そのままの君が好き。   作:花道

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♯3 ありのままのわたし。

 

 

 

 ジューと魚を焼く音が響いている。

 一口大に刻んだキャベツと豚肉、短冊切りにした人参と生姜、斜め薄切りにしたネギ。

 胡麻油を熱した鍋にキャベツをぶち込み、炒める。焼き色がつき、かさが減るまでしっかりと炒める。人参と生姜も加えてさらに炒める。

 魚をひっくり返す。綺麗な焼き色が身についている。皮を焼いていく。

 炒めたキャベツ、人参、生姜の中に豚肉を入れて焼き色がつくまでもう少し炒める。

 余ったキャベツと人参はさらに細かく刻んでサラダにする。ボールにキャベツ、人参、酢、塩、砂糖、こしょうを入れて全体になじませるように混ぜる。

 豚肉の色が変わったので、ネギを加え、水を流し込み、5分ほど煮て、味噌を溶かす。

 菜箸で魚の焼き加減を確認する。

 もう少しだけ焼く。

 もう一度確認する。

 火を止めて、魚とサラダを皿に盛り付ける。

 あとは味噌汁で今日の晩ご飯が完成する。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 少し、お風呂で寝ていた。

 疲れているのか、安心からか、どっちかは解らない。

 お風呂から出て、身体と髪の毛の水気を拭き取り、、さっき貸してもらったジャージとTシャツを着る。やっぱり少しサイズが大きい。

 髪の毛をある程度拭いて、彼のいる部屋へと向かう。

 扉を開けるといい匂いがした。

 中へ入るとエプロンを付けた比企谷が料理を運んでいた。

 焼き魚とキャベツのサラダと味噌汁。

 比企谷はエプロンを外す。

 

「長かったですね。風呂」

「うん、ごめんね」

「いや、別に怒ってないですよ?」

「うん」

「とりあえずご飯食べましょうか」

 

 そう言って彼はご飯とコップを持ってきた。

 

「これ、比企谷君が作ったの?」

「そうですけど」

「すごいね」

「普通ですよ」

 

 全然普通じゃない気がする。

 そう言えば夢は専業主夫だとか言っていたような気がする。

 そんな事を思いながら、陽乃は彼の前に座った。

 カップにお茶を注いでくれた彼に「ありがとう」と言う。

 素っ気なく「いただきます」という比企谷。

 遅れて陽乃も手を合わせて「いただきます」と言う。

 味噌汁を手に持って一口飲む。

 

「あ、美味しい」

 

 そう言うと比企谷の口元が僅かに微笑んだ気がした。

 味噌汁の具であるキャベツを食べる。甘くて美味しい。

 味噌汁を置いて、焼き魚に醤油を垂らして、身をほぐして、一口食べる。

 ふっくらした身がすごく美味しい。

 ご飯を食べる。本当に美味しい。

 

 ーーーご飯ってこんなに美味しかったっけ……?

 

 もう一度味噌汁を飲む。

 

 

 ーーー美味しい。

 

 

 涙が弾けた。

 

 

 それは陽乃の意思とは関係なく、どんどん溢れてくる。

 溢れてきては止まらない。

 止められない。

 

 

 ーーーあれ、どうして……?

 

 

 目元を指先でこする。

 あぁ、人前で泣いてしまった。弱みを見せてしまった。

 いや、それよりもとても暖かかった。

 心がどんどん満たされていく。

 自分なんてもう価値がない。

 誰にも認めてもられない。

 誰も本当の雪ノ下陽乃を見てくれない。

 でも、彼は、比企谷八幡は違う。

 ぼろぼろの陽乃を見て声をかけてくれた。

 優しくしてくれた。

 手を差し伸べてくれた。

 それだけで嬉しかった。

 いろんな感情が出てきては消えていく。

 家を出てから、こんなにちゃんとした料理を食べたことがあっただろうか。

 そんな記憶はほとんど存在しない。

 最初のうちはちゃんと料理をしていた。でも確かたった数日で面倒くさくなってやめてしまった。インスタント食品、コンビニ弁当、ジャンクフードなどばかり食べてきた。

 

 

 ーーー美味しい。

 

 

 ーーー本当に、美味しい。

 

 

 ーーー今まで生きてきて、一番美味しい。

 

 

 目元を両手で隠す。

 涙が止まらない。

 肩が不規則に揺れ動く。

 後輩になんて姿を見せているのだろう。

 そんな陽乃の思いとは裏腹に涙はどんどんと溢れてくる。

 止まらない。

 いつまでも溢れてくる。

 

「……ごめん……ね」

 

 絞り出した言葉は変わらず謝罪。

 

「気にしないで、比企谷君は食べてて」

「……、」

「ごめん」

 

 まだ、謝罪を続ける。

 

「……陽乃さん」

「ごめん、気にしないで」

 

 

 まだ……。

 

 

 立ち上がった彼に腕を引かれて、その華奢な身体を抱きしめられる。

 

 

「……え……?」

 

 

 状況が理解できずに惚けた声を出す陽乃。

 

「……比企谷……君……?」

 

 力が強かった。

 心臓が飛び出しそうなほど恥ずかしい。

 箸が床に転がっている。

 力強く背中に腕が回される。

 

「陽乃さん、大丈夫ですから」

「……」

「少なくとも俺はまだ陽乃さんの味方です」

「……、」

「だから、そんなに自分を責めないで下さい。そんな顔しないで下さい」

 

 陽乃の左右に瞳が揺れる。

 涙は止まらない。

 頬が赤い。

 陽乃の両手が比企谷の背中へ回る。

 

「だって、あなたは俺の()()()雪ノ下陽乃なんですから」

 

 

 

 

 仮面、プライド、自尊心は完全に砕けた。

 今泣いているのは、素顔の雪ノ下陽乃。

 

 

 

 ーーーありがとう、比企谷君。

 

 

 

 

 ♯3 ありのままのわたし。

 

 

 

 


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