そのままの君が好き。 作:花道
行間 1 拝啓、新しい生活にはもう慣れましたか?
貴方の影はしなやかに、どこまでも伸びていく。
その紫煙はいつもよりも高く伸びていた。
『ーーー陽乃』
『友達は出来たか?』
『学校は楽しいか?』
『虐められてないか?』
『勉強にはついていけてるか?』
『彼氏は出来たか?』
『陽乃』
『沢山学び、沢山遊んで、好きなように生きなさい』
『好きに生きて、好きなものになりなさい』
『お前ならなんにでもなれるよ』
『何? 不安だって?』
『大丈夫』
『お前は儂の自慢の孫なんだから』
ーーーーー
そのままの君が好き。
ーーーーー
行間 1 拝啓、新しい生活にはもう慣れましたか?
あなたはわたしを『雪ノ下家の長女の陽乃』ではなく、ただの『陽乃』として見てくれた。
それが嬉しくて、たまらなくて、あなたの影をずっと追いかけてきた。
用事もないのに、よくあなたの家に遊びにいった。
悪さやバカをして、よく怒られたね。
怒鳴り声からの拳骨があなたの得意技だったね。
厳しく叱りつけた後にはたくさんの愛情をくれたね。
ただ楽しくて、そんな日々がずっと続くと思ってた。
大好きだった。
本当に大好きだった。
その大きい手で頭を撫でられるのが好きだった。
煙草を吸う横顔が好きだった。
真剣な表情で将棋を指している姿が好きだった。
お酒を飲んで真っ赤な染まるあなたの顔が好きだった。
羊羹で喜んでいるあなたが好きだった。
声が聞きたいのに、もう二度とあなたの声は聞けません。
その手に触れたいのに、もう二度とこの手はあなたに触れません。
陽の光、煙草、将棋、羊羹にお酒。
あなたの好きなものはすぐにたくさん思いつくのに、不思議と嫌いなものは、なにも思いつきません。
嫌いな食べ物、苦手なもの。あんなに近くにいたのに、わたしは何一つ知りません。
遠く離れた今となってはそれを知る方法は一つもありません。
わたしの心にはまだ土砂降りの雨が降り続けています。
伸ばした左手の先にはあなたの背中がもうありません。
視界は涙で閉ざされています。
言葉はすぐに溶けていき、消えてしまいます。
この声はもう届かない。
この想いはもう届かない。
その手はもう掴めない。
もっと一緒にいたかった。
ずっと一緒にいたかった。
わたしの成長を見守ってほしかった。
わたしがダメになりそうな時はまた叱ってほしかった。
あなたの拳骨や怒鳴り声をもう一度受けたかった。
あなたの愛をもっと感じたかった。
あなたの手を引いて、この街を歩きたかった。
何度も、何度だって、何百回だって同じことを繰り返したかった。
将来の夢のことをたくさん話したかった。
結婚式を見せたかった。
もっと、もっといろんなことがしたかった。
なのに、どうして……?
もう一度。
もう一度だけ、あなたに抱きしめられたい。
あなたの背中に手を回したい。
ありがとうと伝えたい。
この声はもう届かないけど、待って、置いていかないで。
まだ、まだわたしはーーー。