『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」 作:城元太
幾多の傷痕を残し、小次郎は
デッドリーコングは各関節部に暴走による歪みを残し、バンブリアンは装甲に煤けた焦げ痕を残している。レインボージャーク、サビンガ、ナイトワイズは、ブラックフェニックスとの空中戦で受けた破損個所の修復作業中である。
「ワクチンプログラムは投入した。あとはコアの活性に頼るのみですな」
エレファンダーから伸びるケーブルを接続し終えた興世王が、白い装甲を軽く叩く。ソウルタイガーは、ゾイドウィルスに冒された赤い発疹は消え去ったものの、剥き出しとなった集光板の補修を残している。
ゾイドの修理と点検作業の喧騒に包まれる石井営所の馬場の奥で、一か所だけ異質な空間が広がっていた。
「さて、あれの始末は如何にするのかのお」
小次郎と興世王の見上げる先、両腕を引き千切られ、クリムゾンヘルアーマーとクリスタルスパインの殆どを失い、再度骨格のみとなって回収された、バイオヴォルケーノの骸が横たわっていた。
「藤原三辰殿が、これを俺に」
掌程の大きさの長方形の薄い板が、営所不在中の報告を受けようとした小次郎に三郎将頼から渡された。
その機械には見覚えがあった。小次郎が初めて上洛した際のホバーカーゴの甲板で、旅の日記を
「私も使い
「〝猟師〟? 野生ゾイドでも捕まえるのか?」
三郎は、四郎将平より一通り「
「詳しくは四郎に聞いて下され。
卓上には、各国衙からの解文が広げられている。小次郎は書面を確認した。
「常陸の分はどうした」
「面倒なことに、別件で
解文とは別の公文書が、三郎によって並べられる。
「彼奴め、また揉め事を起こしたか」
「玄明殿が予てより、不動倉を襲って備蓄米を庶民に分け与えていたのは知っていると思うが、今回は折からの不死噴火による被害により大規模な開放を行ったため、維幾叔父も流石に見逃すことが出来なくなったのだろう」
常陸介藤原維幾は小次郎の父
「添文には、既に追捕状もソラより受け取っているとある」
「奴が大人しく捕縛されると思うか」
三郎が深い溜息をつく。
「それに、確かに粗暴な奴だが、これまでも何度も奴のランスタッグ部隊には世話にもなってきた。容易く公儀に引き渡すことなど出来ぬ」
「国衙もそれを見越して条件を提示してきている。『玄明殿の追訴を避けたくば、バイオヴォルケーノの残骸を差し出せ』と」
「ヴォルケーノの残骸を、だと」
思わず言葉を繰り返した後、小次郎は維幾名義の公文書を見返す。
「あの奇怪な屍など、幾らでも呉れてやる。だがあれを再度闘いに利用できる者は、坂東に於いては一人しかおらぬ。決着を付ける為にも、その申し出、甘んじて受けさせてもらう」
唇を噛みしめる小次郎の脳裏に、宿世の仇となった竹馬の友の影が過ぎる。渇望するのは、是まで何度も嘲笑うように消え去った者との戦いに終止符を打つことであった。
上野行の損害はゾイドに留まらず、営所の多くの者も傷を負っていた。
ブラックフェニックスの衝撃波によって負傷した四郎将平と文屋好立。
四肢全てに添え木を当てられ、寝台に横臥する伊和能員。
傍らには、白濁し定まらぬ視点で養父を介抱する桔梗。その周りには、姉の目となって甲斐甲斐しく手伝いをする多岐があった。
病床での四郎将頼が、高木兼弘からの診断書を食い入るように見入っていた。プロジェリア症、トリプロイド、ミューテーター。目にしたことのない言葉が羅列し、己の浅学を悟るとともに、探求心が止め処なく湧き上がって来る。
「何がかいてあるのですか」
多岐が表情を読み取っていることに気付き、慌てて笑顔を繕う。
「この手紙には難しい言葉が沢山書いてあって、なかなか読めなかったのです」
「四郎にいさまにもわからないことがあるの?」
「勿論です。世の中はわからないことだらけです。だから学ぶことは大切なのですよ。多岐さんも沢山学ばないとなりませんね」
「はぁい」
勢いよく挙手をした後、突然ある寝台に横たわる人物を見て、多岐は声を潜めて尋ねた。
「四郎にいさま、あのおじさんはだれですか?」
多岐の視線の先には、呆けた表情のまま廃人のように空を見上げる、武蔵権介と呼ばれた者の抜け殻が横たわっていた。
【やはり、小野諸興も平将門討伐は果たせなかったか】
【まさか、デッドリーコングが金光明経の咒を扱うとは思い及ばなかったのう】
【最早猶予はない。奉幣師に任ぜられた天台座主の威信に賭け、次の祈祷は不動明王法にて行う】
【我らに異存は御座いませぬ。然れど尊意様、バイオヴォルケーノは未だ将門の手中にあります。次なる搭乗者も定まってはおりませぬ】
【将門は坂東の各国衙より武蔵騒擾弁明の解文を受け取っていたとの報告が届いておる。謀反人と認定されていても、ソラと正面より事を構える器量は持ち合わせておらぬようだ】
【ならば追捕状をちらつかせ、小一条の大臣(藤原忠平)の名を出せば大人しく差し出すに違いない。残るは次なる搭乗者だ。いっそこの機に平貞盛に操らせては如何か】
【左馬允の分際で、あの田舎武者は言を左右にし決して土魂の具足を纏おうとはせぬ曲者だ。他に御し易い武者は居らぬか】
【ならば常陸介の子、藤原
【成程聞かぬ名だ。であればこそ適任であろう。至急貞盛に命じ、為憲とやらにヴォルケーノへの搭乗を任ずるよう伝えさせよ。護摩壇の量子転送装置の作動準備、不動明王の
【仰せのままに】
――ノウマク サンマンダ バザラダン センダンマカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カン マン――
最強と呼ばれる降魔の咒が、韻々と堂宇に響き渡った。
療養所で、多岐が仰々しく何かを思い出したような仕草をした。
「そうだ、これから小太郎のおせわもしなくちゃ。孝子ねえさま、すこしはなれるけどだいじょうぶですよね」
寝台で半身を起こしていた桔梗の腰に、華奢な両腕を一度巻き付け抱きつき、慌ただしく病室を後にして行く。
「行ってらっしゃい」
桔梗が出ていく多岐の方を向き手を振る。多岐が去った後、桔梗は四郎の視線が己の背中に投げかけられているのが見えるかのように、白濁した瞳を向け、静かに告げた。
「この身体の余命が残り少ないのは存じています。所詮肉体は心の入れ物、私は何度でも蘇ります。あのバイオヴォルケーノの如く」
「何を言うのです」
四郎はそこまで言って絶句した。兼弘の診断書に、同様の記述を目にしていたからである。
〝情報の量子転送〟。量子の絡み合いを利用した、蛋白質の有機記憶媒体への情報転送。その実験体の開発を、過去に
「私は光を失いました。ですが四郎様がどの様なお顔をしているか解ります。視覚を閉ざされたからこそ、見えてくるものもあるのです」
四郎は息を呑んだ。その口調は、嘗て孝子と呼ばれた桔梗とも、そしてあどけなさを残す今の桔梗とも違った、穏やかで老練な語り口である。
「まさか……今まで繰り返し蓄積されてきた〝桔梗の前〟の記憶全てを取り戻したのか」
桔梗は静かに肯いていた。