『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

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第九拾壱話

 石井営所へ急ぐ小次郎達の一行であったが、下野から常陸に差し掛かった頃より、手負いのソウルタイガーが、目立って遅れるようになっていた。下総の国境(くにざかい)まで目前というのに、白虎は疲れ切った老虎のように息も絶え絶えに歩んで行く。やがて前脚二本同時に(つまづ)き、前のめりになって地表に倒れ込む。行軍を停止し、ソウルタイガーの元に駆け寄った小次郎は、白虎の装甲に広がる(おぞ)ましい紋様を目にする。原因は明らかであった。

「ゾイドウィルスに罹患している」

 バイオヴォルケーノによって破壊された部分を中心に、赤い斑点が同心円状に装甲を蝕み繁殖している。金属の鎧を持つとはいえ、ゾイドも生命体である。傷が癒えぬ機体には過酷な行軍を続けたため、ウィルスに対する抵抗力が低下し感染したと推察された。踏破してきた地域は源護(みなもとのまもる)の所領(現時点で実質上平将門が制圧)であり、つまりゾイドウィルスが猛威を振るっている伝染地帯でもある。

「面目次第も無い」

 頻りに己の失態を詫びる坂上遂高に、同伴者となった興世王が殊も無げに声を上げた。

「ワクチンなら、然るべき施設さえ整えば合成できますぞ」

 一斉に振り向く視線にたじろぐが、直ぐさま興世王は得意気に語り出す。

「国衙のゾイドは危急の事態に備え、大抵ワクチンプログラムは備えておるものなのだ。このエレファンダーとて例外ではないが、他のゾイドとなると若干の書き換えを施さねばならず、このような場所では書き換えも接種も不能である。ソウルタイガーをこれ以上動かさぬようコアを休眠状態にさせ、グスタフなどで牽引するのが良かろう。営所であれば一通りの施設は整う筈だが、迎えを頼むこと叶わぬか」

 周囲を一瞥する興世王の問いに、いち早く良子が名乗り出た。

「ここは既に下総の地。レインボージャークで石井に向かい、急ぎ迎えを遣しましょう。黒い翼を持つ獅子ならば、レインボージャークであれば幾らでも対処できますし、万が一、また空飛ぶバイオゾイドが現れるやもしれませんので、文屋好立殿のサビンガと、四郎様のナイトワイズにも迎えに来てくれるようお声がけしましょう。いかがですか」

 それまで単独飛行を恐れていた小次郎も、良子の言葉に納得し頷く。

「頼む」

「はい」

 大地に伏す白虎を見下ろし、程なくして良子と小太郎良門を乗せたレインボージャークが羽ばたいていった。

 

 ウィルスへの罹患を防ぐため、村雨ライガーなど他のゾイドはソウルタイガーから適度な距離を置いた場所に留まり、コアの活動を停止されたソウルタイガーを隔離状態にしていた。(うずくま)る白虎の損傷個所を見上げ、小次郎が呟く。

「この傷、員経は如何に思う」

「荷電粒子砲による損傷ではありませぬな。レーザーや火薬、通常の運動能力弾による破壊とも異なります。強靭な抵抗力を持つソウルタイガーがウィルスに罹患したことからも、何らかの生体兵器である可能性もあるものかと。敵は未だ得体の知れない〝バイオ〟ゾイドですので」

 小次郎の記憶に刻まれた赤黒い光の帯。それは閃光というには程遠い、どす黒い光沢を帯びた光であった。同じ光を将門ライガーも浴びているが、七色に分身し高速で疾走していた将門ライガーの霰石色の装甲は光を弾き無傷であった。無限なる力を宿す村雨ライガーの究極態であればこそ、と考えれば済むことではあるが、攻撃を弾かれた以上、敵は――太郎貞盛は――それを上回る攻撃法で挑んで来るに違いない。

 ゾイドらしき足音が小次郎の耳朶を打つ。静寂を破り、バンブリアンが低木を掻き分け小次郎達の前に現れた。

「敵が来ます、数は5」

 操縦席より身を乗り出した桔梗と、その背中に必死に捉まる多岐の姿が見える。小次郎は即座に愛機に向かって駆け出し、それを追って伊和員経、そしてバンブリアンが続く。小次郎は走りながら怨嗟の独言を吐く。

「こんな時に敵とは。5匹ともヴォルケーノなのか」

「1匹はヴォルケーノ、残り3匹は、(あしおと)からしてバイオメガラプトルです」

 頭上遥かのバンブリアン操縦席から、桔梗の張り上げた声が降る。

「バイオメガラプトル、まだ生き残っていたか。――其方、跫で聞き分けられるのか」

「詳しい事は後です。それより最後の1匹は空を飛んでいる。あの黒獅子の音によく似ているが、風を切る音から純粋な鳥形ゾイドらしい。レインボージャークを追っているのかもしれない」

 間もなく村雨ライガーの操縦席に収まり、伊和員経がデッドリーコングを起動させるのを脇目で見ながら、小次郎は桔梗に驚異的な聴力があることを悟った。

(であれば、医療所の衝立(ついたて)越しの兼弘との会話も聞かれたということか)

