『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」   作:城元太

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第九拾五話

「〝桔梗の前〟と呼ばれた貴女が何度も蘇ってきたということは、純友殿の使者三辰殿よりお聞きしています」

 小次郎達を前に、包帯を巻いた四郎将平と、盲た瞳を見開き座る桔梗がある。

「貴女が再生された孝子殿であることも、顔貌より自明でした。しかし先刻私に語った話、とても信じられません」

 動揺し声を詰まらせる四郎の様子を汲み取った桔梗が、穏やかに語り出す。

「これは私が申すべきこと。小次郎様、そして奥方様を含めた営所の皆様にも、贖罪の意を込めお話しします。

 私は兄秀郷の放った透破です。ここに居る私が見聞きした事全て、下野の兄の元に届いています。私という肉体を介して、情報が量子転送されているのです」

 その場に居合わせた者が一斉に息を呑んだ。桔梗は透破。棟梁としての小次郎の脳裏に、伊和経員と四郎が桔梗を戦列に加えるのを反対された事が過るが、予測された事態でもあったことと、〝情報の量子転送〟の概念を理解できていないことも幸いし、四郎程の驚きには至らなかった。

輪廻転生(リーンカーネーション)を繰り返す〝桔梗の前〟の記憶は、小次郎様の受け取ったタブレット同様に、肉体が滅ぶと共に下野に転送され、次の〝桔梗の前〟の経験として累積されて来ました。群盗として暗躍していたのも、ゾイドでの実戦経験を獲得するため。これまでの〝私〟は、そうやって強くなってきたのです。

 ところがこの〝私〟は、平将門への透破として送り込む為、ミューテーターとして急成長させ作り上げられた個体であり、視覚の他に鋭敏な聴覚をも備え製造されました。全ては平将門の動向を探るため、プロジェリア症という副作用を背負ってまでも」

 桔梗の語る真実に、小次郎がこれまで抱いてきた幾つかの謎が次第に氷解していった。

一、セントゲイルを炎上させてまで、桔梗を石井の営所に寄宿させたこと。

二、隠密裏に発った筈の上野行を、貞盛率いるバイオヴォルケーノが執拗に追ってきたこと。

「遡れば、最初の私は幼き日、下野で秀郷の父、下野大掾(しもつけのだいじょう)藤原村雄(ふじわらのむらお)様に拾われました。孤児となった理由はわかりません。戦か、流行り病か、肉親を失った原因を知るには、幼過ぎました。最初の私と秀郷様は、真の兄妹の如く過ごしました。その頃の齢の差は僅かでしたから」

三、既に(しじゅう)を越える年の差となったものの、元を質せば確かに兄妹と呼べる間柄であった。

「ある時村雄様は、私だけを連れて京に出仕しました。私を依憑(よりわら)として龍宮に差し出すことが目的だったのか、それとも村雄様の気まぐれだったかもわかりません。

 それから私は、何度も死にました」

 壮絶な話であった。修羅の道を歩んできた桔梗はしかし、眉一つ歪めず淡々と語り続ける。

「私は肉体がゾイドの操縦に耐えられず死ぬ度に、新たな器の〝桔梗の前〟として製造され、より強靭になっていきました。

 武蔵武芝様が若き日に出会ったという〝紫の君〟は、謂わば私の試作品。ただ、いつの頃にそう呼ばれていたかは、死に過ぎて忘れてしまいました」

 戦慄する言葉が耳朶を打つ。『死に過ぎて忘れた』。

「バイオゾイド達を操っていた土魂(つちだま)は、前の前までの私の戦闘経験を元に調整され量産化された物。ですから小次郎様の戦い方を知らず、水守勢のバイオゾイド達は悉く将門ライガーに敗れ去りました。

 しかしヴォルケーノは違います。今の小次郎様の、今の将門ライガーの戦い方を、今の私の五感を通して学び、強化されてきたのです」

四、武蔵武芝と俵藤太の年齢は近い。〝紫の君〟が桔梗と同一であれば辻褄も合う。

五、クリスタルスパインが強化され、将門ライガーの太刀さえ防いだことも納得できる。

「これまで私の肉体という有機物を利用し、量子化した情報を送っていました。ですが龍宮は禁断の技に手を付けました。人の身体を、量子転送の受信体として利用したのです」

「バイオヴォルケーノのクリムゾンヘルアーマー再生の原理ですね」

 漸く言葉を取り戻した四郎に、桔梗が頷く。

「バイオヴォルケーノが人による操縦を必要としたのは、量子転送の依憑(よりわら)として、ヒトの脳髄が必要だったから。私とは逆に、送るのではなく送られた、それは情報などでなく、実体を持った流体金属装甲を量子転送させたのです。

