そのままの君が好き。 作:花道
ジューと魚を焼く音が響いている。
一口大に刻んだキャベツと豚肉、短冊切りにした人参と生姜、斜め薄切りにしたネギ。
胡麻油を熱した鍋にキャベツをぶち込み、炒める。焼き色がつき、かさが減るまでしっかりと炒める。人参と生姜も加えてさらに炒める。
魚をひっくり返す。綺麗な焼き色が身についている。皮を焼いていく。
炒めたキャベツ、人参、生姜の中に豚肉を入れて焼き色がつくまでもう少し炒める。
余ったキャベツと人参はさらに細かく刻んでサラダにする。ボールにキャベツ、人参、酢、塩、砂糖、こしょうを入れて全体になじませるように混ぜる。
豚肉の色が変わったので、ネギを加え、水を流し込み、5分ほど煮て、味噌を溶かす。
菜箸で魚の焼き加減を確認する。
もう少しだけ焼く。
もう一度確認する。
火を止めて、魚とサラダを皿に盛り付ける。
あとは味噌汁で今日の晩ご飯が完成する。
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そのままの君が好き。
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少し、お風呂で寝ていた。
疲れているのか、安心からか、どっちかは解らない。
お風呂から出て、身体と髪の毛の水気を拭き取り、、さっき貸してもらったジャージとTシャツを着る。やっぱり少しサイズが大きい。
髪の毛をある程度拭いて、彼のいる部屋へと向かう。
扉を開けるといい匂いがした。
中へ入るとエプロンを付けた比企谷が料理を運んでいた。
焼き魚とキャベツのサラダと味噌汁。
比企谷はエプロンを外す。
「長かったですね。風呂」
「うん、ごめんね」
「いや、別に怒ってないですよ?」
「うん」
「とりあえずご飯食べましょうか」
そう言って彼はご飯とコップを持ってきた。
「これ、比企谷君が作ったの?」
「そうですけど」
「すごいね」
「普通ですよ」
全然普通じゃない気がする。
そう言えば夢は専業主夫だとか言っていたような気がする。
そんな事を思いながら、陽乃は彼の前に座った。
カップにお茶を注いでくれた彼に「ありがとう」と言う。
素っ気なく「いただきます」という比企谷。
遅れて陽乃も手を合わせて「いただきます」と言う。
味噌汁を手に持って一口飲む。
「あ、美味しい」
そう言うと比企谷の口元が僅かに微笑んだ気がした。
味噌汁の具であるキャベツを食べる。甘くて美味しい。
味噌汁を置いて、焼き魚に醤油を垂らして、身をほぐして、一口食べる。
ふっくらした身がすごく美味しい。
ご飯を食べる。本当に美味しい。
ーーーご飯ってこんなに美味しかったっけ……?
もう一度味噌汁を飲む。
ーーー美味しい。
涙が弾けた。
それは陽乃の意思とは関係なく、どんどん溢れてくる。
溢れてきては止まらない。
止められない。
ーーーあれ、どうして……?
目元を指先でこする。
あぁ、人前で泣いてしまった。弱みを見せてしまった。
いや、それよりもとても暖かかった。
心がどんどん満たされていく。
自分なんてもう価値がない。
誰にも認めてもられない。
誰も本当の雪ノ下陽乃を見てくれない。
でも、彼は、比企谷八幡は違う。
ぼろぼろの陽乃を見て声をかけてくれた。
優しくしてくれた。
手を差し伸べてくれた。
それだけで嬉しかった。
いろんな感情が出てきては消えていく。
家を出てから、こんなにちゃんとした料理を食べたことがあっただろうか。
そんな記憶はほとんど存在しない。
最初のうちはちゃんと料理をしていた。でも確かたった数日で面倒くさくなってやめてしまった。インスタント食品、コンビニ弁当、ジャンクフードなどばかり食べてきた。
ーーー美味しい。
ーーー本当に、美味しい。
ーーー今まで生きてきて、一番美味しい。
目元を両手で隠す。
涙が止まらない。
肩が不規則に揺れ動く。
後輩になんて姿を見せているのだろう。
そんな陽乃の思いとは裏腹に涙はどんどんと溢れてくる。
止まらない。
いつまでも溢れてくる。
「……ごめん……ね」
絞り出した言葉は変わらず謝罪。
「気にしないで、比企谷君は食べてて」
「……、」
「ごめん」
まだ、謝罪を続ける。
「……陽乃さん」
「ごめん、気にしないで」
まだ……。
立ち上がった彼に腕を引かれて、その華奢な身体を抱きしめられる。
「……え……?」
状況が理解できずに惚けた声を出す陽乃。
「……比企谷……君……?」
力が強かった。
心臓が飛び出しそうなほど恥ずかしい。
箸が床に転がっている。
力強く背中に腕が回される。
「陽乃さん、大丈夫ですから」
「……」
「少なくとも俺はまだ陽乃さんの味方です」
「……、」
「だから、そんなに自分を責めないで下さい。そんな顔しないで下さい」
陽乃の左右に瞳が揺れる。
涙は止まらない。
頬が赤い。
陽乃の両手が比企谷の背中へ回る。
「だって、あなたは俺の
仮面、プライド、自尊心は完全に砕けた。
今泣いているのは、素顔の雪ノ下陽乃。
ーーーありがとう、比企谷君。
♯3 ありのままのわたし。