 己の過酷な宿命を、桔梗が既に察知していたことに気付くのであった。

 

諸輿(もろおき)、何故に我を追って来た」

 異質なバイオゾイドの胎内より、人の姿が露出しているのは異様である。

「基より権守の任を投げ打ち、野に下った咎は許されざるべきこと。守貞連(さだつら)様の命により、速やかに都に戻りなされ」

 小次郎達がゾイドで駆けつけた時、そこにヴォルケーノの腹部搭乗席を開き、土魂によく似た具足頭部を脱いで素顔を晒す兵がいた。

〝殿、あの時の機体です〟

「ああ、そのようだ」

 クリムゾンヘルアーマーは以前同様に回復し、紫水晶の刃も生え揃っている。だが流体金属装甲の端々には僅かに刀傷が残り、将門ライガーの激しい斬撃に晒された痕跡を刻み込んでいた。不思議なことに、不自然に右のブレイズハッキングクローを振り上げている。背後に3匹のメガラプトルらしき竜が(うずくま)るが、その姿は以前の機体と大きく異なっていた。

「其方の指図は受けぬ。我は将門殿と共に下総に参る」

 興世王もまたエレファンダーに搭乗し、頭部装甲を開放しながら応じている。

「それなる平将門は、公儀による追捕状を受けた謀反人である。武蔵守百済王様の命に逆らい、謀反人の元に(はし)る以上、貴公も追捕の対象となることを知った上でのお返事か」

「これは異なことを申される。将門殿こそ坂東の覇者、(まこと)の坂東武者なるぞ。そのバイオゾイドとて、嘗て将門殿に倒された死に損ないであろう。虚仮威(こけおど)しなど通用せぬ。さっさと潔く武蔵国衙に戻られるがよかろう」

 興世王は、小次郎を後ろ盾にして横柄に振る舞う姿が露骨であった。ヴォルケーノに乗る小野諸興は動じることなく、寧ろ思惑通りという口調で言い放つ。

「宜しかろう興世王殿。貴公の(はかりごと)がよう判った。

 平将門、念のために尋ねる。お前は興世王を我らに渡す心算は無いか」

「無い」

 即答であった。

 窮鳥(きゅうちょう)(ふところ)に入れば猟師も殺さず。

 小次郎の義侠心がまた、彼を窮地に導いて行くのである。

「相分かった。談判は決裂した。これ以上容赦はしない。ソラ、小一条院忠平様の命により、興世王ならび平小次郎将門を討つ」

 振り上げていた右のブレイズハッキングクローを緩慢に大地に突き刺すと、爪の先に結えていた包みが解かれ、中から開戦を示す(ちょう)が現れた。操縦席の装甲を閉じ、一斉に骸骨竜が立ち上がる。

 嗤い声の如き雄叫びを上げる骸骨竜達の色は、全て灼熱の溶岩色に彩られていた。

 村雨ライガーの前に、バイオヴォルケーノ、そして同じく溶岩色をした3匹の真っ赤なバイオメガラプトルが立ち塞がった。

 

 レインボージャークの最大速度を以てすれば、石井の営所まで幾許(いくばく)も無い。しかし、幼子小太郎を抱いたままの高速飛行は躊躇われる。味方の制圧圏内という安堵もあり、良子はソウルタイガーの窮状も暫し忘れ、穏やかな蒼空の飛行を楽しんでいた。

「お前が飛んでくれたのは、小次郎兄さまと契りを結ぶ約束をした時でしたね」

 レインボージャークの狭い操縦席の中、想い人の温かい胸に包まれ、互いの一生を寄り添い分かち合おうと決意してから幾星霜が過ぎ去った。孝子、彩、そして桔梗と、何人かの女性が、夫の側を通り過ぎて行ったが、愛するひとは只管に妻である自分を愛し続けていてくれる。婚儀に反対し、営所で言い争った父良兼ももうこの世にはいない。末期の水を取れたのは、せめてもの罪滅ぼしとなれただろう。ふと想い出に涙ぐむ母の顔を、小太郎が不思議そうに見上げていた。

「大丈夫ですよ、ほら、石井が見えてきました」

 館の上空に、離陸直後のサビンガとナイトワイズが出迎えている。

「好立殿、それに四郎様、お迎えありがとうございます」

 声を出したところで届くことはないが、良子は嬉しげに手を振った。

「ここが、私の住いなのだから」

 レインボージャークが次第に高度を下げ、降下体勢に移行していた時である。眼前を黒い烈風が切り裂き、忽ちナイトワイズを巻き込み落下させた。

「何が起きたの!」

 菫色の孔雀が悲鳴を上げ降下体勢を解除する。フェザーカッターを羽ばたかせ、その場に留まり周囲を見渡す先、良子は見慣れない黒い猛禽ゾイドを発見した。

「あの翼、あの時の黒い獅子と同じ物。まさか、太郎貞盛のゾイド」

 レインボージャークの前にも、零とのユニゾンを解除した飛行ブロックス、貞盛の操る黒い鳳凰(ブラックフェニックス)が立ち塞がっていた。

 


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