『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

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第九拾話

【無念でしたな浄蔵殿。大威徳法を以てしても、将門調伏を成し得ること叶わぬとは。やはりここは拙僧の大元帥法にて再度祈祷を行いましょうぞ】

【急き立てるものではない。泰舜殿、あれは権介惟条が迂闊であった故に仕損じたこと。ドラグーンネストとの連携を充分に行っておれば、小勢の将門を仕留められたものを】

【左様。然れど恐らく将門も増援を呼び備えを構えておるであろう。最早ヴォルケーノに零を加えただけでは敵うまい】

【さすれば手勢を加えましょう。下野には藤原秀郷が龍宮より貸与されたバイオゾイドが温存されておるはず】

【俵藤太め、知らぬ顔をしてまんまとバイオゾイドをせしめておったか。早速御教書(みきょうしょ)を送りドラグーンネストと合流させようぞ。

 では、藤太のバイオゾイドは土魂に任せるとして、ヴォルケーノの乗り手は如何に】

【武蔵守に百済王貞連(くだらのこにきしさだつら)を任じた際、同時に武蔵権介に赴任した小野諸輿(おののもろおき)を命じておる。さて次に何方が咒を唱えるかだが】

【では次なる祈祷、尊意様の不動明王法先んじ四天王法での調伏をお許し願えますか】

【良かろう。律と天台を併せる加持に期待しよう。皆も相違無いな】

【……天台座主の尊意様に意見する者などおりません。では明達阿闍羅、これより所作に入ります。まずはヴォルケーノの強化より執り行う】

 護摩壇を降りる浄蔵の貌には、ありありと不満の表情が残る。袈裟を仰々しく振り上げる明達の手印が次々と組み直され、同時に四つの咒が唱えられる。

 

――オン ベイシラマンダヤ ソワカ――

 

――オン ヂリタラシタラ ララ ハラマダノウ ソワカ――

 

――オン ビロダキシャ ウン――

 

――オン ビロバキシャ ナギャ ジハタ エイ ソワカ――

 

 遠く離れた坂東で、四つのコアの胎動が始まっていた。

 

 黄金の鬣を逆立て、碧い獅子が疾駆する。主の感情の昂ぶりが、そのままゾイドに伝わっている。操縦桿を握る小次郎の奥歯は、言い知れぬ悔しさの為に噛み締められ、眉間には理不尽な宿世を心底より呪う怨嗟の皺が寄せられていた。

「なぜ桔梗ばかりがこんな仕打ちを……」

 小次郎の血を吐くような恨み言を聞いたのは、その場で共に疾駆する村雨ライガーのみであった。

 村雨ライガーが単独行動を行っていたのは、小次郎が如何にしても再訪しなければならない場所があったからだった。上野への往路で桔梗を診察し、持ってあと数年、悪くすれば半年の命と診断した医師高木兼弘の診療所である。義父良兼の危篤を慮り、急ぎ診療所を後にしたものの、兼弘は他にもまだ桔梗の症状について調べると約束をしてくれていた。

 桔梗が生き延びる手立てが見つかるのであればどの様な手段も厭わない。

 幸いにして、ソウルタイガーの損傷は集光板二枚に留まり、歩行に支障を及ぼすことはなかった。加えてバイオヴォルケーノの暗躍を察知した伊和員経が、営所の守りを藤原玄明のランスタッグ部隊に委任し、合流の為デッドリーコングで向かっているとの報せも受け取っている。そして何より、事情を知る良子が小次郎に懇願していた。

――桔梗殿を助ける方法が見つかっているかもしれません。私たちは大丈夫です。傷ついたあの赤い竜もすぐには襲って来ないでしょう。あなた様だけでも兼弘様の元へ行き、治療の教えを請いて来てください、お願いします――

