『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

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第八拾五話

 大気中に浮遊する微細な煤塵は、波長の短い青色の光を拡散させる。火山灰(テフラ)(くす)む坂東の民は、毎夜鮮血色に染まる月光を仰いでいた。

 相模国、そして甲斐と武蔵の国境近くに位置する内陸の足柄関(あしがらのせき)付近を、大地を這うように滑走する大小二匹の青い竜があった。装甲の端々に黄金色の集光板を備えた竜の中、操縦桿を握る平良文は掌が異常に汗ばむのを覚える。

忠頼(ただより)、物見を頼む」

 良文(よしぶみ)の伝達に応じ、小さい竜が翼を広げ一息に舞い上がった。

〝前方一町付近に排炎光を確認。発見しました、〈赤い竜〉です〟

 足柄関を迂回する間道を掠め疾駆する赤い骸骨竜を、青い飛竜が眼下に捉える。

 後肢の付け根より間断なく噴き出す六基のバーニングジェットの排炎が下草を焦がし、紫水晶の刃が(おぼろ)に浮かぶ。韻々と響く真言の唱名が、紫水晶の刃によって切断される進路の樹木の倒壊音に混じり調(しらべ)を刻んでいく。

〝海賊衆でしょうか〟

「不死山より出現したとの報告だ。いくら神出鬼没の海賊とはいえ内陸から現れるとは考えられぬ。それに三浦の海浜には忠光(だだみつ)のディスペロウを残して来た。海賊の動きあれば報告も来よう。彼奴はそれとは別の厄介な敵に違いない」

〝父上、赤い竜が方向を変えました。凱龍輝に突入して来ます〟

 良文の言葉を遮り、嫡子平忠頼の操るエヴォフライヤー飛行形態が急旋回する。人外未踏の樹海原生林を貫き、赤い竜は驚異的な跳躍力で凱龍輝の進路上に躍り出た。

「なんだこのゾイドは」

 小次郎の伯父、相模国を守護する平良文にとって初めて目にするゾイドであった。前肢に備えた巨大な爪ブレイズハッキングクローをだらりと垂らし、脚部にも同等の大きさのブレイズスパイクを鈍く光らせる。凶悪な口角を目一杯に開き、頭部を左回りにゆっくりと巡らす。頭部から尾部に亘ってずらりと並ぶクリスタルスパインの刃は、狂気を宿す赤い構造色の流体金属装甲〈クリムゾンヘルアーマー〉と対を成し、更には前傾する胸部の中央に、一際巨大な紫水晶の塊が妖しく光る。

 骸骨竜は、赤い月影の下に禍々しい全貌を晒した。

「此奴が良正に貸与され、小次郎と戦ったというバイオゾイドなのか」

 幽鬼の如き(おぞ)ましい咆哮が、足柄関一帯に轟く。真言の唱名は止み、嗤い声にも似た野獣の叫びだけが残る。だらりと垂れたブレイズハッキングクローが、刃を擦る金属音と共に一斉に前を向く。赤い竜が跳ぶ。

「――早い」

 イオンブースターを噴進させ横跳びに回避する凱龍輝を、赤いバイオゾイドの尾部が襲う。(もつ)れ合う青い竜と赤い竜が、唸りを上げて樹海を薙ぎ払い格闘を繰り広げる。赤い竜がしなやかな鞭の如く肢体を張りつめ、尾の先端にあるテイルアックスを振り下ろす。背部マグネッサーウィングを切断されるも、寸での処で凱龍輝本体を回避し、ブースター全開状態で両機の間合いを取る。

「海賊とも、僦馬の党とも違う。これがバイオゾイドの威力なのか」

 これまで戦った事の無い程の素早さと破壊力に、相模の棟梁良文でさえ驚愕の声を洩らす。凱龍輝の頭上から、もう一匹の青い飛竜が飛来した。

〝父上、ユニゾンです〟

「承知、凱龍輝スピードにチェンジマイズするぞ。Zi――」

〝――ユニゾン!〟

 閃光に包まれた瞬間、二匹の青い竜は、六枚の翼を持つ一匹の青い竜へと転身する。

 赤い月だけが、赤と青の竜の死闘を見下ろしていた。

 

