『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第八部「アンデッド・ヴォルケーノ」 作:城元太
レインボージャークに追い縋るブラックフェニックスの腹部より、チャージングミサイルが撃ち放たれた。絶大な破壊力を有する灰色の猟犬は、緩やかな初速より炎を噴き、迷わず菫色の孔雀を狙い飛翔する。レインボージャークがどれほど必死に機体を翻しても、その都度進路を変えて嘲笑うかの様に追尾し続けて行く。
「一矢報いなければ、諦める事なんてできない」
慚愧の言葉が、良子の口を告いで出た時であった。
チャージングミサイルが真っ二つに切断され、飛散した。
黒く尾を曳く爆煙の上を、鳳凰とは別の黒い翼が舞っている。レインボージャークの通信回線に、音声が飛び込んできた。
〝海賊衆魁師がひとり藤原
剃刀の如き刃を持つ翼竜が、レインボージャークとブラックフェニックスの間に飛来したのだ。
〝藤原純友の命により、平将門殿に助太刀致す〟
それは、ソラと龍宮の動きを伝える為、小次郎の不在中に石井営所に飛来していた客人、藤原純友よりの使者であった。役目を果たし伊予日振島へと向かったものの、帰路の途中で石井の危急を聞きつけ急遽反転、迎撃の為に舞い戻って来たのである。
名乗るが早いか、翼竜は黒い鳳凰に猛然と襲いかかった。
頭部のトップソード、両翼のウィングソードを展開し、全身刃となって背部エンジンポッドのターボブーストを全開にする。ブラックフェニックスに反撃の暇を与えず、擦れ違いざまに右脚と右翼を鮮やかに切断し、返す刀で左翼の一部も切断した。マグネッサーウィングの機能を著しく削がれた鳳凰は、一瞬にして先程の執拗な追撃はおろか、飛行するのがやっとという状態に陥る。
「海賊衆の三辰様、どうか、どうかお待ちください」
状況を理解した良子が、再度攻撃を挑もうとする翼竜に向け通信回線を開いた。
〝奥方、御無事か〟
「はい、お礼は後程。考えがあります。後方に回ってください」
良子の願いに、速度を落としたストームソーダージェットの黒い翼がレインボージャークの背後に移動する。ブラックフェニックスを見下ろす形で、フェザーカッターを羽ばたかせレインボージャークが空中に留まる。
「小次郎将門の妻を見縊るな!」
孔雀の尾羽が扇を開いた。
眩い閃光が、気息奄々のブラックフェニックスに降り注ぐ。ゾイドの機能を失わせるレインボージャーク最大の武器パラクライズの、良子の怒りを込めた一撃であった。
完全に機能を麻痺され、質量の塊と化した黒い鳳凰は、石井営所から少し離れた雑木林に直線を曳き落下して行った。
〝猛者は平将門のみに非ず〟と、先にアクアコングで純友と共に下向した魁師
〝坂東は、女も猛々しい〟と。
その後、石井勢によって落下地点が捜索されたが、残されていたのはブラックフェニックスの残骸だけであり、太郎貞盛の姿は消えていた。捜索中、メガレオンが現れたとの報告があり、貞盛はまたもや乗機ゾイドを見捨て、
陀羅尼の詠唱は続いていた。
包まれた炎の壁を突き破り、デッドリーコングが現れる。装甲の一部が熔け落ち、全身に地獄の業火の衣を纏った灼熱の幽鬼と化している。
灼熱に
赤い流体金属装甲の飛沫を撒き散らし、頭部を捥ぎ取られた骸が大地に倒れ込む。血糊を思わせるバイオゾイドの体液が、シザーハンドからぼたぼたと滴り落ちていた。