 良子の言葉に肯き、小次郎が一縷の望みを賭け、手勢を離れ療養所のある只上に単機にて向かったのはその日の朝であった。

 半日ほど走り続け、上野只上の診療所に到着したのは、間もなく日が頂点に達しようとする頃である。太陽を縦断する軌道ケーブルの影を遠望しつつ、呼吸荒々しく現れた小次郎を見て、兼弘は食事を摂るとの理由を付けて一旦診療を区切り、小次郎を他に傍耳を立てる者のいない狭い部屋に通すのであった。

 薬の臭いが鼻を突く部屋で、小次郎は幾つかの読み取れない書類を提示された。兼弘が重苦しい表情を浮かべているという様子だけで、事態が好転していないことだけは判った。

「遺伝子検査を精緻に続けた結果、信じられぬことが判りました。桔梗様の染色体は、ディプロイド(2n)に非ずトリプロイド(3n)、有態(ありてい)に申せば、通常のヒトの肉体の五割増(ごわりまし)を持って産まれてきた。故に、プロジェリア症に罹患していながらも身体の成長に支障なく生きて来られたのです」

 徐に口火を切ったが、その高名な医師が何を説明しているのか到底理解はできなかった。

「専門的な用語を使う事、お許しください。しかしこれは到底信じられぬ症例なのです。

 あの女人は、成長を促進させるためミューテーターと呼ばれる突然変異の発生率が異常に高い個体として産み出された可能性が高く、それも人為的に調整され、単為生殖(アポミクシス)によって己の細胞を増殖、培養された形跡まであります。但しその代償として、桔梗様は子を宿すことができぬ肉体なのです。

 機械生命体ゾイドの場合、コアの増殖によって大量培養する技術は、(いにしえ)のオーガノイドシステムより伝わっております。しかしそれをヒトに適応させる技術を持つ連中。

 龍宮ディガルドを措いて、私は他に存じ上げません」

「また龍宮なのか」

 紫の君にせよ、桔梗の前にせよ、生命を弄ぶが如き龍宮の振舞いに、ぶつけ様の無い怒りが小次郎の中で込み上げる。そして背後に見え隠れするソラ、天上人の姿と、その手先となり暗躍する俵藤太への怒りの炎が燃え上がっていた。

 

 小次郎の帰還を待ちつつ移動する良子達のゾイド群が、上野と武蔵、そして常陸との国境に差し掛かっていた頃。間道を進むバンブリアンの前に、梢を越える小山の如き黒い猩々が現れていた。

「デッドリーコング、かずつねさんだ!」

 桔梗の膝の上、目敏くデッドリーコングを見つけた多岐が歓声を上げる。無垢な笑顔を浮かべる少女の瞳を見つめ、桔梗は〝以前の自分〟の養父と名乗った上兵のゾイドを凝視していた。

 あれから膝の痛みや脱力感は小康状態となり、目のかすみなども和らいでいる。或いはあの医師の言葉は幻聴ではなかったかと、半ば願いを込めた想いを巡らすバンブリアンの操縦席の中、伊和員経からの伝文がバンブリアンとレインボージャーク及びソウルタイガーに一斉に送られた。

〝災難でしたな遂高殿。奥方様も多岐様もお怪我はありませぬか〟

 敢えて最も気掛かりな者の名を呼ばぬことが、律義な武士の不器用さである。

〝桔梗殿もお元気ですよ〟

 気を利かせた良子が、レインボージャークから返信する。〝それは僥倖〟と短く往信し、〝ところで〟と続ける。

〝客人を伴っております〟

 デッドリーコングの巨体に隠れていた大型ゾイドが、四肢を踏み締め小次郎達の前に姿を現した。

「エレファンダー? エレファンダーでしょ、はじめてみた。大っきいはなと耳、コマンダータイプだ……」

 目を輝かせ身を乗り出す多岐越しに、桔梗も見覚えある藍色の象型ゾイドを見つめる。

(あのゾイドは、確か狭服山で見た興世王という武蔵権守の機体)