「田舎の月は赤いものですな」

 小次郎との会見に臨む多治助縄(たじのすけただ)は、文書台(≒机)から赤い月へと気忙しく視線を移す。台上には、藤原忠平より託された小次郎宛の御教書(みきょうしょ)が載っていた。

「中宮少進(=三等官)殿、御教書を拝見しました。小一条(藤原忠平)様の御心遣い、身に余る次第です」

 小次郎は平伏の姿勢を解かずに応対する。平貞盛と源経基より提出された告訴状にはそれぞれに〝平将門に叛意あり〟と記されており、あからさまな誣告ではあったが〝叛意〟の嫌疑を晴らす為には慎重な姿勢で臨まねばならない。加えて木訥な武士は、摂政忠平に対し、在京時の旧恩を未だに覚えていたのだった。

「唯今坂東の各国衙より解文(げふみ)を取り寄せて居ります。直ぐにも嫌疑は晴れるものと、摂政様にお伝え願いたい」

「承知致した」

 途切れがちな言葉尻が、一刻も早く会見を終えたいという心情を如実に顕わしている。助縄の視線の先にあるのは、赤い月ではなく営所の馬場に駐機した天空レドラーに違いない。

「――国解が揃い次第、追って都へ送付します。少進殿、此度は遥々と田舎まで御足労頂いたこと感謝します」

 威厳を込めて「うむ」と答えた筈だったが、助縄の声は震えていた。

 形ばかりの謝辞を述べ、都人は翌朝を待たず早々に石井の営所を飛び去っていった。螺鈿色の機影が赤い月の黒点と化す様子を見遣りながら、小次郎は太郎貞盛を討ち漏らしたことに複雑な感情を抱いていた。

 幼き日々を共に過ごした竹馬の友の健在に安堵する一方、小次郎の気質を隅々まで知り尽くした従兄貞盛が生き延びている以上、今後の大いなる脅威となって己の前に立ち塞がるのではないかという懸念である。

 不気味な赤い月影を見詰める小次郎の元、伊和員経が駆け寄るのはその直後であった。

 

上野(こうずけ)義父(ちち)上が危篤だ」

 平良兼の第一夫人にして、小次郎の妻良子の生母である陽子より届いた便りには、仏門に入った平良兼が故郷上総の尾形を遠く離れた上野の地で最期を迎えようとしていると短く記されていた。床に臥せった良兼は、頻りに譫言(うわごと)で良子の名を繰り返しているという。良子にとって懐かしい母の文字で『武士の倣い故、致し方の無き事』と書き添えられていたが、それを承知で石井営所に知らせた陽子の想いが読み取れる。

 小次郎が告げた事実に、良子は黙って唇を噛み締めるだけであった。小次郎に嫁いだ時より、既に父と決別したと語っている。

「詮無き事です」

 とだけ呟き、口を噤む。

 良兼は、小次郎にとって宿世の仇となってしまった。だが死期を目前にして娘を想う親心は痛いほど判る。反目していても、良子にとってもやはり実父に一目逢いたいに違いない。唇を固く結び、視線を落としたままの良子を見つめ、やがて小次郎は言い放った。

「上野に参る。義父に会いにいくぞ」

「なりません、仮にも敵となった相手。弟達のダークホーン部隊も未だ健在のはず。ましてや今は国解(こくぜ)が揃うまで迂闊に動けぬ時期です。覚悟は出来ております、あなた様、どうかお考え直しください」

「上野の国衙に解文を受け取りに行く(ついで)だ。それに俺が義父に会いに行くのに何の障りがある。無論、妻子が付き添うのも倣いだ。孫を連れて押しかけてやる、良いな。

 員経、村雨とレインボージャーク、そしてソウルタイガーへのレッゲル補給を頼む。坂上遂高に出立を伝えよ」

 暮夜の石井営所は、時ならぬ喧騒に包まれた。時は一刻を争う。小次郎は高速を誇る疾風ライガーとソウルタイガー、そして良子自身が操るレインボージャークのみを率い、隠密裏に上野に向かう準備を開始した。営所を伊和員経と三郎将頼に任せ、翌朝多岐と小太郎が目覚め次第出発する事となったのだ。

 

 天空レドラーの飛来に加え、夜半からの喧騒より、気付けば桔梗は一晩眠れぬ夜を明かしていた。御簾の隙間より射す光が夜明けを告げている。床より半身を起こした時だった。

(え……)