人が操るゾイドであれば、今のデッドリーコングと戦う事を回避し、将門ライガー同様に間合いを取るか、或いは一時の撤退も考えた筈である。だが土魂の乗るゾイドは怯えを知らない。仲間の無残な亡骸も顧みず、遮二無二猩々の背後から相次いで跳躍し襲いかかる。1匹の鉤爪が猩々の棺に達しようとした刹那、赤い竜は原型を留めぬ程滅茶苦茶に切り刻まれていた。飛び散る破片の渦の中心に、棺桶より六臂の稼働肢を生やす阿修羅の如きデッドリーコングの姿があった。
「やめろ員経、お前も機体も持たぬ。止めるのだ」
小次郎が叫んだところで、デッドリーコング内の伊和員経に届く気配はない。傍らで、バンブリアンが確固とした足取りで立ち上がったのも気付かずに。
デッドリーコングとバイオゾイドとの死闘を見守る中、小次郎は奇妙な現象に気付いた。溶解したデッドリーコングの装甲が再生されていくのだ。ゾイドには本来自然治癒力が備わっているが、通常のゾイドがこれほど急速に再生するなど聞いたことが無い。
思い返せば、先のバイオヴォルケーノと将門ライガーとの戦闘で、デッドリーコングが暴走状態と化した途端、それまで幾分押し気味に闘っていたヴォルケーノが突如標的を変えてコングへ攻撃を開始したことも謎であった。メガラプトルがバンブリアンの止めを刺さず攻撃の矛先を変えたのも、デッドリーコングが引き寄せたように思える。
小次郎が抱く謎など意に介せず、殆どの装甲を再生させた死の猩々は、荒々しいドラミングを打ち鳴らしていた。
【直ちに四天王法を止めさせよ】
【尊意様、
【判らぬのか。見よ、あの
【あれは――確かに、装甲の再生が為されておりますが。それと何の関わりが】
【まだ判らぬか。彼奴は
【しかし尊意様、祈祷を止めてしまえば〝不死の力〟もまた絶えてしまいます】
【搭乗者は新たに任じればよい。少しでも平将門の兵力を削ぐため、このままヴォルケーノらには自力で戦ってもらう。
護摩を焚くのを止めよ。量子転送装置を停止させるのだ】
嗤い声と詠唱が重なる死闘は、次第にデッドリーコングがバイオゾイドを圧倒し始めていた。バーンナックルハリケーンが流体金属装甲を切り裂いた時、小次郎はまた新たな現象を見留めた。クリムゾンヘルアーマーが凝固せず、低粘性の溶岩の如く装甲の表面から液体が流出していたのだ。
最後の1匹となったバイオメガラプトルは、傷痕から体液が漏れるのも顧みず、液体を撒き散らしながら死の猩々へと挑む。
一方ヴォルケーノは姿勢を落とし、胸部紫水晶の峰が割れ銃身を露出させ、赤黒い閃光を放つ構えとなっていた。
小次郎は暴走するデッドリーコングとの間合いが充分にあることを確認し、再度ヴォルケーノと刃を交えんとして跳躍した。謎の光線発射には溜めの間があり、将門ライガーの俊敏さであれば充分に発射を阻止できる筈だった。
予想に反し、閃光は溜めも無しに放たれた。しかしその曳光は弱々しく、デッドリーコングに達することなく途中で霧散する。
「
直後に将門ライガーが斬撃をクリスタルスパインに叩き込んだ。
先程の戦闘とは異なり、紫水晶は
やれる。
一気呵成に勝負をかけようとした将門ライガーの脇から、陀羅尼を詠唱する猩々が割り込んだ。
腕の先には引き千切られたバイオメガラプトルの頭部が突き刺さり、未だ双眸に狂気の光を宿している。デッドリーコングは、自分の獲物を横取りされるのを阻止せんと乱入したのだ。バイオヴォルケーノもまた、惹き合う様に猩々と対峙し、将門ライガーに無防備に背中を晒す。
小次郎は、どちらかが斃れるまで続く死闘を傍観する他なかった。