 真っ先に自分を〝孝子〟と呼んだ武官である。郡司武蔵武芝との諍いは収まり、武蔵国衙に登庁している筈の人物が、何故この辺鄙な国境に現れたかを訝しむ。丁度その時、機体幅程度しかない間道を走り抜けて来た村雨ライガーが小枝《こえだ》を纏いながら到着合流していた。

 

 火山灰避けに張られた陣幕の中、小次郎達は興世王を囲み、事と次第の経過を聞かされていた。

「思うに敗走して上洛した源経基が、有りもせぬ事をソラにつらつら訴えたに相違ない。

 任期途中の上総介を解任され、新たに百済王貞連(さだつら)が武蔵守に赴任したのだが、私とは姻婭(いんあ)の仲であるにも関わらず、最初から足立郡での一件を持ち出し私の国庁への着座を拒みおった。最初から将門殿との繋がりを疑ってのことであろうが無礼千万である。

 どうにも腹に据え兼ね、下総石井の営所に伺おうと出立した矢先、員経殿のデッドリーコングを眺望した。訊けば将門殿は上野よりの帰路とのこと。旧交を温めるのも一興と、急ぎ参じた次第である」

 一方的に捲し立てる興世王を尻目に、相変わらず弁が立つ方だと、その場にいた者全てが感じていた。

「用心なされ将門殿。同時に赴任した権介の小野諸輿(おののもろおき)という御仁、先の武蔵国小野牧(おののまき)別当にして、武勇の一族である。

 私が掴んだ報せによれば、なにやら下野の俵藤太より荷が届き、加えて見慣れぬ翼を持つ黒獅子まで飛来したと聞く」

 滔々と語られる興世王の不満話に、幾分辟易として話半分で受け流していた小次郎の表情が急激に強張る。

「太郎貞盛だ」

 興世王への返答ではない。加えて告げられた俵藤太の名が更なる緊張を漲らせる。

「殿、バイオヴォルケーノと翼を持つ零に加え、藤太が暗躍しているとすれば」

「貞盛が赤い竜の骸をわざわざ持ち去ったのは、あの骸にまだ利用価値があるということだ。良文叔父の凱龍輝との戦いからも、赤い竜は再度甦ってくると考えるべきだろう。

 この国境地帯は国衙の眼の届かぬ絶好の奇襲場所。一刻も早く村雨や疾風の優速を生かせる平地まで急ぐぞ」

 貞盛との決着を一刻も早く付けたい。だが良子や桔梗、小太郎と多岐を背負った状態で複数のバイオゾイドに襲撃されれば、先の利根河原での戦のようにはいかない。デッドリーコングを加えたところで絶対的優位は保てない。小次郎はじりじりと焦る気持ちを抑えつつ、愛機に向かい駆け出していた。

 村雨ライガーを前にして、小次郎は呼び止められた。

「殿、あの場ではお伝えできなかったことがあります」

 小走りで並走する伊和員経が、幾分声を潜めて近づく。

「藤原純友殿よりの使者、藤原三辰という方が、ストームソーダージェットにて殿の御不在中に来訪されました。ソラの動き、龍宮の動き、そして咒を唱える奉幣使の情報です。摂政忠平は、殿を見限っているのではとの純友殿の書簡を伴って」

「純友殿からとな」

 村雨ライガーの鬣に攀じ登る小次郎が手を止め、員経に振り向く。

「であれば尚更営所に戻り、書簡の内容を確認せねばなるまい。急ぐぞ員経」

 承知、の声を背後に聞きながら、小次郎は僅かな悔悟の念を抱いていた。

 見限られたか。

 既に小次郎の中で、ソラへの期待は地に落ちている。だが、藤原忠平という名と、それに繋がる蔵人頭藤原師氏を思い出すと、若き日に仕えた旧恩を、今は懐かしく感じられた。

 平将門追討の為、四匹の赤い竜が迫っていることを知らずに。

 

 


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