 躰の関節に違和感を覚える。思い起せばこの数日来、次第に痛みが顕著となっている。いつまでも床に就いている訳にもいかず、桔梗は肌蹴(はだけ)た夜着の裾を直すと、白い両腕を思い切り伸び上げた。

 微睡(まどろみ)が澱む桔梗の鋭い聴覚に、幼い少女の声が飛び込んでくる。

「バンブリアンがいいの!」

 何事かは判らない。だが〝バンブリアン〟の名を告げる声は、同時に桔梗への呼びかけであるに違いない。襦袢(じゅばん)を纏い、伊和員経から渡された薄紫の(あこめ)を羽織ると、桔梗は多岐の声のする方へと向かった。

「孝子姉さまといっしょにいきたい。だから父うえ、おねがいです」

 そこには、小さな体で小次郎に縋り、懇願する多岐の姿があった。

 上野に赴くに当たり、小次郎は多岐と小太郎を如何にしてゾイドに搭乗させるかという案件に悩まされていた。

 レインボージャークに多岐と小太郎は同乗可能である。だが急制動を伴う飛行ゾイドに二人も子どもを搭乗させるのは危険なため、座席幅の関係上小太郎のみとなった。問題は多岐である。村雨ライガーに乗せるのが最適と思えたが、万一地上戦に遭遇した場合、疾風ライガー、将門ライガーへのエヴォルトに少女の身体では耐え難い。ソウルタイガーへの同乗も同様の理由で不適であり、更に残念なことに、俘囚出身で猛々しい容貌の坂上遂高に、未だ多岐は懐いていなかった。ソードウルフに多岐を乗せ、三郎将頼が随伴するのは理想であったが、それでは石井の営所及び下総の守りが手薄となる。多岐は幼心なりの聡明さで、自らバンブリアンと桔梗の随伴を願っていたのだ。

 桔梗の姿が見えた途端、多岐は桔梗に駆け寄り抱き着いた。

「姉さまも行きましょう、じじさまのところへ」

 少女の抱擁など、他愛のない勢いである。だが抱き着かれた桔梗は不意に関節の力が抜け、その場で仰け反るように倒れ込んだ。咄嗟に左掌をついたものの激しく腰を打ち、苦痛に顔を歪めた。

「大事無いか!」

 突然の出来事に戸惑い涙ぐむ多岐と倒れた桔梗の元に、小次郎が駆け寄る。

「起き掛けゆえ、立眩みが起こったのだと思います。心配いりません」

 しかし、小次郎の差し伸べた手を掴もうとしても力が入らず、再び桔梗は地面に腰を落とす。小次郎の顔色が変わった。

「其方、脚病(けびょう)(脚気)ではないか」

 小次郎にとって、子飼の戦い、堀越の戦いと立て続けにバイオゾイドに敗北し、孝子を――再生前の桔梗を――失う原因となった忌まわしい病である。嘗ての自分と同じ病の症状を、倒れた桔梗の姿に重ねていたのだ。

「ゾイドは操縦出来るか」

 痛みを堪え肯く。

「俺が脚病に掛かった時、鬼座燐(オリザリン)治療を教えてくれた高木兼弘(たかぎかねひろ)の医療所が上野道中の途中にある。其方は医者に掛かるため、多岐をバンブリアンに乗せて上野へ随伴せよ。出来るか」

「私が多岐様を、ですか」

 幾分痛みが和らぎ、動転した気持ちも落ち着きを取り戻した頃、座り込んだ桔梗の胸に再び多岐が抱き付く。少女なりに、姉と慕う乙女の身体を気遣い勢いを抑えて。

「ありがとうございます。父うえ」

「此度は武蔵への道中と違い、ゾイドは大分揺れるが、我慢できるな」

「はい!」

 いつも通りの快活な返事をすると、多岐は桔梗の手を引き馬場に向かって駆けていく。向かう先にバンブリアンが聳え、馬場の中央には、補給を終えたレインボージャークとソウルタイガー、そして村雨ライガーが待機していた。

 

 足柄関付近で繰り広げられる赤い竜と青い竜との死闘の行方を知らず、小次郎達は上野国へ向け旅立つのであった。

 

 


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