 しかし実体転送は装置に多大な負荷がかかります。有機受信体となった操縦者達が一様に廃人と化してしまった理由がそれです」

六、病床に横たわる小野諸興に回復の兆候は見られない。原因は脳機能の障害であった。

「ミューテーターとして急造された為、どうやら私にはこれまでの〝桔梗の前〟としての記憶が逆流してしまったらしい。記憶の獲得は、『できそこない』として製造された私へのせめてもの手向けでしょう。

 但し、こうして過去を語っている事実もまた、兄に筒抜けになっています。恐らく兄は、全力を挙げて私の破壊を謀るはず。メガレオンが隠密裏に屋敷を襲撃すれば、皆様も無事では済まないでしょう。

 であれば私は、成しうる限りの情報を明かし、この営所を去ります。今の私が死ねば、また新たな〝桔梗の前〟として製造されるだけのこと。悲しむべきことではありません。

 残念ですが、記憶と思い出は消去されているでしょうけれど」

 

「『できそこない』とは何ですか!」

 突然声を荒げたのは、奥に控えていた良子であった。

「平小次郎将門の家人として、己を蔑む言動は慎みなさい」

「良子、どうしたのだ……」

 振り向く小次郎に、頬から涙を流す妻の顔が映り、坂東に名を轟かす武士(もののふ)も思わず口を噤んでいた。

「貴女が何度蘇ろうとも、今生きてそこにいる桔梗殿は貴女お一人です。掛け替えのない人間を失うことが、残された者にとってどれほど悲しいか、お分かりですか」

「堀越の渡のことで御座いますか」

 それは、孝子と呼ばれた桔梗の最期を示していた。

「そんなことを言っているのではありません」

 良子は嗚咽を堪え、声を枯らして訴える。

「きっと貴女は、自分が産まれた理由を知り、愕然としているだけです。

 仮に秀郷殿の透破として生まれようとも、貴女はこれまで多岐や小太郎の姉として、小次郎将門の上兵として、そしてまた、伊和員経の娘として生きてきたではありませんか。

 産まれたこと、生きることなどに意味などありません。

 意味を求めるために生きるのです。

 例え僅かとはいえ、貴女は残された命を最後まで小次郎将門の家人として、そして私の娘として、生きねばなりません」

 母として、女として、そして小次郎の妻としての、良子の真心を込めた叫びであった。

 

「――私が愛した(ひと)に、愛された(ひと)のお言葉、心に滲みました」

 長い沈黙を破り、桔梗が呟いた。

「私は小次郎様に出会えたことと同じくらい、良子様と出会えたこと、幸せに感じます」

 桔梗の白濁する瞳からも、一筋の涙が流れる。

「生きてみます。可能な限り、生き残ってみます。この身体がある限り、次の〝桔梗の前〟は産まれません。それ故に、私を抹殺しようと兄の追っ手が攻め寄せてくるかも知れませんが……」

「家臣を守るのは棟梁の務めだ」

 小次郎が力強く言い放った。

「藤原秀郷であろうが、龍宮であろうが、国衙であろうが、平小次郎将門が受けて立つ。

 桔梗は護ってみせる。玄明も渡さぬ。そして、バイオヴォルケーノは呉れてやる。

 三郎、多治経明と五郎将平に伝えよ。村雨ライガーに加え、ソードウルフ、ディバイソン、そし藤原玄茂殿のランスタッグ部隊を引き連れ、グスタフにヴォルケーノの骸を轢かせ、早速常陸国衙に出立する」

「承知」

 出陣に備え騒然とする営所の中、良子と桔梗が互いに肩を寄せ合って咽び泣く姿を、小次郎は見て見ぬ振りをしていた。

 

 下野の国境付近で、時ならぬ震動が鳴り響く。不死山に続く浅間山の噴火を恐れた住人は、各々に空を仰ぎ見た。

 蒼空に伸びるのは、軌道エレベーターのケーブルのみ。浅間山の噴火もない。だが震動は着実に振幅を増し、倒壊を恐れた人々は次々と家屋から飛び出して行く。

「竜だ」

 外に飛び出した住人の見たものは、長大な頸と尾を持ち、全身に山嵐の如き武装を備えた巨大竜脚類型ゾイドの姿であった。

「こっちもだ」

「あの山向こうにもいるぞ」

 竜は4匹を数えた。

「土蜘蛛退治に、秀郷様が使われたという地震竜だ」

 住民の一人が呟く。

 水鬼、金鬼、風鬼、隠形鬼。龍宮からの請いを受け、常陸国衙に平将門征伐に向かうセイスモサウルスの威容であった。

 

 


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