ブレイズハッキングクローとバーンナックルハリケーンが斬り結び火花を散らす。悲鳴を上げたのは脆弱化したバイオヴォルケーノであった。巨大な鉤爪は左腕の付け根ごと捥ぎ取られ、破片の一部がシザーハンドに突き刺さったまま回転する。死の猩々は怯んだ竜の頸部を左腕で掴み、右腕のパイルバンカーを胴体に密着させると、轟音を上げて竜の腹部に打ち込んだ。
1発、2発、3発。
機体にパイルバンカーの切先が穿かれる度に、血潮となってクリムゾンヘルアーマーが飛散する。ヴォルケーノは苦し紛れにテイルアックスをコングに振り下ろした。ヘルズマスクが砕け、再生された装甲に亀裂が入っても、猩々はパイルバンカーを打ち込み続けた。
このままでは員経が、そしてヴォルケーノに搭乗する小野諸興をも殺してしまう。
小次郎は叶わぬと知りつつも、将門ライガーの風防を開放し叫ぶ。
「経員、鎮まれ、鎮まるのだ」
暴走は一向に止まる気配もない。既にヴォルケーノは骨格を砕かれ、左足を引き千切られて横たわっている。それでも、デッドリーコングは執拗にヴォルケーノの躰を踏み付け、切り裂き、襤褸屑となっても突き刺し続けている。
レッゲルが切れるまで傍観するほかないのか。一刻も早く、内部の伊和員経を救い出さねば生命に関わるというのに。
「このままでは……」
長らく仕えてきてくれた忠臣を失う無念に、小次郎が臍を噛んだ時であった。
「お止めくださいお父様」
土に塗れたバンブリアンが、将門ライガーとデッドリーコングの間に立ち塞がった。開放した操縦席の中、多岐を抱えた桔梗が立ち上がり、暴走する猩々の前に立つ。
「桔梗、何をする。
小次郎も将門ライガーの搭乗席より声を張り上げる。桔梗は構わずに、凛として叫び続けていた。
「お父様は、そんな戦い方をする武者ではありませんでした。どうか気を鎮め、正気に戻ってください」
「かずつねさん、孝子ねえさまが泣いてるよ。孝子ねえさまを泣かせちゃだめだよ」
臆することなく、多岐も桔梗と声を揃える。
デッドリーコングが無慈悲に左腕をバンブリアンに向ける。小次郎は覚悟した。
「許せ、員経」
ムラサメブレイカーとムゲンブレードを交叉させ、迫るデッドリーコング目掛けて攻撃態勢を取る。迷っている暇はない。暴走した猩々を止めるには、最早ゾイドコアを貫くしかない。
轟音を立てて回転するバーンナックルハリケーンが、バンブリアンの搭乗席に迫る。回転する旋風に、桔梗の束ねた射干玉色の髪が靡く。
「お父様、娘の願いを聞き届けてください」
切っ先がバンブリアンの鼻先に達し、跳躍した将門ライガーのムゲンブレードがデッドリーコングの胸元を切断する寸前だった。
陀羅尼の詠唱が途絶えた。双眸に宿っていた狂気の光が消える。
「戻ったか!」
ムゲンブレードは既にデッドリーコングの胸部装甲に達し、僅かに刀傷を刻むが、瞬時に刃を下に向け棟(刀の横)を当て、胴体切断を回避する。関節をだらりと下げた死の猩々は、ムゲンブレードに押され、四肢を投げ出し仰向けに倒れた。
舞い上がった火山灰が晴れた時、一人は既に光を失っているにも関わらず、バンブリアンの操縦席で真直ぐ前を見つめる姉妹の姿があった。
「デッドリーコング、ねちゃったよ」
「みんな疲れたのよ。だからみんなで、少しお休みしましょう」
「うん」
多岐を抱いたまま、桔梗もまた操縦席に倒れ込んでいた。
程なくして、何処にどうやって隠れていたかわからないエレファンダーが現れ、興世王が戦闘の勝利を労う。
石井営所からソウルタイガー回収の為のグスタフが到着したのは、ほぼ同時刻のことであった。