を備える獅子が新たに降臨し、恰もその瞬間を待ち望んでいた如く、紫水晶の峰を輝かせて6基のバーニングジェットを噴き上げた赤い竜が突入した。

 一方、三角形の頂点を結んだ竜は一斉に移動し、死の猩々の背後で身構えるバンブリアンのみに殺到した。驚異的な瞬発力はデッドリーコングの棺桶から迫り出す稼働肢さえ追いつかなかった。

「あつい!」

 強化されたヘルファイアー焼夷弾の炎がバンブリアンを包み込む。悲鳴を上げる多岐を抱きかかえ、桔梗は焦点の定まらない瞳を正面に凝らす。白濁する視界の中、獰猛な竜の咢《あぎと》が、嗤い声を立てて迫っていた。

 

 炎に包まれるバンブリアンを前に、小次郎は怒りを込めた渾身のムラサメブレイカーでバイオヴォルケーノに斬りかかった。

 冷たく乾いた音色が戦場に響く。

「馬鹿な」

 利根の河原で戦った時には、メタルZi製の太刀の斬撃によって次々と破砕し、本体のクリムゾンヘルアーマーを庇ったクリスタルスパインが、ムラサメブレイカーの攻撃を砕けることなく受け止めたのだ。

 バイオヴォルケーノの口角が、ブレイズキラーバイトを光らせ嗤った様に見えた。先端にテイルアックスを備えた尾部が唸りを上げて将門ライガーを打ち据える。

「此奴、不死身(アンデッド)か」

 勝ち誇ったように右回りに頸を巡らすのは、以前のヴォルケーノの仕種に等しい。しかし赤い不死の竜は、着実にその戦闘能力を強化していた。

 此度の戦いは長引くやも知れぬ。だがそれでは多岐と桔梗が危うい。

 決着を急ぐ小次郎は、将門ライガーの二振の太刀を翼として広げ、一気に勝負を付けようと臨む。だが決戦の行方は、思わぬ形で幕切れとなる。

 

「あついよぉ、あついよぉ……」

 バンブリアンの中で熱さに苦しむ少女の声が響く。同時に桔梗の苦悶も続く。

《自分を姉として慕ってくれるこの多岐だけでも助けたい、でもどうすれば》

 縋りつく少女を覆い隠し蹲る桔梗は、背後で湧き上がる陀羅尼の詠唱を耳にした。

 

 怛姪他(たにゃた)

 晡律儞(ほりに)

 曼奴喇剃(まんどらてい)

 独虎(どっこ)・独虎・独虎。

 耶跋蘇利瑜(やばつそらゆ)

 阿婆婆薩底(あばばさち)

 耶跋旃達囉(やばせんだら)

 調怛底(じょうたち)

 多跋達(たばだ)

 洛叉(らくしゃ)

 (まん)

 嘽荼(たんだ) 鉢唎訶藍(はりからん) 矩嚕(くろ)

 莎訶(そわか)

 怛姪他(たにゃた)

 嗢篅里(うんたり)

 質里(しつり)・質里。

 嗢篅羅(うんたら)

 篅羅喃(たらなん)

 繕覩(ぜんと)

 繕覩(ぜんと)

 嗢篅里(うんたり)

 虎嚕(ころ)

 莎訶(そわか)

 

 桔梗の朧気な視界に、梵語の記された帯を螺旋を描いて解いて行く死の猩々の姿が映る。劫火の中、封印武装バーンナックルハリケーンの八振の刃を剥き出しにするデッドリーコングが浮かび上がった。

「あれは私が、前の私が解いた封印。お止めくださいお父様」

 無我夢中で、伊和員経を父と叫んでいた。

 その呼び名を待ち望んでいた筈の、員経からの応えは無かった。

 

【なんだあのコングは。金光明経の陀羅尼を詠唱しているではないか】

――ナウマクサマンダボダナン ベイシラマンダヤ ソワカ――

【金光明経は四天王を守護とするもの。明達殿の四天王法では調伏できぬぞ】

――ナウマクサマンダボダナン ヂリタラシタラ ララ ハラマダノウ ソワカ――

【空也め、遊行の立場を利用しこの様な絡繰りを仕込んでおったとは】

――ナウマクサマンダボダナン ビロダキシャ ウン――

【構わぬ、祈祷を続けさせよ。強化再生されたバイオヴォルケーノとバイオメガラプトルであれば平将門を倒せぬ筈がない】

――ナウマクサマンダボダナン ビロバキシャ ナギャ ジハタ エイ ソワカ――

【言い争っても詮無き事。絶やさず祈祷を続けよ】

 

 小次郎は鬼神となったデッドリーコングに戦慄した。

 嘗て堀越の戦に於いて孝子を乗せたまま暴走し、バイオゾイドの群れを蹴散らした姿である。だが操縦者など顧みず、野獣の本能に任せて暴走したことにより孝子の肉体は満身創痍となり、結果として貞盛の伴類に嬲り殺しにされたのだ。

 忠臣伊和員経も無事では済まない。されど暴走を止める手立てもない。手当たり次第に破壊し尽くす狂気の猩々の惨禍より逃れるため、将門ライガーは距離を置いて見据える他に方法はなかった。

 双眸に狂気を宿し、デッドリーコングは猛り狂う。

 韻々と響く陀羅尼を称え、赤い竜の群れに突進する。三角陣形を描くメガラプトルは、炎に包まれ倒れ込んだバンブリアンより標的を変え、ヘルファイアーの豪雨をデッドリーコングに降り注ぐ。

 焼夷弾が死の猩々を包み込んでいた。

 

「桔梗、多岐、無事か」

 攻撃目標から外れたバンブリアンに将門ライガーが駆け寄り、懸命に土を掘り起し燃え盛る焼夷弾の炎の鎮火を試みる。坂東平野に網目状に広がる無数の地下水系が幸いし、湿った土がバンブリアンに注がれ、みるみる内に白黒の愛らしい機体色に戻っていった。

 泥塗れで、湿った土から立ち昇る蒸気を纏いつつ、バンブリアンが立ち上がる。

「大事無いか」

〝こわかった。でも、孝子ねえさまといっしょだったから、こわくなかった〟

 操縦席から多岐の健気な声が伝わる。

〝戦況は一体どうなっているの。デッドリーコングは、員経様は?〟

 桔梗の悲痛な叫びも届いてきた。胸騒ぎを覚え、小次郎は娘に問い掛ける。

「多岐よ、桔梗――孝子は何をしている」

〝へんな方を見てる。おかしいよ、かずつねさんの方を見ていない〟

「まさか、(めしい)たか」

 桔梗はその時既に、光を失っていた。

 

 


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